投稿者 FP親衛隊国家保安本部 日時 2001 年 12 月 06 日 14:33:28:
経営再建中だった中堅ゼネコンの青木建設(矢野洋一郎社長、本社・大阪市)は6日午後、臨時取締役会を開き、自力再建を断念し東京地裁に民事再生法を申請することを決めた。負債総額は3700億円に上り、98年に破たんした日本国土開発の4067億円に次ぐ規模となる。債権放棄を受けたゼネコンの破たんは初めてで、バブル崩壊後の上場ゼネコンの破たんは97年の東海興業以降で7社目となる。
金融庁は大手銀行に対する特別検査を実施し、ゼネコンなど経営不振企業の債権区分の見直しや不良債権の最終処理の加速を求めており、今後、大手銀行などの融資先企業の選別が加速すれば、ゼネコンだけでなく、流通、不動産業界などで経営不振企業の淘汰(とうた)が進みそうだ。
青木建設は海外進出やホテルなどの事業多角化でつまずき、99年3月に経常赤字に転落、取引銀行から2049億円の債権放棄を受けて、いったんは経営危機を脱し、2001年9月中間決算で経常黒字を計上した。
しかし、下期以降は景気低迷で民間受注が激減、公共工事の削減も進むため、現在の再建計画では業績回復は困難と判断した。
青木建設の主力取引銀行のあさひ銀行と日本興業銀行は当初、20年で1300億円の負債を返済する計画を柱に再建を支援してきた。しかし、他の融資行の合意を得られなかったうえ、金融庁の特別検査なども踏まえて、再建計画での支援継続を断念し、法的整理による再建へ転換した。
会社更生法ではなく、矢野社長ら現経営陣が残ることができる民事再生法を選択したのは、巨額の債務を切り離せば、本業の再建は早期に可能と判断したためだ。青木建設は今後、外資を含めたスポンサーの支援をもとに再生を図る考えだ。
青木建設は、70年代から南米など海外でホテル事業に乗り出し、88年には世界的なホテルチェーン、米ウェスティン・ホテルを11億ドルで買収した。日本国内でもゴルフ場やリゾート事業を積極的に展開し、経営規模の拡大を図った。
だが、バブル経済の崩壊後、事業拡大に伴う過大な借入金や関係会社に対する債務保証が負担となって経営危機に陥った。
2001年9月中間連結決算は、585億円の債務超過で、連結ベースの有利子負債も売上高の1・7倍の4094億円に上り、株価は額面割れが続いていた。
(12月6日13:52)