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(回答先: 説明責任を果たします(笑) 投稿者 まっくす 日時 2004 年 4 月 19 日 20:04:42)
まっくすさん、本当に長いレスをありがとうございます。
ぶち熟女さん、初めましてですね。
ご要請に応じましてこちらに投稿いたします。
「ご先祖様や大地に感謝する気持」は持ち合わせているつもりですが、読むにも書くにも人一倍時間がかかる私には、時間がないのが現実です。
という事で、ポイントをしぼってレスさせていただきます。ご容赦下さい。
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「・・・・というようなことをそろそろ議論板に提示しようと思いますが、カムイさんはどう思われますか?」
私などに伺われるまでも無く、議論板でもこの板でも提示していただいて、多くの優れた方々の議論を誘ってください。私には経済の難しい話は分かりませんが、入り込む余地があるときには、参加させていただきます。
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「「決め手になるものは他にある」という「他」とはいったい何でしょうか?
漠然とした感触ですか? それと、「「貨幣」が人間の「マインド」を規定するという関係性自体が克服されなければ」について、カムイさんの中で、何かが「マインド」を規定すること自体が良くない事だというニュアンスなんですか?」
この点につきましては、仰られる通り「感触」であって、論理的に説明できるものではかもしれません。
「振り戻し」に会わない、安定性を得るには「霊性にたいする覚醒」が必要だろうという「感触」です。
この「感触」についてもう少し詳しく話しますと、「何かが『マインド』を規定すること自体」は、自然なことです。
問題は何に規定されるかですが、前にも触れたように、人類が一貫して「分断と対立」の歴史を歩んできた根底にあるものが「不安」であれば、手を変え品を変えて歴史を繰り返させるであろうと。
貨幣が発達する以前から、暴力は人間を支配と被支配に分かつために用いられてきたはずです。
アダムとイブが食べた木の実は「不安」を知る実だったのでは。
近代の終焉は、産業資本主義が支配する時代の終わりだけではなく、もっと広範な、言ってみれば「聖書の時代」の終焉ではないかと感じるのです。
人口、環境問題や、次の戦争がこれまで体験してきたものより相当異質な結末をもたらすだろうことも含めて、今、突きつけられているのはもう少し深い位置にある課題ではないかという「感触」です。
ただ、この「感触」についてはひとまず置いておいてください。
次へ進みましょう。「まず、その生存条件を変える必要」のためにも「貨幣論」を展開してください。
今より少しでもマシな世界像が見れる事のほうが楽しいですから。
ところで、久しぶりの「昼休み」板なので書きますが、私は人類の起源は宇宙人の遺伝子操作、クローンであると思っています。
アダムとイブに「不安」を教えた蛇も爬虫類宇宙人ではないかと。