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(回答先: アウシュヴィッツの場合 投稿者 はちまき伍長 日時 2005 年 2 月 27 日 15:58:28)
はちまき伍長さん、興味深い情報のご紹介、有難うございます。
何度かの検疫封鎖と害虫駆除の努力は行われていたようですね。
収容者の受け入れ停止についてははっきりした記述はないようですが…。
ところで、
http://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/birkenau.htm
このページの中の記述を見ていくといくつかの疑問が湧いてきますね。
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「1942年9月5日:午後、女性収容所(『モスレム』)での特別行動に立ち会った。恐怖の中でもっとも恐ろしいものであった。軍医のチローSS曹長は、われわれは『世界の肛門』にいると話していたが、それももっともである。」
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医者、それも軍医であれば大抵のエグいものは見慣れていると思いますが、
その軍医曹長をして『世界の肛門』と言わせたものって何だったのでしょう。
あと、43/6/28日の記述で、
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中央建設局長ビショフ、焼却棟の1日の死体処理能力について、焼却棟T:340、焼却棟U:1440、焼却棟V1440、焼却棟W:768、焼却棟X768、合計:4756体と、SS経済管理本部に報告。
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とありますが、
42/9/15の記述では収容人員13万2千人ですから毎日収容者の3.6%が
死亡することを想定していたのでしょうか。
27日で収容者の全員分の死体を焼却できる計算になります。
いくら疫病が流行ったとは言え過剰能力のように思われるのですが…。
このサイトももう少し読み込んでみると面白そうですね。
ご紹介有難うございました。