トランプ VS ヒラリー初の激突。劇場内に設置された大画面
トランプは本当に劣勢か?大統領選討論を見た米国民の本音
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2016年10月6日 長野美穂 ダイヤモンド・オンライン
9月27日(日本時間)に行なわれた米国大統領選本選初回のテレビディベートで、共和党のトランプ候補の劣勢が報じられた。だが、実際はどうだろうか。トランプとヒラリーが繰り広げるディベートの中継をLA市内の劇場で見守る米国市民に話を聞くと、米国の「今」を映し出す意外な本音が見えてきた。(取材・文・撮影/ジャーナリスト 長野美穂、本文敬称略)
■ヒラリー VS トランプ初の討論
LAの劇場で声を上げる市民たち
「そうだ、いいぞ!消えた3万3000通のeメールの件をもっと突っ込め!」
「TRUMP」の白いロゴが入った黒いTシャツを着た男性が、拳を振り上げて叫ぶ。それを横目で見ながら「ハー」とため息をついて肩をすくめるのは「H」ロゴのヒラリーTシャツを着た女性だ。
大統領選本選初回のテレビディベートの夜、ロサンゼルス市内のクレスト劇場は、数百人の観客でむせかえるような熱気に満ちていた。
気温が摂氏40度に迫ろうかという熱帯夜に、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの初の直接対決を見るために、トランプ派、ヒラリー派のそれぞれの支持者たち、学生、一般市民など300人以上が集結したのだった。
大袋入りのポップコーンとコークを片手に、巨大なスクリーンに映し出される大統領候補者のディベートを、見知らぬ人々と一緒に楽しむ――。これ以上ないくらい、コテコテの「アメリカン」なイベントである。
「ドナルド、どうして、確定申告の記録を公開しないの?連邦税を払っていないのがバレてしまうから?それとも、多額の借金があることが露呈すると困るから?」
クリントンがそう突っ込むと、会場のあちこちから「イエーイ!」と歓声が上がった。
「何も違法なことはしていない。ビジネスオーナーとして、法律を利用して合法的に節税に努めているだけ。それが嫌なら法律を変えたら?何年も政治家やってたんだから、そのくらいできたでしょ」とトランプが言うと、「そうだ!」という声が飛ぶ。
劇場内でディベートを見守るLA市民たち
そのうち、スクリーンに映し出された2人の映像と、音声が微妙に噛み合わなくなった。トランプの口が動いているのにクリントンの声が聞こえるという奇妙な状況に、場内はザワザワし始めた。ネット中継の音声と画面のタイミングが、なぜかズレてしまったのだった。
「ちょっと、主催者、何とかしろよ!」とヤジと笑い声が飛ぶ。その瞬間、最前列の観客の頭上にあった巨大スピーカーが、ガクッと揺れて倒れそうになった。トランプ、クリントン両者の支持者たちが慌ててダッシュし、スピーカーの脚立を押さえると、その下にいた女性が無事に這い出し、何とか事なきを得た。
「最近、デトロイトの黒人コミュニティなどを回って、彼らが政治家に騙されてどんな苦しい生活をしているか、直接見てきた。そういえば、あなたの姿を見かけなかったけど、その間、何してたの?」とトランプ。「私はこのディベートの準備と、大統領になるための準備をしていたけど?」とクリントン。このシーンで、やっとスクリーン画面の口の動きと音声がマッチした。
(上)大統領選ディベートの後に、LA在住のヒラリー支持者とトランプ支持者が激論した (下)「ヒラリーに票を投じるのは決めているけど、トランプの発言を監視するためディベートを観に来た」という画家のリンジー・ノーベル
日本や韓国の安全を守るために、米国が巨大な軍事費を強いられ、負担が多過ぎるとトランプが発言すると、聴衆の1人、画家のリンジー・ノーベルはこうつぶやいた。
「日本はここ数十年、ずっと米国の同盟国でしょ。建物に自分の名前の金ロゴをつけることに精を出してきたトランプが、一体、国際同盟の何を知ってるって言うわけ?あの男が大統領選になったら、核戦争でも起こすんじゃないかと怖い」
国際政治交渉の現場で揉まれてきた経験があるぶん、ヒラリーのほうがマシなグローバル感覚を持っているはずだ、とノーベルは言う。ニューヨークに14年間住み、ワールドトレードセンターが崩壊するのを目撃した彼女にとっては、経済や税金問題よりも、核戦争が起きないことのほうが最重要課題だという。そのための国際同盟には、投資してしかるべきだという考えだ。
「それに、昔私がつきあっていたボーイフレンドは、バリバリの共和党員で不動産業界にいて、トランプとビジネスをしていたけど、彼ですらトランプを毛嫌いしていたもの」
■同じディベートを見ていても
感じ方は人によって全く異なる
マリッッジ・カウンセラーのエステル・スナイダーいわく「トランプの方が民衆に語りかける口調で、ヒラリーは終始上から目線の発言だった」
一方、臨床心理士であり「トランプを応援するラティーノたち」というグループを主催するメキシコ系アメリカ人のエステラ・スナイダーの感じ方は、同じディベートを同じ劇場で見ていても、全く違っていた。彼女はこう言う。
「イスラム教過激派によるテロがこれだけ起きているのに、ポリティカルコレクトネスにこだわり、『イスラム教過激派』という言葉を使うのを恐れて、彼らの責任を追及しないヒラリーをリーダーとは呼べない。トランプは、どんなにバッシングされようと、誰がテロを起こしたかという問題点を指摘し、徹底追及できる点でリーダーにふさわしい」
ビバリーヒルズ在住のトランプ支持者、ロニー・ライト
また、トランプ本人や彼の家族と個人的に付き合いがあるという、ビバリーヒルズ在住の投資家ロニー・ライトは、「トランプの支持層は怒れる白人男性ブルーカラー層で、収入や教育程度が低い、NYタイムズ紙を読まない人たちだ」といった、メディアがこぞって描きたがる画一的なストーリーにはもう飽き飽きだという。
「私は黒人で、科学分野の発明によって富を築き、本を執筆し、スタートアップ企業に投資してきた。トランプはここ数週間、米国の最も貧しい地域を回って、貧困に苦しむ人々と直接話をしている。黒人票を得るためのパフォーマンスだと批判されたけど、ミセス・クリントンはその間、黒人が大多数を占める貧困地域に足を踏み入れてすらいない」
民主党が強いLAの貧困地帯でカートを押しているホームレスの人々が、ヒラリーの「H」ステッカーをカートに貼っているのを見ると、涙が出そうになるとライトは語る。
「もし本当にミセス・クリントンが彼らの幸福を第一に考えてきた政治家なら、なぜあの人たちは今もホームレスなのか。彼らを騙し続けてどうしようというのか」
一方、クリントン支持者の1人、スー・クラムは、LAの貧困地域の学校で教師のアシスタントのボランティアをしていた経験からこう言った。
「億万長者のトランプと違い、ロースクールを卒業してすぐ子どもたちを助ける仕事に就いたヒラリーなら、十分な教科書も教材もないLAの子どもたちのひどい現状を変えるために、具体的な政策を示せると思う」
■優先課題は人権か、国家か――。
トランプ発言で巻き起こる大激論
ディベートが終わるや否や、トランプの発言の正誤を巡り、ネット上では次々と「ファクトチェック」の情報が流れていた。そのとき、劇場側が壇上に招いた地元のパネリストたちの間では、ディベートの争点の1つである「人種問題」がホットな火種となった。
警官の発砲により、ルイジアナなど米国各地で黒人男性が射殺された一連の事件を巡って、各地で暴動や反対運動が起きていることを受け、白人男性でアクション映画に多数出演してきた俳優のパトリック・キルパトリックはこう言った。
「ブラック・ライブズ・マターのムーブメントは、逆に人種対立を助長しているようだ。アイルランド人を先祖に持つ自分の家族だって、イギリス人にさんざん痛めつけられてきたから気持ちはわかるが、2016年に過去の奴隷制のことをあれこれ言っても先に進まない」
その発言をきっかけに、激論が起こった。ヒラリー支持者の黒人女性の政治コンサルタントが声を上げた。
「ワシントンに新しくできたアフリカン・アメリカンの歴史と文化の博物館の展示を、パトリック、ぜひあなたに見てほしい。この国の歴史を語るのに、奴隷制の過去と黒人の過去は、決して無視できないってことが、よくわかるから」
すると、LAのトランプの選挙運動チームの一員であるジェームズ・シャンブロムはこう言った。
「この場で人種問題やゲイの人権問題を語るのも大事だけど、国家としてアメリカがどうあるべきなのかという大きな問題を話し合う方が、より大切なような気がするけど」
するとハリウッド・リポーター誌のジャーナリストでラジオ番組のホストも務めるジャレット・ヒルがこう切り返した。
「白人男性であるあなたがそう言うのは簡単だよね。特権を持って生まれてきてるから。黒人男性である自分には、人種はとてつもなく大きな問題なんだ。差別された経験のないあなたには、なぜ私があえて黒人大学を選んで進学したかもわからないだろうけど」
すると、シャンブロムはこう言った。
「あなたが差別されたのはひどいことだし、あってはならないこと。でも、私があなたを差別したわけじゃない!」
そこで時間切れとなり、緊迫した議論は途中で打ち切られた。「白人男性だからってだけで、ひとくくりにして差別しないでほしいよ」とシャンブロムがつぶやきながら、ステージを降りる。ポップコーンの袋が床に散らかった劇場から、観客たちが帰り始めていた。
ハリウッドの映画制作者、イアン・コインは「トランプ支持者の半分はレイシストだ、とレッテルを貼り付けたヒラリーに、自分はもう我慢ができない」
そんな中、トランプTシャツを着ていた36歳のイアン・コインは、「実は、過去の大統領選ではオバマに2度とも投票してきたんだ」とつぶやいた。
「初の黒人大統領の誕生も、自分にとってはとてもエキサイティングだったし、それ以上に彼が語る未来への希望に共感したから」
熱心なオバマ支持者だった彼が、オバマの8年間の終焉に見たのは、人種間の対立の暴動で、まるで戦場のように炎が燃え上がる各都市の姿だった。
■民主党勢力下のハリウッドで「トランプ
支持」を表明した映画製作者の胸の内
「こんなはずじゃなかったのに」
そんなときに、トランプの恐れを知らないような本音の言動の数々に次第に惹かれていったという。コインはハリウッドで働くフィルムメーカーとして、アルメニアから米国に移民してきた少年の生き様を描いた映画『アラム・アラム』を製作した。昨年のLAフィルム・フェスティバルで同作を公開し、注目もされた。
民主党が強く、オバマやクリントンが選挙資金集めをしてきたドル箱であるハリウッドで、トランプ支持者であることを「カミングアウト」するには時間がかかったという。スポンサーを怒らせれば、職を失う恐れもあるからだ。本音ではヒラリーを支持しない映画製作者たちも、レッドカーペット上のインタビューではヒラリー支持だと語るのをコインは何度も見てきたという。「映画を多くの人に買い付けてもらうには、客を怒らせないことが重要だからね」。
「トランプ支持者の半数は救いようがない人間で、レイシストだとヒラリーはついにはっきり言った。それを聞いてもまだ職を失うのが怖くて沈黙していたら、もう自分は民主主義国家に生きているとは言えないと思ったんだ」
職場であるハリウッドで、トランプTシャツを着て歩くことは、マッカーシーのアカ狩りの時代にあえて共産党員だと告白するのに似ている、とコインは言う。
「トランプTシャツを着ていると、色々な人から声をかけられる。『実は自分もヒラリーが嫌いだ。自分には君のような勇気はないけど、代わりに行動してくれてありがとう』と映画関係者から言われることが、罵倒されるより15対1ぐらいの割合で多いかな」
コインが夜更けの劇場の外に一歩足を踏み出すと、通りかかった若者3人組が、すかさず彼のTシャツを見て「ひょえー!トランプ!トランプ!トランプ!」と嬌声を挙げて、彼をおちょくった。
笑顔で彼らに「サンキュー!グッドナイト」と答えて歩き去るコイン。
大統領選の投票日まで約1ヵ月強。LAの熱帯夜は、多種多様のアメリカ人の声を飲み込んでふけていくのだった。