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(回答先: 綱領改定についての報告・第1章(しんぶん赤旗) −「赤旗」に不破報告の全文が掲載されましたので、転載します。 投稿者 シジミ 日時 2004 年 1 月 16 日 08:21:29)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-01-15/00_03.html
現在の日本社会の特質(第二章)
つぎに、「第二章 現在の日本社会の特質」にすすみます。改定案は今日の日本の情勢を、アメリカの対日支配および日本の大企業・財界による国民支配という二つの面から大きく特徴づけています。
七中総から今日まで七カ月間の情勢の動きは、綱領改定案のこの情勢規定の的確さを試す場となりました。あの激しい選挙戦をたたかうなかで、綱領改定案がたたかいの指針となったという多くの声が全国からよせられたことは、この問題での力強い回答となったと思います。
イラク派兵も憲法改悪計画も、根源は「異常な国家的な対米従属の状態」に
まず第一点ですが、改定案は、アメリカの対日支配下の日本の状態を、「きわめて異常な国家的な対米従属の状態」と特徴づけました。いま進行しているイラクへの自衛隊派兵と、小泉内閣による憲法改悪のくわだては、この従属状態をさらに極端な段階にすすめるものにほかなりません。
戦地であるイラクに自衛隊を派遣することが、明々白々な憲法違反であることは、論じるまでもないことであります。小泉内閣は、アメリカへの忠誠を憲法以上の基準にするという態度で、それを強行しつつあります。これはアメリカが世界のどこかで戦争を始めたら、それが国際法を無視した先制攻撃戦争、無法な侵略戦争であっても、「日米同盟」の義務だといって自衛隊を派兵する、こういう恐るべき状況に日本と国民を引き込むものであります。現に小泉内閣は、“いつでもどこでも”海外派兵の要請にこたえられるように、海外での活動を自衛隊の日常不断の任務とする立法面その他の準備に取りかかりつつあります。
さらに、小泉首相が、憲法改悪への日程表を総選挙の「政権公約」に書き込んだことは、憲法違反からさらにすすんで、憲法そのものを、この「異常な国家的な対米従属の状態」にふさわしいものに作り変えようとするくわだてそのものであります。
こっけいなのは、「日米同盟」を絶対化する従属派が、こと憲法の問題になると、にわかに“自主独立”派をよそおいはじめ、「アメリカ押しつけの憲法だから、改定を」などと言い出していることであります。
この議論のごまかしは、歴史をちょっとふりかえっただけで明らかになります。
公開されたアメリカ政府の公式文書によると、アメリカの国務省と国防総省との間では、早くも一九四八年――新しい憲法が施行された翌年であります――、そのころからすでに、日本の再軍備のために日本の憲法を修正しなければならないという問題が、検討事項になっていました。
憲法の改定が簡単にはできないということは、アメリカの関係者自身が最初から分かっていましたから、実際の再軍備は憲法第九条の条文には手をつけないままでという、なし崩しのやり方でおこなわれました。その第一歩が、一九五〇年、朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)の直後に、占領軍総司令官マッカーサーの命令で強行された「警察予備隊」の創設でした。これが、四年後の一九五四年には自衛隊になりました。いま「解釈改憲」と呼ばれている路線も、こうして、アメリカの直接の命令で押しつけられたものであります。
この「解釈改憲」路線をもっとも極端なところに推し進めてきたのが最近のあいつぐ海外派兵の暴挙ですが、それらもすべて、強烈なアメリカの圧力のもとにおこなわれていることは周知のことではありませんか。
“自主独立”どころか、この五十数年間、憲法改悪の最大の推進力となってきたのがアメリカの要求であることは、あまりにも明らかな歴史の事実ではありませんか。(拍手)
そして、その最終目標と位置づけられてきたのが、小泉内閣がいよいよ「政権公約」にもりこんだ憲法の明文改悪であります。
憲法改悪とは、従属国家から自主独立国家への転換であるどころか、日本の憲法までも異常な対米従属国家の道具に転落させようとする試みにほかなりません。絶対に許すことはできないのであります。(拍手)
七中総報告では、「対米従属のこの体制を打破することは、二一世紀の日本が直面する最大の課題であって、この課題に真剣に対応しようとしないものは、二一世紀に日本の政治をになう資格がない」と強調いたしました。イラク派兵を阻止し、憲法改悪のたくらみを打ち破るたたかいは、平和と民主主義の重大な課題であると同時に、日本の主権・独立をかちとるたたかいの要をなすものであることを、強く訴えたいのであります。(拍手)
大企業・財界の支配をめぐって
改定案は、日本の情勢のもうひとつの基本的な特質として、大企業・財界の支配について分析しています。
そこでは、日本の大企業・財界の経済面での横暴な支配とともに、政治面についても、大企業・財界が「日本政府をその強い影響のもとに置き、国家機構の全体を自分たちの階級的利益の実現のために最大限に活用してきた」ことを指摘し、「国内的には、大企業・財界が、アメリカの対日支配と結びついて、日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている」と規定しました。この点が重要であります。これは、日本の階級的な支配勢力の中心がどこにあるかを、きわめて明確に規定したものであります。
この大企業・財界の支配の問題について、いくつかの点をのべたいと思います。
第一。総選挙では、大企業・財界の大規模な政治介入が問題となりました。二大政党づくりへの介入、政策目標を明示しての政治資金の大規模な再開、などなどであります。
それは、自民党政治の現状に危機を感じた財界が、より直接的な形で政治を動かそうとし始めた、ということであります。このことは、大企業・財界が「日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている」とした改定案の規定の正確さを、財界自身の政治行動で立証したものであります。
第二。改定案はこの規定に続く部分で、大企業・財界の横暴な支配のもとにある日本経済の現状についてのべ、そこで、
――国民の生活と権利を守る多くの分野で、ヨーロッパなどで常識となっているルールがいまだに確立していないこと、
――日本政府が「大企業・財界を代弁して、大企業の利益優先の経済・財政政策を続けてきた」こと、
――「逆立ち」財政にその典型的な表れがあること、など、ヨーロッパ諸国とくらべてもとりわけ顕著な支配の横暴さを、浮きださせています。
また「日本経済にたいするアメリカの介入」が、日本政府の経済政策に誤った方向づけを与え、日本経済の危機と矛盾の大きな要因となってきたことも、日本経済の主要な問題点の一つとして提起しています。
ここで注意してみてほしいのは、第四章の民主的改革のプログラムが、第二章のいまの情勢分析に対応して、「ルールなき資本主義」の現状打破、大企業の利益優先から大企業の民主的規制の転換、財政方針の抜本的な転換、経済面でのアメリカの不当な介入の排除、などの改革を提起していることです。
情勢分析と民主的改革の方向づけとの関連という問題は、経済の部分だけのことではありません。綱領改定案が、全体として、情勢分析と改革のプログラムとの連関性、統一性に注意を払っていることに、ぜひ目を向けてほしいと思います。
第三点。現行の綱領では、大企業・財界の経済的支配も政治的支配も、すべて「日本独占資本の支配」という言葉で表現されていました。つまり、「日本独占資本」という用語は、日本の経済的支配者と政治的支配者をひとまとめに表現したものとなっていました。そこから、日米安保条約を結んだり、海外派兵や日米共同作戦の体制を強化するなどの日本政府の政治行動が、すべて「日本独占資本」の行動とされるなどの、表現の単純化が出ていました。
しかし、七中総でのべたように、政治的支配と経済的支配とは、実態も違えば、それを打破する方法も違います。その点を重視して、改定案は、これまでの「日本独占資本の支配」という規定をあらため、「日本と国民を支配する中心勢力」が大企業・財界であることを明確に規定しながら、政治的支配の内容については、実態に即した具体的な記述にあらためたのであります。
実際、大企業・財界が、政治をふくめて「日本と国民を支配する中心勢力」だといっても、その政治への介入の形態は、いつでも同じというものではありません。よりむき出しの、より反動的な形態をとる場合もあれば、いろいろな力関係に押されて、より間接的な形態をとる場合もあり、その形態の違いが、政治闘争の焦点になる場合もあります。「政・官・財の癒着」をめぐる闘争は、そのひとつであります。
その点でも、昨年の総選挙で、私たちが「二大政党づくり」を旗印にした財界の政治介入に正面から立ち向かってたたかったことは、綱領の規定にもかかわる大きな経験となりました。新しい規定づけでこそ、大企業・財界が政治を自分の影響下におく形態の違いを問題にすることができるし、今回のように、大企業・財界が新たなやり方、新たな形態で政治介入をくわだててきたときには、その危険性を的確に告発できるのであります。すべてを「日本独占資本の支配」に解消してしまうこれまでの規定では、こうした攻撃も、同じ支配の枠内でのいわば“コップの中の嵐”といったとらえ方にならざるを得ないのであります。
情勢を根底からとらえるという問題
日本の情勢の綱領的なとらえ方の問題として、最後に強調したいのは、綱領が指摘している日本社会の二つの特徴は、現在の体制と国民の利益との根本的矛盾を規定している、という問題であります。
政治の上部構造では、逆向きの変動もしばしば起こります。しかし、いま日本の政治を握っている政権勢力には、アメリカの対日支配についても、大企業・財界の国民支配についても、その根幹にかかわる改革に手をつける意思もなければ、力もありません。そうである限り、政治の表面でどのような「再編」や見せかけの「改革」がおこなわれようと、日本社会の根底から生み出される根本的矛盾を解決することはできないし、長続きする安定した支配を確立することもできないのであります。
そして、支配体制と国民の利益とのあいだにこの矛盾がある限り、情勢にどんなジグザグの展開があっても、国民的な規模でその解決を求めての探究がおこなわれることは不可避であります。私たちが民主的な改革を支持する国民的多数派が形成されることを展望する根拠も、そこにあるのです。
ここに、情勢を根底からとらえるという綱領的な認識の大事な中心点があります。政治の上部構造で、選挙での後退とか、反共宣伝に攻め込まれるとか、逆向きの動きが起こったようなときほど、情勢についての綱領的認識を堅持することが重要であります。