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(回答先: 蝕まれる心、企業生き残りの代償 投稿者 てんさい(い) 日時 2005 年 2 月 13 日 10:17:39)
第2回 あるケータイ用ソフト技術者の場合(2)
http://biz-inno.nikkeibp.co.jp/mentalhealth/article20050210.shtml
2005/02/10
谷村が最後に任命されたプロジェクトは、いつもと同じく、携帯電話の組み
込みソフトを混成チームで開発するものだった。ただ一つ違ったのは、谷村の
役割が、チームリーダーではなくサブリーダーだったこと。出先の端末メー
カーでそれを聞いたときは耳を疑った。しかしプロジェクトチーム方式では、
チーム編成はそのときの開発状況次第で変わる。リーダーでないことにいつま
でも拘(こだわ)るつもりはなかった。
新チームのリーダーは端末メーカーの技術者だった。谷村が心身のバランス
を崩し、休職に至った直接的な原因は、この人物が「リーダーとして不適格」
だったことにある。新プロジェクトが始まってほどなく、谷村は体調を崩し
た。急に発熱したり、ひどい偏頭痛に襲われた。朝昼を問わず軟便、硬便を繰
り返し、トイレに駆け込む回数が増えた。
新チームのリーダーは、ただ「夜は残れ」と長時間の在社を強制。メンバー
は、意味もなく終電ギリギリまで残業させられた。メンバー間のコミュニケー
ションも足りなかった。彼の手によるプロジェクトの管理は、リーダー経験者
である谷村の目には疑問に映った。
最後の一撃は、朝、職場に着いた直後に谷村を襲った。腹部に激痛が走り、
床に倒れ込んだ。あまりの痛みに立ち上がれなかった。病院に搬送されると、
盲腸の疑いと診断され、即入院となった。しかしその後いくら検査をしても、
内臓に大きな異状は認められなかった。心療内科の受診を勧められ、そこで
「抑うつ神経症」と診断が下った。医師には半年間の自宅療養を命じられた。
手柄を立てたい上司にほんろうされる
倒れるまでの2カ月間、谷村は、自分の会社の上司に、出先での窮状を訴え
る気にはなれなかった。谷村の会社は、本格的な成果主義による報酬システム
を3年前に導入。以来、管理職の意識が極端に内向きになっているのをよく知
っていたからだ。出先での谷村らの仕事振りは管理職である彼自身の営業成績
に直結する。守ってくれるどころか、納期やコストに関する無理な要求を平気
で押し付けてくるのが日常だった。
コストを下げたいばかりに、下請けソフト会社の出した見積もり金額を2割
〜3割も勝手に削ることもあった。「僕らも元請けから1割の値下げを迫られる
ことはある。でも2割〜3割は大きすぎる。要するに、自分の手柄のための『下
請けいじめ』がまかり通るようになったんです」。
下請けソフト会社から来ている技術者には、谷村が何度も陳謝した。
元請企業の対応において、管理職の尻ぬぐいをさせられることもあった。営
業の数字につながらないトラブル処理などは、成果主義の下ではだれも引き受
けたがらないからだ。おまけに現場を離れて久しい管理職には、問題が発生し
てもその危機度合いが分からない。彼らが現場にいたころと、今の技術は全く
違うからである。あるとき谷村は、一チームリーダーでありながら、問題が発
生した事情を元請け企業の役員を相手に説明し、頭を下げ、あらたな納期とコ
ストの提案を社を代表して行った。「なぜ自分がこんなことまで」と思うよ
り、上司の危機意識の乏しさに愕然(がくぜん)とした。
「人間性を奪う職場」から去る
「仕事から離れて初めて、自分を見つめ直す時間が必要なんだと思い知りまし
た。人生観が変わりました」。谷村はこう振り返る。
よく考えると、谷村を苦しめた原因は、チームリーダーの属人的なものでは
なく、構造的なものだと悟った。新機種、新機能の相次ぐ投入による競争激化
で現場は疲弊、この業界から足を洗うソフト開発者は後を絶たない。人材不足
ゆえに、「不適格」と思える彼のような人物でさえリーダーに据えざるを得な
いのだ。
療養期間中、谷村は何度も職場復帰について上司と話し合った。けれどもい
くら話しても、管理職の意識や就労環境が改善されるとは思えなかった。自分
が勤める会社の労働環境は、もう自分の努力の範囲を超えて、人間性を奪うも
のに劣化しているのではないか、との思いが頭を離れなくなった。
そして風の便りに聞いた裏話が、退職決意の決定打となった。例の端末メー
カーのチームリーダーと一緒に仕事をした経験を持つ、ある下請け企業の役員
が、「彼の下では人が死ぬ。我が社はもう人を送らない。お宅も考えた方がい
い」と谷村の直属の上司にわざわざ報告してくれていたというのだ。にもかか
わらず会社は谷村をこのプロジェクトに送り込んだ。「あなたの症状は抜本的
に環境を変えないと必ず再発する」との医師の言葉も、決意を後押しした。
3カ月ほど休むと、抑うつ症状はほぼ消えた。休職期間中に次の就職先を探
し、今度は携帯電話にダウンロードして使うソフトを作る小さな会社に勤める
ことにした。端末の中の一部の機能を開発する組み込みソフトとは違い、設計
から開発までほぼすべてを任せてもらえるソフト開発である。携帯電話本体の
ように、ヒットすればテレビのニュースに取り上げられるような大きな商品で
はない。けれども一から十まで自分が手がけるのだ。責任は大きいが、市場に
投入するときの愛着はまたひとしおだと思うと、やりがいもあるだろう。
この春から足を踏み入れる新天地への思いを新たに、谷村は今、社会復帰の
準備を始め出した。
経済産業省の「2004年版組込みソフトウェア産業実態調査」によれば、日本
の技術者は、総じて、欧米に比べて長時間労働である。月180時間以上働く人
の割合は66%に上り、米国の39%、欧州の15%より圧倒的に多い。その背景に
は、日本市場が世界一、多種多様な組み込み製品を生み出していること、しか
し開発力が技術者個人の力に依りすぎていて、献身的な長時間労働を常態化す
ることでしか解決できていないことを、同調査は示唆している。
(長田美穂=フリーライター)