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真相ハンターKさん:「Re: 「ファルージャの目撃者より:どうか、読んで下さい」 <高遠さんのことにも触れています>」( http://www.asyura2.com/0403/war52/msg/1049.html )
あっしら:「それをやっているのが米英で、そうしないのがイラク反占領勢力:譲れない線を超えた対立は力で決着をつけるしかない(本文なし)」(1行レス)
真相ハンターKさん:「あっしらさん自ら反論に感謝いたします。m(__)m、でも、引きません。」( http://www.asyura2.com/0403/war52/msg/1268.html )
の続きです。
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真相ハンターKさん、どうもです。
南北アメリカ先住民が完膚なきまでに敗北した最大の要因は、軍事的な力の差ではなく、先住民の世界観や価値観といった理念だと思っています。
先住民たちは、コロンブスにしろ、ピサロにしろ、ピューリタンにしろ、遠来の「客人」や「要保護者」として迎え入れました。
当時の先住民たちは、自分たちの子孫が放り込まれることになるその後の歴史を夢想だにしなかったはずです。
そして、ある時点で「こりゃあ、とんでもない状況になったぞ」と理解したときには、対抗できる力は限られたものになっていました。
日本風に言えば、庇を貸して母屋を盗られたようなものです。
親切にしてやった相手が、あのような仕打ちをするというのは想像の枠外だったのです。(それほど、カソリック欧州やプロテスタント欧州はとんでもない連中に支配されていた(いる)ということです)
>「譲れない線を越えたと」言うのは感情論です。感情論が場合によっては事態を悪化
>させるのです。
しかし、中東イスラム世界は、南北アメリカの原住民共同体とは異質の理念を基盤にしています。
端的に言えば、ユダヤ教をさらに純化したとも言える“超越神とその啓示”信仰を個人と共同体が基礎にし、政治・商業・軍事の分野でも数千年にわたって修羅場をくぐってきた世界です。
「譲れない線を越えた」というイラクのムスリムたちの認識が真相ハンターKさんにとっては“感情論”に思えても、ムスリムたちにとっては、個人と共同体の基礎になっている価値観すなわち個人と共同体そのものを守るための理性的な判断であり、自己実存にかかわる判断なのです。
イラクはフセイン統治下で世俗主義が進んだといっても、個人と共同体の在り方をイスラムに求める人は数多くいます。
真相ハンターKさんの「Re: 「ファルージャの目撃者より:どうか、読んで下さい」 <高遠さんのことにも触れています>」に対し、「それをやっているのが米英で、そうしないのがイラク反占領勢力:譲れない線を超えた対立は力で決着をつけるしかない」という1行レスを付けたのは、米英はムスリムにとって“譲れない線”を超えたと判断されるかたちのイラク支配を実現しようとし、反占領勢力の一部はその匂いを嗅ぎ取っている“兆候”が見えるからです。
イラク人の少数派であっても、米英は“譲れない線”を超えた支配を押し付けようとしていると明確に判断したら、他のイラクの人たちが「我々が今一番しなければいけないのは少しでも早く彼らに「あきらめさせ」妥協と敗北の中から新たな気持ちで復興と再生を目指す事が今は苦しくても最良の道だと教え」たとしても、それを押しとどめることは不可能で、軍事を含む政治的な力で決着を付けるしかなくなります。
イラク地域はオスマン朝の統治など20世紀中期まで1000年近い“外国人”支配を受けてきました。
ですから、“外国人”支配があきらめられない要因ではありません。
あきらめられない要因は、イスラムの理念をずたずたにする共同体(国家社会)の押し付けなのです。
現在行われている反占領武装闘争は、家族や親戚が「戦争終結」後も占領軍(主として米軍)によって殺され続けていることに怒ってという“感情論”に拠っている側面が強いと思っています。
“譲れない線”を超えたら戦う覚悟を持ちながらも現段階で反占領武装闘争に立ち上がっていない人は、「主権移譲」が行われその後普通選挙が行われれば、イラクはイラク人多数派が望む国家になるのだから、ここで不必要な不必要な犠牲を出すことはないと考えている推測しています。
しかし、それが甘い期待であり読み間違いであったとわかれば、そのような人も、武装抵抗に立ち上がります。
真相ハンターKさんが、「我々が今一番しなければいけないのは少しでも早く彼らに「あきらめさせ」妥協と敗北の中から新たな気持ちで復興と再生を目指す事が今は苦しくても最良の道だと教えてやる事」と考え、「「譲れない線を越えたと」言うのは感情論です。感情論が場合によっては事態を悪化させる」と諭すことがイラク抵抗勢力に通用すると考えられるのなら、ユダヤ人に、「律法」や「選民思想」は、現在住んでいる国のまわりの非ユダヤ教徒から疑念の目で見られ無用な軋轢を生むものだから棄教したほうがいいよと説得してみてください。
それが全ユダヤ教徒(ユダヤ人)で達成できたら、真相ハンターKさんの「イラク問題」処方箋に有効性があると認めます。
ユダヤ教徒は、異教徒に嘘を吐くことは認められいますから偽装棄教も厭いませんが、イスラムはよほどの状況でない限り嘘を吐くことを禁じていますから、より困難な説得になるはずです。
あきらめさせるもう一つの方策は、イスラムは誤りであり米英的価値観は真理であると納得させることです。
それをばらばらの個人以外は達成したら、あきらめさせたに等しい状況になります。
イラクについて、真相ハンターKさんは「でも、すでに力による決着は付いていると私は見ています。正義がイラク犯占領勢力にあるにしても現実を直視しない事には現在の悲劇が更に悪化するのですよ」とお考えのようですが、イラクの多数派が、“譲れない線”を超えたと認識し、多数派の陰ながらの支援に支えられた死をも厭わない1万人の戦士が反占領闘争を継続すれば、米英は、敗北はしないとしても、今回のイラク侵攻に勝利することはできません。
米国がなぜ愚の骨頂ともいえる“無差別虐殺”を続けているのかと言えば、イラク多数派が“譲れない線”を超えたと認識する前に、そうなったときに武装闘争を挑んでくるであろう者たちを組織的にバラバラの段階で先行して殺戮しておきたいからに他なりません。
(米英は、自分たちが“譲れない線”を超えたいと考え、まともなムスリムはそれを見抜いたとき徹底的に立ち向かうことをわかっています)
米英が現段階でもっとも深刻に受け止めているのは、自分たちが養成した「イラク新国軍」がイラク人に銃を向けることはできないと命令に従わないことが露呈した問題だと思っています。
米英は「主権移譲」後も武力抵抗が続くとちゃんと予測していますから、それに対しては、自分たちの指揮下にあるイラク人部隊や形式的に国連指揮下にある多国籍治安部隊をぶつけたいとえげつなく考えています。
(米兵の犠牲者が現在のペースでカウントアップされていけば、「イラク問題」がベトナム戦争と同じように「米国国内政治問題」になってしまいます)
武装抵抗勢力の矢面に立ってもらおうと養成した「イラク新国軍」が、同胞イラク人には銃を向けないと拒絶したり、一部は武装抵抗勢力に合流する動きを見せている現状は、米英占領軍の暗い将来を暗示していると思っています。
9・11という自国民を多数犠牲にするテロまで起こして踏み出した「対イスラム戦争」は生易しいかたちでは終息しないはずです。米英は第二次世界大戦時に匹敵する覚悟を持っています。
日本政府が米英の尻馬に乗ることが“国益”だと判断しているのなら、日本のもてる国力をすべて注ぐほどの覚悟が必要なのです。それが見えていなかったり、その覚悟がないのなら、これまでのお付き合いで義理は果たしたとして、兵を引きべきです。
政府がそうしないのなら、国民が政治的な力を行使してそうさせなければ、日本は、自分自身は先が見えない泥沼の戦いに引きずり込まれ、善意とは言い切れないが悪意はない“支援”の結末が日本への憎悪ということにもなりかねません。
イラクについては「第2のベトナム」という声も聞こえだしましたが、南ベトナム共和国軍に相当する楯や槍もなく、密林がない都市型ゲリラ戦になるイラクは、ベトナムの比ではない苛烈な戦いになります。
イラク駐留米軍は、陸上物資補給路を断たれれば、軍事的優位の源泉である「近代兵器」を思うように活用できなくなり戦闘力を大きく削がれることになります。
正規軍同士の戦いはすでにどころかやる前から「決着は付いている」と言えますが、イラク支配という視点で考えたときには、「すでに力による決着は付いている」とは言えないのです。
私に言わせれば、イラクの抵抗勢力に、犠牲者を積み上げるような武装闘争は「あきらめなさい」と口説くより、不法・非道の侵略により占領したイラクを自分たちの価値観に基づく国家にしようとしている米英に、犠牲者を積み上げるだけで勝利は得られない企ては「あきらめなさい」と口説くほうが、正義とはいいませんが合理的です。
(米英は利口ですから、勝てないとわかれば、その後損得勘定で政策をどのようにでも転換します。あるとき気がついたらイラクに首を突っ込んでいる“大国”は日本だけという笑うに笑えない状況になる可能性もあります)