積水ハウスから63億円をだまし取った「地面師」の恐るべき手口 実行犯の「偽装証明書」を入手した
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52480
2017.08.03 伊藤 博敏 ジャーナリスト 現代ビジネス
■100億円にも達する物件が…
大手住宅メーカー「積水ハウス」が、8月2日、驚愕の発表を行った。70億円の土地取引において事件が発生、捜査当局に刑事告訴するという(支払い済みは63億円)。東京・五反田の一等地約600坪に発生した地面師事件である。以下に詳述しよう。
ここでは、添付コピーのように所有権者の知らない間に、本人確認用の印鑑登録証明証、パスポートなどが偽造され、それを利用した「成りすまし犯」が手付金を受け取っていた。
典型的な地面師事件だが、この種の犯罪の難しさは、なにがしかの報酬を受け取った成りすまし犯以外は、すべて「善意の第三者」を装うことができること。話を持ってきたブローカー、仲介業者、不動産業者、購入者(社)、間に入る司法書士や弁護士などが、「私も騙された」という。
そうなると、どこまでが地面師グループかわからない。確実なのは成りすまし犯だけ。この事件では、偽造印鑑登録証明書と偽造パスポートを持ち、取引の場に現れ、所有権者のSさん(73)に成りすました女が犯人である。過去にもこの種の事件に関係したことがあるということで、事情通の不動産関係者の間で「池袋のK」と呼ばれている。
実際に使用された偽装パスポート。名前はSさんだが、まったくの別人だ
事件は、どのように発生したのか。
JR五反田駅を下り、目黒川の方向に少し歩くと、鬱蒼とした樹木に囲まれた一帯がある。五反田大橋を超えて近づくと、それが旅館であることがわかる。外周は古びた薄茶色のモルタルで一部は崩壊。玄関には、「日本観光旅館連盟 冷暖房バス付旅館 海喜館」という看板が出されているが、もう何年も営業しておらず、その朽ちた印象から「怪奇館」と呼ばれることもある。
海喜館
山手線徒歩3分という絶好地に、約600坪が「一団の土地」としてまとまっており、不動産業界ではかねて注目の案件だった。所有権者はSさんである。不動産登記簿謄本によれば、昭和35年12月の相続。抵当関係を示す乙区には何も記載されておらず「まっさらな土地」で、権利関係が複雑でない分、「Sさんの承諾さえあればこの土地が手に入る」ということで、多くの業者が群がった。
しかし、「私は、売るつもりはありませんから!」と、Sさんはビシッと断り、板長と仲居を置き、営業を続けてきたという。体調不良を理由に、東京都環境衛生協会に「会員を辞めます」と連絡してきたのは、4〜5年前のことである。
謄本が移動するのは、今年4月24日のこと。売買予約で千代田区永田町のIKUTAホールディングスに移り、同日、大阪市北区に本社を持つ積水ハウスに売買予約はさらに移っている。IKUTA社は窓口で、購入するのは積水ハウスということになる。坪単価は1000万円以上、「一団の土地」であることと、東京五輪を見越した都心一等地の値上がりで100億円にも達する物件の売買が成立目前だった。
ところが、売買は成立しなかった。2ヵ月後の6月24日、「相続」を原因に都内大田区の2人の男性が所有権を移転。Sさんが亡くなったということだろう。7月4日に登記している。2人の男性はSさんの実弟だとされるが、売買予約がついた土地の所有権が、なぜ移転できたのか。
「要は、トラブル案件であることを登記所が認めたということ。2人の男性の訴えを認めて相続登記したということは、売買予約で所有権移転の仮登記を打った2社の申請が、正規のものかどうかを確認するということでしょう。今後、訴訟になるのは避けられません」(不動産業界事情通)
となると、「売買予約」は無効。カネを支払った積水ハウスは、Sさんの成りすまし女とそのグループに騙されたことになる。
■15億円はどこに「消えた」のか
当初、「売買予約は15億円。5億円が現金で10億円が預金小切手だった。一味は、山分けして既に、海外逃亡したものもいる」という情報が、この種の犯罪ネットワークには流れていた。だが、真偽は不明。なにしろ事件化前ということもあって警視庁から「口止め」されているのか、関係者の口は重かった。実際には、手付けどころが売買金額70億円のうち9割の63億円が支払われていたのだ。
その事件性ゆえ、関係者の口は重い。IKUTA社の代表は女性だが、実際のオーナーは「生田姓」の男性。代表にもオーナーにも電話をし、メールで取材依頼をするが、応答はない。また、IKUTA社が事件当時、本社を置いていたのは小林興起元代議士の事務所だったが、こちらの取材には「登記上、事務所にしていただけです」(事務所)というばかりだ。
売上高2兆円を誇る積水ハウスは、さすがに大阪本社広報部が対応したものの、「いろんなことを含めて、いま調査中で、お答えできません」と、要領を得なかった。だが、8月2日になってようやく騙されたことを明かしたわけだ。
積水ハウスの買値は70億円。ただ、これは地面師グループの指し値であり、100億円を超えてもおかしくはない。
筆者は周辺を取材、成りすまし女の偽造パスポートを、五反田の複数の住民に見せたところ、同じ反応だった。
「似ても似つかない、別人だ。Sさんはもっと美人で、おっとりした女将さんタイプ。海喜館は3代続く旅館で、戦前、ここらは花街があったんでとても賑わった。戦災で焼けて、昭和24年頃に再建。結構、流行ったんだけど、最近はホテルに押されて客足が落ち、Sさんの体調もあって廃業した。
いろんな不動産屋が買いに来たけど、親の代からの土地ということもあって、Sさんは売る気がなかったみたい。積水(ハウス)が騙されたということで、一時、警察(大崎署)が周囲を囲って調べたりしてたけど、どうなったのか。へぇー、(この写真の女が)成りすまし犯。怖い話だね」(Sさんと交流のあった住民)
地面師グループにとって、表に立ってリスクを負う成りすまし犯は重要な役割を担ってはいるが、しょせん使い捨てである。事実、「池袋のK」も、既に、東京を離れているし、今回、「面」が割れたことにより、二度と、同じ犯罪はできない。この種の成りすまし犯に支払われるのは数百万円が相場だという。
偽装された印鑑証明証
では、情報が事実だとして、63億円はどのように分配されたのか。
「情報は錯綜していますが、K、D、M、Fなどを中心とする名うての地面師グループが関わっているようです。既に換金しただけに、連中のなかには、億ションを買った、高級外車に乗り換えた、女を囲った、と派手に散在している者もいるそうです。逮捕されれば5年、10年と懲役を覚悟しなければならず、刹那的に遊ぼう、ということなのでしょう」(前出の事情通)
地面師犯罪は繰り返されているが、これだけ巨額の物件はマレ。積水ハウスの担当者が、この件に責任を感じてか自殺をしたなどの説も出てくるなど、解明はこれからだ。この種の詐欺事件を繰り返させないためにも、警視庁は総力を挙げて、“怪奇館”事件を立件すべきだろう。