21万人増「高給エリート」が中小に「報酬高いゾ」とイチャもん
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20160222-00017404-president-nb
プレジデント 2016/2/22 08:45 社会保険労務士 北見昌朗=文
■正規・非正規の総雇用者数は4.9%増だが……
2016年も、春闘のシーズンを迎えた。
ベースアップや定期昇給など賃上げに関する記事が新聞を賑わせそうだ。昨年は、政府主導の 官製春闘 のもと、「こんなにベースアップが広がった」というトーンの報道が相次いだ。だが、そうした記事に違和感を持った人が少なくなかったのではなかろうか? なぜなら、自分自身の賃金が実際には大して上がらなかった人が多かったからだ。
「実際のところは、どうなんだろうか? 」。そんな疑問にお答えするデータを披露しよう。
筆者が、賃金調査として信用をしているのは、次の2つである。
・国税庁の民間給与実態調査(年末調整の結果を集計したもの)
・厚生年金事業年報(厚生年金の保険料の元になる賃金の動向がわかる)
この2つに共通しているのは、民間勤労者の賃金の現物を調べていることだ。いわゆるサンプル調査ではない。この国税庁の民間給与実態調査は、最新版のものが平成26年である(平成28年1月時点)。
この調査は、正規と非正規とを区分するようになったのが平成24年からである。そこで同一比較が可能な、平成24年(2012年)と平成26年(2014年)とを比較してみた。この調査は「1年を通じて勤務した人」と「1年を通じて勤務していなかった人」に区分されているので、「1年を通じて勤務した人」のデータをチェックした。
◎雇用数は195万人増えた一方……
雇用者数は、年収ごとに集計されている。企業規模は資本金で区分されている。最小は資本金2000万円未満であり、筆者はそれを「中小企業」(以下、中小)とした。最大は資本金10億円以上であり、それを「大手企業」(以下、大手)とした。
年収は100万円単位で区分されているが、筆者はそれを「800万円超」「800万円以下」「400万円以下」という3区分にした。筆者は、こんな印象を抱いているためだ。
・「800万円超」上流のサラリーマン(いわゆるエリート)
・「800万円以下」中流のサラリーマン(いわゆる中間層である)
・「400万円以下」下流のサラリーマン(男性でこの年収だと非婚化になりやすい)
使用したのは「第7表 企業規模別及び給与階級別の給与所得者数・給与額(合計)」である。
https://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2014/minkan.htm
正規と非正規を合計した雇用者数は、3999万人→4194万人となり、195万人増(4.9%増)となった。正規は92万人増(3.1%増)、非正規は102万人増(10.4%増)だった。
雇用者の増加は、非正規の方が大きいものの、正規の方も増えており、アベノミクスの効果はあったと判断して良いと考える。ところが、である。本題はここからだ。
■大手と中小では生涯賃金は「億単位の差」
800万円超は大手の場合3人に1人がだが、中小は50人に1人。出典:国税庁「民間給与実態調査」(最新版・平成26年版)
筆者は、データをつぶさにチェックした。
まず目立ったのは、一番賃金が高いエリートである「大手・男性・正規」のところだ。平成26年の年収は、こうなっていた。
▼「大手・男性・正規」の給与(平成26年)
「800万円超」33.3%
「800万円以下」56.7%
「400万円以下」10.0%
つまり、大手の男性社員は、3人に1人が800万円超なのだ。この比率は高いと思う。
◎「能力格差」ではなく「所属格差」
一方、「中小 男性 正規」はどうなのだろうか? それは、こうなっていた。
▼「中小 男性 正規」の給与(同)
「800万円超」1.9%
「800万円以下」42.0%
「400万円以下」56.1%
つまり、中小では800万円超になるのは1%しかいないのだ。大手が30%以上であることを考えると、その違いは小学生でもわかるほどに歴然としている。そして、400万円以下は、大手が10%に対して、中小は56.1%に達し、過半数を超えた。
この規模格差は、どう考えてもいびつと言わざるをえない。これは「能力格差」というよりも「所属格差」ではなかろうか? どこの会社に勤務したか? という点のみで、生涯賃金がまったく異なってしまう。仮に年間300万円の差があるとして、40年間の会社員生活で1億2000万円ものギャップとなるのだ。
■大手は「800万円超」が21万人も増加
中小は低い年収の層が減り、高い年収にシフトした。しかし、それより目立つのが大手「800万円超」層の増加数だろう。出典:国税庁「民間給与実態調査」(平成24年版と最新版の平成26年版)
では、この年収は、平成24年と26年との比較ではどうなるのだろうか? まず「大手 男性 正規」のところである。
▼平成24年と26年で比較「大手 男性 正規」の給与
「800万円超」21万人増(14.3%増)
「800万円以下」2万人減(1.7%減)
「400万円以下」6万人減(11.9%減)
つまり、低い年収の層が減り、高い年収にシフトしたことが伺える。経団連加入の大手企業は、当然のことながらベースアップを行い、賞与も満額回答したのだろう。
一方「中小 男性 正規」は、どうだったのか?
▼平成24年と26年で比較「中小 男性 正規」の給与
「800万円超」増減なし
「800万円以下」13万人増(8.5%増)
「400万円以下」4万人減(1.9%減)
つまり、低い年収の層がわずかに減り、800万円以下の層にシフトしたことがわかるが、それは「低かった年収が、多少マシになった程度」であり、アベノミクスの恩恵に浴したとはとても言えない。
◎男女格差もくっきり
次に男女格差(正社員)をチェックしてみた。下記は「男性 規模計 正社員」のデータである。
▼「男性 規模計 正社員」の給与(平成26年)
「800万円超」13.1%
「800万円以下」52.0%
「400万円以下」34.9%
これに対して、「女性 規模計 正社員」は、こうなっている。
▼「女性 規模計 正社員」の給与(同)
「800万円超」2.2%
「800万円以下」29.8%
「400万円以下」67.9%
実に67.9%もの女性が年収400万円以下なのだ。ちなみに、大手ではなく、「中小 女性 正規」の場合だと、年収400万円以下の比率は実に85.9%に達する。
この男女格差は、改善の方向に向かっているという印象はなかった。
■大手は中小に口出し「賞与出し過ぎ」「交際費高い」
以上のようにデータをみてわかったこと。それは、アベノミクスの恩恵に浴したのは、結局のところ「大手の正社員」だったということだろう。また、公務員の賃金は、基本的に大手に連動しているので、官民格差は確実に拡大したと想像できる。
極めて対照的なのは、中小企業だ。わずかな“おこぼれ”しかなかった、という表現はあながち間違っていないだろう。滴り落ちる「トリクルダウン(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちるという経済理論)」など、最初から期待できるはずもなかったのかもしれない。
◎下請けいじめの封建的な取引こそ問題
日本で、価格の決定権を持つのは、大手メーカーと大手小売業だと思うが、いかがだろうか? 大手メーカーは下請けを持ち、その下請けはさらに孫請けを持つ。だから「孫請け」の中小企業は、数量も価格も握られてしまい、経営状況を改善することなど、できっこない。
中小企業庁によれば、中小企業の会社数は約150.8万社で、全会社数に占める割合は99.2%だ。ほとんどがアベノミクスなど関係ない、ということになるのだ。
ある孫請けの中小企業(自動車関係)の経営者はぼやく。
「得意先は決算書の提出を当然のように求めてくるが、なぜ、出さないといけないのか? それに、得意先の調達担当者は『役員報酬が高い』とか『交際費が多い』とか、果ては『賞与を出し過ぎ』とか、口を出してくるが、なぜ、そこまで言われなければいけないのか? 」
このような封建的とも言える取引実態にメスを入れない限り、中小企業の従業員の年収が上がることはない。下請法の改正が必要だと、筆者は考える。