「裁量労働制」切り捨ては労働者・産業界不在の茶番劇だ
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2018.3.5 週刊ダイヤモンド編集部
厚生労働省の地下倉庫にある労働時間等総合実態調査の調査票。この再集計に無駄なコストと時間とマンパワーが割かれることになる Photo:JIJI
厚生労働省のずさんなデータ不備問題により、政権が最重要法案と位置付ける働き方改革関連法案に暗雲が垂れ込めている。ついに、安倍首相は裁量労働制を法案から削除する決断をした。だが、目玉法案の大幅修正にもかかわらず、政権はどこ吹く風だ。厚労省の怠慢。与野党による壮大なるチキンレース──。国民は、とんだ茶番劇を見せられている。(「週刊ダイヤモンド」編集部 浅島亮子)
安倍政権が裁量労働制を切り捨てた。2月28日夜、安倍首相が、働き方改革関連法案から裁量労働制の適用拡大に関する部分をごっそり削除する方針を決めたのだ。裁量労働制とは時間にとらわれない働き方の一つで、年収要件が設けられていない制度のことをいう。
発端は、厚生労働省によるずさんなデータ不備問題である。「裁量労働制の人の労働時間は一般労働者より短い例もある」とする首相答弁の根拠となったデータに、次々と不備が見つかり、発言を撤回する事態になっていた。
問題のデータとは、2013年度の労働時間等総合実態調査のこと。全国の労働基準監督官約4000人が企業へ立ち入り、労働時間や賃金を聞き取る方式で実施された。その生データに大量の誤りがあったばかりか、質問の違う調査(裁量労働制の労働時間と一般労働者の最長残業時間)を比べて答弁に誤用されていた。
これまで、この調査は法案策定に関わる労働政策審議会の判断材料とされるなど、信頼性の高いものとされてきた。「労務管理に詳しい監督官が賃金台帳と照らし合わせながら付けているから正確だろう。一般統計とは違い、企業規模の大小が網羅されており万能だろう。そう思い込み、過去の習慣にあぐらをかいてしまった」(厚労省幹部)と認めるように、厚労省は無責任のそしりを免れない。
言うまでもなく、働き方改革関連法案は政権が掲げる今国会の看板法案である。目玉の大幅修正なのだから、政権にとっては大きな痛手となりそうなものだが、実情は違うらしい。
どういうことか。この法案は、労働基準法や労働安全衛生法など8法の改正が組み合わされた“抱き合わせ法案”になっている。中でも、政権が最重要と位置付けるのは、「長時間労働の是正」と「同一労働同一賃金の導入(同じ企業内で、正社員と非正規社員との待遇差を解消)」の二大テーマに関わる部分だ。裁量労働制の適用拡大は法案の骨格ではなく、サブテーマにすぎない。
実は、データ問題の発覚直後に共闘した野党にしても、形式上は、裁量労働制を含む働き方改革関連法案の提出見送りを与党に求めながらも、二大テーマに関してはおおむね賛成の立場だ。
法案提出のリミットは、4月上旬。「政権が法案から裁量労働制を取り除くことなく強行採決に踏み切るのか。野党が働き方改革関連法案を廃案にしない程度に政権にダメージを与えられるのか。与野党のチキンレースになっていた」とは、ある官庁幹部の弁だ。
そして、安倍政権は早々にレースを降りた。厚労省の不手際のせいで野党に攻められるくらいならと、あっさりと裁量労働制を切り捨てた。それぐらいの思い入れしかないからだ。久方ぶりにスポットライトを浴びた野党からすれば、攻勢を強める矢先に、肩透かしを食らったようなものだ。
当分、野党は同じく時間にとらわれない働き方である「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の法案からの削除を主張するだろうが、それとて政権にはサブテーマにすぎない。ちなみに、この制度は年収1075万円以上の専門職を対象に労働時間規制から外す制度で、残業代は発生しない。
中小企業の負荷に反発を強める与党議員
厚労省の怠慢。与野党による壮大なるチキンレース──。国民は、とんだ茶番劇を見せられている。
一連の政治プロセスに、労働者や産業界といった労働市場を形成するプレーヤーの視点はない。
厚労省のデータ不備が許されることはないが、そもそも裁量労働制の正当性をめぐって、「一般労働者よりも労働時間が長いか短いか」を争っている与野党共に、制度の主旨をはき違えている。
にもかかわらず、今後、膨大な時間と金と役人のマンパワーを費やして、「5年前のデータ」の再集計作業に打ち込むことになる。
野党が突くべきは、もっと本質的な政権の死角なのではないか。働き方改革は、安倍1強を背景に官邸主導で進められたために、議論の過程で労働者や産業界の意見が集約されていない。
早くも、ほころびが見え始めている。例えば、二大テーマ(長時間労働の是正と、同一労働同一賃金の導入)は中小企業への負担が重過ぎるとして、法案提出の直前になって今更、中小企業を票田に持つ与党議員が反発を強めている。
また、産業界全体にとっては、働き方改革関連法案のメリットは限りなくゼロに近い。裁量労働制や高プロが消えれば、“規制緩和項目”がなくなるからだ。あるメーカー人事担当者は、「待望の裁量労働制は消えるのに、春闘では賃上げを要求されるとは、こんな虫がいい話はない」と怒り心頭だ。