投稿者 ★阿修羅♪ 日時 2001 年 9 月 24 日 03:10:59:
Cannibals to Cows
まだ消えない狂牛病の恐怖
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欧州では最悪の状況は脱したともいわれるが
発病していない世界の感染者の数は測り知れない
安全とみられていたアメリカでも疑念が浮上してきた
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ジェフリー・カウリー(本誌医学担当)
ベテラン酪農家のピーター・ステントにも、あんなことは初めてだった。イギリス南部の丘陵地帯サウスダウンズで牧場を営んでいたステントは1984年の年末、一頭の乳牛の異変に気がついた。体重は激減し、落ち着きを失っていた。
獣医が来たころには、牛は完全におかしくなっていた。よだれを垂らして頭を振り回し、背中は湾曲していた。6カ月後にその牛が死ぬと、他の牛にも同じ症状が現れた。全部で9頭の牛が死亡したが、原因はわからなかった。
ウェールズ北部の港町に住むアリソン・ウィリアムズは快活で頭がよく、湖で遊ぶのが好きだった。
だが、22歳のときに様子が一変した。他人に無関心になり、学校へも行かなくなった。92年には神経衰弱と診断され、その3年後には自分でトイレにも行けなくなった。「死ぬ1カ月前には、視力を失い、話も食事もできなくなった」と、彼女の父親は言う。
こうした話は聞き覚えがあるはずだ。脳が侵され、スポンジ状になって死亡する牛海綿状脳症(狂牛病)で、これまで20万頭近い牛が死んだ。ウィリアムズのように狂牛病が原因とみられる犠牲者も94人にのぼる。
八方ふさがりの状態に
これが、もっと大きな災いへの序章にすぎないことに気づいている人は、ほとんどいない。20世紀の酪農から考えると、数頭の牛が感染すれば、たちまち感染が広がるのは明らかだ。
初の症例が確認されてから11年間で、イギリスは狂牛病に感染した牛のくず肉などを混ぜた動物性飼料を80カ国以上に輸出してきた。その飼料で育った家畜の肉を食べた人は数えきれないだろう。
もちろん、最悪の状況は脱したとみることもできる。欧州各国の政府は最近やっと、大胆な対策に乗り出した。イギリスでは狂牛病の数は減少しており、アメリカでは1件も報告されていない。
アメリカ政府は88年、狂牛病の関連性が指摘された直後にイギリス産の動物性飼料の輸入を禁止。その後、国産牛のくず肉や骨粉を飼料に使うことも禁じ、狂牛病対策は万全だとしている。
だがアメリカの「防衛力」は、考えられているよりずっと貧弱だ。途上国にいたっては、なんの対策も講じられていない場合が多い。
狂牛病に冒された牛が、世界にどれだけいるのか。人間への感染規模はどうか。答えはまったくわからない。「八方ふさがりの状態だ」と、フランス人医師フレデリック・サルドマンは言う。
狂牛病の不気味さの前には、エボラ出血熱もかすんでしまう。専門家もやっと、その怖さに気づきはじめた。
狂牛病も伝染性海綿状脳症(プリオン病)の一種だ。プリオン病は牛、羊、人間などさまざまな種を突然襲う。感染すると脳を侵し、死にいたらせる。
プリオン病は、細菌ではなくプリオンと呼ばれるタンパク質粒子によって引き起こされるとみる説が有力だ。プリオンはなんらかの理由で構造変化を起こし、異常な形になると感染性を伴う。消毒剤や熱に対しても強い。
「人食い」の儀式が原因?
プリオンの歴史は1730年代にさかのぼる。スクレイピーと呼ばれる羊の病気がそれだ。感染した羊は気性が荒くなり、きちんと立てなくなる。3〜6カ月で麻痺が起こり、失明し、死にいたる。
アメリカのウイルス学者、カールトン・ガイドゥシェクは、1950年代にパプアニューギニアを訪れたとき、スクレイピーのことを何も知らなかった。だが、すぐに似たような症状に出くわした。島の東部の高地に住むフォレ族に「クールー」と呼ばれる奇妙な神経の病気が広まり、死者が出ていた。とくに女性と子供が多かった。
彼らは呪いだと信じていたが、ガイドゥシェクは部族の食習慣に注目した。フォレ族では成人男性だけが動物を食べていたため、女性や子供はタンパク質不足に陥っていた。これを解消するため、死んだ親族を埋めずに食べる儀式が彼らの間に広まっていた。
ガイドゥシェクは、これが病気に関係していると考えた。サンプルをアメリカの同僚に送って調べてもらうと、脳の状態がクロイツフェルト・ヤコブ病の患者に似ていることがわかった。
その後、ガイドゥシェクはクールーについての報告書をいくつも書いた。その1つを見たスクレイピーの専門家であるウィリアム・ハドローが、クールーの患者とスクレイピーにかかった羊に類似点が多いことに気づいた。
ハドローは医学雑誌で問題提起した。スクレイピーにかかった羊の脳組織を健康な動物に注射すると発症する。ではクールーの患者の脳組織を注射するとどうなるか。
それを確かめるため、ガイドゥシェクらはフォレ族の女性の脳組織をチンパンジーと猿に注入。65年には、クールーが伝染することを証明した。ヤコブ病についての実験も結果は同じだった。
スクレイピーとクールー、ヤコブ病が同じように感染し、同じように死にいたることをガイドゥシェクが証明したことは大きな成果だ。だがこの時点では、感染源はまだ特定されていなかった。
一方、医学界では体の成長に関する研究も進んでいた。60年代前半には、大脳の下にある下垂体から分泌される成長ホルモンに、低身長症の患者の身長を伸ばす働きがあることがわかった。
当時、成長ホルモンは人間からしか採取できなかった。そこで63年、米政府は死んだ人の下垂体を集めて患者に提供する機関を設立。ヨーロッパでも同じような機関がつくられた。
甘すぎた英政府の対応
異変が起きたのは84年だった。通常、50歳未満の人がヤコブ病になるのはまれだが、成長ホルモンの注射を受けた患者は20代でヤコブ病を発症していた。
85年4月にこの治療法が終わるまで、世界中の子供2万7000人が注射を受けた。下垂体の提供者のどれほどがヤコブ病患者で、それによってどれほどの犠牲者が出るのかはわかっていない。
米国立衛生研究所(NIH)のポール・ブラウンは後に、アメリカはヤコブ病の「流行という不吉な可能性」に直面している、と書いている(アメリカでは現在までに22件が報告され、今でも毎年新たな患者が見つかっている)。
下垂体の危険性が明らかになったころ、イギリスではステントが9頭の牛を失ったばかりだった。他の農家からも狂牛病の報告が相次いだため、英政府は88年、狂牛病に感染した牛の処分を命じ、動物性飼料に家畜のくず肉を使うことを禁止した。
だが英政府は、狂牛病の脅威を過小評価していた。牛以外の家畜にはくず肉の使用を認めたため、それが牛の飼料に混ざることがあった。輸出に関しても規制がなく、動物性飼料はその後8年間、輸出され続けた。88〜96年には、アジア諸国だけでも100万トン近くの飼料が売られている。
その後、牛以外の動物も狂牛病になることが判明すると、英政府は90年末までに牛の脳や脊髄などをすべての食品原料に使うことを禁じた。それでも政府は、人間には感染しないと主張し続けた。
状況が一変したのは、ウェールズ出身のアリソン・ウィリアムズが死んでからだ。95年に病理学者が、彼女をはじめヤコブ病で死んだと思われる患者の脳を調べると、スポンジ状の脳に花びらのような繊維が数多く見つかった。狂牛病の症状によく似ていた。
これには英政府も、狂牛病が人間に新しい病――変種のヤコブ病をもたらしたと認めざるをえなかった。
他の家畜用くず肉が混在
狂牛病が初めて報告されてから10年近く後、英政府は死んだ家畜の再利用と動物性飼料の輸出をいっさい禁止した。それ以来、イギリスは生後30カ月以上の牛を処分している。50万トン余りの残骸は焼却炉で焼かれ、灰は地中に埋められる。
これにより狂牛病の報告数は、90年代初めの週1000件超から30件に減少した。
他の国々にとって、最悪の事態はこれからだ。ヨーロッパの十数カ国で、国産牛に狂牛病が発見されている。国内で育った牛は問題ないと主張してきたスペインとドイツでも最近、症例が報告された。
そのなかで、米政府は慎重な対策を取ってきたといえる。専門家の大半は、狂牛病の大規模な発生を防ぐ手は打ったと考えている。まず感染した牛がいる国からの飼料の輸入を禁じ、動物性飼料にくず肉を使うことも禁止。80〜96年にイギリスに6カ月以上滞在した人の献血まで禁じた。
そのおかげか、アメリカでは狂牛病の報告はまだ一例もない。消費者も、食肉の安全性を確信しているようだ。「牛肉の消費量は落ちるどころか、むしろ増加している」と、全米肉牛生産者・牛肉協会のアリサ・ハリソンは言う。
家畜衛生当局は過去10年間、老衰・病気で歩けなくなった牛1万2000頭の脳を調べたが、狂牛病は見つからなかった。昨年調べた約2300頭も陰性と判明。これはアメリカでの感染率が100万分の1以下の証拠だと、同協会のゲリー・ウェバーは言う。
歩けなくなった牛だけを対象に検査するのは誤りだ、との指摘もある。狂牛病に感染した牛でも、5年間は健康に見えることがあるからだ。
ドイツでも、同様の検査では狂牛病は見つからなかったと、疫学者のマルクス・ドアーは言う。だが「徹底的に調査した結果、2カ月で30件以上が報告された」。
もしアメリカで狂牛病が発見されたら、蔓延を防ぐことができるだろうか。農業関係者は牛の骨やくず肉の飼料転用を禁止することで、イギリスで初期に起きたような爆発的な拡大は防げるという。
そうかもしれない。だが、飼料に関する規則は人々が思っているほど、厳密なものではない。政府は牛や羊については内臓や骨粉を飼料に用いることを禁じているが、豚や鳥に関しては何を与えてもいいことになっている。
問題は、さまざまな飼料を混合しないよう分離しておくことがほとんど不可能だということだ。
88〜96年には、イギリス政府も現在のアメリカと同じような手法を取っていた。だが飼料製造工場や飼育場、農家の納屋で飼料が混じり合って汚染されることが多く、結果として6万頭の牛が感染したとみられている。
アメリカの規制にも穴
アメリカだけが大丈夫というわけにはいかない。先ごろ、飼料会社ピューリナのテキサス州の系列店が出荷した牛の飼料に、従業員が誤って他の動物用のくず肉を混ぜていたことがわかった。その時点で、すでに1200頭以上の牛がこの飼料を食べていたという。
飼料が汚染されていたという証拠はない。それでもピューリナは問題の牛を買い上げ、(おそらく処分して)食品流通から除くことを約束。今後は牛や羊の動物性飼料をいっさい製品に使用しないと発表した。
会計検査院が昨秋発表した調査では、くず肉を使う業者は全米で1700社にのぼり、そのうち20%には「混合や相互汚染を防ぐシステムがない」という。
不安材料はこれだけではない。脳を破壊するプリオンは、尻肉のロースより牛の脊髄付近の肉に多く見られる。イギリスでは現在、リスクの高い肉の部位の販売を禁止しているが、アメリカは危険性の高い国からの輸入品を除いては許可している。
たとえば、アメリカのホットドッグは「機械で分離した肉」(政府の言う「食べられる肉のついた骨から高圧で分離したペーストのような肉」)を20%まで混ぜられる。
補助食に関しても大きな規制がないため、最も危険な部位を強壮剤として販売している可能性もある。純粋な牛の脳の凝縮物や、牛の心臓や腎臓などを凝縮したものなどだ。
人間はとかく明確な証拠を突きつけられるまでは、物事を都合のいい方向に考えがちだ。だが一連の話から教訓を得るとすれば、慎重になるに越したことはない。
突然やって来る恐怖の病
85年の時点で、イギリスのハンバーガーを食べることに不安をいだく人がいただろうか。60年代や70年代、背が伸びない病気に冒された子供たちをそのまま放置する親がいただろうか。
ウェンディ・ノフィは、ヒト成長ホルモンの力を借りて身長150センチまで成長した。結婚し、3人の子供をもうけ、ニューヨーク州で幸せに暮らしていた。
だが95年に突然、体のバランスを崩しはじめた。「彼女はいつもボートに乗って揺れているような感じだった」と、夫のマイケルは振り返る。ここまで来れば、後はどうなったかわかるだろう。
その後彼女の視力は弱まり、歩くことも食べ物をのみ込むこともできなくなった。98年に死亡するまでの2年間、チューブで栄養を流し込む寝たきりの状態だった。
「下垂体製剤をチェックするシステムがなかった」と、夫は言う。「本当に何もなかったんだ」
当然だろう。そんな病気はそれまでなかったのだから。
コロラド州デンバー
脳の手術で思わぬ感染
1998年、両親を訪ねるためにマイアミからデンバーへ車を走らせたとき、カレン・ビセルは足と首に痛みを感じた。両親は長時間のドライブのせいだろうと言っていたが、それから2カ月もたたないうちに、カレンは死を迎えるため再び実家に戻った。何年も前に受けた脳の手術で、クロイツフェルト・ヤコブ病に感染したという
ニューヨーク州ベスページ
災いのもとはヒト成長ホルモン
子供のころ、背が伸びない病気に冒されていたウェンディ・ノフィは、医師にヒト成長ホルモンの投与を勧められた。「彼女の両親は安全と思ったのでしょう」と夫のマイケルは言う。おかげで彼女は身長150センチまで成長した。だが30歳のとき、体のバランスを崩しはじめた。米国立衛生研究所が汚染されたホルモン剤を投与されたものと確定したころには、歩くことも食べ物をのみ込むこともできなくなっていた。寝たきりの状態が2年続き、98年、息を引き取った。写真は残された夫と3人の子供たち
否定した政府
1990年、英農漁業食糧相だったジョン・ガマーは、牛肉に対する不安を和らげるため娘とハンバーガーにかぶりついてみせた。6年後、ヤコブ病は狂牛病に関連しているという保健相の報告を受け、イギリス政府は感染した牛を焼却した
ニューズウィーク日本版
2001年3月14日号 P.24
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