80. 中川隆[-6393] koaQ7Jey 2017年9月16日 20:18:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
日本よ、いい加減、現実を見よう 自由貿易が社会を傷だらけにする
世界も国内も、グローバル化で分断された
柴山 桂太 京都大学准教授
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52829
「アメリカ・ファースト」を強調するトランプ大統領。EUからの離脱を決めた英国。先進各国では「アンチ・グローバリズム」の動きが、今も続いている。一方、日本政府は「自由貿易こそ経済発展のかなめ要だ」という構えを崩さない。しかし、それは「時代を読み違えた態度」なのではないか? そう語るのは、経済思想が専門の京都大学准教授・柴山桂太氏だ。近著
で、自由貿易が社会に深刻な「分断」をもたらすと指摘した柴山氏に、グローバリズムがもたらした矛盾をどう見るべきかを聞いた。
自由貿易の擁護にまわったBRICs
自由貿易についての国際世論に、変化の兆しが見られる。
これまで自由貿易の推進役だった先進国で反自由貿易の機運が高まり、どちらかと言えば保護貿易に傾きがちだった新興国から、「自由貿易を守れ」との声が上がり始めている。
先日開かれたBRICs首脳会議では、「あらゆる国と人々がグローバル化の利益を分かち合える、開放的な世界経済の重要性を強調する」とする共同宣言が採択されたという。これが、保護貿易に傾きつつあるアメリカ・トランプ政権への牽制であることは明らかだ。
BRICsBRICsサミットに集まったブラジル、ロシア、中国、南アフリカ、インドの新興5ヵ国首脳(Photo by Getty Images)
少し前まで、世界中の国々に市場開放を押しつけていたのはアメリカだった。ところが今では、新興国が自由貿易の意義を強調し、当のアメリカでは反自由貿易派の大統領が選ばれる。時代の変化をこれ以上、雄弁に物語るものはない。
自由貿易への幻滅が拡がっているのはアメリカだけではない。
世界18ヵ国を対象に行われた英エコノミスト誌の調査によると、「グローバル化で世界は良い方向に向かっている」と考える人の割合は、アメリカ、イギリス、フランスなどの先進国で軒並み5割を切っている。ベトナム、フィリピン、インドで、8割以上がグローバル化に好意的なのとは対照的だ。
この調査では、総じて新興国の方がグローバル化に好意的で、先進国は批判的という傾向が見られる(残念ながら、日本は調査対象に入っていない)。
「グローバル化が人々に利益をもたらす」は本当か?
なぜ、先進国で反自由貿易の機運が高まっているのだろうか。マスメディア等でおなじみの解釈は、「自由貿易の利益が正しく理解されていない」というものだ。
自由貿易は先進国、新興国を問わず全ての国に恩恵をもたらす。それぞれの国が、自国のもっとも優位な分野に特化した生産を行えば、世界全体の労働生産性は上昇し、消費者は安くて質のいい財やサービスを享受できる。保護貿易で海外製品をブロックすると、一部の生産者は助かるかもしれないが、消費者は割高な国産品しか買えなくなるので、社会全体で見ると損失の方が大きくなる――。
こうした説明を、誰もが一度は聞いたことがあるはずである。
実際には、経済学者は市場が教科書通りに働かないケースが多々あることを認めており、貿易についてももっと複雑な見方をしている。しかし世間一般には、自由貿易についての通り一遍の説明で済ませることが多い。
世界中のメディアも、この立場を支持している。日本も例外ではない。自由貿易に反対する者は、経済学の基本(特に「比較優位の原理」)をわきまえていないか、関税や補助金をあてにする圧力団体(JAなど)に与しているかのどちらかだ、というわけである。
この伝でいくと、アメリカなどの先進国で保護貿易派の政治家が出てくるのは、「有権者が貿易について正しい知識を持っていないからだ」ということになる。反対に、グローバル化を歓迎している新興国の人々は、「立派に教育されている」ということになるはずだが、本当にそうなのだろうか。
低賃金サービス業に追いやられる先進国の中間層
先進国の人々がグローバル化に幻滅しているのは、端的に所得がほとんど増えていないからである。経済学者のB・ミラノヴィッチの推計では、1988年から2008年までの20年間で、実質所得を大幅に増やしたのはグローバルな上位1%と、グローバルな上位40〜50%にあたる中国・インドなどの都市労働者で、先進国の大多数の労働者(グローバルな上位10〜20%層にあたる)はその恩恵にあずかっていない。
先進国の中間層は没落し、グローバルな富裕層とグローバルな中間層が隆盛したのである。
なぜ、そうなったのか。いくつもの説明が考えられるが、大きな要因は国際貿易の質的変化だ。
経済学者のR・ボールドウィンは、20世紀後半から始まった生産システムの世界的な変化を(それ以前との質的違いを強調する意味で)「新グローバル化」と呼んでいる。20世紀中盤までの国際分業は、先進国が工業化し、途上国が脱工業化(農産物や原材料の生産に特化)するというかたちで進んでいた。
ところが1980年代以後は、それまで先進国に集中していた工業の大部分が、賃金の安い新興国へと流れていった。生産拠点の海外移転、いわゆるアウトソーシングである。
その結果、新興国が工業化し、先進国は脱工業化(ハイテクや一部サービスに特化)していくという、全く新しいタイプの国際分業が見られるようになったのである。
工業化の進む新興国では、比較的幅広い層の都市労働者が恩恵を受ける。一方で、先進国では先端的なハイテク産業に関わる知識労働者が恩恵を受けるが、その割合は限られている。大多数は都市部の低賃金サービス労働に従事することになり、当然ながら所得の格差は広がることになる。
オキュパイ・ウォールストリート格差是正を訴える「オキュパイ・ウォールストリート」運動は毎年のように続いている(Photo by Getty Images)
以上は、ごく単純化した説明に過ぎないが、なぜ先進国の平均的な労働者がグローバル化の「負け組」になったのかを分かりやすく示している。
中間層の発言力を奪い、税負担を増やすグローバル化
もう一つ、資本と労働の力関係が変化したという点も無視できない。
投資に関わる国境の壁が大幅に削減されたことで、企業や投資家は資本を自由に動かせるようになった。しかし労働者はそうではない。国境を跨いで活躍の場を求めることのできる層は、全体のごく一握りだ。多くは、自分の住み慣れた国を簡単に離れることはできないし、離れたいとも考えていない。
経済学者のD・ロドリックは、企業や資本の国際移動がもたらす国内政治への負の影響を問題視している。アウトソーシングが進むと、先進国の労働者の立場はどうしても弱くなる。労働者の権利が弱い国に仕事を移す(あるいは「移す」と脅す)ことで、経営者や投資家は譲歩を引き出すことができるからだ。
あるいは法人税引き下げ競争を例に出しても良い。1980年代初頭から、世界中の法人税率は明らかに低下している。企業が税金の安い国に逃げるのを防ぐために、一つの国が税率を下げたら別の国も追従せざるを得ない。
反対に労働者は、税を逃れる方法がない。法人税は下がり、消費税や付加価値税は上がる。国際的に移動出来る資本から、移動出来ない労働者に税の負担が移ってしまう。グローバル化が進むと、資本にアクセス出来る者の発言力が大きくなり、労働者の発言力は小さくなる傾向にあるのだ。
なるほど、自由貿易で消費者は安くて高品質な財やサービスを手にできるようになったかもしれない。しかし、消費者は労働者でもある。「新グローバル化」の下で進む国際分業は、先進国の平均的な労働者を不利な立場に追いやってもいる。単に所得が増えないだけでなく、政治的な発言力も低下する一方だ。
他方で、新興国の労働者は着実に所得を増やし、国内の富裕層は着実に富を増やしていく。自由貿易が利益をもたらすという一般的な見方が正しいのだとしても、利益の分配は、国際的にも国内的にも、先進国の中間層にとって厳しいものになっている。反自由貿易の機運の高まっている背景には、そのような事情がある。
日本もグローバリズムへの幻想を捨てよ
この点、昨年のアメリカ大統領選挙は示唆的だったと言える。旋風を巻き起こしたのはトランプとサンダースだが、トランプは中間層の富が新興国の労働者に横取りされたと力説し、サンダースは中間層の富がトップ1%に吸い取られたと強調していた。二人とも、過去20〜30年のグローバル化の所得分配が不公平だと訴えて、人気を獲得したのだ。
サンダースとプラカード民主党の大統領候補サンダースの背後にも「アメリカの労働者」「職を守ろう」のプラカードが(Photo by Getty Images)
もちろん、私個人は「国境に壁を」といった、彼らの個々の主張に賛同しているわけではない。しかし、確認するべきは、自由貿易が国際社会と国内社会の至る所に歪みと亀裂を作り出してしまった、という歴然たる事実だ。
政治の不安定化は、アメリカだけで終わることはないだろう。先進国は遅かれ早かれ、似たような困難に直面していくことになるはずだ。そして保護貿易の機運は、それが成功するか失敗するかに関わらず、これから高まっていくはずである。
日本では、今のところアメリカや一部の欧州諸国に見られるような、極端な反グローバル化の機運は見られない。だが、この先はどうか。中間層の没落は、先進国全体で起きている現象であり、日本もその例外とはなり得ない。
もちろん、中間層が没落した原因は、グローバル化の他にもある。技術進歩、産業構造や社会規範の変化など、多くの研究者がさまざまな要因を指摘している。しかしグローバル化がもっとも重要な理由の一つであることは、今や否定し得ない事実である。
「あらゆる国と人々がグローバル化の利益を分かち合える」世界経済が理想であるというBRICs首脳会議の宣言は、字面だけを見れば正しいことを言っている。しかし、その実現は決して容易なことではない。
自由貿易やグローバル化がもたらしてきた、負の側面に目を向ける。日本が次の針路を定めるには、まずそこから始めるしかないだろう。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c80