株価大暴落! 日銀「マイナス金利」導入は裏目に出たのか?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47844
2016年02月11日(木) 安達 誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 現代ビジネス
■日銀はまだ具体的なアクションを起こしていない
今週の日本のマーケットは、これまでの混乱の根源だと考えられてきた中国市場が春節で休場であるにもかかわらず大荒れの展開である。特に株式市場はかなり厳しい下げ局面が続いている。
その株式市場での下げの主役は銀行株であるが、銀行株の大幅な下落の「犯人」とされているのが、1月29日に日銀が導入を決定した「マイナス金利」である。
日銀による「マイナス金利」政策の意味については、先週の当コラムで既に言及した(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47758)。その要点を簡単にいえば、あくまでもイールドカーブの低下を促すことで、国債買い切りオペの効果を上げる従来の「量的・質的金融緩和」の補完的措置ではないかということである。
これは、「量的・質的金融緩和」の限界を意味するものでもないし、一般的に流布しているような金融機関に貸出等の資産運用を強制する「通俗的なマイナス金利政策」とも異なるのではないか。
よって、筆者は、今回の「マイナス金利」自体が単独で重要な政策的意味合いを持つとは考えていない。あくまでも量的緩和政策が持続するという前提で、今後、「マイナス金利」は効果を上げていくと考えている。
その意味では、現時点で日銀はまだ具体的なアクションも起こしていないに等しく、マーケットの「マイナス金利」に対する反応は過剰だと考える。
したがって、今回の「マイナス金利」が日銀の「リフレ・レジーム(デフレ脱却のためのコミットメント)の強化」とする一部のリフレ政策支持者の評価は過大である。現に、ここまでの為替レートや株価の反応を見る限り、「リフレ・レジーム」が強化された様子は観察されない。
■「通俗的なマイナス金利政策」とは似て非なる手段
ところで、1月29日の金融政策決定会合後のメディアの多くは、日銀当座預金に対して適用される「マイナス金利」が金融機関の収益を著しく悪化させかねないというネガティブな報道に終始した感が強かった。そして、この「誤解」が銀行株を大きく下落させる展開につながっていると考えられる。
このような、メディアが一斉に報じた「通俗的なマイナス金利政策」の議論は、従来の「量的質的金融緩和」が限界に達したことを前提として、これに代わる政策手段として「マイナス金利政策」を位置づけている。
この「通説的なマイナス金利政策」は、政策金利をマイナスにすることによって、過度にリスク回避的な金融機関に対し、「ペナルティ」を与え、半ば強制的にリスクをとらせて、貸出や投資に資金を振り向けさせようとする政策である(「ポートフォリオリバランス効果の強制」と言ってよいだろう)。
だが、何度も繰り返すように、今回の日本銀行の「マイナス金利付き量的質的緩和」は、このような「通説的なマイナス金利政策」とは似て非なる政策であり、数名の識者がかねてから主張してきた「マイナス金利政策」とも異なる点に注意する必要がある。
とはいえ、このように、「マイナス金利」という側面だけが強調される状況下では、どうしても金融機関にとってのコスト増が主な関心事となってしまう。だが、マイナス金利による負担増がどの程度であるかは、2月3日にアップデートされた「本日の決定のポイント(「マイナス金利付き量的質的金融緩和」についてのQ&A)」のQ8で明確に解説されている。
これによると、日銀当座預金の末残が260兆円であると仮定した場合、@従来の+0.1%の付利が約210兆円の日銀当座預金に適用される(これは、昨年1月16日から今年1月15日までの日銀当座預金残高の平均値の予想に基づく)。すなわち、金融機関全体では、2,100億円の金利収入となる。
A「ゼロ金利」が適用される残高は、当初は約40兆円(所要準備額の約9兆円+貸出支援基金及び被災地支援オペの合計30兆円)で、この分には金利収入は発生しない(この部分は「マクロ加算残高」といわれている)。
B260兆円のうち、残る10兆円に0.1%のマイナス金利が適用される。すなわち、2月の金融機関のマイナス金利適用による金利の支払い額は100億円となる(260兆円-210兆円-40兆円=10兆円の0.1%分に相当する)。すなわち、当初は、日銀当座預金への預け入れによって、金融機関には年率換算で、差引2,000億円の金利収入が発生する計算となる。
問題は、その後のマネタリーベース拡大で日銀当座預金にかかるネットの金利収入・支払いがどのように変動するかである。日本銀行は、現時点で年間80兆円のペースでマネタリーベースを増加させる方針を維持している。
前述の「マクロ加算残高」を見直さなければ、この増分(80兆円)には、0.1%のマイナス金利が適用されることになる。この場合、2016年の金利負担として新たに800億円が加算されることになる。
また、今後、追加緩和措置によって、金利のマイナス幅が拡大すれば、それだけ金利負担が増すことになる。仮に金利が-0.2%になれば、既存の10兆円に80兆円を加えた90兆円に0.2%のマイナス金利が適用されるので、金利の支払い額は1,800億円となり、ネットの金利収入は300億円に減少する(年率換算)。
■金融機関の金利負担が増えない配慮も可能
だが、今回の「マイナス金利」の本来の目的は、あくまでもイールドカーブの引き下げである点をもう1回思い起こす必要がある。
先に「マイナス金利」を導入したデンマーク、スウェーデン、スイス、ユーロ圏の事例では、いずれも日本銀行の日銀当座預金に相当する準備預金のうち、「超過準備(準備預金から法定準備預金を控除した部分)」にマイナス金利を付与している。そして、このマイナス金利が起点となってイールドカーブ全体を押し下げている側面がある。
つまり、金融機関全体のバランスシートからみれば相対的にウェートが小さい「限界部分」である超過準備に対してのみマイナス金利を適用すれば、金利体系全体に影響を及ぼすことができる、という点が、今回の「マイナス金利政策」では重要なポイントである(経済学でいうところの「限界原理」)。
このことは、金融政策がイールドカーブの水準を誘導することを目的としているのであれば、マイナス金利の適用範囲は極めて限定的でよいことを意味している。また、イールドカーブが、日本銀行が意図する水準に低下するのであれば、マイナス金利の適用範囲を拡大させる必要性はそれほど高くないことを意味している。
よって、順調にイールドカーブが低下(長期金利が低下)すれば、日本銀行は、「マクロ加算残高(すなわち、ゼロ金利が適用される日銀当座預金)」のウェートを順次高めていくことで、金融機関の金利負担が増えないように配慮することが可能な仕組みとなっている。
つまり、マネタリーベースの年間増加分80兆円のすべてに対してマイナス金利が適用される訳ではないと考えられる(「マクロ加算残高」は国債のイールドカーブの状況や金融機関の収益状況を考慮して、金融政策決定会合の場でその都度決定される見込みである)。
■成否は今後の政策スタンス次第
ただし、心配な点がいくつかある。第一点は、マイナス金利適用がイールドカーブの低下を通じてどの程度、予想インフレ率の押し上げに寄与するのかという点である。2月9日に10年国債利回りが史上初めてマイナスとなった。
これは、表面的には、日銀が意図する「マイナス金利」導入にともなうイールドカーブの低下の実現である。だが、これをもって、予想インフレ率が上昇したと考える人は皆無であろう(むしろ、将来のデフレリスクの台頭による長期金利低下と解釈するのが自然であろう)。
また、イールドカーブの低下余地が、マイナス金利に依存するとした場合、マイナス金利の水準がどの程度であるかが問題となるが、それほど極端なマイナス金利にすることはできないだろう(最大で1%程度のマイナスではなかろうか)。
既にマイナス金利を導入したデンマーク、スウェーデン、スイス、ユーロ圏をみても、マイナス金利の導入がインフレ率の押し上げに貢献しているようにはみえない。つまり、マイナス金利単独の政策効果はそれほど大きくないと考えられる。
第二点は、これは私の仮説にすぎないが、マイナス金利政策は必ずしも為替レートを円安にするとは限らないのではないかという点だ。むしろ、マイナス金利だけをとれば、円高を誘発するリスクがあるのかもしれない。
そもそも、マイナス金利によって、他国(例えば、米国)との金利差が拡大し、これが円安をもたらすというストーリーは、「高金利通貨が高くなる」という一般的な「金利平価説(この場合はカバーなし金利平価説)」とは逆の話である。
これは、ほぼゼロ近傍の低金利通貨で調達した資金を高金利通貨で運用する「キャリートレード」が可能な環境の下で初めて成立可能なストーリーであった。だが、マイナス金利の世界では、貸し手がわざわざマイナス金利で資金を貸すことに対してインセンティブを持たなくなる事態が想定される(金利収入がゼロであることと、金利負担が出ることは大きく異なるだろう)。
運用対象となる高金利通貨の多くは、現在、通貨価値が大きく下落している新興国通貨であり、投資家サイドも高金利通貨で運用するインセンティブを失いつつある。つまり、最近の為替市場は、「キャリートレード」が通用しない世界になっており、それゆえ、従来の「金利平価説」が説明する通り、低(マイナス)金利通貨が上昇する世界になっている。
また、新興国リスクが明確に意識される状況では、先進国通貨はおしなべて「安全通貨(Safety Haven)」になるため、これまでの為替市場とは異なる動きになることも想定される。現に、昨年末にマイナス金利を拡大させたユーロは年初来4%近い上昇だし、スイスフランも同じく年初来3%近く上昇している。
さらに、マイナス金利導入を決定して以降、円も一週間で累計4%近い上昇となっている。マイナス金利下では、これまでの「キャリートレード」的なフォーミュラは通用しないリスクをもう少し考慮すべきかもしれない。
ともかく、筆者は、今回の日銀の「マイナス金利政策」の導入は失敗だったとは考えていないし、「裏目に出た」とも考えていない。この政策が失敗するか成功するかは、今後の政策スタンス次第である。
すなわち、この後、追加緩和の手段がマイナス金利の拡大だけとなれば、効果は疑問だが、「三次元の追加緩和(マイナス金利のさらなる拡大、マネタリーベースの拡大ペースの加速化、ETFの買い増し等)」が本当に実施されるのであれば、ある程度の効果が出ると期待している。
http://www.asyura2.com/16/hasan105/msg/445.html