病院看護師バブルがやってくる 11年後に14万人 だぶつきの衝撃〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140811-00000008-sasahi-hlth
AERA 8月18日号
大学の看護学科新設ラッシュで看護師が今後急増しそうだ。特に病院では、将来深刻な人余りが予想されている。白衣の天使はいかに生き残ればいいのだろうか。
(編集部 野村昌二)
11校(1991年度)だったのが、今や226校に(2014年度)──。
いったい何の数字かといえば、看護学部・学科を設置した看護系大学の数である。97年度以降毎年約10校のペースで増えつづけ、23年間で20倍以上。日本の4年制大学の総数は約770校だから、実に3・4校に1校が看護系学科を持っていることになる。入学定員の数は、558人(91年度)から1万9454人(14年度)と、実に35倍になった。
少子化もどこ吹く風。大学は今、さながら「看護バブル」ともいえる様相だ。中には、11年度に看護学科を新設した上智大学のように、一見“看護”と縁のなさそうな大学まである。アエラでは、今春看護系学科を新設した17大学にアンケートし、設置理由などを聞いた(文末の資料1参照)。顔ぶれを見ると、北海道から九州・福岡まで全国にまたがる。敦賀市立看護大学(福井県)など3校が単科大学として新設され、奈良学園大学(奈良県)など、これまで医療系学部がなかった大学も新規参入する。そして、ここにも「意外」と思える大学が看護学科を新設している。
●現在は看護師不足だが
7月下旬の日曜。この春、看護学部を新設した足利工業大学(栃木県足利市)のオープンキャンパスが開かれた。
開始直前、ゲリラ豪雨に見舞われたにもかかわらず、親子140人近くが参加。
同大はもともと同じ学校法人傘下の短期大学に看護学科を設置していたが、社会の変化に対応して大学学部への転換を図ったという。
「4年制だと、看護師だけでなく、これから人手不足が心配される保健師の資格も取得できます。保健師としても活躍できる幅の広い看護師になっていただきたい」
と、荘司和男副学長は大学の使命を語る。
実際、看護師不足は深刻だ。
看護師(准看護師を含む)の数は約144万人(12年)と、9年間で25万人近く増えた。それでも、厚生労働省の「看護職員需給見通し」によれば、15年時点で看護職員(看護師、准看護師、保健師などの総称)の「需要」が約150万1千人なのに対し「供給」は約148万6千人と約1万5千人不足している。アンケートの「看護学部・学科」の新設理由を見ても、
「社会環境の変化と地域における看護師の人材需要に対応」(北海道科学大学)
「地元千葉県をはじめとする社会に貢献」(聖徳大学)
などと、いずれも不足する看護師への対応を挙げている。
それにしてもなぜ、大学の数が飽和状態といわれる中、「看護系新設ラッシュ」が起きるのか。
「一言でいうと、看護師不足と大学の学生募集の利害が一致した結果」
と、教育ジャーナリストの小林哲夫さん。受験生確保に悩む大学にすれば、適当な学部をつくっても受験生が集まらない。また集まっても、就職先がなければいずれ定員割れというリスクに悩むことになる。その点、看護系であれば受験生は集まり就職先にも困らない。大学にとって看護系学科は、学生を確実に集められる「おいしい市場」(関係者)となったのだ。
●診療報酬改定の余波
しかし、安易な新設はリスクを伴う。
典型例が04年度に誕生した法科大学院だ。少子化に悩む大学には学生集めの切り札と映り、74校が「乱立」した。だが、司法試験合格率は平均20%台に低迷。学生離れが加速し、募集停止が相次いだ。今年度の入試では67校が学生を募集したが、61校が定員割れし、うち44校は半数にも満たなかった。こうしたことから先の小林さんは、
「本来、看護師の国家試験の合格率は100%に近いが、すでに一部の大学では合格率が60%、70%台のところも出ている。今後、合格実績の低い大学は、法科大学院のように定員割れを起こし募集停止になりかねない」
と「新設ラッシュ」に懸念を示す。
そして気になるのが、増え続ける看護師の数だ。
病院で勤務する看護師14万人が余る──。
そんなセンセーショナルな試算を、医療コンサルティングの「グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン」(東京都港区)が行った。
同社の渡辺幸子社長は言う。
「国が描く改革のシナリオをベースに試算した結果です」
「改革のシナリオ」というのが、4月の診療報酬改定だ。
診療報酬とは、医療機関や薬局が健康保険組合や患者から受け取る代金のこと。原則として2年に1度、改定が行われるが、4月の改定では看護職員数の配置基準も変わった。
●ジェネラリスト目指せ
国は06年度、高度な医療と集中看護で入院日数を縮め医療費を抑える狙いで、7人の入院患者に対し看護師1人を配置する「7対1病床」の区分を新設。入院基本料も大幅に増額し、それまでもっとも高かった「10対1病床」の1・2倍にした。その結果、増収をあて込んだ多くの病院が7対1病床に飛びついて病院間で看護師の争奪戦が起き、さらなる看護師不足を招いた。
7対1病床の増加は、そのまま医療費にも跳ね返った。12年度の医療費の総額は過去最高の38兆4千億円。7対1病床に関する政策は明らかな失策だった。
すると厚労省は手のひらを返し、今年4月の診療報酬改定で、7対1病床を約9万床に当たる25%減らす方針に転じたのだ。すべての団塊の世代が75歳以上になる「2025年問題」に備え、自宅に戻る患者の多い病院に対する評価を高くするほか、在宅医療に取り組む診療所にも診療報酬を手厚く配分するとした。
「訪問看護師の需要が高まり、日本全体で看護師が余るわけではありませんが、そのことは病院で働く看護師が余る可能性を示しています。その数が、25年は最大で約14万人となるのです」(渡辺社長)
では、病院で働き続けるにはどうすればいいのか。実際、多くの看護師は「病院で働きたい」と本音を漏らす。訪問看護師は「高齢者の介護」のイメージが強く、給与も病院看護師の8割程度だ。
グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン監修のもとに作成した「病院看護師として生き残るための4カ条」(文末 資料2)をご覧いただきたい。診療科別の病棟から混合病棟になる流れが想定されるため、専門職としての立場だけではなく、ジェネラリストになる能力・順応性を持つことが求められているという。さらに、看護部長を目指したり、生き残れる病院を見極めたりするなど、病院看護師として生き残る道は少なくない。
●訪問看護を魅力的に
一方で渡辺社長は、訪問看護師の必要性も強調する。
「病院に残る視点も大事だが、高齢化が進む中、むしろ訪問看護師にやりがいや価値を見いだせる仕組み作りが大事」
そのためには、現場と行政が「在宅医療」のさらなる普及に努め、在宅医療を支える環境を整えるなど、やるべきことは多いと指摘する(文末の資料3「訪問看護師の仕事を魅力的にするための5カ条」参照)。
日本看護協会によれば、訪問看護ステーションで働く看護師の数は約3万4千人(12年)だが、25年には「最低でも5万人必要」。
同協会の齋藤訓子常任理事は、看護師の心構えとして言う。
「入院中から『退院したら家で暮らす』ことを視野に入れた病院でのケアが重要です。つまり病院では『治すこと』に主眼がおかれますが、『治療後、一人で暮らせない状態』ではなく、日常生活が送れる身体の状態にすることと合わせて、生活を支えるサービスにつないでいくことが求められます」
大切なのは、働き場所ではなく、患者に寄り添う気持ちだ。
(資料1)2014年度に新設された 看護学部・学科
※各大学へのアンケートをもとに作成
所在地 大学名学部・学科名 倍率 入学者数(男:女) コメント
公立
福井 敦賀市立看護大学看護学部・看護学科 20.9 57(7:50)
福井県でも特に嶺南地域の医療人材(特に看護職)の慢性的不足の解消
私立
北海道 日本医療大学保健医療学部・看護学科 3.5 85(13:72)
成熟した看護師教育を目指す。札幌近郊で実践的な「看護学実習」を実施
北海道 北海道科学大学保健医療学部・看護学科 15.3 106(16:90)
社会環境の変化と地域における看護師の人材需要に対応
青森 青森中央学院大学看護学部・看護学科 3.6 94(16:78)
医療が高度・専門化する中、看護師に求められる役割も高まってきている
栃木 足利工業大学看護学部・看護学科 3.5 83(8:75)
社会の変化に対応して大学学部への転換を図った。看護と工学の連携
埼玉 東京家政大学看護学部・看護学科 3.2 110(0:110)
人々の健康の保持増進と生活の質を維持する看護の実践力をもつ看護者を育てる
千葉 聖徳大学看護学部・看護学科 5.8 96(0:96)
地元千葉県をはじめとする社会に貢献。最先端の医療機器を配備した環境
千葉 千葉科学大学看護学部・看護学科 2.5 97(17:80) 災害看護学、リスクマネジメント論など幅広い知識を身につけることができる
東京 文京学院大学保健医療技術学部・看護学科 9.0 105(10:95)
様々な健康レベルの人の生活のあり方を理解するための実習を組み入れている
岐阜 朝日大学保健医療学部・看護学科 4.0 87(11:76)
地元で活躍する看護師を育て、地域の保健・医療・福祉に貢献する
岐阜 中部学院大学看護リハビリテーション学部・看護学科 3.5 91(18:73)
総合大学としての強みを活かした総合的な医療・福祉を学べる
三重 鈴鹿医療科学大学看護学部・看護学科 5.0 99(21:78)
広い視野に立って地域貢献できる看護専門職養成に重点
京都 京都看護大学看護学部・看護学科 4.0 114(17:97)
京都府内唯一の看護系単科大学として、充実した設備を整える
大阪 大和大学保健医療学部・看護学科 10.9 149(23:126)
少子高齢化が進む現代社会では、医療への期待がますます高まっている
奈良 奈良学園大学保健医療学部・看護学科 11.4 88(14:74)
奈良県看護協会及び地域の自治体、関係団体からの要望に基づき設置
広島 安田女子大学看護学部・看護学科 3.7 103(0:103)
女子総合大学での広く深い学びの実現。看護師、保健師、助産師養成課程の設置
福岡 帝京大学福岡医療技術学部・看護学科 5.1 88(12:76)
地域で学び、地元で生きていく人材をより多く育てるため
(資料2)
【訪問看護師の仕事を魅力的にするための5カ条】
1.現場と行政が「在宅医療」のさらなる普及に努める
国や自治体が在宅医療を推進・拡大し、在宅で対応可能な医療の幅を広げることが必要
2.在宅医療を支える環境を整える
患者・家族が在宅で簡便に使用でき安全に管理できる機器や医療材料が必要だが、現在これらの供給が不十分。そのための環境を整える
3.看護師の業務範囲を拡大する
在宅医療拡大のためには、訪問看護師が現場で行う業務範囲の拡大が必要
4.病院と地域の橋渡し役になる
訪問看護師が病院と地域の橋渡し役を担える可能性が最も高く、訪問看護師がそのイニシアチブをとっていくことが望ましい
5.病院看護師と同レベルの給与体系を目指す
給与体系が異なることもあるので、両者に差がないような政策対応、イメージ戦略も欠かせない
(資料3)
【病院看護師として生き残るための4カ条】
1.当事者意識を持ったジェネラリストになる
専門職としての立場だけではなく、ジェネラリストになる能力・順応性を持つことが求められる
2.看護部長を目指す
管理者としての経験を積み、看護師長、看護部長などの病院経営の幹部を目指す
3.生き残れる病院を見極める
地域の医療ニーズをしっかりとつかんで適切な医療を提供している病院でなければ、今後、生き残ることはできない
4.専門家としての道を極める
専門性の高い看護師は引き続き需要がある。救急や手術室、内視鏡検査などの専門家としての道を狭く深く進む
※グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン監修