放射性物質で汚染された農地の原状回復を東京電力に求めている武田利和さん=福島県猪苗代町で、高島博之撮影
<原発ADR>汚染農地…農家3人「土を返せ」を門前払い
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141105-00000001-mai-soci
毎日新聞 11月5日(水)7時0分配信
◇審理で「東電が合意できないものは取り扱わない」
東京電力福島第1原発事故で汚染された農地を事故前の状態に戻す「原状回復」を求める福島県内の農家3人が、裁判外で紛争を解決する手続き(原発ADR)を「原子力損害賠償紛争解決センター」に申し立てたところ、センター側が和解協議の対象外にしていたことが分かった。審理で「東電が合意できないものは取り扱わない」と説明したという。幅広い分野の賠償問題を対象にするはずの原発ADRが、和解協議に入る前に訴えを「門前払い」にしている実態が浮かんだ。【高島博之】
センターの上部組織「原子力損害賠償紛争審査会」は、賠償対象となる項目を「指針」として示しているが、センターの発行する被災者向けの「手引」には「(指針にとどまらず)個別事情についても対応する」と記載。線引きせずに対応することになっている。
3人は大玉村の鈴木博之さん(64)、二本松市の渡辺永治さん(65)、猪苗代町の武田利和さん(64)。いずれも専業農家で、9〜40ヘクタールで稲作などを行う。農薬や化学肥料の量を厳しく制限した特別栽培米などを作り、全国の消費者と直接契約を結び販売。「日本一の米作りを目標にしてきた」(鈴木さん)
原発から約60キロの鈴木さんの農地では、放射性セシウムを1キロ当たり1万6200ベクレル(2011年12月1日)検出。同じく約60キロの渡辺さんの農地は6090ベクレル(11年8月2日)、約80キロ離れた武田さんの農地は1450ベクレル(12年1月26日)だった。生産した米はすべて国の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回るが「約300人の契約者から解約が相次ぎ一時は約100人に減った」(武田さん)。3人は12年4月、原発ADRを申し立てた。
請求内容は風評被害による減収分の賠償と、農地の原状回復費用(約30億円)など。上下の土を入れ替える「反転耕」では空間線量は下がるが農地に放射性物質が残る。表土を削り取っても新しい土は追加されないため、土壌入れ替えを求めた。富山県の神通川流域で発生したイタイイタイ病で汚染された農地の土壌入れ替え費用が1ヘクタール約4670万円だったことを基に、費用を算定した。
東電は12年5月、答弁書で原状回復費用の支払いを拒否。するとセンターは同10月の第1回口頭審理で、和解案を作成する仲介委員(弁護士)が「東電が合意できないものは触れない」と和解協議の対象外にしたという。
13年5月に示された和解案には減収分などの金額だけが記されていた。3人は和解案を受け入れる一方、原状回復を求め裁判を起こすことを決めた。
さらに5人の農家が加わり8人が今年10月14日、福島地裁郡山支部に提訴。請求額を「算定不能」とし、放射性セシウムを1キロ当たり50ベクレル以下にすることを求めている。鈴木さんは「減収分は過去の損害に対する賠償。原状回復してもらわないと、毎年賠償請求し続けるだけになり、未来が見えない。センターは農業を分かっていない」と批判。センターは「個別の案件については答えられない」としている。
◇手続きの限界示す
原発ADRでセンター側が和解案を示し、それを東京電力が受け入れずに暗礁に乗り上げている事例は過去にも明らかになっている。しかし、和解協議の対象にさえせず門前払いにするのは異例だ。
福島大の小山良太教授(農業経済学)は「『農地を元通りにしてほしい』との要求は当然であり、原発事故被害の根本的な問題だ。センター側が協議を拒んだのは、東京電力が受諾しないことが想定されたことに加え、同様に汚染された数多くの農地の賠償請求につながっていくことを懸念したのではないか」と指摘する。そのうえで、和解協議の俎上(そじょう)に載せなかった点について「東電の主張に関わらず時間をかけてでも協議すべきだった。切実な訴えにしっかりと耳を傾け、賠償の可能性を探るべきだ」と話す。
原子力損害賠償制度に詳しい東京経済大の礒野弥生教授(行政法)は門前払いの理由が「東電が合意できない」ためだったことに注目し「原発ADRの限界を示す事案」と語る。東電が受け入れる姿勢を見せないと、ADRでは解決できなくなるからで、礒野教授は「東電に和解案の受諾義務を課すような方法を考えなければならない」と語る。そのうえで「原状回復費用についてはADRで協議しお互いの納得できるところを探る方が、裁判よりも早く解決するはずだ。このような問題こそADRで取り扱うべきだ」と指摘した。センターへの賠償請求手続きを数多く手がける弁護士からも「手続きの冒頭から和解の対象外とする審理は問題がある」と批判の声が上がっている。【高島博之】
◇農地の除染
旧警戒区域と旧計画的避難区域および空間放射線量が毎時0.23マイクロシーベルト以上の地域が対象。環境省のガイドラインによると、放射性セシウムが土壌1キロ当たり5000ベクレル以下の場合、上下の土を入れ替え(反転耕)、5000ベクレル超は表土を削り取る。福島県では4万4808ヘクタールの農地の除染が計画され、9月末現在で約半分が終わった。福島県から出荷するコメは全袋検査され、放射線量が国の基準値を下回っていることが保証されている。