NAFTA再交渉から読み解くトランプの貿易政策
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10867
2017年10月26日 岡崎研究所 WEDGE Infinity
ウィルバー・ロス米商務長官が、9月21日付けワシントン・ポスト紙に「NAFTAの規則は我々の雇用をなくしている」との論説を寄せ、NAFTA再交渉の必要性を論じています。論旨は次の通りです。
北米自由貿易協定(NAFTA)交渉が行われる中、米加メキシコ間で自動車部品が行き来していることについていい加減な議論が行われている。NAFTA支持者はカナダとメキシコで組み立てられる自動車の米国のコンテント(注:米国製部品使用量)は特に高く、両国との700億ドルの貿易赤字は心配するべきではないと言っている。
これらは正しくない。商務省の通商・経済分析部の研究はその誤りを証明している。OECDが最近発表した付加価値貿易データに基づく研究は、NAFTAが発効した1995年から2011年までの間カナダから輸入された製品に占める米国のコンテントは21%から15%に、メキシコの場合は、26%から16%に下落した。データが2011年までしかないが、その後改善したと考える理由はない。
カナダ、メキシコの対米輸出の27%は自動車であるから、自動車についても似た状況がある。もし自動車およびその部品に関する貿易赤字がなければ、米はNAFTA国との間で黒字になっていた。
以上のデータは、米国のコンテントが高く、心配すべきではないとの主張の誤りを証明する。これは小さい問題ではない。カナダとメキシコは米国の製造業生産物の輸入のほぼ4分の1を占めている。
米国がカナダ・メキシコ産品に持っていた部品のシェアが、非NAFTA国によりとられている。非NAFTA国のコンテントはメキシコの場合、14%から27%に、カナダの場合12%から21%に上がっている。FTAは締約国を利するものであって、外部者に利益を与えるものではない。しかるにNAFTAは外部の国により大きな市場への参入の機会を提供し、米国はその費用を払っている。NAFTAは3か国貿易を増やしたが、米国の労働者や企業は公正で相互的な利益を得ていない。
米国のコンテントの減少は、自動車産業で働く多くの米国人の職を危険にさらす。米国はNAFTAの自動車市場の83%を占める。しかし米国の労働者はその購買力の利益を得ていない。
なぜこういうことが起こっているのか。
NAFTAには「原産地規則」がある。これは完成品での非NAFTA国のコンテントを制限することを意図している。しかし反対のことが起こっている。自動車についてのNAFTAの原産地規則はそれが適用される自動車部品を正確にリストアップしているが、その多くは既に使われていない。加えてこの規則には「transformation」という概念があり、非NAFTAの部品もNAFTA国でさらに加工された場合、NAFTA国の産品とされる。
ライトハイザー通商代表が自動車と部品についてNAFTAコンテントを上げること、その中での米国の取り分を上げることを二つの重要目的としているゆえんである。
自動車とその部品について、米国はカナダとメキシコに846億ドルの赤字になっている。もし原産地規則を変えないと、貿易不均衡は変わらない。我が国の大きな貿易赤字は米の製造業をダメにし、雇用を減らし、我々の富を減らした。トランプ大統領の下、これは変わる。原産地規則は始まりに過ぎない。
出典:Wilbur Ross,‘These NAFTA rules are killing our jobs’(Wall Street Journal, September 21, 2017)
https://www.washingtonpost.com/opinions/wilbur-ross-these-nafta-rules-are-killing-our-jobs/2017/09/21/657bee58-9ee6-11e7-9083-fbfddf6804c2_story.html
このロス長官の考え方は、現在進行中の米加メキシコの3か国によるNAFTA再交渉で米側が主張していることなのでしょう。NAFTA国原産地と認める条件を厳格にし、非NAFTA国にはNAFTAから出てくる利益は与えないようにするとの主張です。
NAFTA再交渉の結果、米国の主張通りの原産地規則が出来れば、メキシコやカナダに進出している日系企業に影響が出てくることは避けられません。しかし、どういう影響になるのかは、具体的な規定ぶりをみないと判断できません。
これまでのトランプ政権の貿易政策についての発言は、事実やその分析に基づくというより、米国が大幅貿易赤字を抱えていることへの不満の表明のようなものが多いです。しかし、この論説は自動車及び部品の貿易についての事実を研究したうえでの主張になっています。こういう議論を米国がするのであれば、データの読み方、現状の評価などについて議論ができるでしょう。
現状は、既存のNAFTA協定を踏まえて、各々の企業が経営上の判断をしたうえで出来上がったシステムです。米国自動車産業も、それに適応してきています。原産地規則の変更はサプライ・チェーンの変化、障害につながります。それで出てくる問題もあるでしょう。また、米国の自動車が競争力を維持するためには、現状が必要なのかもしれません。
自動車産業は今、電気自動車EVへの転換という大きな転換点を迎えています。電気自動車になれば、部品の数は大幅に減ることになります。そのインパクトは原産地規則問題よりずっと大きなものがあります。
原産地規則の変更で、米国の雇用が増えることになるかどうかは、EVへの移行など、もっと多くの要素を考慮しないと分かりません。その意味で、ロス長官の議論は短絡的に見えます。
ただ、米国の貿易政策はこの論説に出ているような考え方を強調したものになると考えられます。米国側は、日米FTAを求めてくるでしょうから、米国の貿易政策は良く分析する必要があります。