★阿修羅♪ 狂牛病・遺伝子組換3 ★阿修羅♪ |
「最新の狂牛病のニュース」ページより
http://w2222.nsk.ne.jp/%7Eforelle/newmad.html
2002年1月25日 今日の日本の新聞によると廃牛になった牛を政府が買い取り肉として処理をすることになった。全く普通の牛と同じように処理していただきたい。買い取ったら、直ぐに検査して、もし狂牛病に罹っていたら、その牛を出した農家の牛をすぐさま出荷禁止にし、検査の上処分すると言う手続きである。
ここ数日の雪印食品の詐欺を見ていると、どうも今回が初めてではなくて、なにか恒常的に日本の食肉産業では肉のレッテルが変えられていたのではないかという疑いを引き起こす。そのようなことが発覚すれば、会社の存続危険になると素人目にも分かる。ところがばれないだろうと踏んで詐欺行為におよんだ事から見て、レッテルを取り替えるという行為は、食肉産業には広く行き渡っている慣習ではないのかと思われる。食肉産業で働く人の内部告発を期待する。口に入るものに対する杜撰な行為は会社の命取りになると言うことを学習して欲しい。
2002年1月24日 少しふるい記事で恐縮だが、1月15日づけのイギリスの新聞independent紙の記事'BSE meat in human food chain' によれば狂牛病に罹っていた母親から生まれた子牛が、跡形なく食べられ、牛から人間への食物連鎖のなかに入り込んだというのだ。どうかパニックにならないようにと。日本のように狂牛病の発覚を恐れて廃牛を出さない国では、結局のところ、闇から闇で、それらの子牛が跡形なく食べられている日々が続いているのだ。このような危ない橋を毎日渡るのではなくて、正々堂々と狂牛病を見つけだし、それらを食物連鎖から取り除くことが必要ではないのか。闇から闇で解決する、いかにも姑息な日本的解決で国民の健康が保証されると役人は考えているようだ。
2002年1月23日 今日の朝日新聞やasahi.comのニュースによるとまたもや雪印食品が、狂牛病騒ぎで売れなくなった輸入肉を国産だと偽って、狂牛病テスト前のもので"風評被害"で売れなくなったものだとして、組合に買い取らせようとしたことが発覚した。売れなくなって戻ってきた牛乳を新しい牛乳だとして再度使用して、出荷停止にあったのはつい最近ではないか。犯罪企業雪印はもう許せない。最初は頑なに肉を詰め替えるようなことはないと否定していた。ボイコットして潰すしかないな。こんな会社は。と言うか、政府が無期限の営業停止を命令すべきだ。至急asahi.comの記事を読んで下さい。http://www.asahi.com/national/update/0123/012.html
ドイツでも狂牛病に関してスキャンダルが発覚している。狂牛病テストがきちんと行われなかったというものだ。一体日本の狂牛病テスト、関係者の自己検査だけなら心許ない。第三者機関に、中立な機関に委ね、かつそれをコントロールするシステムを構築しないと安心できない。利害と利益団体のコントロールというのは、雪印食品の例を見ても分かるように安心できないのだ。
2002年1月22日 今日の南ドイツ新聞によるとドイツでは狂牛病の数が143頭になった。今月に入って、ということは21日間で11頭見つかったわけである。大体毎月10頭程度見つかる見通しだという。また見つかった農家では一緒に飼われていた牛は全て処分される。一方日本ではどうか。日本でも処分されている。今日のテレビで、狂牛病を出した猿払村の生産農家は廃業することになったと伝えている。一頭の狂牛病がでれば廃業になってしまうというのは、大変なことである。狂牛病がでれば、その牛と一緒に飼われていた牛が処分され、それがその生産農家だけではなくて、そこの村の名前が全国的に有名になり、他の生産者農家に迷惑がかかる。そのようなことを恐れて、廃牛を出荷せずに自然死するのを待つというのが、日本の現状である。幾ら検査しても見つかるはずもない若い牛だけをもっぱら全頭検査している限り、もう日本からは狂牛病は発生するはずがない。病死や自然死をした牛を全て検査すれば、本当の狂牛病の広がりが分かるのに、それは闇に葬られようとしている。狂牛病を見つけさせないと言うことは、本来なら見つかった場合一緒に処分された可能性もある牛は食されていると言うことである。それらの牛は汚染されていても、実際にはまだ発病していないだけかも知れない。こんな姑息なことをしていたら、ますます牛離れが持続するのではないか。正しくは、汚染された可能性がある牛を確実に、そのグループとともに隔離すること、そして汚染源を排除することが大切ではないか。またそのような現実に立ち向かう勇気を生産農家が持てるような補償を行うことも必要なのは言うまでもない。また、このような事態を招いた農林大臣はその責任を自覚して欲しい。そして、農業政策の抜本的な転換を図るべきだ。