コインチェック不正流出で再考すべき仮想通貨の問題点
http://diamond.jp/articles/-/158559
2018.2.6 真壁昭夫:法政大学大学院教授 ダイヤモンド・オンライン
Photo:REUTER/AFLO
今回の仮想通貨流出事件は
仮想通貨への楽観を考え直すよい機会
1月26日、大手仮想通貨取引所(交換業者)である“コインチェック(Coincheck)”から、多額の仮想通貨“NEM(ネム)”が不正に流出した。同社がこの事象を検知したのは、同日11時25分頃だった。
顧客の資産である仮想通貨が社外流出したにもかかわらず、迅速な対応がとられなかったことに対して批判の報道が続いている。記者会見で同社の和田社長が、しっかりしない回答を繰り返したとの印象を受けたことも批判に拍車をかけている。
そうした批判は重要だが、それだけで意義ある見解を導くことは難しい。今回は、別の視点でNEMの不正流出を考えてみたい。
今回の仮想通貨流出事件は、仮想通貨への楽観を冷静に考え直すよい機会かもしれない。仮想通貨には、長い目で見てさまざまな可能性があるものもある半面、その価値に何も裏付けがない仮想通貨が、永久に上昇し続けることはありえない。仮想通貨のリスクと可能性を、もっと冷静に考えることが必要だ。
今回の事件の発端は、コインチェックが基本的なシステム運用を徹底していなかったことにある。監督官庁も、より厳格に仮想通貨の交換業者をモニターして行く必要があるだろう。仮想通貨の役割は重要性を増す可能性がある。企業と政府の両者が連携し、安定した仮想通貨取引の社会的なインフラ形成を目指すべきだ。
今後の展開を考えると、民間の銀行、あるいは中央銀行が自らの信用力を裏付けとした仮想通貨を発行する可能性は高まっている。そうした取り組みと、ただ単に人気に支えられた仮想通貨ブームは切り離して考えなければならない。信用の裏付けのない仮想通貨は投機の対象になりやすい。仮想通貨に投資する場合、そのリスクを十分に理解すべきだ。
仮想通貨の価値上昇への
楽観・幻想への戒め
コインチェックから約580億円もの顧客資産=NEMが社外に流出したことは、世界に仮想通貨のリスクを再認識させた。すでに、フェイスブックは仮想通貨、それを用いた資金調達手法であるイニシャル・コイン・オファリング(ICO)の広告を禁止すると発表した。米SEC(証券取引委員会)も、ICOの差し止めを発表するなど、世界的に仮想通貨のリスクを冷静に見極め、投資家の保護を強化しようとする動きが進んでいる。
昨年末、1ビットコインの価値が日本円で200万円を突破するなど、仮想通貨市場には、買うから上がる、上がるから買う、という強気心理、楽観が蔓延していた。コインチェックからのNEM流出を受けて、仮想通貨そのもの、その取引に関するリスクを冷静に見極めようとする動きは今後も増えるだろう。
資産やモノの価値が、何もしないで上昇し続けることはありえない。しかし、仮想通貨の場合、明確な理由はないにもかかわらず、我も我もと、ブームに乗って利得を得ようとする人が急増した。その背景を簡単にまとめておこう。
昨年の春先から中国政府は仮想通貨取引を規制し、一時は、人民元建てのビットコイン取引などが急減した。その後、ドル/円を中心に外国為替相場のボラティリティ(為替レートの変化率)が低下し相場が膠着する中で、FX取引の延長線上の発想で仮想通貨を取引するわが国の個人投資家が増えた。
その結果、“仮想通貨ブーム”と呼ぶべきかなりの熱狂感が一部の人々の間に広がり、仮想通貨の相場が急騰した。まさに、人気が仮想通貨の急騰を引き起こした。
その中で、コインチェックはビットコインをはじめ13種類の仮想通貨の取引を仲介していたことが支持され、急速に仮想通貨取引所としての存在感を高めたようだ。コインチェックの短期間での急成長は、人々の楽観によって支えられたといえる。
ある意味、それは“砂上の楼閣”というべき、きわめて不安定な状況だったといえる。
今回浮き彫りになった
経営管理・監督上の問題
コインチェックからの不正流出の原因には、安全上、導入しなければならないIT技術が実装されてこなかったことがある。それを放置した経営者の責任は重い。責任以前に、経営管理を行う資質がなかったといわれても仕方がない。
特に、ネットと切り離された(USBメモリ、紙に書いて保管する)“コールドウォレット”を用いずに、銀行のキャッシュカードの暗証番号の役割を持つ仮想通貨の秘密鍵を、オンライン環境(ホットウォレット)で保管していたことは見逃せない。
また、“マルチシグ(マルチシグネチャー。複数のパスワード[署名]を複数のコンピューターで保管し、ハッキングなどを防ぐ技術。金庫に多くのカギをかけてセキュリティーを強化する発想に似ている)”も導入されていなかった。
社長である和田氏の会見内容を見る限り、この基本的な問題の重要性を十分に理解していなかったのでは?との疑念すら湧く。
さらに踏み込んでいえば、なぜ、こうしたずさんな経営管理が放置されたかが問題だ。
昨年4月、政府は改正資金決済法を施行し、仮想通貨の“財産的価値”を認めた。同時に、金融庁は仮想通貨交換業者の登録制度を導入した。現在、16社が登録済みだ。コインチェックは登録の申請を行い、当局からの審査を受けている最中で、“みなし業者”の立場にある。
仮想通貨取引のブームが起きる中、「買えば必ずもうかる」と公言する勧誘手法も多かったようだ。当局が交換業者の経営体制を厳正に評価してシステム運用などの是正を求めていたならば、こうした不正流出は防げたかもしれない。
コインチェックは、想定以上の取引増加によって経営管理体制を強化できなかった。そうした企業に営業を許可することは、投資家がハッキングなどのサイバー攻撃に晒されることにつながるといえる。今回の教訓を生かし、官民が協力して、投資家保護のためにより安定かつ安全なシステム構築の基準をまとめ、それを遵守する環境整備が求められる。
十把一絡げにすることは
適切ではない仮想通貨
今後の展開を考える時、“信用力”の裏付けがあるか否かによって仮想通貨には2つのタイプがあることを忘れてはならない。
現在、多くの民間金融機関や中央銀行が、仮想通貨を発行して分散型の管理台帳システムであるブロックチェーンの有用性を活かしていこうとしている。すでに国内でも、三菱UFJフィナンシャルグループが独自の仮想通貨である“MUFGコイン”の開発を進め、実証研究も予定されている。
実際に、銀行の信用力を裏付けとした価値が一定の仮想通貨が社会で使われるようになると、送金や預金の引き出しにかかる手数料は引き下がるだろう。それは、わたしたちの生活にとってはよいことだ。
また、世界各国で中央銀行が形のない法定通貨としての仮想通貨の可能性を研究し、開発に向けた取り組みを重視している。実際に、中央銀行が形のないマネーを実用化すると、社会全体で資金決済や金融取引のコストが低下するだろう。
信用力の裏付けがある仮想通貨の実用化には、さまざまなベネフィット=便益が期待できる。そのため、ブロックチェーンの拡張性への注目度は高まり、様々な分野での応用が検討されていくはずだ。
一方、ビットコインなど、信用力の裏付けがない(価値を安定させる仕組みがない)仮想通貨は、人気次第で価値が変化する。
それが、法定通貨と同等の存在になることは考えられない。信用の裏付けのない仮想通貨は根無し草のようなものであり、ドルや円に対する価値がどう変化するかは予想が困難だ。それは投機の対象となりやすい。投機を行う意識でこうした仮想通貨を取引するならいいが、その覚悟がないのであれば取引するべきではない。
今回のように、交換業者の経営リスクも軽視できない要因だ。お金は、わたしたちの命の次に大切なものである。お金を運用する際のリスクは冷静、かつ慎重に考えた方がいいだろう。仮想通貨を取引する際には投機のリスクを負担していることに加え、交換業者の経営体制に起因するサイバー攻撃などのリスクに、自分のお金が晒されている可能性があることも十分に理解しておく必要がある。
(法政大学大学院教授 真壁昭夫)