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(回答先: あっしら様にも、ご無理ごもっとものお願い 投稿者 ぷち熟女 日時 2004 年 4 月 05 日 20:40:16)
ぷち熟女さん、どうもです。
ぷち熟女さん:「最初に読ませていただいた時点では、一見スマートで耳触りは良いが、
全体としてあまりに『主知的』で窮屈に過ぎ、かなり読むのがキツい、という気持ちにさせられていました。
これは、『愛』という多様で無限の深みと広がりを持つはずのものを
たったこれだけの語彙を護符替わりして封じ込めようという試みなのか、とさえ思われたほどでした。
『利口の壁』といった第一印象のある大きな部分はそこから来ていると思います。
あたくしの第一印象評や空回り防止の質問にいただいたレスと
あたくしがレスを準備している間に他の方々と交わされたやり取りの中で
その第一印象はもうかなり和らぎはしたのですが、まだ硬いです。」
生硬で理屈っぽい書き込みであることは自覚しています。
その原因は第一義的にこなれたわかりやすい表現をする力がないことにありますが、文章を通じてしか投げ掛け合えない掲示板での“作法”という面もあります。
(「言葉の掛け合い」のようにニュアンスや表情が伴うことのない“死んだもの”である文章でひとに思いを伝えるときには、どうしても言葉の意味や概念を考えながら書く傾向になってしまいます)
心情も論も大事だと思っていますが、心情と論をごちゃ混ぜにして書く傾向に棹を差していると理解していただければ幸いです。
「『愛』という多様で無限の深みと広がりを持つはずのもの」というのは、愛をすべて「自己愛」とする説ですから、現実を生きている独り一人の“多様で無限の深みと広がり”だと思っています。
生身の個人から“多様で無限の深みと広がり”を取り上げ、『愛』というなにか高尚な概念に昇華させて人々に説くような風潮を嫌っております。
(こういう考え方をしているので、生硬で理屈っぽい書き込みになってしまう面もあります)
>『マドオンナさん的あっしら評の類』が何故出続けるのか、
>ということを考察して、別のアプローチをしてみることにも意義があるかも知れません。
『マドオンナさん的あっしら評の類』が出続けることをそれほど嫌がっているわけではありません。
(ひとは「自分の間尺」=「自己愛」でしか物事を判断できないのですから、そのような評を書くひとの間尺を推察して楽しんでいます。←このように書くと、イヤミだと受け取るひともいると思っていますが、ニュアンスや表情が伝わらない文章でのやり取りですから仕方がないと思っています。一つ一つ言い訳を書くと長々とした書き込みになるので、そう受け取るひとはそう受け取ってもらうしかないと思い、いつもは端折っています)
別のアプローチもしているつもりですが、棘のほうが目立つことは承知しています。
阿修羅での書き込みの主要目的は、私の書き込み(論)やそれから形成されるはずの“私”を踏み台にしてもらって、私が心地よく生きていける現実ができることです。
私の論はゴミになるべきもので、“私”も否定されるべきものだと思っています。
そうなったとき、私はどこかで心地よく生きているはずです。(死ぬまでにそれを得られないかもとは思っていますが...)
逆説的な言い方になりますが、私の論や“私”への支持を求めているわけではありません。(評価をいただくのはうれしいが、反発もうれしく受け止めています。「精神分析」はもかったり、捨てるべきものだとは思っていません
“彼ら”が米国を自爆させてことを成就しようとしているように、米国のような存在を持たない私は、自分を爆破してなんとかことが成就できればと思っています。(それしかできないということで、それでできると思っているわけではありません)
>ここでエンセンさまに『性格を見込んでのお願い』をされ、
>エンセンさまは実に完璧にそれにお応えになったその機に乗じて、一つお尋ねいたします。
>今ここであっしら様に同様のお願いは出来ないのですか、という質問です。
エンサンさんほどドラマチックなものではありませんが、ヒューマニズムと左翼的な価値観を持っていた少年期から阿修羅で現在進行中の今までを語る機会があれば語りたいと思っています。(少年期の話は少しだけ書いたことがあります)
「長壁問題」も、自分がそのような傾向を内に持っていたからこだわったとも言えます。
具体的な事実経過はあまり書いていませんが、これまでの書き込みには「自己愛」遍歴がどっちゃり入っているはずです。
似たような遍歴がある方なら、あっしらはこんな感じの思想遍歴を重ねてきたんだろうと推測できるはずです。
エンサンさんよりずっと長く生きていますので、「雑談版」のあのやり取りのなかで知りたい部分を問いかけていただければ、他のひとのプライバシーを侵さないという点を除き包み隠さず話します。
>このような論議では、『個人的』で『非・普遍的』なことをなぞってみて初めて
>普遍的なことを論じる段階へ移行できる部分も存在すると思っています。
ぷち熟女さんも書かれているように、「雑談版」のようなひとから見れば覗き込み過ぎとも思われるようなやり取りも重要だと思っています。
自分では、いつも、極めて『個人的』で『非・普遍的』なことを書いているつもりです。
(普遍的なものなぞほとんどないというのが私の考え方です)
ワル餓鬼が阿修羅になるという遍歴ではなく、ワルもしていた左翼チックなガキが、女性遍歴(バツイチは公表済み)や思考を重ねて現在の“あっしら”になっているというものですから、どこを切り取って書けばご期待に沿えるのかわからない状況だとご理解ください。