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職場から
http://www.bund.org/culture/20050205-1.htm
日本は大事なものを失いつつある
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三位一体改革の流れの中で障害者の働く喜びが奪われていく
山上達也
30歳台前半の男性Kさんが山あいの牧場に就職して半年が経った。Kさんは統合失調症で、通院治療をうけながら私の運営する精神障害者の作業所で牛乳配達の仕事をしていた。長く作業所で働くうちに意欲が湧き、思い切って一般就労にチャレンジしたのである。
不況が続く現在、精神障害を持つ人の一般就労はとても難しく、わが作業所からは久々の「快挙」だ。だがKさんの後に続いて就労の道が開けているかといえば、そうでもない。今、全国で精神障害者のための就労訓練制度が崩されつつあるからだ。
「職親制度」のメリット
牧場でのKさんの仕事は多岐にわたるという。朝一番に150頭いる乳牛の糞の掃除。その後、搾乳牛、成育牛それぞれの餌作り。生まれたばかりの子牛の世話や搾乳機の点検・整備。体力と技術が問われる仕事であり、習得には時間がかかる。精神障害を持つ人にとっては職場での人間関係に馴染むのも一苦労だ。
精神障害者が職場に適応していく準備期間を支えるものとして「職親(しょくおや)制度」があるが、Kさんはその制度を利用した。制度の正式名称は「精神障害者社会適応訓練事業」というが、通称の「職親制度」の方が通りが良い。
職親制度は利用する精神障害者だけでなく、受け入れ側の事業所(=職親)にも一定のメリットがある。障害者(=訓練生)を職場に受け入れることにより、1日当たり2000円が「訓練委託料」として自治体から事業所に支払われるのだ。事業所には訓練生に賃金を支払う義務はない。訓練委託料の中から、一定の「手当」を支給するのが通例だ。障害者を訓練生として受け入れた事業所は、自治体から支払われる2000円をそのまま障害者に手当として支給したとしても、障害者の労働の成果は無償で得ることが出来るわけである。
一人の訓練生の受け入れ期間は最長で3年間だが、訓練期間終了後、事業所には訓練生を雇用する義務はない。そしてたとえ訓練期間中であっても、その障害者が自分の職場に適さないと判断すれば、訓練を打ち切ることも出来る。障害者を受け入れる事業所にとってみれば、経済的なリスクの少ない利用しやすい制度なのだ。
このことは障害者にとっても自分が職場訓練に通うことによって、事業所に損害は与えていないという安心感を与える。これは精神障害者にとって、新しい人間関係の中での緊張感を大いに和らげる。
Kさんはこの職親制度を利用して、訓練生として現在の職場である牧場に通った。とても几帳面で杓子定規な彼は、牛舎の掃除ひとつするにも人の倍以上の時間がかかってしまう。「大体このぐらいでよい」という判断が難しいのだ。職親制度のもとで、Kさんはマイペースで牧場の仕事をマスターできた。訓練期間の終了後には、牧場の社長はKさんを準社員として雇ってくれた。訓練期間中の彼の仕事の正確さを評価してくれたのである。
三位一体改革が機会を奪う
昨年、職親制度の大きな見直しがされた。内容は私の作業所には県より封書にて届いた。中身はまず障害者を受け入れる事業所に支払われる訓練委託金の減額だった。これまでの1日当たり2000円を一気に半分の1000円にするという。一人の障害者の訓練期間も、これまで最長3年間であったものを半分の1年半に短縮するというのだ。金額と期間の両方を半分にするということは、一気に予算を4分の1に削るということであり、事実上この職親制度を潰すということだ。
訓練委託金の減額によって、職親として精神障害者を受け入れようとする事業所も減ってしまう。小さなわが町で、障害者を受け入れたいと職親登録する事業所はほぼ全て零細企業である。何らかの形で社会貢献したいという経営者の善意が制度を支えている。しかし訓練委託金が半額の1000円にまで削られてしまっては、事業所の善意を支えることも出来なくなる。障害をもつ訓練生を迎え入れるためには、安全に配慮した設備への投資や、労働災害に備えるための保険への加入などの資金も必要になる。そのための経済的負担が事業所を圧迫する。
訓練期間の短縮も痛い。それはそのままストレスとして訓練生である精神障害者の負担となる。私の運営する作業所は統合失調症の人が多いのだが、その病気は10代から20代の青年期に発症する事が多い。多くの人が一般的な就労経験をもたずに作業所に通っている。職場経験をもたない彼らにとって、作業所と一般の職場とのギャップはとても大きいのだ。
こんな重要なことを既に決定された後に書面でのみ通知してくることに腹が立った私は、行政の担当者に電話してみた。若い担当者は「急なことで……」「上からの決定でどうしようもなく……」と、弱々しく言い訳の言葉を述べるのみだったが、制度の見直しの理由については説明があった。彼が言うには、職親制度は国による制度として位置付けられていたのだが、それが2002年に各都道府県に移り、国からの予算が付かなくなったのだと。多くの自治体はその段階で職親制度自体を大幅に縮小した。わが県は、その後2年間はなんとか持ちこたえたが、苦しい県財政ではもう限界ということで、いきなり今回の制度見直しになったという。
小泉流の三位一体改革が弱者に大きくのしかかるという典型のようだ。すこしは「上」とも対決してくれよと言って電話を切った。
作業所の果たすべき責任
作業所に通う障害者の多くは、一般就労の希望をもっている。だがその希望の実現のために活用できる職親制度は全国的にも解体の方向に進む。たぶんそれに代わる新たな制度も生まれることはない。となれば就労の意欲を持ちながらも、作業所にとどまる精神障害者の数は増えつづけるだろう。その作業所さえも存続できなくなるような社会がすぐそこまで来ているように思う。
知ってほしいことは精神障害者の多くは強い就労意欲を持っているということだ。「働く」ということをもう少し広くとらえることはできないものか。このままでは障害者の作業所にも未来がないと思う。
(障害者ケア施設運営)
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底割れする日本社会、福祉資金の返済メドが立たない
保科湘子
「最近収入が減って、どうしても住宅ローンが払えず、自宅を競売にかけられ退去することになってしまいました。引越しの費用を借りたいのですが……」「突然リストラにあい、毎日職安に通っていますが、40歳以上は面接前に落とされて全く仕事が見つかりません。雇用保険も切れて、貯金も底を尽きました。当座の求職費用を借りられると聞いたのですが……」。今日も職場には様々な相談が寄せられる。社会福祉協議会という社会福祉法人に勤めて10年になる。そこで私は4年ほど「生活福祉資金の貸付相談」という業務を担当している。低所得世帯に対して一時的に資金を貸し付けて世帯の自立を支援するセーフティネットだ。その窓口となって面接や審査手続きを行うのが私の仕事だ。
統計的な裏付まで示すことは出来ないが、ここ数年、低所得世帯の情況が相当悪化してきているのを肌で感じる。特に急増しているのが、冒頭のような「転宅」と「離職者支援」のための資金の相談だ。
「職」・「住」がない!
「転宅資金」は、引越しのための費用を一時的に貸し付けるものだ。道路建設のために立ち退きが必要な場合の生活維持や、家賃負担を減らすことで家計を好転させることを目的にしている。最近はいわゆる低所得層だけでなく、結構な高収入層だった人がローンを組んで自宅を購入したのはいいが、支払いきれず抵当に入ってやむなく転居、それも30年ローンのうちわずか2・3年支払った段階で退去などというケースが少なくない。
また「家賃を滞納したために、大家から今月中に出て行けと言われてしまった」という賃貸住宅の人からの転宅相談も増えている。今までなら数ヶ月とか半年支払いを待ってくれていたようなところでも、最近は1ヶ月滞納したら督促の嵐、2ヶ月連続滞納で有無を言わさず即退去命令なんてのもザラだ。
不動産を所有しているといっても、店子の家賃収入を当てにしている世帯にとっては、滞納は死活問題だ。そういういわゆる中間層の困窮が、さらに下の所得層を直撃している図が透けて見える。
「離職者支援資金」は、リストラや倒産や自己都合退職により失職した人に、その人が雇用保険受給期間を終了しても仕事が見つからない場合、求職中のつなぎ資金として貸し付ける制度だ。この利用希望の人もかなり切羽詰まっている。
議員の口利きでやってくる相談者は以前からいたが、最近は見るからに圧力団体系とおぼしき強面の人物をともなっての相談をうけることも増えてきた。ついには同じ県下でこの制度を悪用した暴力団関係者による詐欺事件まで発生したため、申請書類に本人確認用書類が追加されるなど、審査も厳しくなりさらに手続きが煩雑になっている。
申請には会社が発行する離職証明など現状証明のための書類と、連帯保証人が必要になるのだが、必須書類をそろえることが出来ないため、無理やり友人に頼み込んで作ってもらった人もいる。
それを一概に責めることは出来ない。みんな切羽詰って、なりふり構わず目先の金を借りて一日一日をしのぐことに必死なのだ。窮乏は人間をとことんまで追い詰めてしまうが、それがなんともやりきれない。
貸しても好転しない
なんとか貸付を受けられても、他の借金で生活が破綻してしまい夜逃げしてしまうケースや、貸付中に破産宣告にまで至ってしまうケースも珍しくなくなった。「引越しの資金が払えない」といった一見同じ相談内容でも、よくよく聞いてみると「実は夫の給料が借金のカタに差し押さえられていて、家賃光熱費どころかコメ代も払えないんです」とか、「医療費がかさんでちょっと借りたら返せなくなってしまって……」といった、明らかに闇金融に手を出して多重債務に陥っている悲惨な相談も圧倒的に多くなってきている。
そういうケースについては、最近は相談段階から、迷わず弁護士の法律相談をすすめることにしている。一時的に資金を貸し付けても解決にならないし、返済不可能な借金を抱えたままでは生活保護も受けられないからだ。法的に自己破産手続きをして、とにかく健全財政に立て直すことが先決なのだ。
もちろん自分の底割れ状態を認めることを頑として受けつけない人もいる。ここまできて、これ以上カッコつけたって何になるのかと思うのだが、それがメンツなのだろう。
こうして「職」「住」という生活に必要な要件さえ事欠くのが頻発する状況では、すでにこれまでの社会福祉制度は限界にきている、それが現場の実感だ。
生活福祉資金の制度は、銀行や公庫など他の融資を受けることが出来ない世帯のために戦後まもなく創設された制度だ。所得が毎年倍増するような高度経済成長期、一度就業すれば終身雇用・年功序列で一生安泰という一定の枠組みの中では、この制度はそれなりに機能できた。しかしそれは、結局経済成長を大前提にしていた。収入が上昇し続けていかないと返済できないのだから。ゼロ成長あるいはマイナス成長社会では制度が成り立たないのだ。
踏み倒すつもりなどないのに、本人の努力だけではどうしようもない。そういう社会の変化に制度が全く追いついていないのだ。
経済成長が前提の制度
それは貸付内容の変化を見ると如実に分かる。目的別に10種類以上ある資金のうち、この10年でほとんど利用実績のない資金が半分以上だ。たとえば「生業資金」。新たに事業を立ち上げるための資金を貸し付ける資金で、高度経済成長期は飲食業の店舗代などの貸付件数はうなぎのぼりだった。それが現在はほとんどのケースで返済が焦げついている。申請のためには、店舗の立地条件や一日の売上高から仕入費を差引した実収にもとづく返済計画と、きちんと採算が取れるという中小企業診断士の診断が必要だ。それで申請を受け付けていた。だがバブル崩壊後は企業診断士も太鼓判が押せなくなり、診断ではなく相談レベルでしか対応してもらえなくなった。たしかに今の不況の時代に、収入の確たる保証などどこにあるというのだろう。新規貸付はここ数年皆無になっている。
「技能習得資金」というのもある。就職に必要な技能や資格を身につけるための貸付だ。これも現在は資格や技能があっても就職に直結するとは限らないので貸付は減少している。高校や大学進学のための「修学資金」は、バブル期貸付件数がピークだったが現在は横ばい状態。学生本人が借受人となり卒業後に返済してもらう資金だ。それが今は新卒でも正社員雇用があるとは限らない。まじめで優秀な子でも学部によってはかえって潰しがきかない。「4大は卒業したもののフリーター」借金を背負って社会に出て、結局親が返済することになるケースが結構ある。
ほんの少しの救いもあるが
煩雑な申請手続きと1ヶ月以上の審査期間を経て、ようやく貸付に至った世帯が自立していけるのか。実はその後を見守っていくことができない。私の職場は4年程度で異動があるので、10年・20年先の返済完了まで見届けることは出来ない。「この世帯、大丈夫だろうか」と思いながらも後任者に託していくしかないのだ。それで最近は、修学資金の申請時には、借受者となる学生本人にはこんなふうに意思確認をしている。「行きたい学校に入っても、自分の希望通りに就職できるとは限らない。もしそうなっても、返済だけはきちんとしてくれる?」。中学生や高校生を相手に酷なこと言ってるなあと自分でも思う。だが実際「就職できなくて返せない」というケースが多い。貸し付けたお金を返してもらわないと、次の申込者に貸す資金がなくなってしまうのだ。
3年前申請時に酷なことを言った借受者の学生が、その言葉を覚えていて超難関を突破して就職内定をとって報告しに来てくれたことがある。こうした貸付によって状況が好転したケースには救われる。
人は職に就き、働いて日々の糧を得て、とにかく生活していかなくてはならない。社会保障制度も労働組合もあてにならない中で、私が仕事としてできることは限られている。「これでいいのだろうか」と、自問自答を繰り返す日々である。
(社会福祉協議会職員)
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(2005年2月5日発行 『SENKI』 1168号6面から)