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(回答先: 病死はナチスの意図に反していたという事ですね。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 2 月 26 日 10:53:46)
収容所の中で発疹チフスが蔓延し、抑制不能な状態になったのであれば
それ以上の感染の拡大を防ぐために収容者の受け入れを停止し、
それ以降は「隔離病舎」としてのみ利用するか全面閉鎖して
全ての設備、備品、土壌を殺菌、殺虫又は焼却というのが
合理的な解決策のように思われます。
多数の収容者が共同生活を送ったまま感染の拡大を食い止め、終息させることは
現在用いえる技術を持ってしても困難を極めると思われます。
当時のドイツは世界1,2を争う医学先進国であり、
現在に比べ抗生物質や殺虫剤は未発達とは言え
基本的な衛生学については現代と遜色のない知見を有していたと考えられます。
施設内で感染性が強く、特効薬のないチフス患者が発生すれば
当然、現在と同様に直ちに施設の閉鎖、感染者の隔離、施設内の
徹底した消毒、殺虫等の処置をとるだけの知識、経験は有していたものと思います。
(現在のSARS、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ等への対応をご想起下さい。)
収容所内で大流行(死者3万人であればおよそ収容所一つ全滅でしょうか。)すれば
施設の管理者は責任を問われ、処分を受けるでしょうし、
チフスの流行を認識しながら漫然と収容者の受け入れを継続して感染者を増やし、
周囲の公衆衛生、収容所の機能を危機に陥れる(職員、業者を通じての
周囲ヘの伝染の畏れがあり、また、感染者は移送不可能となり、収容所の機能は
マヒすることでしょう。)ような管理者であれば当然処罰の対象となるかと思います。
収容所内でのチフスの大流行によって収容所の閉鎖、収容者の受け入れ停止
等の処置がとられた記録はあるのでしょうか。
また、責任者の処分、更迭、処罰等の処置はとられたのでしょうか?
ネット上での検索では具体的な事例を見つけることができませんでした。
どなたか参照可能な史料をご存知の方がありましたらご紹介頂けますでしょうか。