西沙諸島・永興島の航空写真〔PHOTO〕gettyimages
開き直った中国、地対空ミサイルを緊急配備! 静かに高まる米中「新」冷戦の緊張 南シナ海・朝鮮半島をめぐって
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47993
2016年02月22日(月) 近藤 大介 北京のランダム・ウォーカー 現代ビジネス
米中対立の「水位」が、にわかに上がっている。主な原因は、南シナ海と朝鮮半島である。中国は、「アメリカがアジアにもNATOを築こうとしている」と猛反発している。
■中国が西沙諸島にミサイル配備
まずは、南シナ海の問題から見ていこう。
2月16日、FOXニュースが、「中国軍が2月に入って、南シナ海のパラセル(西沙)諸島にあるウッディー島(永興島)に、地対空ミサイル8基を配備した」と報道した。2月3日と14日に撮影した島の衛星写真を公表したため、説得力があった。
このミサイルは、昨年9月3日に北京で行われた抗日戦争勝利70周年軍事パレードでお目見えした、射程200kmの「紅旗9号」だという。
米右派のFOXニュースには、CIAやアメリカ軍などがしばしばリークするので、今回もそうした流れの可能性がある。米政府の右派系は、煮え切らないオバマ大統領の対中政策に、イライラしているからだ。
実際、2月17日、来日中のハリー・ハリス米太平洋軍司令官は、怒りをあらわにした。
「習近平主席は昨年9月の訪米時、オバマ大統領に『南シナ海を軍事拠点にする意図はない』と述べた。だが今回の件は、習近平主席が約束を守れないリーダーだということを示している」
このところにわかに反中的発言を始めたケリー国務長官も、「中国が軍事化を進めていく証拠が頻繁に出てくるのは深刻な問題だ」と述べた。
日本政府も、菅義偉官房長官や中谷元防衛大臣が、「現状変更を試みる動きは看過できない」と、中国を非難した。
防衛省は、統合幕僚本部創設10周年に合わせて、母親が日本人であるハリス司令官を訪日させるのに全力を挙げてきた。そのタイミングでFOXニュースが出たので、渡りに船とばかりに、中国の脅威をアピールしたのである。
防衛省は2月16日にも、「15日に対馬沖で、外国の潜水艦が浮上しないまま領海のすぐ外側の接続水域を航行しているのを、海上自衛隊の護衛艦『あさぎり』とP3C哨戒機が確認した」と発表。中国の脅威を示唆している。
抗日戦争勝利70周年軍事パレードで披露された「紅旗9号」〔PHOTO〕gettyimages
このFOXニュースに対して、中国国防部の楊宇軍スポークスマンは2月17日、「西沙諸島は中国固有の領土であり、自国の領土において防衛施設を用いるのは、正当かつ合法的な権利である」と主張した。
つまり、開き直ったのである。隠せる間は隠したり否定したりするが、いざ隠せなくなると開き直るというのが、中国政府の常套手段だ。
■南沙諸島までは「暗黙の了解」の範囲内だった
この期間は、中国人が最も大切にする春節(旧正月)の大型連休中だったのに、中国軍はなぜ、正月返上で地対空ミサイルを配備したのか。それは、アメリカ軍が進める「航行の自由」作戦が、南沙諸島だけでなく、西沙諸島にまで及んだからである。
昨年9月24日と25日に、オバマ大統領と習近平主席がホワイトハウスで会談した時、習近平主席はオバマ大統領に対して、「南シナ海には、タンカーなどが安全に航行できるよう民間施設を作っているだけだ」と弁明した。だがアメリカ軍や友好国から圧力をうけているオバマ大統領は、「航行の自由を示すため南シナ海に軍を派遣する」と告げた。
この時、中国側は、「航行の自由作戦」は南シナ海南部の南沙諸島に限定されると解釈した。なぜなら問題になっている中国の岩礁埋め立ては、南沙諸島で行われていたからだ。
その後、アメリカ軍は昨年2度にわたって、中国が自国の領海・領空と主張する南沙諸島の区域に軍隊を派遣した。1回目は、昨年10月27日に駆逐艦ラッセンが、南沙群島渚碧礁の12海里内を航行した。2回目は、昨年12月10日にB52爆撃機が、南沙群島華陽礁付近の上空を飛行した。
1回目の航行では、中国軍の巡洋艦は駆逐艦ラッセンを追尾しながらも、表面上は友好的な態度を見せた。
その時の駆逐艦ラッセンのロバート・フランシス大佐と、中国軍の巡洋艦の艦長が無線で交わした会話記録が残っている。
中国: 「ここは中国の領海だが、何をやっているのか?」
米国: 「まもなくハロウィンだろう。ピザとナゲットを作っているのさ」
中国: 「ハロウィンの習慣については知っているよ。私もアメリカを訪問したことがあるからね」
米国: 「わが国に来たことがあるのか?」
中国: 「ただの旅行だよ。家族と一緒に行った」
米国: 「またぜひ来てほしい」
中国: 「そうだな、また会う日まで!」
中国は今年に入っても、余裕を見せていた。1月2日、年初に記者団の前に顔を出した外交部の華春瑩スポークスマンは、「南沙群島の永暑礁に建設していた飛行場が完成し、現在試験飛行を始めたところだ」と、涼しい顔で述べた。
1月6日には、中国政府が借り切った中国南方航空の航空機2機が、早朝に海南省海口市の美蘭空港を飛び立ち、約2時間の飛行を経て、10時21分と46分にそれぞれ、永暑礁の新空港に降り立ったと、国営新華社通信などが伝えた。
また1月14日には、中国で南シナ海一帯を管轄する海南省三沙市の馮文海副市長が、三沙市人民代表大会(市議会)で「市政府活動報告」を行った。
それによれば、これまで南シナ海の埋め立て事業に参加した企業は119社(うち民営企業が110社)で、これまで17億800万元の資本を投下しているという。そして2015年に、永楽群島や七連屿など4ヵ所に人民武装部を成立させ、永興島の第一期港湾工事や電力設備、永興学校、救急物資を保管する施設などを建設したという。
中国としては、この時点まではまだ、9月のオバマ・習近平会談で示された「暗黙の了解」の範囲内だったのだ。すなわち、アメリカはアジアでメンツを保つ手前、南沙諸島に軍艦を送る。中国は引き続き、南沙諸島で民間用施設を建設するというものだ。
■中国にとってはアメリカからの宣戦布告
ところが1月30日、イージス駆逐艦カーティス・ウィルバーが、西沙群島西建島(トリトン島)の12海里内を航行したと、米国防総省が発表した。
カーティス・ウィルバー〔PHOTO〕gettyimages
この3回目の時は、1回目の時のような暢気な会話は交わされず、非常に緊迫していた。なぜならこの時は、南シナ海の中で最も中国本土に近い(海南島から約300km)西沙諸島の領海を航行したからである。
中国としては、南シナ海の中でも本土から最も遠い南沙諸島に関しては、ここ数年で勝手に埋め立て地を築いた手前、多少の負い目がある。だが西沙諸島に関しては、中国が「国内」にカウントする台湾を除けば、ベトナムが異議を申し立てているだけだった。
しかも、1974年に中国軍が南ベトナム軍を破って以降(西沙諸島海戦)、丸42年にわたって、西沙諸島全域を中国が実効支配している。中国からすれば、アメリカ軍の西沙諸島への航行は、完全に想定外の出来事で、まるで中国大陸本土の領海に侵入されたような気分になったのだ。
これは私の推測だが、もしかしたらアメリカ軍は、オバマ大統領をも騙したのではなかろうか。おそらくオバマ大統領は、「南シナ海」と「南沙諸島」の区別すらついていないだろう。
そのため、「南シナ海への航行の自由作戦」にサインした時、最近中国が埋め立てて問題になっている地域に出向くのだと考えていた。ところがアメリカ軍は、海と空から1回ずつ南沙諸島に出向いた後、密かに狙っていた西沙諸島に、矢を放ったというわけだ。
このタイミングは、1月27日にケリー国務長官が訪中した直後である。2月8日から13日までの春節大型連休を控えて、中国ではお祭りムードが盛り上がっていた。そして先週のこのコラムで書いたように、習近平主席は2月1日に、人民解放軍の大改革を完遂しようとしていた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47891)。
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中国からすれば、アメリカが密かに宣戦布告してきたようなものだった。だから習近平主席の号令一下、「紅旗9号」を急遽、西沙諸島に配備したのである。
■韓国・朴槿恵政権の決断
その頃、南シナ海と並んで、朝鮮半島でも米中は「激突」していた。
2月7日午前、北朝鮮が「光明星4号」という名の長距離弾道ミサイルを発射するや、その時を待っていたかのように同日午後、米韓軍が合同で、THAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備交渉に入ると発表した。私が伝え聞いた話では、6台の発射台に、48発のミサイルを搭載し、これらの費用はすべてアメリカ側が負担するという。
これは韓国の朴槿恵政権が、中国からアメリカに寝返った瞬間だった。この一報を聞いた安倍晋三首相は、「朴槿恵大統領は随分と回り道をしたが、ようやくこちらへ戻ってきてくれた」と言って、ニンマリしたという。
4月の総選挙を控えた朴槿恵政権は、これ以上、対北朝鮮宥和策を取り続けることはできなかったのである。
THAAD導入と開城工業団地の閉鎖は、朴槿恵政権が大きな賭けに出たことを示していた。韓国軍は3月7日から4月30日まで、史上最大規模の米韓合同軍事演習を予定しており、南北は一気に、一触即発の状態になってきた。
割を喰ったのが中国である。2月7日以降、「薩徳」(THAAD)という文字が中国のニュースに出ない日はないほど、盛んに報じている。
「薩」という漢字は普段、中国ではあまり用いられず、この漢字を見て中国人が想起するのは、悪名高かったイラクの大統領「薩達姆・侯賽因」(サダム・フセイン)である。おそらく新華社通信は、イヤミを込めてこの漢字を当てたのだろう。
習近平主席は毎年2月2日の朴槿恵大統領の誕生日前には、丁寧に直筆で祝賀の手紙を書いているが、今年は特に入念に書いたという。また2月5日には「春節の祝辞」という名目で「青瓦台」(韓国大統領府)に緊急電話を入れて、「『薩徳』を配備すると一番危険が及ぶのは韓国だ」と言って、懸命に朴槿恵大統領を説得した。
だが朴大統領は、「THAADは中国に向けたものではなくて、北朝鮮のみに向けたものだ」として、翻意することはなかった。これまで丸3年にわたって築き上げてきた「中韓蜜月関係」が、瓦解し始めた瞬間だった。
■「『薩徳』は朝鮮半島の安定に大きな障害となる」
2月12日、ミュンヘンで開かれた第4回シリア国際支援外相会議を終えた中国の王毅外相は急遽、ロイター通信の取材を受けた。そこで、次のように述べたのだった。
「アメリカが韓国に配備しようとしている『薩徳』に、われわれは強い関心を抱いている。『薩徳』のX線レーダーがカバーするのは、朝鮮半島の防衛を大きく超えて、アジア大陸に深く入り込む範囲だ。中国の安全と国益を直接脅かすだけでなく、この地域の他国の安全と国益をも脅かすものだ。
中国には、二つの古い言い回しがある。それは、『項庄舞剣、意在沛公』『司馬昭之心、路人皆知』というものだ。
朝鮮半島の安定に責任を負う中国は、次の3点を堅持する。第一に北も南も含めた朝鮮半島全体の非核化、第二に武力でなく対話と交渉による解決、第三に中国自身の国益を考えた安全保障だ。『薩徳』は(この3原則の)大きな障害となるものだ」
「項庄舞剣、意在沛公」とは、古代中国で最も有名な宴会「鴻門の宴」の故事だ。秦の始皇帝亡き後の天下統一を目指す項羽は、大軍を率いて咸陽の都を目指すが、弱小の劉邦軍が先に都入りしてしまう。そこで劉邦を、「鴻門の宴」に呼びつける。宴会で「剣の舞」を見せるが、これが劉邦の命を狙ったものであることは誰の目にも明らかだということだ。
「司馬昭之心、路人皆知」は、三国志で有名な魏の国で、曹家の帝位を簒奪しようとしている部下の司馬昭の邪心は、道行く人でも皆知っているという意味だ。
つまり王毅外相は、「アメリカは北朝鮮の脅威に対抗するという口実をつけて、中国包囲網を仕掛けている」と言いたいのだ。欧米人に向けて発するインタビューなのに、わざわざこんな中国の古い言い回しを二つも使ったのは、王毅外相の性格から言って、上司の習近平主席に向けた自己アピールなのだろう。
だが王毅外相の言っていることは、限りなく真実に近い気がする。F22ステルス戦闘機を4機も韓国に持ってきたのも、3月から4月に史上最大規模の米韓合同軍事演習を行うのも、実は高まる中国軍の脅威に対抗するためだろう。何といってもすぐ近くの大連軍港では、空母を建造中なのだ。
■「『薩徳』の導入は、中韓の蜜月関係を一夜にして覆す」
ともあれ、THAAD配備を阻止しようとする中国の攻勢は続いた。2月17日にソウルで開かれた張業遂中国外交部常務副部長(副外相)と林聖男韓国外交部第一次官による第7回中韓外交戦略対話は、大荒れとなった。
張副部長は、舌鋒鋭く主張した。
「朝鮮の最近の動向が韓国人を不安がらせている状況は、完全に理解できるし、同情に値する。だが韓国が『薩徳』を配備すれば、中国人の不安感もいまの韓国と同様になるのだ。中国も韓国も、ともに朝鮮の隣国として、平和と安定の方向に向かわねばならないが、『薩徳』の配備はそれに逆行するものだ。
アメリカは中東でイランの核の脅威を強調し、それにかこつけてロシアを攻撃しやすい態勢を整えようとした。『薩徳』もまったく同じことで、アメリカは北朝鮮の脅威にかこつけて中国包囲網を敷こうとしているのだ。アジアに、『もう一つのNATO』を構築しようとしているのだ。韓国がそれに加担するなら、(ウクライナのような)もう一つの悲劇が生まれることになるだろう。
なぜなら、もしも韓国が『薩徳』を受け入れるなら、人民解放軍は東北地区に強大な部隊を配置することになるからだ。そうなれば、韓国は中米両軍がぶつかる非常に敏感な地域と化す。韓国の国家の独立などあったものではなく、大国のコマのようになってしまう。
中国と韓国は友好国であり、特にここ数年は、これまでにない蜜月関係を築いてきた。『薩徳』の導入は、ここ数年の両国の努力を、一夜にして覆すリスクがあるのだ」
■明らかに腰が引けたオバマ大統領
この頃、アメリカ政府はと言えば、2月15日と16日に、米カリフォルニア州のサニーランドで、ビッグイベントを行った。オバマ大統領がASEAN10ヵ国の首脳を招いて、アメリカで初となる米ASEAN首脳会議を開いたのである。
これはもともと、昨年11月にクアラルンプールで開かれた東アジアサミットで、オバマ大統領が提唱したものだ。フィリピンやベトナムなどから、中国の脅威を何とかしてほしいとせっつかれて、オバマ大統領が「それなら皆さんをアメリカに招こう」と言って実現させたのだ。
その時のこのコラムでも書いたが、東アジアサミットでは、オバマ大統領のヤル気のなさを感じた。「私は12月に発足するASEAN経済共同体の6億人市場にしか興味がありませんが、ASEANからせっつかれるから仕方なく、中国に対して拳を振り上げるポーズを取りましょう」という感じだったのだ(http://gendai.ismedia.jp/articles/premium01/46633)。
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今回の米ASEANサミットは、そのことを一層確信させるイベントとなった。二日間のサミットを終えて出された共同声明は、計17項目にもわたる詳細なものだったが、どこを読んでも「中国」「南シナ海」の文字さえ入っていないのだ。「今年のASEAN議長国のラオスが反対したから」などと、親中派筆頭のライス大統領安保補佐官は、非公式に説明している。
だがASEANの親中国家と言われるラオスとカンボジアは、ASEAN10ヵ国中、最貧国グループであり、強い発言権は持っていない。つまり、アメリカ自身が自粛したとしか思えないのである。
このサミットを終えて、43分間行われたオバマ大統領の記者会見も、実にお粗末なものだった。
まず冒頭、オバマ大統領が「アメリカは今後、さらに強くASEANにコミットしていく」と述べた。だが、この意味するところは、昨年末に6億人のASEAN経済共同体が発足したことで、魅力あるASEAN成長市場をアメリカが取り込みたいという、経済的な文脈で使ったものだ。
南シナ海についても、途中でようやく言及したが、「アメリカは国際法の認めるところは世界中のどこでも航行するし、その権利をサポートする」と述べて、南シナ海を特定することすら故意に避けたのだ。明らかに腰が引けている。
さらに質疑応答でアメリカ人記者から出た質問は、アメリカの最高裁問題、シリア問題、IS問題、民主党の大統領予備選問題、トランプ候補問題の5点で、肝心の南シナ海での中国の脅威については、聞かれることもなかった。
■オバマ政権の「オフショア・バランシング」
このホワイトハウス及びアメリカの「退潮ムード」はどうだろう。そこから導き出される結論は、今後いくらアメリカ軍が頑張っても、アメリカ軍は東アジア地域から「引く」方向にあるということだ。
そもそもオバマ政権は、オフショア・バランシングの軍事戦略を明確にしている。これは世界中からアメリカ軍を撤退させていくが、その分を同盟国・友好国に補強させ、現在の状態を保っていくという方針だ。
東アジア地域について言えば、北朝鮮の脅威には同盟国の韓国軍に対抗させ、中国の脅威には、やはり同盟国の日本の自衛隊に対抗させるという方針なのだ。一昨年から、アメリカが日本の安保関連法を後押ししてきたのも、このために他ならない。
それを思えば、中国が懸念する「アジアのNATO」など、できるはずもない。むしろ中国軍がどんどん台頭していき、いつのまにかラオスやカンボジアのような国が増えているという状況になる可能性の方が高いと言える。
習近平主席の本気度と、オバマ大統領のヤル気のなさ。二人の最高指導者の「気合い」の差が、アジアの明暗を分ける。その意味で、現在行われているアメリカ大統領選は、要注目である。