チェルノブイリでは、現在、NPOが主催するツアーが行われています。立ち入り禁止のゾーン(原発から30q圏内)に入り、原発の一部も見学します。危険視する意見もあれば、「啓蒙のための観光」として評価する向きあります。ここでは、その善し悪しを判断することはしませんが…
ここに『チェルノブイリダークツーリズム』という本があります。作家の東浩紀さんやジャーナリストの津田大介さんたちが、実際にチェルノブイリツアー(2013年4月11日〜12日の1泊2日)に参加し、レポートしたものです。
細かい内容はともあれ、この本の中に、「今のチェルノブイリ」と「これからの福島第1事故汚染地域」を見ていく上で、重要な事柄を見い出したので、ご紹介していきましょう。
事故を起こした4号炉を覆う石棺から300メートルの場所。線量計が示す値は毎時5マイクロシーベルトです。年間の外部被ばく線量に換算する約15ミリシーベルト/年。なんと、福島第1で"帰還"の基準とされている20ミリシーベルト/年よりも低い。しかし、そこは厳重に管理された"危険な場所"です。
もちろん、ゾーン全体の空間線量が下がったわけではありません。コンクリートやアスファルトで固められた地面や道路では、風雨で放射性物質が流されるために低くなっているのです。実際にツアーガイドからは、「舗装道路から外に出ないように」という注意がなされます。
もう一つ、ガイドから注意されるのは「地面に座ったり、荷物を置かないように」ということです。これは何を警戒しているのでしょうか?地面に点在する放射性物質の微粒子=ホット・パーティクルの付着や拡散を恐れているのです。
ホット・パーティクルとは何か?
Wikipediaでは「主としてプルトニウムの微粒子を指す」とされていますが、現在では、必ずしもプルトニウムが含まれていなくても、原子力事故で生成された放射性微粒子すべてをホット・パーティクルと呼ぶのが一般的です。
セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239、アメリシウム241などが代表的ですが、ホット・パーティクルに含まれる可能性のある放射性元素の種類は数百種に及びます(従って、一つ一つのホット・パーティクルを見るとその組成は異なります)。
さて、ホット・パーティクルについて検討するにあたり、何点か重要なことを上げておきましょう。
1. 事故現場に近ければ近いほど存在確率が高い。
→空気中を拡散するのですから、当然と言えば当然です。
2. 微粒子なので、遠くまで運ばれる。
→福島第1由来のホット・パーティクルは、アメリカ西海岸のシアトルでも観測されています。微粒子が遠くまで飛ぶ理屈は「風が吹いても岩は決して動じないのに、砂(岩の微粒子)は舞い上がる」のと同じ。同じ比重でも小さくなればなるほど、空気抵抗を受けやすくなるからです。
3. 数粒を吸い込んだだけで、肺がんを発症するリスクがきわめて高くなる。
→ホット・パーティクルには、近傍の細胞を直撃するアルファ線やベータ線を発する放射性元素が含まれています。肺に入ってしまうと、肺胞にへばりついて、同じ場所に放射線を浴びせ続けるという恐ろしい事態になります。一度、肺に入ったホット・パーティクルが、体の外に出てくることは、その人が死ぬまでありません。
今、ここに数個のホット・パーティクルがあっても、空間線量が大きく上がることはありません。線量計に引っかかるガンマ線を出す放射性物質は限られているからです。さらに、空間全体で見れば、ホット・パーティクルの密度はとても低いからです。
しかし、ホット・パーティクルは確実に体に入り込んできます。私たちの肺は、言うなれば掃除機のフィルターかゴミパックのようなもの。ピカピカに見えるフローリングの部屋であっても、掃除機をかけるとフィルターには驚くほどたくさんの塵がたまります。理屈は同じです。実際に、ホット・パーティクルは車のエアフィルターやエアコンや掃除機のゴミパックから発見されているのです。
名古屋の一般家庭の掃除機ゴミパックから見つかったホット・パーティクル |
チェルノブイリでは年間5ミリシーベルト以上のエリアは、今でも立ち入り禁止です。福島第1の汚染地域では「年間20ミリシーベルト以下なら帰還せよ!」と。そこでいったい、どのくらいのホット・パーティクルが人々の肺に吸い込まれていくのだろうか… 今まさに、学校の校庭を走り回っている子どもたちがいます。
肺胞の中で放射線を発するホット・パーティクル |
福島第1原発の過酷事故発生から3年半が経とうとしている時、「放射性物質はいかに飛散したのか…」と言われても、「何を今さら」と思う方も多いかも知れません。
しかし、セシウム137やヨウ素131など数多くの放射性物質が、福島第1からどのような形で飛散したのか、あるいは、飛散し続けているのか。そして、どのように人体に入り込み内部被ばくを引き起こしているのかは、実はあまり知られていないし、今なお解明しきれていない部分もあります。
放射性物質。どんな化合物として、あるいは、どんな大きさで、どこに存在しているのか?これは、内部被ばくを考えるときにきわめて重要です。
肺から体内に入ってくるのか、それとも、肺に沈着するのか… 消化器からは吸収されるのか… そういった問題に直結するからです。
放射性物質の飛散形態と体内への侵入。2回に分けて整理していきます。飛散の形態として注目するのは、"放射性ブルーム"。そして、"ホット・パーティクル"と"がれきから飛散する粉じん"です。
●放射性ブルーム1:放射性セシウムの飛散
最初は、放射性セシウムについてです。
セシウムは元素周期表で一番左の列<アルカリ金属>に属します。
金属と言っても、固体金属状態のセシウムを実際に見たことのある人は、ほとんどいません。融点が28℃と低い上、他の物質と反応しやすく、簡単にイオンになったり、化合物を作ったりするからです。
同じアルカリ金属にナトリウムとカリウムがありますが、これらも金属状態を見たことがある人は少ないでしょう。一番身近なナトリウムは塩化ナトリウム(食塩)だし、洗剤や入浴剤の中には炭酸ナトリウムという化合物で含まれています。肥料として用いられるカリウムは主に塩化カリウム。サプリメントはクエン酸カリウムなどです。
ナトリウムやカリウムと同じように、セシウムも単体で存在することは希です。酸化セシウム、ヨウ化セシウム、水酸化セシウムなどの化合物になっていることが多いのです。また、これらの化合物が水に溶けた状態では、セシウムイオンになっています。核分裂連鎖反応で生成された放射性セシウム(セシウム137とセシウム134)であっても、まったく同じことです。
では、メルトダウンした核燃料から放射性セシウムがいかに漏れ出したのか… その足取りを追ってみましょう。
原子炉で用いる燃料棒は、二酸化ウランをセラミックス状に焼き固めたペレット(直径:1p/高さ:1pほど)が本体。この二酸化ウランのペレットをジルカロイという合金でできた細い管に一列に並べて詰め込んでいます。
酸化ウランのペレットとジルカロイの管(被覆管) |
ジルカロイはおよそ1200℃で溶融します(融点は合金比率によって若干変わる)。一方、二酸化ウランの融点は2865℃。冷却水が無くなり、みずから発する崩壊熱で二酸化ウランのペレットが溶け出したとき、すでにジルカロイの管はありません。メルトダウンへ一直線です。
新品の核燃料は、100%二酸化ウラン(ウラン235が約4%、ウラン238が約96%)です。発電を始める、すなわち核分裂連鎖反応を起こすと、燃料内部にセシウム137やストロンチウム90、ヨウ素131などたくさんの核分裂生成物や、プルトニウム239などの超ウラン元素が作られます。
話をセシウムに戻しましょう。
メルトダウンが起きたということは、核燃料の温度が2800℃を越えたことを意味しています。金属セシウムの沸点は671℃、水酸化セシウムは990℃、ヨウ化セシウムは1,280℃ですから、セシウムまたはその化合物は気体として核燃料の外に出てきます。
それが冷えて水酸化セシウムやヨウ化セシウムの微粒子となり上昇気流に乗って舞い上がったのです。
上空では地球上どこにでも広く存在する硫酸塩エアロゾルに取り込まれました。エアロゾルとは大気中に浮遊する微小な液体または固体の粒子のこと。放射性セシウムを含む硫酸塩エアロゾルは雲のようになって移動します。これが放射性ブルームです。
放射性ブルームからは、重力で落下してくる放射性セシウムを含む微粒子もあるし、雨や雪になれば、当然、雨粒や雪に含まれて地上に落下します。
■参考サイト 風に乗って長い距離を運ばれる放射性セシウムの存在形態 |
水酸化セシウムもヨウ化セシウムも、水との親和性が高い(水に溶けやすい)ので、水と出会えばイオン化します。水に溶けた(イオン化した)状態なら簡単に植物に吸収されます。その植物が野菜や果物であれば… 答えは誰にでも分かります。経口摂取です。
放射能ブルームからの雨が、流れ着いた先で蒸発してしまえば、セシウム化合物だけが土壌に残ります。そこで再度水と出会えば、また違う場所へと移動。この繰り返し。まさに「放射性物質は動く」のです。
除染、除染と言っても、水で洗い流す行為は放射性物質を拡散していることに他なりません。また住宅地だけ除染しても、やがて森林から新たな放射性物質がやってくることは明白なのです(すでに除染をした地域で、最近問題視されていますが、当初から予想されていた事態です)。
風が吹けば、放射性セシウムが付着した土埃が舞い上がり、容赦なく肺の中へ。吸引摂取です。そして、肺胞で血液に吸収され体内に入ってきます。
「肺から体内に吸収するのは酸素だけ」という誤った常識があります。もしそうであれば、人間は塩素ガスや一酸化炭素では死にません。私たちの肺は、水に溶ける元素を実に効率よく吸収する機能を持っています。水に溶けるということは、血液に溶け込むということなのです。
一人の体の中にある肺胞の表面積の総計はテニスコート一面分にも及びます。この広いエリアで、吸気は毛細血管に接し、酸素と二酸化炭素の交換だけでなく、様々な物質が血液に吸収されます。放射性セシウムも例外ではないのです。
●放射性ブルーム2:ヨウ素131の人体への吸収
子どもたちの甲状腺で、深刻な内部被ばくを起こしているヨウ素131は、どのように広がり人体に吸収され、甲状腺に集まっていったのでしょうか?
汚染の広がり方はセシウム137同様の<エアロゾル→放射性ブルーム>が中心です。ただ、化合物ではなくヨウ素分子そのものが多く、エアロゾルだけでなく気体としても拡散していきました。
大気中を流れ漂うヨウ素131は、呼吸により、あるいは食べ物に付着したり、水に溶け込んで、人の身体に入っていきました。経口摂取されたヨウ素131のほぼ100%が小腸などで吸収されるというWHO(国際保健機関)の報告があります。
■参考
世界保健機関 国際化学物質安全性計画『ヨウ素および無機ヨウ化物』
p.20 7.1 吸収
上記のリポートでは、呼吸によって吸入摂取されたヨウ素131も、ほぼ全量が体内に入っていくことが明らかにされています。
まず、鼻や気管、気管支にある粘液線毛がヨウ素131をとらえ、消化管に運んでしまうのです。あとは経口摂取と同じです。
粘液線毛をすり抜けて肺にまで到達するヨウ素131もあります。これは肺に沈着するのではなく、肺胞から血管へと比較的速く吸収されることが分かっています。行き先は… 言うまでもなく、甲状腺です。
今回調べ直してみて、つくづく思うのは、私たちの身体が、貪欲なまでにヨウ素を取り込むシステムを持ち合わせているということです(ヨウ素が人体にとってきわめて重要な元素だからこそです)。
参考にしたWHOの資料によれば、経口であれ吸引であれ、摂取されたヨウ素は、ほぼ100%体内に吸収されます。
「いつも甲状腺をヨウ素で満たしていれば、ヨウ素131は入ってこない。だから、昆布とワカメを食べよう!」などと言う人もいます。しかし、実験結果は、仮に甲状腺がヨウ素で満員状態であっても、新たなヨウ素が来れば、古いものを押し出して置き換わってしまうのではないか… と思わせます。となると、ヨウ素剤の効果についても疑問符が付いてしまいます(この部分は、まったくの私見なので、もし詳しい方がいらしたら、情報をお願いします)。
●放射性ブルーム3:希ガスの危険性は…
核分裂生成物のうち、周期律表の一番右の列<希ガス>に属するクリプトン85(半減期:10.72年)とキセノン133(半減期:5.25日)は、使用中の燃料棒の中に気体として生成されます。
ですから、メルトダウンしたら一気に空気中へ。福島第1では圧力容器の底が抜け、格納容器も破損していますので、どんどん大気中に漏出していきました。クリプトン85とキセノン133を合わせた漏出量は11,000ペタベクレル。チェルノブイリの6,500ペタベクレルの2倍近くです。希ガス放射性物質の漏出量から見れば、福島第1が史上最悪の原子力事故なのです。
希ガスは水に溶けにくいし、水以外の他の物質とも反応しにくいので、人体に害はないという主張があります。しかし、放射線を出すことに変わりはありません。外部被ばくはもちろん、気体故に肺の中に簡単に入ってくるという恐ろしさがあります。指摘されているのは、肺ガンを引き起こす危険性です。
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2回目は"ホット・パーティクル"と"がれきと粉じん"という視点から見ていきます。
●ホット・パーティクル:参考記事
この記事を書き始めようとしていた、まさにその時、"ホット・パーティクル"がらみのニュースが入ってきました。以下にリンクで紹介しますが、記事が消されてしまう可能性もあるので、テキストでも貼り付けておきます。
■時事通信『微粒子からウラン検出=原発事故直後、茨城で採取−理科大など』
<東京理科大などは8日、東京電力福島第1原発事故直後の2011年3月14日に、約150キロ離れた茨城県つくば市で採取された放射性セシウムを含む微粒子から、ウランを検出したと発表した。微粒子には高温で溶けた後、急速に冷やされた形跡があり、研究チームは事故直後の原子炉内の様子を知る手掛かりになるとしている。>
■NHK『原子炉破損で燃料のウラン飛散か』
<東京電力福島第一原子力発電所の事故が起きた直後に茨城県内で採取された大気中のチリから、ウランのほか原子炉内の構造物の素材が検出され、分析に当たった研究グループは早い段階から大規模な原子炉の破損が進んでいたことを裏付ける結果だとして、さらに分析を進めることにしています。
東京理科大学の中井泉教授らの研究グループは、福島第一原発の事故直後の3月14日の夜から翌朝にかけて原発から130キロ離れた茨城県つくば市で採取した大気中のチリを兵庫県にある大型の放射光施設「スプリング8」で分析しました。
その結果、放射性セシウムのほか、ウランや燃料棒の素材のジルコニウム、圧力容器の素材の鉄など、核燃料や原子炉内の構造物と一致する物質が検出されたということです。
これらのチリは直径2マイクロメートルほどのボール状をしていて、高温で溶けたあと外部に放出されるなどして急に冷えた場合の特徴を示しているということです。
福島第一原発では、事故発生からチリが採取された14日の夜までの間に核燃料のメルトダウンが進み、1号機と3号機が相次いで水素爆発していて、研究グループでは早い段階から大規模な原子炉の破損が進んでいたことを裏付ける結果だとして、今後もさらにチリの分析を進めることにしています。>
●ホット・パーティクル:生成のメカニズム
上記の報道は、福島第1の事故直後、3月14日につくば市で採取された直径2マイクロメートルという、きわめて小さなボール状微粒子に関するものです。
別な報道では「ガラス状の微粒子」ともされています。
ボールの中には、放射性セシウム、ウラン、ジルコニウム、鉄などが含まれていました。しかし、これはいわゆる合金でありません。主に酸化物が焼結したセラミックスと見られています。事故発生直後から危険視されていたホット・パーティクルです。
核燃料から放出される放射性セシウムは、水酸化セシウムやヨウ化セシウムという化合物の形になっています。他に、酸化セシウムというのもあります。
核燃料はウラン燃料とも呼ばれますが、実際には二酸化ウランです。メルトダウンして溶け出し、さらに高熱になって気化したとしても、二酸化ウランから変わることはありません。
ウラン燃料を原子炉で使い始めると、燃料棒内にはプルトニウム239が生成されます。また、3号機はMOX燃料を使っていましたから、もともとプルトニウム239が含まれています。これらは二酸化プルトニウムです。
前の記事でも書いたとおり、核燃料の本体は二酸化ウランのセラミックスです(MOX燃料の場合は、二酸化ウラン + 二酸化プルトニウムのセラミクス)。これがメルトダウンすると、原子炉内にある他の物質(ジルコニウムや鉄)も、飲み込まれるように溶け込んでいきます。
以下に、燃料棒や原子炉にある主な物質や元素の沸点と融点を整理しておきます。
こうして見ると、メルトダウンを起こす温度(二酸化ウランの融点)=2865℃というのが、いかに高い温度なのかよく分かります。セシウムの化合物はもちろん、鉄ですら気化する温度なのです。
原子炉内の空間は、気化した放射性物質と、溶けた核燃料から微粒子として舞い上がった放射性物質が充満した状態。それが冷やされたときに一緒になって、セラミクスの微粒子に。上昇気流に乗って大気中へ大量に漏れ出していきました。
見方を変えると、「二酸化ウランのセラミクスが高温で溶けて、他の物質も巻き込んで、再度、セラミクスに焼結し環境中に漏出した」とも言えます。
ここで、セラミクスと焼結について、簡単に解説しておきましょう。
私たちにとって、もっとも身近なセラミクスは磁器。その原料は、二酸化ケイ素(石英)、酸化アルミニウムなどです。これらを主成分とする陶石を粉末にし、水で練り、ロクロなどで成型します。その後、"焼結"。文字どおり焼き固めるのですが、窯の中の温度は1300℃前後。酸化物などの粉末の集合体を融点よりも少し低い温度で加熱すると、粉末が固まって焼結体(セラミクス)になるのです。
現在は、ほとんどの磁器の窯元が電気窯やガス釜を使っているので、温度が上がりすぎてしまうことはありませんが、かつては薪を使った登り窯でした。
窯の中の温度が陶土の融点を超えてしまうと、せっかく成型した器が溶けて変形してしまいます。言ってみれば、磁器のメルトダウン。昔は、窯の隅などで、しばしば"メルトダウン"が起きていました。しかし、いったん溶けても、冷えたときにはセラミクスになります(売り物にはなりませんが)。
この<セラミクス→メルトダウン→セラミクス>という事態が、原子炉内で起きたのです。そこにあったのはウランやプルトニウム、放射性セシウムや放射性ストロンチウムでした。そして、すべてが大きな塊にまとまったのではなく、一部は、微粒子=ホット・パーティクルとして舞い上がり、はるかかなたにまで、放射性物質を届ける役割を果たしました。
気象庁気象研究所が撮影に成功したホット・パーティクル |
■Natureに掲載された気象庁気象研究所の論文
水に溶けない放射性物質の微粒子=ホット・パーティクルについて言及しています。
●ホット・パーティクル:その危険性
上記の生成過程を見ると、ぞれぞれのホット・パーティクルが、異なる組成になることは明白です。あるものはセシウム137を多く含み、あるものはストロンチウム90が多い。また、あるものはプルトニウム239やウラン235を、というように。複数の放射性物質を含んでいて、その比率はまちまちです。
もちろん、ベータ線やアルファ線を出す核種がたくさん含まれます。
アルファ線は強力な放射線ですが、遠くまでは届きません。逆に言うと、体内のある場所に固定されてしまうと、延々と同じ細胞(群)にダメージを与え続けます。
ホット・パーティクルは、セラミクスなので水に溶けません。ですから、今のところ、消化管から体内に吸収されるメカニズムはないとされています(絶対にないとは言いきれませんが)。
怖いのは、呼吸による摂取です。0.01マイクロメートルから10マイクロメートルという微粒子。簡単に肺の奥、肺胞までたどり着いてしまいます。
前の記事で書いた放射性ブルーム由来のヨウ素131やセシウム137と異なるのは、セラミクスなので、血液に溶けて体内を循環するのではないということです。肺胞にへばり付いて、放射線を発し続けます。そして、死ぬまで外に出てくることはありません。
特に、プルトニウム239を含むホット・パーティクルが肺に入った場合が危険視されています。
ちなみに、同じ数のプルトニウム239原子(半減期:2万4千年)とウラン235原子(半減期:7億年)があったとすると、同じ期間では、プルトニウム239が2万9千倍のアルファ線を出します。
1個のホット・パーティクルが、何ベクレルに相当するかは、その大きさや組成によって異なるので、何とも言えませんが、微粒子とは言え、そこに数十億個、数百億個の放射性の原子があるのは事実です。
一方、ホット・パーティクルが、今ここにあっても、空間線量が跳ね上がるとか、そういうことはありません。空間全体に対する密度は小さなものだからです。しかし、私たちの肺は、掃除機の集塵パックのようなものです。少ししか存在しなくても、いつの間にかため込んでしまうのです。
旧ソ連の核実験場があったセミパラチンスクでは、住民に肺がんが多発しています。亡くなった方たちの肺を調べると、がん組織の近くの細胞ほど、プルトニウムを含むホット・パーティクルが見つかると言います。
これは、核実験で飛散したホット・パーティクルを吸い込んだことが肺がんにつながることを示唆しています。
●がれきと粉じん
福島第1の事故現場から放射性物質を含む粉じんが舞い上がり問題となっています。まず、飛散対策をせずにがれき処理を進めてきた東京電力に怒り心頭です。
一方、この粉じんには、放射性ブルームで飛散したものとは違う危険性があることも認識しておく必要があります。
ストロンチム90への警戒です。
カルシウムと化学的性質が似ているので、体内に入ると骨組織に集まり白血病を引き起こすストロンチム90。運転中の原子炉ではセシウム137とほぼ同量が生成されますが、チェルノブイリでも福島第1でも、セシウム137に比べると、遠くまで飛散しにくいという結果が出ています。
逆に言うと、事故現場の近くでは、相対的にストロンチム90の存在確率が高くなります。
原子炉直近にあるがれきを手荒に扱って、飛ばなくてよいストロンチム90を遠くまで飛ばしている。これが現状であり、"がれきと粉じん"の問題を正しく見据えるために必要な視点です。
原子炉至近のがれきに、どのくらいのストロンチウム90が付着しているのか… 飛散した粉じんに含まれていたストロンチム90はどの程度なのか…
徹底した調査を行う必要があります。
私設原子力情報室
ホット・パーティクルを知る第一歩
http://nucleus.asablo.jp/blog/2014/07/20/7393573
放射性物質はいかに飛散し人体に入り込むのか(1)
http://nucleus.asablo.jp/blog/2014/08/05/7407065
放射性物質はいかに飛散し人体に入り込むのか(2)
http://nucleus.asablo.jp/blog/2014/08/10/7410771