『青の炎』超ダイジェスト版1

 
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投稿者 一刀斎 日時 2000 年 1 月 17 日 01:02:50:

ガレージをきれいに掃除する代わりに、自由なスペースとして使っていいという
許可は、あらかじめ、母親から得ていた。秀一は、それから三年間かけて、ここ
に、様々なものを持ち込んだ。勉強部屋にはとても入らない巨大な作業机や、
ゆったりとした肘掛け椅子、冷蔵庫など。その多くは、よそで粗大ゴミに出てい
たのを拾ってきて、庭できれいに洗ったものだった。おかげで今では、深夜まで
気兼ねなく、自転車をいじったり、絵を描いたり、パソコンを改造したりと、自
由に時を過こすことができる。何時まで起きていても、誰にも文句を言われるこ
とはないが、翌朝、眠さに苦しむのは自分自身である。自己責任の原則を体得す
るためには、自ら何度も、辛い体験をくぐり抜けるしかない。
(中略)
101をショットクラスに注ぐと、冷蔵庫から氷と冷たい水を出して、大きめの
グラスに入れた。101をストレートで呷り、口中に広がる香りを満喫してか
ら、チェイサーで食道に落とす。バーボン特有の熱い塊のような感触を、胃の腋
に落ち着くまで感じる。熱い吐息をつくと、酩酊が押し寄せてきた。喫煙は、あ
まりにも害が大きすぎるので、手を出すっもりはなかったが、適度の飲酒は、神
経系の過度の緊張をほぐしてくれる。度を過こさなければ、健康にも問題はない
から、自己規制のできる人間なら、たとえ未成年でも、酒を飲んでオーケーだと
いうのが、秀一の持論だった。
ずらりと並んだ本の背表紙を眺める。ほとんどが、内外のミステリーだった。本
格ものが多いが、倒叙ものと呼ばれる、犯人の側から犯行を描いた作品が、昔か
ら特に気に入っていた。
数冊を手にとって、ばらばらと眺めてみる。特に参考になりそうな記述は、見当
たらなかった。もし、本気で事を成すつもりなら、小説ではなく、それなりの専
門書を当たらなくてはならないのではないか。
そんな気がしたが、具体的に、何の専門書を読めばいいのかは、見当もつかな
かった。巷には、『殺人マニュアル』という類のタイトルの本が氾濫している
が、実際に、ものの役に立つ殺人の指南書を売っているとも思えない。
思いついて、インターネットで、検索してみることにした。電話線は、自分で、
家からガレージまで引き込んである。検索エソジンを通じて、いくつかのサイト
を覗きながら、思考を巡らす。そのうちに、うっすらと見えてきたことがあっ
た。
『殺人学』という体系的な学問が、どこの大学の講座にも存在しない以上、必要
な知識は、それぞれの計画に応じて、アド・ホックに得る必要がある。
だが、おそらくは、どんな場合にも必須の専門分野が、一つだけあった。
法医学である。
囲碁や将棋などの頭脳ゲームで、相手の次の一手を予測して自らの戦術を組み立
てるように、完全犯罪を成し遂げるには、前もって、捜査側の手の内を読んでお
かなければならない。
そう考えて、秀一は、法医学関係のHPを検索してみたが、思わしい情報は得ら
れなかった。こればかりは、書店か図書館で、実際に書籍に当たるしかないかも
しれない。
…だが、自分は、いったいどこまで真剣に、こんな事を調べているのだろうか。
すでに、三杯目の101を空けていた。酔いで、少し頭がふらついている。
このまま、あの男をのさぼらせておくわけにはいかない。そのことだけは、はっ
きりしていた。もちろん、そのためには、合法的な手段から、順次、考慮してい
かなければならない。
とりあえずは、母を説得して、加納弁護士に相談するのが先決だろう。だが、も
し、最終的に残った選択肢が、『抹殺』だったとしたら−−。
秀一は、吐息をついた。
空想の中でならともかく、現実に、自分が人を殺せるとは思えなかった。
にもかかわらず、荒唐無稽なアイデアを弄んでいるのは、結局、マスターべー
ションでしかない。
しっかりしろ。現実的になれ。どうしたら、今、直面している問題に正しく対処
できるのか、考えるんだ。
性急に抜本的な解決策を望むのは、頑是ない子供と同じ態度だ。曾根を、手っ取
り早く、目の前から消し去ってしまうことなど、できるはずもない。とりあえず
は現実を受け入れ、何とか我慢できる程度にまで、状況を改善することを目指す
べきだ。
では、今、早急にやるべきことは、何だろう。家族を、曾根のどす黒い手から守
るために、できることは。
一つのアイデアが、頭の中で形を取りつつあった。うまくいったとしても、対症
療法でしかないが、場合によっては、かなり効果的かもしれない。
そのためには、まず、ネットを通じて、情報収集を行わなくてはならない。再
び、検索エソジンのページに戻り、思いつくキーワードを手始めに、情報を渉猟
し始めた。
夢中になり始めたとき、秀一は、はっとして顔を上げた。玄関で物音がしたの
だ。
曾根だ。
今ごろご帰還ということは、曾根にとって、今日はラッキー・デイだったに違い
ない。負ければ、帰りの電車賃しか残らないだろうから、こんな時間にはならな
い。あぶく銭を得て、どこかの場末の飲み屋で、薄汚い祝杯を挙げていたのだろ
う。
秀一は、曾根が、勝手に作った合い鍵でドアを開け、家に入っていく気配をうか
がった。しばらく待ってから、ガレージの電気を消して、ドアを開けた。
家の中は、真っ暗だった。二階の廊下で、曾根の傍若無人な足音がする。頑丈な
はずの床板の軋みが、スーパー・ヘビー級の体重を暗示していた。
母親も、遥香も、ベッドの中であの音を聞いているはずだ。二人が怯えている様
を想像すると、たまらない気持ちになった。
曾根は、突き当たりの部屋のドアを開け、中に入った。秀一はしばらく待ってい
たが、それっきり、動きはなかった。やがて、激しい鼾が聞こえてきた。秀一
は、突き当たりの部屋の前に行くと、静かにドアを閉めた。足音を忍ばせて階段
を下り、ガレージに戻る。
沸々と、怒りが煮えたぎってくる。
あんな屑のために、どうして、毎日、こんなに不愉快な思いをしなくてはならな
いのだろう。
死んだ方がいい人間は、確実に、この世に存在する。そんな人間を抹殺したとし
ても、非難されるいわれはない。むしろ、世間の人にとって有害なゴミを一掃し
たということで、賞賛されてしかるべきではないか。
パソコンの画面に目をやると、まだネットに接続したままの状態になっていた。
秀一は、情報収集の途中だったことを思い出し、再び、医学関係のHPの閲覧に
戻った。
徐々に必要な知識を蓄えて、おおまかな計画を練り上げる。問題は、必要となる
薬物を、どうやって手に入 れるかである。問題の薬品は、違法なドラッグではな
いものの、市販はされておらず、通常は、医師の処方箋なしには入手できない。
いろいろと考えたが、これも、インターネットを通じて行う以外にはなさそう
だった。
青酸カリの販売による自殺事件以来、当局の取り締まりが厳しくなっており、非
合法に薬物を販売している『薬局』と呼ばれるサイトを捜すのは、けっこう骨
だった。まともに検索をかけるだけでは、なかなか見つけることができたい。秀
一は、『krac』や『crack』、『warez』、『われず』、『割れ豆』、『鯖』と
いった、定番のキーワードを手がかりにして、怪しげなアングラ・サイトやリン
クス、BBSたどを一つずつ参照し、リンクやURLを辿っていった。
三時間後、ようやく、ひとつのサイトを発見することができた。個人でサーバー
を立てているので、特定の時間しか、アクセスできないようになっている。
画面には、『K's Convenience Pharmacy』という標題が、真っ黒な背景に、赤
い字で浮き出していた。どういう人間が運営しているのかは不明だが、注文可能
な薬品のリストは、メラトニンやプロザック、ロゲインのように一般的な物か
ら、聞いたこともない薬まで、多岐に亘っていた。
秀一は、膨大なリストを目で追っていった。『クラウド9X』、『5−
HTP』、『セントジヨソスワート」…。さすがに、毒物や向精神薬は含まれて
いないようだが、本来は、医師の処方箋がないと買えない薬品や、日本国内で
は、原則販売禁止になっている薬も、含まれていた。
いくらスクロールしてもきりがないので、五十音順リストの、『サ行』に飛ぶ。
『サンメール内服液』、『サンリズム』、『ザンタック錠』、『サンディミュ
ン』……。
そして、とうとう、探していた『シアナマイド液』の名前を発見する。
秀一は、『注文方法』をクリックした。
注文自体は、このHP上で行うことができるようだ。その後、指定された銀行口
座への入金が確認されるか、EMS書留による送金が到着してから、二、三日
で、商品は到着するということだった。
最後に、購入した薬品の一部は、日本国内においては、卸売り、小売り、転売、
譲渡がすべて違法となることがあるとの、但し書きが付いていた。
秀一は、考え込んだ。このHP自体、どこまで信用できるかは、わからない。先
に金を振り込ませるシステムなので、そのまま商品を送ってこず、HPも閉鎖さ
れてしまうという危険性もある。
金のことは、最悪でも、諦めればいい。だが、注文の際に、相手にこちらのアド
レスを探知されてしまう危険性は、見過ごせなかった。さらに、この点が最も致
命的なのだが、商品を受け取ろうとすれば、こちらの住所と氏名を明かさなけれ
ばならたいという問題があった。
とりあえず、そうした問題点さえクリアーできれば、いつでも注文することがで
きるように、『K's Convenience Pharmacy』をブックマークに登録しておくこ
とにした。
こうしたアングラ系のサイトは、しばらく見ないうちに、すぐ消滅してしまう。
秀一は、以前にブックマークに入れたアドレスの一つを、クリックしてみた。
てっきりなくなっているものと思ったが、ディスプレイには、白黒の顔写真が現
れた。まだ幼さの残る、中学生の顔だった。
かつて日本中を震撤させた事件の、少年被疑者である。HPには、実名だけでな
く、住所や本籍地などの個人情報までアップされていた。
少年法では、未成年の被疑者の顔写真や実名などを報道することを禁じているは
ずだった。だが、参加者全員が発信元になれるネット社会では、そうした規制
は、ほとんど効力を持たない。日本国内のサイトを一つずつ潰しても、いたち
ごっこにすぎず、結局は、海外のサイトに逃避するだけなのだ。
秀一はこれまで、少年というだけの理由で、どんなに凶悪な事件を起こしても手
厚くプライバシーを保護される日本の法律には、疑問を抱いていた。この少年の
素顔にしても、あれだげのことをやった以上、広く世間に知らしめるのは当然だ
と思う。
だが、今は、全く逆の観点から、同じ写真を眺めていた。
これは、警告だ。
失敗すれば、こうやって、さらし者にされる。万が一、最終手段に訴える場合に
は、どんなことがあっても、失策を犯してはならない。




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