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(回答先: あくまで主観です。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 11 月 04 日 22:38:38)
>私は口が裂けても「客観的真理を掴んだ。」などと言わない。
ところが、それでも、尻は割れているはずなのだ。
「口が裂けても‥‥言わない」という“係り結び”で私見を「最強」化し、
そんな風に絶対的に無謬性を主張しながら、他方では主観性を維持する為にか、
「むしろ、破って欲しい」とも言うんだな。どっちなんだ、厳密には矛盾してるよな?
(「特別な主観」という新ポストを設置し、球種に応じてミットを微妙に右往左往させる業と映るが)
>真理とは世界を丸ごと把握してこそ言える言葉だ。
御前は丸ごとの話をしてるはずだ。だから御前風にいえば結局は「真理」を語っているんだろう。
例えば御前は『「真理」に「客観的」などという形容詞を付けるのは概念のデッチ上げである』と言うよな。
これは『「客観的真理」というものは無い』というのと同義(等価)だろ。この命題は凡そ人間の言説には遍く
及ぶ世界全体規模の話で、対象範囲が御前の言う真理と等幅なんだよな。
(※ここでは反射・対称・推移‥‥は措く)
そうだとすれば、御前の“主観主義”が、ともかくも「世界を丸ごと把握して」述べているといえるんじゃないか?
また、それが「事実」ならば“大変な事”に触れてしまったのだとも思う。
(相対論としてであろうが、懐疑論であれ、不可知論であろうとも)
それとも御前の真理とは、世界の生成流転の一意的描写(法則)だけをいうのか?
それこそ、へーマルだろ?(笑) 充分ドクされていると思うぜ。ほぅほぅほぅほぅ。
どのみち御前が偉そうに言ったところで東西の既成哲学から抜け出せてないだろうから、
もし、正統派でいくなら、真理値[真]の命題は、本来は全て真理であるはずなんだが?
「1個の論理」と「丸ごとの真理」とどう境界を引くんだよ?
通常は「八百萬の論理」で説明するのが体系だろ? (だからこそ、一言では無理なんだ、とでもいいたいか?)
むろん「断片的真理の集積」のみならず、さらに端的に「E=m・c(2乗)」の如きに
「世界の記述」を圧縮できるのであれば、例えば「世界は苦だ」という一行として
さも「宇宙の真理」っぽくも仕上がると思うのだ。(むろん論証の有無が決定的に、
命題の「価値内容」であるところの真理値に関わるのでなければならぬにしても)
では例に引いた「E=m・c(2乗)」、これ自身は真理ではないのか‥‥
科学そのもの、まさにこの「E=m・c(2乗)」こそ、純然たる客観のテーゼであり、
検証され尽くした真理と御前にとっていえるのではないのか?
(※残念なるも実際は、この数式は真理値[偽]であるらしいが、
それとは別に、この「表記形式」を以て真理たりうるかと問えはしようから)
‥‥
>文句など言わない。
>無視される事など平気だ。
全世界の人と対話するかの勢いだった御前がか。
どうした風の吹き回しだ、ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
>アンタ、HGか?
「ふぉぉぉぉ」がか? いま初めて使ってみたんだよ‥‥TV観ないし、向こうが後発かもしんないだろ?
>私は孤独はイヤというほど味わってみた。
自分で選んだみたいな口ぶりだな。そうやって
見栄を張るんなら素直には褒めにくいなあああ(笑)
>お幸せな事で。
や・め・ろ・よ(笑)
>お幸せに。
ありがとよ、ただ、もっていきかたが幼稚だな。(笑)