■ 「超低金利政策」はデフレをもたらし、金利上昇がインフレを誘発する
日銀は、1995年以降、実質0%金利とも言える「超低金利政策」を採っている。
そして、「超低金利政策」は、通貨供給量を拡大し「デフレ状況」を解消するための金融政策だと言われている。
しかし、そのような「超低金利政策」をとって以降、下の表を見てもわかるように、それまでは卸売物価だけがデフレだったのに、消費者物価までがデフレに陥ったのである。
[参考経済統計データ]
消費者 卸売 公定 商業銀行 輸入 通貨 貸出 GDP
物価 物価 歩合 貸出金利 物価 供給量 残高 成長率
=================================================================
1970 6.00 7.593
1975 (11.4) (1.9) 6.50 8.513 (15.8)(18.2)(17.6)
1980 ( 6.6) (8.9) 7.25 8.274 ( 9.1)(10.8)( 9.0)
---------------------〈期間A〉--------------------------------
1985 ( 2.8) (5.5) 5.00 6.467 (-0.1)( 8.4)(11.7)
1986 0.7 -4.7 3.00 5.505 -35.8 9.2 26.6 3.2
1987 0.0 -3.2 2.50 4.936 -9.1 10.8 12.5 5.1
1988 0.7 -0.5 2.50 4.930 -4.6 10.2 10.2 6.3
---------------------〈期間B〉--------------------------------
1989 2.4 1.9 4.25 5.782 7.5 11.2 10.8 4.9
1990 3.1 1.6 6.00 7.697 8.7 7.2 7.5 5.3
1991 3.2 1.0 4.50 6.989 8.2 2.2 4.4 3.1
1992 1.7 0.9 3.25 5.552 -6.1 -0.2 2.4 0.9
1993 1.3 -1.5 1.75 4.414 -10.3 2.2 1.3 0.4
1994 0.7 -1.8 1.75 4.047 -5.6 2.8 0.1 1.0
---------------------〈期間C〉--------------------------------
1995 -0.0 -0.8 0.50 3.788 -0.1 3.2 1.3 1.2
1996 0.1 -1.6 0.50 3.533 9.7 3.0 0.4 2.6
1997 1.8 0.6 0.50 3.367 7.4 3.9 1.0 1.8
1998 0.6 -1.5 0.50 3.355 -4.9 4.0 -0.9 -1.2
1999 -0.3 -1.5 0.50 3.100 -9.3 2.7 -4.1 -0.6
2000 -0.7 0.1 0.50 2.116 4.7 2.1 -0.1
2001
※ 通貨供給量はM2+CDの残高/()内の値は年平均変化率
GDPはデフレーターがマイナスの年は名目の値
[期間A]は“バブル形成期”である。
85年夏の「プラザ合意」で、一気に半額までのドル安(円高)政策が実施され、金融緩和政策も採られた。
86年に卸売物価が急激に下がったのは、円高による輸入物価の大幅急落と低金利政策によるものである。
しかし、大企業が消費者向け商品価格の支配力をもっているため、輸入物価や卸売物価の低下が消費者物価に反映されないどころか、逆にわずかだが上昇している。
このことは、大企業が、この[期間A]に、円高不況だと政府に泣きつきながら利益を大きく拡大させたことを意味する。
86年に商業銀行の貸し出しが26.6%も急拡大しているので、企業には厖大な余剰資金があったことが推測できる。
企業が拡大していった利益が勤労者に1年後にでも分配されていれば、コスト(輸入物価&卸売物価)は下がっているのに消費者物価が大幅に上昇するという事態が出現し、企業が“空前絶後”の利益を上げていただろう。(その代わり、株価や地価はそれほど上がらなかっただろう)
しかし、企業が持つ余剰資金は、土地・株式・対外投資に振り向けられた。
余剰資金は、この表にはない地価や株価を上昇させたり、円高での競争力低下を不安視したり貿易摩擦を回避するための海外工場建設へと向けられたのである。
[期間B]は“バブル崩壊期”である。
89年から輸入物価が上昇に転じるとともに、公定歩合も上昇している。
このため、卸売物価はデフレからインフレに転じ、消費者物価はさらに上昇した。
[期間A]と[期間B]の消費者物価・卸売物価・輸入物価の変動率を比較してわかるように、企業の89年と90年の利益率は、86年から88年までの間ほど高くなったはずである。
それは、余剰資金の増加率が低下することを意味するので、株式や土地の価格が頭打ちになっても不思議ではない。
90年から91年にかけてバブルが崩壊し、土地や株式に投資した資金の損失は徐々に拡大していったが、92年からは輸入物価が、93年からは卸売物価も低下したにも関わらず、消費者物価は上昇しているので、産業部門の利益は大きく回復したはずである。
GDPは92年から低迷を続けているが、このようなことから、[期間B]の経済成長率鈍化の要因は、金融及び不動産部門の低迷に起因していると思われる。
金融部門は、この表のように貸し出し残高の伸びが急落したことと「不良債権」のダブルパンチで利益が大きく低迷していたはずだからである。
[期間C]は“超低金利期”である。
特徴的なのは、輸入物価が上昇しても卸売物価が上昇しなかったり、消費者物価の下落が見られることである。
しかし、なんと言っても特徴的なのは、通貨供給量はそれなりに拡大しているのに、98年からは貸し出し残高が逆に減少していることである。
これは、日銀から商業銀行に貸し出された日銀券の伸びに見合うかたちで実体経済部門に貸し出されなかったを意味する。貸し出し抑制だけではなく、債権放棄や“貸し剥がし”が行われたことを示唆している。銀行の余剰資金は、国債や対外投資に向けられたと推測できる。
この期間は、金融部門はさらに利益が低迷するとともに、産業部門までもが利益低迷に喘ぐようになったことがわかる。
■ 経済学者などはなぜ低金利でデフレから脱却できると考えるのか
世の中のあんなにも多くの人たちが「デフレ不況だから金融緩和=低金利政策を」と叫んでいるのは、金利を“転嫁できないコスト”と考えたり“資金需要を調整するもの”と考えているからではないかと推測する。
しかし、これはある経済主体の一時的な経済活動には当てはまるが、長期的、そして、経済活動全体には適用できない考え方である。
● 高金利が打撃を与えるかもと考えられる経済主体
“一般論”が一時的に適用できるかも知れない経済主体の一つは、家計である。
不動産や自動車を購入する場合、ほとんどの人がローンを組むことになる。
自宅や自家用車は、それ自体が収益を生むものではないから、金利が高くなるとそのまま支出の増大=負担増につながる。
しかし、この場合でも、インフレが予測される経済状況であれば、購入した物件価格も上昇し、給与も上がるので、資産とのバランスや実質金利ということを考えれば長期的な負担増にはならない。
金利が下がると、不動産などが買いやすくなったように感じられやすいが、それは錯覚である場合が多い。返済期間中に、インフレ率が低下したり、デフレになったり、給与が下がったりすれば、実質的には高負担になってしまうからである。
結局は、同じインフレ率予測のときに金利が上下したときやインフレ率予測に逆らうような金利変動があったときにのみ、“一般論”が“一時的に”適用できることになる。
(インフレ率予測と逆方向に金利が設定されても、そのような金利が設定されたことでインフレ率予測自体が覆されるからである。インフレが進んでいけば、あるときの高金利も高金利だとは受け止められなくなる)
もう一つの経済主体は、新規であれ借り換えであれ国債に依存しながら財政支出を行っている政府部門である。
政府部門は、金利が上がると国債コストが上昇することになり、同じ財政支出を実現しようとすれば、より多くの国債を発行しなければならないことになる。
ところが、金利が上がれば、上の表のようにより高いインフレ率になるのだから、税制が変わらなければ、その分税収が増えることで調整されることになる。
このようなことから、金利は実質金利が問題であり、表面金利は、“資金需要”について、限定的な経済主体に対して一時的な影響しか与えない。
● 高金利をものともせず低金利も価格に反映させない経済主体
上の表を見てもわかるように、産業部門は、輸入物価が下がったり卸売物価が下がっても、それを消費者物価に反映させようとせず、利益拡大の条件に活かそうとする。
それとは逆に、輸入物価が上がったり卸売物価が上がったときには、それらの上昇率以上に商品価格を上げて利益を確保(拡大)しようとする。
このようなコストの販売価格への転嫁は、金利にも当てはまるのである。
高金利(表面利率)で借りたお金で事業活動を行ったら、これまでより高い価格で商品を売らないと同じ利益すら上げることができなくなる。
このため、金利が上がるだけで輸入物価や給与が同じであれば、商品販売価格=消費者物価&卸売価格が上がることになる。
逆に低金利(表面利率)で借りたお金で事業活動を行ったら、これまでと同じ価格で商品を売っても、金利コストが下がった分、従来以上の利益を上げることができる。
産業部門は、輸入物価や卸売物価が下がっても消費者物価が下がらなかったように、金利が下がっても、利益を拡大しようと考え商品価格を“自主的”には下げようとはしない。
上の表の[期間C]のように消費者物価が下がるという現象は、金利が下がった分を販売価格に反映させなければならないほど消費者の需要が低迷しているということを示唆している。
2000年のように、輸入物価も卸売物価も上昇しながら消費者物価が下落したというのは、産業部門が、利益の確保よりも、企業の存続を賭けた競争状態に入ったことを意味する。そして、そのような実状が、GDPのマイナス成長になって現れているのである。
■ 金融=銀行部門はデフレを好む
産業部門は、通貨→商品→通貨という流れで経済活動を営むので、適正なインフレを好み、デフレを忌み嫌う。
通貨を商品に変えて生産活動した結果、商品価格が下落していたら、元々の通貨をそのまま保有していたほうが得だったと言うことになるからである。
しかし、銀行はどうだろう。
銀行は、通貨で通貨で稼ぐ経済主体だから、通貨価値が高まるデフレを好むことになる。
インフレが予測を超えて進めば、貸し出しせずに、換金性の高い商品を買ったほうが得という場合があるからである。
例えば、3ヶ月後に元本を全額返済する約束で3%の金利で貸しても、その3ヶ月にインフレが5%進んでいれば、金を貸すよりも換金性の高い商品を買っておいて高くなった時点で売り払ったほうが得だからである。
通貨を多く保有している経済主体は、デフレであれば、黙っていても保有通貨の価値が上がる。
そして、1%の利子でも安全確実な担保(デフレだから掛け目は下げる)をとって相手に貸せば、インフレ期と同じように利益を上げることができる。
銀行は、インフレ期においても、損をしないように金利を設定する。
中央銀行を含む銀行は、常に予測インフレ率よりも高い金利で貸し付けを行う。
銀行は、予測インフレ率を上回るようなインフレになりそうだったら、貸し付け量を減らして、インフレを抑える。
インフレを抑えるのは、金利の上昇ではなく、通貨供給量の制限である。
金利が高くても、そのコストを商品価格に上乗せして販売できると考える経済主体は、借り入れをいとわないからである。
銀行は、利子率が高ければ高いほどより大きな利益を上げることができる。
しかし、その利子率は、インフレ率を考慮した実質利子率でなければならない。インフレが予測を超えて進みすぎると、実質利子率がマイナスになり損失を被ることになる。
インフレの進行状況を雑ぱくに説明すると、貸し出し金利がまず上昇し、それを追いかけるように商品価格が上がり、最後にようやく給与が上がるというものである。
欲を出しすぎて貸し出し利子率を高くしすぎると、商品価格が上がるところまでは実現されても、給与が上がる前に消費者の購買力が物価上昇についてこれなくなり、商品が売れなくなって破綻してしまう。(担保は手に入るが、高金利で貸し付けた企業からは、利子も元本も返済されなくなる)
中央銀行が本気でインフレを抑制したいと考えれば、通貨供給量を減らし金利も下げることになるが、金利引き下げのペースは、利益を失わないよう、インフレ率低下の進行よりも遅いものになる。
デフレでありながら金利を下げないと借り手の実質的な金利負担が増大し、返済不能や企業倒産を招くことは指摘できるが、デフレは、管理通貨制では通常ではあり得ないことである。
デフレは、中央銀行が防止しようと思えば、金利をやや上げ気味にし通貨供給量を拡大することで回避できるものだからである。
米国の民間資本中央銀行であるFRBは、昨年1年間に緊急利下げを含む12回もの利下げを行い、6%であった公定歩合を1.25%まで下げている。
別のアップで、米国経済は、年率1.4%の急激なデフレに陥っていると書いたが、そうなった主要因は、FRBの金利引き下げ政策(たぶん通貨供給量も絞っただろう)である。
米国の金利低下は、株式市場に投資家の目を向けさせる役割はあるが、日本を中心とした諸外国からの資金環流をしにくくするものである。
FRBは、景気対策で金利低下を行ったと説明しているが、実際はデフレを招き景気を悪化させたのである。
公定歩合を1.25%にしたということは、FRBがデフレを予測していた(もしくはデフレにしたかった)ということである。
■ 金利上昇政策で困ること
ノーコストの金利上昇政策で「デフレ不況」から脱却できるのであれば、なぜ、政府・日銀はそのような政策を採らないのかという疑問が提示されるであろう。
さすがに、金利政策の変更だけのノーコストで「デフレ不況」から脱却できるわけではない。
● 大量の国債を保有する銀行
金利が上昇すると、必然的に国債の利率も上昇する。そして、低利の既発国債は、利回りが上昇=価格が下落することになる。
低金利の既発国債を大量に保有している銀行は、厖大な国債評価損を抱えることになる。
ただでさえ財務状況が厳しい銀行は、その評価損で債務超過に陥る可能性がある。
そのような銀行は、公的資金を投入して国有化するのがベストであるが、突然の政策変更であることを考慮し、金利上昇に伴う既発国債の評価損分までは、国有化につながらない優先株でしかも配当を義務づけないというかたちで公的資金を投入してもいいだろう。
このような問題や諸外国との金利差という問題もあるので、高金利といっても公定歩合でまず2%を目指し、現在の0.5%から0.25%刻みで様子を見ながら段階的に引き上げる。
もちろん、公定歩合の上昇に応じて、貸し出し金利を引き上げるとともに預金金利を引き上げる。
● 高金利=インフレでいちばん困るのは勤労者であり放置すれば「大不況」に陥る
国債問題以外にも、「デフレ不況」下で貸し出し金利を上げれば、企業の金利負担が増大し収益が圧迫され、さらに銀行の不良債権を増やすことになるのではないかという危惧もあるだろう。
しかし、その懸念は歴史的に不要であることはわかる。ほとんどの大企業が借金を背負いながら事業を営んでいるのだから、金利が上がれば、商品価格も引き上げることになり、物価指数が上昇することになる。
過剰債務で元利が返済できない状況になっている企業は、どのみち返済できないのだから、しばらくは返済の猶予と追加融資を続けるしかない
問題になるのは、価格支配力に乏しい中小企業や給与に生活を依存している勤労者である。
中小企業は、貸し出しそのものを受けにくい立場にあるが、貸し出しを受けられるとしても、そのコストを大企業への納入価格に転嫁しずらい立場にある。おそらく、大企業の販売価格が上がった後に、中小企業の納入価格が上がるということになるだろう。
最大の問題は給与所得者である。今年の春闘を見てもわかるように、ベースアップ0が続出し、5%の賃下げまで提示している大企業さえある。
このような状況で商品価格を上げると、購買力がそれについてこれないという事態が発生する可能性が高い。
ただでさえ将来に不安を抱えている人が多いのだから、物価上昇がより深刻な“不況”を招くことになる。
それを防止するために、金利上昇政策と同時に、標準家庭で年収800万円未満の勤労者の所得税減税を実行する。年収が低い人ほどより多くの減税が行われるようにする。そして、それを国債発行でまかなうのではなく、800万円以上の所得者に対する増税でまかなう。
この所得税変更は、2年間だけでもいいし、高所得者がどうしてもイヤだというのなら1年間だけでもいい。
物価が上昇し、経済活動が活発になれば、来年にはベースアップが行われるであろう。
本当は、1年間だけでいいから、企業が借金をしてでも、本給の5%くらいの特別手当を支給するというかたちがベストである。
しかし、「総論賛成、各論反対」の企業経営者たちは、そのような“国益”=“企業益”に適う策を採らないだろう。
もう一つの心配は、物価上昇が国際競争力を低下させるのではないかということである。
これも、大企業は、国内では高く売り、輸出は安くするというこれまでの企業行動で乗り越えられる。
このような意味からも、金利上昇政策でデフレから脱却できるチャンスは、日本(企業)が「世界の工場」の役割を担っているあいだしかない。
※ 金利上昇政策で最大のネックになるのは、米国との金利差であろう。日本のほうが金利が高ければ、米国に資金が環流しにくくなるからである。
この問題は、“政治的に解決すべき”だと考えている。