“世間よし”じゃないと自分も本当の意味で豊かになれない……世の中のために投資
多くの一流企業を生んだ“近江商人”に学ぶ投資の極
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160919-00010006-dime-bus_all
@DIME 9月19日(月)13時10分配信
年金を含む社会保障制度や日本経済への不安から、将来のために倹約・貯蓄に励んでいる人は多い。もちろん、将来のためにお金をコツコツ貯めることは良いことだ。しかし、すべてにおいて“ケチすぎる”と、信用を失ったりスキルアップの機会を逃したりと、かえって仕事や私生活に支障をきたすことにもなりかねない。
では、ケチではない“正しい倹約”とは、どんなお金の使い方なのだろうか?ここでは、徹底した合理的なお金の使い方と実直な経営方法により、今日まで続く一流老舗企業を数多く輩出してきた“日本最強の商人集団”近江商人にその極意を学びたいと思う。
■伊藤忠、大丸、ワコール……数々の一流企業を生み出した近江商人とは?
伊藤忠、高島屋、大丸、ワコール……その他多くの一流企業を創業してきた近江商人。
そもそも、近江商人とはどのような人たちなのだろうか。近江商人が拠点としていたのは、京都府の隣にある滋賀県。地元である滋賀県に本社を置き、天秤棒を担いで他国に行商に出かけるというスタイルをとっていた。
日本最大の湖・琵琶湖のある滋賀県は、古くから京の都と関東・東海地方を結ぶ陸上交通の要衝とされ、「近江を制する者は天下を制す」と言われてきた。
実際、戦国時代には織田信長や豊臣秀吉などがこの地に城を構え、天下統一に向けての活動の拠点としていた。織田信長が城下町で“楽市楽座”という経済政策を実施して自由な商業活動を認めたことや、上に述べたとおり交通の要衝だったため東西の人の往来が活発だったことなどが、近江商人誕生の基盤になったとされている。
■無駄を徹底的に削減し、“長く使える価値ある物”に投資
他の地域の人々からは「近江どろぼう」「近江商人が通った後は、ぺんぺん草も生えない」とやっかみを言われることもあったそうだが、その経営哲学はいたって実直。
ズルいことやセコいことをして利益を上げることを固く禁じ、「始末してきばる」(無駄な出費を徹底的に削減して、地道に努力を重ねる)を教訓として掲げていた。
たとえば、野菜くずも捨てずに漬物にして(山形県の『おみ漬け』は『近江漬け』が由来。行商で山形県にやってきた近江商人が作って広めたとされる)、浮いたお金は災害時のための備えにしたり、“本当に必要なもの”や“長く使える上質なもの”に惜しみなく投資していた。
最近は、ファストファッションやリーズナブルな家具店が大人気だが、そのようなお店で買い物する時は注意が必要。「安いから」という理由だけでは買わずに、“必要性”や“品質と価格のバランス”も考慮しつつ慎重に判断するのが、近江商人的買い物術だ。
■さらに多くの利益を生み出すために……男女問わず教育・スキルアップに投資
もちろん、スキルアップも欠かせない。さらなる事業拡大のために、そして次世代の人材育成をして末永く事業を継続していくために、教育やスキルアップにはお金や時間を惜しんではならない、というのが近江商人の考え方だ。
第二代伊藤忠兵衛(伊藤忠社長)や塚本幸一(ワコール創業者)など数々の実業家を世に送り出した県立八幡商業高等学校では、古くから海外も視野に入れて英語教育も行った。ちなみに、当初英語教師を務めたのは、『メンソレータム』生みの親で実業家・建築家のW・M・ヴォーリズだ。
また、女性の教育にも力を入れていた。男性陣が隊商を組んで他国に営業に出かけている間、代わりに店を切り盛りしていたのはその妻だったからだ。優秀なビジネスウーマンを育てておかないと、他国で安心して営業に集中することができず、店が傾いてしまう。
近江商人の妻は、“未来の近江商人”となる丁稚小僧の面接・教育、接客、帳簿管理など、人事・総務・経理・財務全般の責任者として店を支えていた。嫁に来ていきなりそんな仕事が務まるわけはないから、もちろん嫁入り前から商家に見習い奉公に行ってスキルアップに励み、即戦力を目指した。
女子教育のために巨額の私財を投じた女性もいる。近江商人で総合繊維商社の株式会社ツカモトコーポレーションの創業者となった初代塚本定右衛門(江戸後期〜明治)の五女・塚本さとは、大正8年(1919年)に私立淡海女子実務学校を創立。自分自身も近江商人の妻だったさとは女子教育の重要性を痛感。一般教養から芸術まで幅広く教え、“知性と教養を身につけ自立した女性”が増えることを願った。
■“世間よし”じゃないと自分も本当の意味で豊かになれない……世の中のために投資
近江商人と言えば、“三方よし”の経営哲学も有名だ。これは、
売り手よし……売り手がきちんと利益を上げていること
買い手よし……買い手が適正価格で良質な商品を購入できたこと
世間よし……そのビジネスのおかげで、世の中全体がより良いものになっていること
を意味する。
売り手と買い手だけが得をしてそれ以外に悪影響を及ぼすようでは、事業を拡大すればするほど世の中の多くの人から恨まれることになり、その事業は長くは続かないという。その他にも、『陰徳善事』(人が見てないところでの良い行い)も奨励していた。
このような考え方から、近江商人は積極的に利益を地域社会に還元し、また慈善事業にも莫大な金額を出資してきた。たとえば、瀬田唐橋の架け替え工事や、逢坂山の車石(牛馬車の車輪幅に合わせて道路に敷かれた舗石)、主要街道の常夜灯設置などだ。
以下は、童門冬二著『近江商人のビジネス哲学』(サンライズ出版)から引用したエピソードだ。前述の初代塚本定右衛門は、江戸城無血開城で知られる政治家の勝海舟のところへ、たびたび事業の相談に訪れていた。その際、定右衛門は、
<近所に住む人びとは貧しくて、働くのに精一杯でなかなか京都のモミジや吉野山のサクラを見にいくような暇がありません。ですからいっそのこと、吉野山に咲いているサクラや京都の美しいモミジの苗木を荒れ地に植えて、近所の人びとが季節になれば花見をしたり、モミジ狩りができるような場をつくったらいかがかと思いまして>
というアイデアを提案し、海舟は感心しつつ賛成したという。定右衛門は、この他にも治水事業などにも精力的に取り組んだ。
「自分さえ良ければいい」「弱肉強食だから騙されるほうが悪い」という発想を常に頭の中に持っていると、じわじわと時間をかけながら、いつしか自分自身を蝕んでいく。
ここまで大規模な寄付をしなくても、まずは財布の中の小銭からでもいいので、できる範囲で世のため人のために投資してみるのもいいかもしれない。
文/吉野潤子