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(回答先: フニャコ様 報道と情報の氾濫と精神の悲鳴 投稿者 アンチキリスト666 日時 2005 年 2 月 09 日 22:18:26)
アンチキリスト666さん、その後お体のほうはいかがでしょうか。
貴方の聖書に対する疑問の提起は、目の前に広がる幻想を幻想であると確認し続ける上で大変貴重であると考えています。
ありがたいことです。
>本当にあの事件の報道を「繰り返し」見たいのか?
との事ですが、誰も見たくはありますまい。
このような事件は、単独の情報として取り上げれば目を覆いたくなるものではありますが、ありふれた事であるはずです。
これまで我々人類が無数に犯してきた蛮行と比較して特別な事ではありません。
この情報を、我々が「見たい」のではなく、わが国を設計しようという何らかの意思によって無理矢理「見せられている」に過ぎません。
ここ三日ほど、帯状発疹で仕事を休んでおりました。
その折、あまりにも暇でありますので図書館にて犯罪白書などを読み漁ってまいりました。
かねてから「『スタンダード反社会学講座』は面白いけれども本当に引用データはあっているのかどうか」疑問に思っておりましたので
調べるには良い機会であると思った故です。
合っておりました。全く嘘はありませんでした。
スタンダード反社会学講座
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/index.html#mokuji
昨今、犯罪の凶悪化、低年齢化、治安の悪化などが一般的に叫ばれておりますが、ほぼウソであると思って良いと思います。
今、我々の人格が、情報によって作られつつあります。
凶悪な事件など、今突然増えたわけではありません。今まで報道されてこなかっただけです。
わが国を設計しようと思っている存在が、我々の眼を逸らしたい時に“まるでセンセーショナルな事件”であるかのように報道する
だけです。
実際はその辺でいつも起こっている事なのでしょう。
かの存在は我々の思考をおおまかにまとめようとしている筈です。
多くの情報をつぶさに見ていれば、大まかな方向性で纏まっていると、もうお気づきでしょう。
ナチス風に言えば「大衆は女性と同じであり、あれこれと選ばせてはいけない。一つの事を徹底して叩き込むべきである」と言ったところ
でしょうか。
もし私が、社会全体を支配しようとするならそのような手を使うでしょう。
報道される情報に一定の方向性を持たせ、多くの人間の思考をいくつかのパターンに類型化するでしょう。
卑近な例で言えば、血液型性格診断などはまさに“それ”と言えるでしょう。
聖書などに代表される“聖典”もまさに“それ”でしょう。
「神」は、我々に命令や「聖書に書かれていること」の意図や、理由などを教えてくれません。
弾圧を思わせない「思考、思想の弾圧」に他なりません。いや、矯正と言うべきでしょうか。
行く先は「被支配の自覚が無いファシズム」でしょう。
人間全員にマイクロチップを埋め込むまでもなく、水道水にフッ素を入れるまでもなく、情報によって簡単に統制されます。
「情報」が「神」に似ているのではなく、「報道によってもたらされる情報」は「神」です。
無神論とおいう信仰に陥っている日本人にとってはそれは顕著でしょう。
報道によって形作られる「一般的な認識」によって、徐々にファシズムへ向かっているように思います。
私は報道によってもたらされる情報を信じていません。
それらを排除して、自ら考えると言う姿勢を“フニャコ”でやろうと試みています。
押し付けられた思考パターンの排除です。それがどこまでいけるかわかりませんが、やってみるつもりです。
(日常に支障の無い範囲になってしまいますが。)
>報道する側は、本当の「弱者への配慮」と「大衆の興味」のバランスを持っているのか?
持っていないと思います。
少なくとも「報道によってもたらされている情報」に関しては、供給によって需要を喚起していると言っていいでしょう。
「いる。いらない」で情報をより分けたら、一体どれほどの情報が残るでしょうか。
若干しか残りますまい。あとは「意図ある情報」です。
>報道番組を見ないという選択肢以外に我々は方法論を持たないのか?
残念ながら思い当たりません。
ネットで発信といってもソースに問題が出ます。我々の手で選り分けて考察するほか無いのではないでしょうか。
もしくは、完全な放棄でしょう。言ってみれば「神」への反逆です。現代のグノーシスと言ったら言いすぎでしょうか。
今朝、出勤途中に前の座席の人が読んでいたスポーツ紙を眺めておりましたら、なにやら北朝鮮への経済制裁に関しての見出しが
踊っておりました。私は視力が弱いのでどんな内容なのかわかりませんが、制裁などは笑ってしまう論調の一つでしょう。
ほとんどの日本人は怒りを込めて「制裁」を口にするでしょう。
しかし無意味です。北の主権者が国民であれば有効でしょうが、主権者が支配者であるわけですから、国民が死んでいっても自分さえ
助かっていれば良いわけです。制裁など日本国民のガス抜きにしか過ぎません。
しかし、次第に制裁気運は煽られていきます。
こうして我々は、意図通りに誘導されていくのです。
本当に重要な事は、少ししか触れられません。
残念ながら傍観者(情報という神に唾を吐き続けるという意味で)にならざるを得ないようです。
>「神」の「神聖」を明らかにしたい。
頑張ってお続けください。
「不快に思って聞く耳を持たない」ような人々には、何を言ったところでやはり聞く耳は持ちますまい。
私ですか?私は聞き耳を立てていますよ。
ただ、お体は御自愛ください。
追伸:
まさか「アンチテーゼ」を覚えていらっしゃるとは思いませんでした。
パスワードが生きている事を祈って(笑)