現在地 HOME > 掲示板 > 議論12 > 380.html ★阿修羅♪ |
|
書記長氏の「戦後の日本の検察は何でもあり。(http://www.asyura.com/0306/dispute12/msg/360.html)」へのコメントです。検察の習性に関する私見です。「何でもあり」とされる書記長氏ですが、「何でも」を解明しなければ、有意なご意見にならないでしょう。以下、表題に関する私見を申し上げると同時に、辻元事件(の捜査)についても言及します。
検察は政治に敏感で、政治的に非難されることを極度に嫌います。「世論が何でもしていいとゴーサイン出してますからね」というより、世論の支持がなければ(少なくとも大きな非難が予想されるなら)、強制捜査や公判請求に至りません。世論を敵に回すのは、再審請求の却下を求めるなど、自らのメンツを保つ必要があるときだけです。
警察から送致される事件以外では、密告を捜査の端緒にすることが多いので、「スパイ組織」とのご意見を荒唐無稽とは申しません。しかし、検察への犯罪通報をすべて「密告」と呼称することは、検察に対してフェアーでありません。検察は「110番」のような表向きの通報窓口を有しないので、検察への通報は密告視されやすいからです。また、東京と大阪の特捜に関しては、マスコミの暴露記事を捜査の端緒にする例も多い。
内偵中の事件については、警察のほか、同僚にも知らせないことが多く、極端な秘密主義です。他方、警察の捜査には細部にまで口を出します。警察による逮捕状請求なども、事前に検察と協議することが通例です。辻元事件は、地検特捜への対抗心もあって警察が着手したが、事情聴取の前段階で検察(特捜ではなく検察庁幹部)の腰が引けた結果(検察は政治的非難を気にした)、強制捜査まで長期間を要したと憶測します。
「逮捕だけして起訴しない」は、感覚の問題ですが、「平気」ではありません。むしろ、検察捜査が表面化した限り、意地でも有罪獲得を目指します。これは、冤罪が明らかに思えるような事件でも同じです。勾留請求まで至った事件に限れば、起訴猶予は例外的で、告訴が取下げられたとか、供述採取のために関与の低い共犯者まで勾留した例などが多いはずです(身柄事件での起訴猶予は、警察が現行犯逮捕したスリや傷害などが多いですが、これは勾留請求せずに釈放します)。公判維持が困難なときは、起訴猶予ではなく「処分保留」ですが、これは検察内部でも敗北感が漂います。あと1週間で結論が出ますが、辻元を身柄のまま起訴する可能性が高いと思っております。
「どこかの地方の検察の不正を内部告発しようとした元検事」は三井環ですか?内部告発というより、自らに捜査が迫っていることを知った三井が、自らも手を染めていた調活費の不正を記者会見で公表しようとしたのだと理解しております(当然ながら、調活費に関して「事実無根」とする法相森山の答弁はウソと思っております)。仮に、三井逮捕が記者会見を阻止する目的であったとしても、相当以前からの内偵がなければ不可能です。なお、余談ですが、三井については、1年近くも保釈を認めず勾留するのは明らかに不当です(詐欺や収賄が問題になっている事件について、慣行的に保釈不許可とする裁判所の責任も大きい)。
「(占領下の)日本の検察はアメリカのスパイ」を否定する根拠はありません。「上」の命令には従順な人たちです。検察内部に「命令」できる存在があれば、それが占領軍でも従順に従うでしょう。しかし、現在において、アメリカが捜査について具体的な指示(あるいは示唆)し、あるいは、収集した情報をアメリカに提供していると考えるのは、無理があります。スパイ組織とするより、メンツにこだわるヤクザ組織に例えた方が適切です(密告やマスコミ報道にも敏感ですが、公判記録を除いて、立件された事件以外を網羅的に情報収集している痕跡はない)。