生鮮食品の過度な安売りは生産者も疲弊させる
「大根1円」激安販売 「ハイ&ロー」商法は長続きしない
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170919-00000010-pseven-bus_all
NEWS ポストセブン 9/19(火) 7:00配信
もやしや大根などの野菜を「1円」で販売し続けたのは不当廉売(独占禁止法違反)にあたるとして、公正取引委員会が愛知県内の「カネスエ」と「ワイストア」の2スーパーに警告を発する方針だという。
通常、スーパーの特売や超目玉商品は、それこそ「1円でも安く買いたい」という消費者の要望に応えた究極の企業努力ともいえるが、今回のケースはどこに問題があるのか──。流通アナリストでプリモリサーチジャパン代表の鈴木孝之氏が、激安スーパーに潜む儲けのカラクリと苦しい業界事情について語る。
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激安販売が成り立つための要件は2つあります。ひとつは、店(企業)のコスト比率が極端に低いこと。家賃や人件費、光熱・水道代などすべてひっくるめて、安上がりの経費構造を土台にすれば、あまり利益率を取らなくても安売りすることができます。いわゆるディスカウント商法の典型です。
2つ目は業界用語でいう「マージンミックス」です。これは、粗利が十分に取れる商品が他にたくさんあって、仮に激安商品を売ってもソロバン勘定が合うようになっている仕組みです。安売り商品は明らかに原価割れ、仕入れコストを割っているはずですが、その赤字分は他の商品が売れることで埋め合わせしているのです。
しかも、今回のように1円という超目玉商品を出すことで客数は大幅に増えますし、増えた客が他の買い物もしてくれるので、全体の売り上げ増につながるという考え方です。もっとも、いまの消費者は賢く“バーゲンハンター”も多いため、チラシ商品である1円の野菜と数品だけ買って、帰ってしまう人もいるでしょうが。
こうした商法は「ハイ&ロー」といわれ、たとえば太くて立派な大根が通常200円(ハイ)だとすると1円というロー価格は明らかに異常です。一時的な客寄せにはなるかもしれませんが、ずっと続けられる商法ではありません。
また消費者が持つ価格に対する不信感が広がる恐れもあります。
かつて大手スーパーが決算期末に衣料品の半額セールや6割引などを繰り返して問題になったことがあります。じつは納入業者がそのセールのために元の納入価格を上げていたことが判明したのですが、客を高い値引き率でおびき寄せるこうした売り方は、一歩間違えれば“だまし商法”になる可能性があります。
正しいディスカウントとは、「エブリデー・ロー・プライス(EDLP)」です。通常価格を大幅に下げるのではなく、大根でも最初から常に100円程度と低価格で売るのが大手の主流のやり方です。EDLPを実現するために、たくさん農家と長期の仕入れ契約を結び、市況に関係なく一定量を仕入れられる体制を築いています。
それは生鮮食品に限らず、ユニクロがやっているような衣料品もそうですし、ニトリが手掛ける家具・ホームファッション商品もそう。そうした商品開発の仕組みづくりができなければ、今回のように“ゲリラ的”に目を引く商法に頼らざるを得ない。
しかし、このやり方は決して長続きしません。手を変え品を変え激安商品を用意しなければならず、結局体力を消耗するわけです。また、安売りばかりしていると仕入れ数量を安定的に確保できません。最近では大手スーパーでさえも、低価格を維持するため自ら子会社で農業生産法人をつくり野菜をつくっているほどです。
とはいえ、EDLPの商品をたくさん揃えるには、ある程度の店舗スケールが必要で、日本で出来なければ海外でコスト条件がよく、競合他社と同等かそれ以上良質の商品を開発する必要があります。
船で運んで自社倉庫に置くなど物流コストをかけても他社より安い。大手のスーパーは総合商社のグローバルなネットワークも使えるのでそれも可能ですが、小さな地域密着型のスーパーではできません。
また、イオンのような大手スーパーでも食品を生産者やメーカーから直接買って、問屋を介在させない商品が圧倒的に多くなりました。ビールもメーカーの工場にトラックを送って直接買い、自分たちのコストで自前の物流倉庫まで運んでいる。だから仕入れコストが安く済み、価格に転嫁させることができるのです。
そういった意味では、農家が産物を直接店に納入する「道の駅」も地域スーパーにとっては大きな脅威になっています。
では、地域密着型の小さなスーパーが、大手スーパーや量販店に負けないようにするにはどうしたらいいか。規模は望めませんが、やはり地域の農家と持続的な関係を構築し、安定して商品を供給してもらうしかありません。
そして、信用力を勝ち取り、価格もEDLPにもっていく。もし1社でできなければ同業他社と手を結べばいいのです。事実、いまは全国で小さなスーパー同士の「地域連合」ができあがっています。
取引先や生産者に「長い付き合いだから仕入れコストを安くしろ!」と値下げ圧力をかける強引なやり方もよく耳にしますが、商道徳の話もさることながら、コスト、コストで痛め付ければ生産者はやっていけず、廃業や倒産に追い込まれていきます。豆腐や納豆などのような加工食品業者もどんどん減ってしまうでしょう。
そのうえ、雇用や失業など社会問題も招くことにもなります。家族経営など痛みが最小限で済めばいいですが、コストを削減するがあまり、そのしわ寄せはすでに従業員の給料減額やサービス残業の増加、取引先や生産者にまで及んでいるのです。
なによりも、生産者がずっと商売を継続できるような妥当な仕入れコスト、適正価格を決めているか。公取委の最大の睨みどころもそこです。そうしなければ、モノづくりすべてが疲弊し、ひいては日本の産業全体にとって大きなマイナスとなってしまうのです。
ただ、今回の1円販売で考えさせられることがあります。2つのスーパーは以前から公取に睨まれていることが分かっていたはずなのに激安競争を続けていたのは、消費者の食品や生活雑貨を中心とした日常消費に使う支出額が増えていない証拠だということです。
奇しくも今、西友やイオン、ダイエーもトイレットペーパーなど日用品を一斉に値下げしていますし、これまで値下げとは無縁だったセブンイレブンなどコンビニまで値下げを行なっています。それだけ消費者の財布のヒモは固く、売り上げが伸びないんです。
その一方で、酒の安売り規制でも見られたように、値引きの企業努力に対して国がモノの価格に介入しようとしていることは問題です。異常な価格引き下げや不当な圧力をかけた業者を公取が取り締まるのは当然ですが、それとは別に政府が価格統制をするようなことがあってはなりません。
背景には、何とかインフレ目標2%を達成してデフレ脱却を果たしたいという思惑があるのでしょう。しかし、本来、商品の価格は需給関係で決まるもの。企業は政府のインフレ目標のために価格政策をやっているわけではなく、冷静に消費者動向をみています。そうした民間の健全な競争を阻害しかねない空気が蔓延しているのはいかがなものかと思います。
1円販売という過度な手法だけを俎上に載せて、安売り自体を否定するような流れにならないことを望みます。