現在の日本の制度では、高齢者は働かないほうがトクになってしまう
「高齢者は働かないほうがトク」という制度は見直すべきだ
http://diamond.jp/articles/-/113884
2017年1月12日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問] ダイヤモンド・オンライン
高齢者の定義を75歳以上とする提言が公表された。
高齢者が元気になっていることを踏まえれば、適切な考えだ。
必要なのは、高齢者が働く社会を実現することだ。しかし、現在の日本の制度では、高齢者は働かないほうがトクになる。これを見直し、働くことが正当に報われる社会をつくることがまず第一歩だ。
■「働かない年金生活者」というイメージをなくせ
日本老年学会などは、現在65歳以上とされている高齢者の定義を、75歳以上に見直すべきだとする提言を発表した。
この提言の基礎には、高齢者の身体・知的能力や健康状態が改善しているという事実がある。上記学会が高齢者に関する国内のデータを収集、分析したところ、ここ10〜20年の間に、5〜10歳程度、若返っていることがわかったという。とくに65〜74歳は、心身の健康が保たれ、活発な社会活動が可能な人が多いので、「准高齢者」という新たな区分で呼び、就労やボランティアに参加できる枠組みを創設すべきだとしている。
これは、多くの人が実感していたことだろう。私自身も常々そのように感じていた。
名前や呼び方は重要である、実態が変わったにもかかわらず名称が変わらないため、古い観念にとらわれる場合が多いからだ。
実際、65歳以上を高齢者と呼ぶと、「働かない年金生活者」というイメージになる。そうした観念が一般的だと、働くのは不自然と言うことになりかねない。
「後期高齢者」などと言うと、もはや余生も少なく、働くことなど考えも及ばないというイメージになってしまう。そして、医療費の自己負担を低くするのもやむをえまいという考えになる。
しかし、これらのいずれも、現在の日本の実情を考えれば、見直しの余地があるものだ。「客観的条件が変わっているのだから、考え方を変えるべきだ」という上記の提言は、まことに適切なものと考えられる。
■制度が「元気な老人」に対応する必要がある
人間の身体、精神状態においてこのような変化が生じているのだから、社会がそれに対応する必要がある。
ただし、名前を変えただけでは、十分でない。
それに応じて制度が変わり、それによって人々の行動が変わり、そして、社会が変わることが必要だ。
仮に現在の制度にある年齢条件をすべて10歳引き上げれば、日本社会は大きく変わるだろう。
現代の日本が抱えている問題の基本は、人口の年齢構造が大きく変化したにもかかわらず、制度がそれに対応していないことである。このため、高齢者が社会に貢献せず、若年労働者に支えられる形になってしまっている。このような社会は、将来に向けて維持することができない。
なお、前記の提言では、この提言を社会保障制度の変更に直接結びつけることには、慎重な対応を求めている。
そこで想定されているのは、年金の支給年齢引き上げであるようだ。しかし、社会保障制度には、これに限らず、さまざまな問題がある。
■高齢者の就業を促進する必要がある
方向としては、高齢者が働くことができる環境をつくることが必要だ。社会制度をそれに合ったものに直すのである。
以下に見るように、現在の制度は、働かない者にとって有利な制度になっている。それを後押ししているのが、社会保障制度だ。とくに、在職老齢年金制度と高齢者医療制度の影響が大きいと考えられる。現在の制度では、「高齢者になったら働かないほうが有利」ということになってしまっているのである。
このため、働く能力を持ち、かつ働きたいと思えば就業の機会がありながら、あえて働かない高齢者が多いと考えられる。今後、日本経済が深刻な労働力不足に直面すると予測されることから考えても、この状態を変え、高齢者の就業を増やすことが重要だ。
働き方の改革という場合に最も重要なのは、高齢者の労働環境を整えることだ。
他方で、情報技術の発達によって、多様な働き方が可能になっている。とくに、シェアリングエコノミーとフリーランスの進展は、高齢者就業についても重要な意味を持っている。
将来の労働力不足に対する対策として、少子化対策が言われる。少子化の是正は、それ自体として重要なことだ。しかし、いま出生率が上昇したとしても、労働力不足問題の解決策にはならない。生まれた子供が労働力になるまでには、かなりの時間を必要とするからである。
■65歳以上になると働かない人々が急増
高齢者の就業状況は、どうなっているだろうか?
まず、労働力人口比率を年齢別に見ると、図表1のとおりだ。ここで、「労働力人口比率」とは、当該年齢階層の人口に占める「労働力人口」の割合である。「労働力人口」とは、「就業者」と「完全失業者」の合計である。
図表1を見ると、25〜29歳頃から85%程度になり、55〜59歳まで80%を超える水準が続くことが分かる。
しかし、65〜69歳で40%近くと半減し、70歳以上だとさらに低下する。
つまり、65歳以上になると働かない人々の比率が急増するのだ。ここでは、「高齢者は働かない」「高齢者とは、65歳以上」という従来からの図式が、そのままの形で見られるわけである。
◆図表1:年齢別労働人口比率
■労働人口比率の低下は制度的要因による
では、高齢者の労働力人口比率は、なぜ低下するのだろうか?
その原因として、原理的には、つぎの2つを考えることができる。第1は、個人の肉体的・精神的要因、第2は、制度的要因である。
肉体的能力よりも制度的な要因のほうが強く影響しているのではないかと考えられる。それは、時系列的な推移で確かめられる。
高齢者労働力人口比率の時間的な推移を見ると、図表2に見るように、1960年代以降、2004年頃まで、傾向的に下落してきた。
ところが、先に述べた学会提言にもあるように、高齢者の肉体的・精神的条件は、時系列的に見て改善している。したがって、その点から見れば、労働力人口比率がむしろ顕著に上昇していて然るべきである。
実際に労働力人口比率が低下しているのは、社会制度的な要因がそれを打ち消すほど強く働いていることを意味する。
ただし60〜65歳層を見ると、労働力人口比率は、04年頃をボトムとして、その後は上昇している。この結果、65歳以上で見ても、11年以降は上昇している。
この要因は、高齢者の肉体的・精神的条件の改善かもしれないが、70歳以上に比べて60〜65歳の比率上昇が顕著であることを考えると、年金支給開始年齢の引き上げの影響かもしれない。
◆図表2:高齢者の労働力人口比率の推移
■職を得られるにもかかわらず働こうとしない高齢者
社会制度的な要因が与える影響には、つぎの2つがある。第1に、働くことに対してどのような経済的なインセンティブを与えるか。第2は、働く意欲を持ったとしても、就業機会があるかどうか。
第1点は、「働く意思があるかどうか?」という問題であり、第2点は、意思があるとして、「職を得られるかどうか」という問題である。
このどちらが重要であろうか?
それを見るために、年齢別の労働力人口比率と就業率を見る。
ここで、「就業率」とは、当該年齢階層の人口に占める「就業者」の割合である。
年齢別の就業率を見ると、年齢別の労働力人口比率とあまり変わらない。それは失業率を見るとより明確にわかる。
図表3を見ると、高齢者の失業率は、他の年齢層に比べて格別高いわけではないことが分かる。それどころか、若年層に比べるとかなり低い。
2015年においては、図表3に見られるように、15〜29歳の失業率は5%を超えているのに対して、65歳以上の失業率は2%でしかない。これは、全年齢平均の3.4%より低い数字だ。
つまり、高齢者については、「職が得られるかどうか」というよりは、「就労したいと思うかどうか」が問題なのである。
◆図表3:年齢別失業率
なお、失業率の推移を時系列的に見ると、図表4のとおりだ。
全年齢平均は、1990年代後半から上昇し、経済状況によってかなり大きく変動した。
65歳以上は、90年代後半で上昇したのは事実だが、景気にはあまり影響を受けていない。
これは、「働こうとすれば職を得られるにもかかわらず、働こうとしない」高齢者が多いことを示唆している。
したがって、「働くことができる制度」も重要だが、「働くことが損にならない制度」をつくることは、もっと重要なのである。
とりわけ、社会保障制度には、高齢者になって働くことに対して重い税を掛けているのと同じ結果をもたらしているものが多いのである。それが、高齢者の就業意欲を低下させている可能性が高い。こうした要因を取り除くことが必要だ。
◆図表4:失業率の推移