情報戦の裏側
【第2回】 2016年10月6日 窪田順生 [ノンフィクションライター]
フジテレビのずさんさが露呈、豊洲の「傾く柱」問題
豊洲新市場を巡る刺激的なキーワードに、また1つ「傾く柱」が加わった。しかし、フジテレビが行ったこの報道は、関係各所に十分な「裏取り」をした形跡がない。報道の基本である「裏取り」がおろそかになりがちな背景には、どういったマスコミの事情があるのだろうか?
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報道の基本「ウラ取り」をしていない!?
フジテレビのずさんな取材体制
「謎の地下空間」「汚染水」とカオスな情報が飛び交う豊洲新市場問題で、またまたダイナミックな報道が飛び出した。
外部から持ち込まれたネタは、十分なウラ取りをして、「正しい」と分かってから報道するというのは、調査報道の基本中の基本。しかしどうやら今回、フジテレビはこの基本をおろそかにしたようだ(画像はフジテレビの『新報道2001』より)
10月2日に放送された「新報道2001」(フジテレビ)のなかで、「地下盛り土問題以外にも問題があるのでは、と疑ってしまうような写真を今回入手した」として、加工パッケージ棟の4階フロアの柱が傾いているように見える写真を紹介したのだ。
番組では、カメラのレンズによって、被写体が曲がって見えることもあると言及しつつも、プロカメラマンや建築エコノミスト・森山高至氏などの見解を基に、市場周辺が地盤沈下しているのではないかという可能性を強く印象づける内容となっていた。
実際、放送の翌日、東京都は「柱がゆがんでいる事実はない」と報道を全否定しているが、「本当は傾いてるんじゃないの?」と疑う声もかなりある。
このあたりは他メディアのみなさんに加工パッケージ棟に足を踏み入れて確認をしていただくとして、もうひとつ多くの人たちから疑問の声が上がっているのは、「新報道2001」の報道スタンスについてだ。
通常、外から情報が持ち込まれた場合、報道機関は「裏取り」という確認作業に入る。それを経て情報が誤りであればボツ。正しいのならば報じる、という流れが一般的だ。しかし、今回の報道ではどういうわけか、そういうプロセスがしっかりとなされていないのだ。
番組内で、森山さんら「専門家」の見解が次から次へと出てくるわりに、施設管理者である東京都に対しては、一応の事実確認はしているものの、現場への取材申し込みをするなりして、実際の柱の傾きを確認しようと試みた、などというくだりは放送されていない。これでは十分な「裏取り」がなされているとは、到底言えない。
疑惑報道を行う前に当事者に当てる、つまり確認をするというのは、週刊誌記者でも叩き込まれる、調査報道の基本中の基本だ。ショーンKさんの経歴詐称疑惑も、ご本人に「ホラッチョ川上と呼ばれてましたよね」と当ててこそ、はじめて「文春」は記事にできる。
そんな基本の作業を、「報道」が冠につくような硬派な番組を作っている立派なジャーナリストが忘れる、というのは常識的に考えられない。
また、BuzzFeed Japanによると、この写真を提供した中央区の渡部恵子区議は、9月23日に現地を視察し、そこで撮った写真の中で柱の傾きに気づき、知人を介して番組に「検証」を依頼したという。
渡部区議はFacebookで自己紹介しているように、「築地魚河岸仲卸二代目」という立場もある。今回の問題の「被害者」とも言える人からの「検証してください」という切実な願いがスルーされたまま、スタジオで「ああだこうだ」とイマジネーションを働かせる展開にも、かなり違和感を覚える。
すぐに飽きる視聴者相手に
「独自ネタ」提供を焦るマスコミ
こう書くと、今度は「あの番組は豊洲問題をこじらせたい勢力がマスゴミと結託した情報操作なんだ!」とかいう主張をされる方もいるかもしれない。
もちろん、そういう可能性もすべて否定できないのだが、個人的には、そこまで複雑な話ではなく、単に番組制作業務を円滑に進めたかった制作者側の「自己保身」が優先されてしまった結果だと思っている。
オンエア前に東京都に現場取材を申し込んで、「柱は傾いていない」ことが分かってしまったら、番組で取り上げられないではないか。せっかくプロカメラマンにまで「レンズではこういう歪みはでない」なんてコメントを言わせたのが、すべてパーになる。つまり、「裏取り」をした時点で、渡部区議の提供写真は「ボツ」になる可能性が高いのだ。
そうなると、現場の人間としては新たなネタを探さなくてはいけない。「盛り土」「地下空間」「汚染水」は、もう視聴者も飽きがきている。なおかつ他社が報じていない「独自ネタ」を探してくるとなると、これはかなり辛い。
筆者も週刊誌記者時代、この手の事件現場で、ワイドショーや新聞に報じられていない独自ネタを探してこいと命じられ、毎回死ぬような思いではいずりまわっていた。こちらが取材をしている間、他社だって当たり前だが取材をしている。そして、ニュースにどんどん情報が出てしまう。それは、「新報道2001」のような週1ペースの報道番組もまったく同じだ。
こういうハードな環境に追いこまれた取材者というのは、どうしても「とにかくネタとして成立させる」という力学に引きずられる。そのため、なかには「これはダメでしょ」という「一線」を越えてしまう人も出てくる。
報道従事者はなぜ
「禁じ手」に走るのか?
たとえば、2009年4月、「新報道2001」と同様、毎週日曜に放送している「情報7days ニュースキャスター」(TBS)で報じられた「二重行政の現場」がわかりやすい。
番組では、大阪府の委託を受けた清掃業者が、清掃車で府道を清掃している映像を流した。国道とぶつかる交差点を通過する際に、この業者は清掃車のブラシを上げて、ゴミを残したまま立ち去る。要は、府の委託なのだから、府の道路しか掃除しません、というわけだ。そして、運転手のこんなコメントを放送した。
「国道と府道は違うからね。そこの分だけブラシ上げなあきません」
だが、この言葉は運転手の本意ではない。実はこの業者、普段は国道でもブラシをあげずに清掃をしていたからだ。
《TBSの取材を受けた業者によると、取材当日、番組スタッフから「交差点でブラシを止めてくれないと取材にならない」と依頼され、府鳳土木事務所(堺市)に電話で相談。担当者から「歩行者の安全対策でブラシを上げることもあるから協力して」と言われ、依頼に応じたという》(2009/04/26 朝日新聞)
国道でブラシを上げてもらわないと「二重行政の現場」というネタが成立しない。だから、この番組スタッフはどうにか府の担当者にも協力してもらい、「交差点ではブラシを上げる」ということを業者に納得させたのだ。
このようにあらかじめ決めたシナリオに沿うように導くことは、取材を生業とする人々の間では、「向ける」と呼ばれ、かなり後ろめたいこととされてきた。
ただ、この「情報7days」など氷山の一角で、最近はいたるところで「向ける取材」が増えてきている。テレビ局や新聞社の経営が苦境に立たされたことで、報道現場で働く人たちも、とにかく効率よく情報を発信することを組織から求められるようになったからだ。
10年以上かけて深海のダイオウイカを追えるような、恵まれた環境で仕事をできる人たちはほんの一握りで、ほとんどの取材者は次から次へと「ネタ」を探して記事や番組を成立をさせなくてはいけない。そのなかで、「向ける」という禁じ手に走る人も少なくないのだ。
たった1時間半で
コメントを修正したフジテレビ
今回の「新報道2001」も「傾いた柱」という方向へ「向けた」可能性はないか。
そんなこと絶対に許されることではない、と憤慨されるだろうが、日本のマスコミで働く人の多くは、ジャーナリストである以前に「企業人」や「労働者」なのだ。
世間で名の知れた立派な大企業で働く人が、自分たちの立場や組織を守るために不正に手を染めてしまうことがあるが、これらとまったく同じ病理にマスコミも蝕まれていると考えていただければ分かりやすいかもしれない。
それを象徴するのが、今回のフジテレビの対応だ。なぜ柱の傾きを現場で確認しなかったかなどをBuzzFeed Japanが質問をしたところ、こんな回答がかえってきたという。
「柱が傾いたように見えるのは、カメラのレンズによる可能性があるという点は放送中、VTRやスタジオで説明しております。ご指摘を真摯に受け止め、今後の番組作りに生かして参りたいと思います」
この表現を見て、私はちょっと驚いた。「真意に受け止め」「今後の番組づくりに生かして参ります」というのは、BPO(放送倫理・番組向上機構)の勧告を受けた時などにも使われる表現だからだ。
たとえば、先日もTBSが「アッコにおまかせ!」で、佐村河内さんの名誉毀損・人権侵害をしたという勧告を受けた際も、「真摯に受け止める。委員会決定を詳細に検討し、今後の番組作りに生かしていく」とコメントを出している。つまり、この回答からは、フジテレビ側も「ある程度は自分たちにも非がありますよ」、と考えているということが行間から読み取れるのだ。
しかし、この回答はたった1時間半で訂正される。しかるべき立場の人間から「おいおい、これじゃ非を認めたみたいじゃないかよ、さっさっと訂正しろ!」などと怒られたのかもしれないが、いずれにしてもこういうコメントになった。
「今月2日の『新報道2001』で、豊洲市場内の柱の一部が傾いて見える写真があると放送しました。柱が傾いたように見えるのは、カメラのレンズによる可能性があるという点は放送中、VTRやスタジオで説明していますが、東京都は否定しており、番組であらためて事実関係を検証したいと考えております」
前のコメントを慌てて修正したからか、意味がつながらないところがあるのはご愛嬌として、個人的に気になるのは、指摘を受け止める態度から一転して、「企業防衛」丸出しの強気な姿勢を見せてきたことだ。
叩かれても強気の姿勢を
崩さないテレビ局
実は、テレビ局がこの手の「向ける」報道をしてクレームを受けた際、自分たちの取材の不手際を棚に上げて、強気の対応に終始することは珍しくない。
1999年2月、「ニュースステーション」(テレビ朝日)で、「汚染地の苦悩――農作物は安全か?」という10分ほどのVTRのなかで、「一グラム当たり最高三・八〇ピコ・グラム」という民間検査機関のデータを紹介し、「所沢産の野菜はダイオキシン濃度が高い」と報じた。
ただ、これも「向ける取材」だった。実は民間検査機関の社長は繰り返し、「葉っぱもの」と訂正していたのだが、「野菜」と断定。結果、まったくダイオキシン濃度が低いホウレンソウや小松菜が「風評被害」に見舞われ、農家は大打撃を被った。
当然、世間から叩かれたが、当時のテレ朝・伊藤邦男社長はこのような強気な姿勢を崩さなかった。
「苦い教訓として、今後も慎重に取材、報道していく」「補償は筋違い。報道によってスーパーが野菜の取り扱いを拒否したが、我々は直接的な加害者ではない」
決して今回の「傾く柱」写真が、ダイオキシン報道と同じだと言っているわけではない。ただ、しっかりとした「裏取り」をしないなど、「問題提起」のやり方がかなり荒っぽい、そして叩かれても強気の姿勢を崩さない、というテレビ報道特有の共通点はある、ということが言いたいのだ。
実際に豊洲新市場の柱が傾いているかどうかはさておき、ダイオキシン騒動から16年を経て、再びテレビがかなり大胆な「向ける取材」をしてきた、というのは、何かの前兆のような気もする。
「新報道2001」がこれからどんな検証を行っていくのか、注目していきたい。
http://diamond.jp/articles/-/103828
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