それでも「無能」トランプが解任されない理由
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/post-10977.php
2018年9月19日(水)17時45分 ジャメル・ブイエ(スレート誌政治担当記者) ニューズウィーク
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トランプの能力不足はワシントンでは公然の秘密だが、共和党はそれを利用しているようだ Leah Millis-REUTERS
<側近からのトランプ批判が相次ぎ現政権の機能不全は公然の秘密だが、「共犯者」の共和党はそれでも行動を起こさない>
副大統領と閣僚の過半数が「大統領が職務の権限と義務を遂行できない」と議会に申し立てを行えば、大統領を罷免することができる――ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺を受けて1967年に制定されたアメリカ合衆国憲法修正第25条に最近、再び注目が集まっている。ドナルド・トランプ米大統領の最高責任者としての資質を疑問視する声が相次ぎ、大統領の権限を骨抜きにしようとする動きが報じられているためだ。
ウォーターゲート事件報道で知られるジャーナリストのボブ・ウッドワードは9月11日刊行の新著『恐怖――ホワイトハウスのトランプ(仮題)』で、政策決定のプロセスからトランプが締め出されている実態を暴いている。ホワイトハウス高官らの行動の根底にあるのは、大統領が連邦政府、ひいてはアメリカに大惨事をもたらす事態を食い止めるためにトランプの行動を制御すべきだという信念だ。
ウッドワードによれば、ホワイトハウスではトランプの側近中の側近までもが、彼を無知で無責任だと軽蔑している。トランプは就任後数カ月の間に北朝鮮への先制攻撃を検討するよう統合参謀本部議長に命じ、ジェームズ・マティス国防長官にシリアのバシャル・アサド大統領の暗殺を持ち掛け、ロバート・ムラーの特別検察官指名に怒りを爆発させてホワイトハウスを立ち往生させた。
懸念を深めたマティスやゲーリー・コーン経済担当大統領補佐官(当時)は、大統領の行動を制御するようになった。トランプからアサド暗殺を命じられた際、マティスは部下に命令を無視するよう指示。コーンも米韓自由貿易協定(FTA)の破棄を阻止するため、この議題に関する大統領令の書類をトランプの机から抜き取ったが、トランプは気付かなかったという。
ホワイトハウスの「機能不全」を暴いたのは、ウッドワードが初めてではない。マイケル・ウォルフは今年1月に出版した暴露本『炎と怒り――トランプ政権の内幕』(邦訳・早川書房)で、トランプは読み書きが苦手で「通常の認識力で情報を処理」できないと評した。
昨年12月までトランプ政権の広報担当を務めていたオマロサ・マニゴールト・ニューマンも、現政権の機能不全の原因はトランプの精神的な衰えにあると指摘している。「ドナルドはたわ言を話し続ける。一文ごとに話が矛盾していた」
■ニクソン時代との違い
これらの指摘から明確に浮かび上がるのは、気分屋の性格と無知と精神的な衰えのせいでトランプが職務を遂行できない実態と、国家を大惨事から救うために側近たちがトランプを蚊帳の外に追いやっている構図だ。
指導者として不適格な大統領に代わり、側近が実権を握る例は過去にもあった。第28代大統領ウッドロー・ウィルソンが脳梗塞で倒れると、妻のイーディスが職務を代行した。リチャード・ニクソンも退任前の数カ月間は鬱に苦しみ、アルコールと睡眠薬を手放せなかった。
ただしウィルソンやニクソンの時代には、議会も国民も政権内の混乱を十分に感知していなかった。一方、トランプ政権は混乱の様子が漏れ聞こえてくる。ウッドワードらの指摘が真実なら、アメリカは大統領が職務を遂行できず、その場しのぎの政権運営が続くという深刻な政治的危機の真っただ中にある。
ワシントン界隈では、ほとんどの人がこの事実を知っていて、受け入れているようだ。共和党の議員も例外ではない。「(トランプのことは)心配だ」と、上院外交委員会のボブ・コーカー委員長は昨年語っている。「この国のことを気に掛けている人間なら誰でもそうだろう」
トランプを厳しく批判し、そのぶんトランプから罵倒されてきたコーカーは、次の選挙には出馬せず、今期限りで引退することを表明している。彼に言わせれば、トランプは大統領としての職務を「リアリティー番組」のように扱い、アメリカを「第三次世界大戦に導き」かねない無謀な脅しをちらつかせる。
やはり今期で引退を表明しているジェフ・フレーク上院議員も、公然とトランプを批判してきた。ハーバード大学法科大学院の卒業式では、「わが国の大統領職は、破壊と分断を強く好み、憲法についてはわずかな知識しかない人物によっておとしめられてきた」と語った。
だが、大統領の無能が公然の秘密となっていても、対策を講じるべき存在である議会共和党には行動を起こす気配がない。
その理由は恐ろしく利己的だ。トランプは、大統領としての職務をまともに遂行する能力がないかもしれない。しかし共和党が議会とホワイトハウスを握っている以上、現在のワシントンは規制を骨抜きにし、最高裁判事のバランスを今後長きにわたり保守に傾けるといった、共和党の重要アジェンダを達成できる環境が存在するというのだ。
トランプを厳しく批判するフレークでさえ、保守のイデオロギーに忠実なあまり、トランプが指名した2人目の最高裁判事候補ブレット・キャバノーを承認する可能性が高い(キャバノーは、大統領の不法行為は法的責任を問われないとしている)。
■憲法も想定外の出来事
ウィルソンやニクソンとトランプとの違いは、トランプが公然と大統領職をおとしめていることだけでなく、議会多数派が大統領に対して行動を起こさず、結果的に大統領の「共犯者」になっていることにある。
能力不足の大統領をフォローする側近がいるという意味では、トランプもウィルソンやニクソンと同じだ。しかし党のイデオロギーを実現するために、他のあらゆること(大統領職を含む)を犠牲にする政治勢力に囲まれているのはトランプだけだ。
憲法修正第25条は、大統領が職務遂行不能に陥った場合や、不法行為に手を染めた場合に、独立した議会や準独立行政機関の人間が危機に終止符を打つ手続きを定めている。そこには、これらの当事者が政治秩序を維持する義務を忠実に果たすという信頼が存在する。
アメリカ建国の父の1人であるアレグザンダー・ハミルトンは、場当たり的な政争とは距離を置き、不偏不党の判断ができる(はずの)上院は、罷免手続きの担い手として適任だと考えた。ところが現代の上院は、ハミルトンが想定した機能を果たしていない。それは二大政党の1つが、大統領の暴走に無関心を装っているからだ。
いかにトランプが無能でも、共和党が議会の多数派を握っている限り、アメリカ政治の機能不全は続くだろう。