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(回答先: Re: 戯れネタレスですが・・・ 投稿者 マドオンナ 日時 2004 年 11 月 14 日 20:25:28)
マドオンナさん どうもです。
一日一レスが精一杯なので大いにクロストークしていただければ幸いです。
>天皇は「生き神」「現人神」でもない(つまり、生物性も人間性も否定された)、
>「神を象徴する『モノ』」になってしまったと思っているのです。
いや、モノ=機関になるならその方が良かったと思っていますが、明治憲法から戦後の象徴天皇制に至るまでモノ化に失敗したのではないかと思います。モノであれば中身はなんでも良い、「高貴ではあるが聖ではない」存在でかまわないわけです。
マドオンナさんがおっしゃっている意味で言えば (平凡社新書)にある「法の飛び地」ということではないかと思います。基本的人権一切なし、奥平先生は「日本国籍がない」と考えないと法的な整合性がないと仰っています 。モノでもなければ人でもない存在。
女帝論だって自民党は雅子妃が「まだ卵を産める雌鶏だろう」と時期を推し量っている、これって究極のセクハラじゃないでしょうか。(笑)
この場を借りて南青山さんへのレスを補足しますと「皇室典範があるから秋篠宮は離脱できても皇太子はできないだろう」というツッコミがかると思いますが、あくまでも理論的な仮定ですけど「普通の人になって静かに暮らしたい」と仰ったらどうなるんでしょうか。つまり「まさか言わないだろう」という期待で成り立っている。ですから繰り返しますが皇族の方々が自由に発言されたら「制度」がガタガタになる可能性があるわけです。今回明仁殿下は「良いこと」を言われた、『強制はいけない』って、ただし次も『良いこと』を仰るかはわかりません。
>つまりただ天皇と言っているだけでも、「神を表象した
>人の王」という意味を持ってしまうということです
天皇=天上皇帝でそもそも中国の概念だったはずで、始めから屈折していますね。エクリチュールの話になると長くなってしまうのですが、天皇とかいて「すめらぎ」と読ませ人民と書いて「たみくさ」と読ませる、音訓読みわけの二重構造ですね。外(公)と「なか」の人間しか判らないように隠微な形で内(私)の意味を使い分ける、ラカンが「日本人に精神分析は不要」と言ったけど、それこそ外から見たら物凄く気味悪いんじゃないでしょうか。
私は起源や文化人類学(民俗学でもいいですが)的な話は一旦「カッコ入れ」=判断停止して近代史あるいは中世史から見ていった方が良いと思っているわけです。(正しいとか正しくないという事ではありません、とりあえず方法論的に)
確かに王とか天皇というのは不思議な存在でなんで続いているのか良くわからないのですが、少なくてもいわゆる近代のネーション・ステートが立ち上がってくる前と後では言葉は同じでも意味づけが違うわけです。絶対主義以前の王侯、貴族にはリュージョン概念がないか希薄です。だから英語もマトモに話せない(フランス語が出来れば良かったのかな)ドイツ野郎がイギリスの国王になったりしました。(ウイルヘルム-->ウイリアムでしたっけ)だって皆さんご親戚ですから。最近ホッブスの弁護ばかりしてますけど近代国家は王といえど「法のみにしたがう」事で国民とお約束をしたわけです。
「所詮法は法だろ」と言われればそれまでで、日本的文脈で言えば宮台センセイは触れていませんが明治以降の法制度としての近代天皇制だけでは弱い。当時は藩がクニだと思っていた「田吾作」か「公方様の江戸っ子」しかいなかったわけです。
維新の雄藩薩摩の島津公さえ「で、余はいつ将軍になれるのじゃ」と御前会議で聞いたらしい。それに対して西郷隆盛が聞こえるように「このアホ」と言ったという話があるくらいですから。
普遍宗教の存在しない日本ではエートスの問題は「学校(公教育)=工場=軍隊(国民皆兵)」(レーニン)で解決したんじゃないか、「教育勅語」というのは宮台センセイで言えばシステムのアーキテクチャーの問題。前の「シンキロウ」首相が「親を大事にしろとか良いことが沢山書いてある」とのたまわりましたが、単体では弱いが法制度とのコンビネーションで絶大な威力を発揮したわけです。
>単に「天皇機関説」であるならば、宮台サンやバルタン星人さんの意見に完全に
>賛成します。
そう思っています。
>しかし、「象徴天皇」が実態であるとするならば、ちと違うんじゃないか、などと・・・。 ただ、国家は階級支配の道具だとか、天皇はブルジョワの手先だとか、それ自体「正しい」けどあまりにも単線的でステレオタイプな話が出てくると前記の「かっこ入れ」をはずさなくてはならないと思っています。