72. 中川隆[-7643] koaQ7Jey 2017年5月25日 14:05:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学 (講談社現代新書)
アメリカに学んではいけない! 2017/5/17 中野 剛志 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E7%9C%9F%E8%AA%AC-%E4%BC%81%E6%A5%AD%E8%AB%96-%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%AD%A6-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E9%87%8E-%E5%89%9B%E5%BF%97/dp/4062884259/ref=as_li_ss_tl?s=books&ie=UTF8&qid=1495004462&sr=1-1&linkCode=sl1&tag=gendai_asyuracom-22&linkId=0aa3202ab156774fa13ae67defe914a4
日本経済「長期停滞」の本当の原因〜アメリカに学んではいけない!
短期主義がイノベーションを潰す 中野 剛志
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51764
起業大国から転落したアメリカ
「ではの守」という言葉をご存知だろうか。
何かにつけて「アメリカでは〜」「シンガポールでは〜」と海外の事例を持ち出しては羨ましがり、それをもって日本の現状を批判し、「日本でも〜を導入すべきだ」と他国の制度を真似たがる。
そういう人を「出羽守」と引っかけて皮肉ったのが、「ではの守」である。
経済や経営の議論では、この「ではの守」が頻繁に登場する。中でも、ベンチャー企業やイノベーションについて語られる際には、「アメリカでは」「シリコンバレーでは」と、「ではの守」が大見得を切るのが定番となっている。
例えば、こんな調子である。
「アメリカでは、若者がリスクをとってベンチャー企業を次々と起こしている。
シリコンバレーでは、世界中から優秀な人材が集まってきて、次々とイノベーションを生み出している。
グーグル、アップル、フェイスブックを見よ。これこそが、アメリカ経済のダイナミズムだ。
それに比べて、日本人はリスクをとろうとしない。
雇用の安定した企業にしがみついている。
だから日本経済は長く低迷しているのだ。」
もっとも、「ではの守」が一概に悪いと言うつもりはない。海外に学ぶべき成功事例があるのに、「日本には日本のやり方がある」などとかたくなに拒むこともないであろう。
だが、問題は、「アメリカではの守」の多くが、当の「アメリカ」の実態を正確に理解していないということなのだ。
アメリカの実態
例えば、過去30年間のアメリカにおける開業率と廃業率の推移を見てみよう
(図1)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51764?page=2
アメリカにおける開業率は、1980年代半ばから、ほぼ一貫して下がり続けている。しかも、2009年以降の開業率は、1978年の約半分しかない。
さらに、次の図2は、30歳以下の起業家の比率であるが、これも1990年代を通じて減少ないしは停滞しており、特に2010年以降は激減している。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51764?page=2
若者の起業家の比率は、1990年代のIT革命以前の方が高かったのだ。
しかし、ベンチャー企業を論じる「ではの守」の中で、この事実を指摘している者にはお目にかかったことがない。
アメリカ経済は、明らかにダイナミズムを失っているのである。
例えば、アメリカの全要素生産性(TFP)は、1947年から1973年までに比べて、1974年以降は鈍化している(図3)。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51764?page=2
経済学者のタイラー・コーエンは、過去40年間のアメリカ経済を「大停滞」と呼んでいる。
あるいは、アメリカの男子フルタイム労働者の中位の実質賃金の推移は、1970年代半ば以降、横ばいである。恐るべきことに、一般的な労働者の生活水準は、過去40年間、上がらなかったのだ。これによる労働者の不満が、ドナルド・トランプを大統領へと押し上げたと言っても過言ではない。
最近では、著名な経済学者のロバート・ゴードンが、1970年代半ば以降のアメリカでは、画期的なイノベーションが起きなくなっていると警鐘を鳴らしている。1990年代のIT革命が「第三次産業革命」として喧伝されているが、それも過去の二度の産業革命に比べたら、たいした効果はなかった。このゴードンの主張は、アメリカで大きな話題を呼んだ。
要するに、アメリカでは、1980年代以降、経済が停滞していたのである。アメリカは、「ではの守」が喧伝するようなベンチャー企業とイノベーションのパラダイスではない。長期停滞に苦しむ日本が手本とすべき国ではなかったのだ。
1: https://www.whitehouse.gov/sites/default/files/page/files/20160414_cea_competition_issue_brief.pdf
2: http://www.wsj.com/articles/endangered-species-young-u-s-entrepreneurs-1420246116
3: https://www.cscollege.gov.sg/Knowledge/Documents/CGLEI24%20The%20Great%20Stagnation.pdf
短期主義という病理
なぜアメリカ経済は、長期停滞に陥っていたのか。
その最大の理由は、アメリカの企業が短期的な利益の最大化を優先するようになったからである。これを「短期主義(ショート・ターミズム)」と言う。
1992年、著名な経営学者であるマイケル・ポーターは『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌において、アメリカ企業の投資の視野が短期的で、研究開発や企業内訓練など長期を要する投資を怠る傾向にあると警鐘を鳴らした。
その要因の一つは市場の圧力にある。例えば、株式保有の平均期間は1960年には7年以上であったが、今では2年程度になっている。この株式市場の短期的な利益を求める圧力が、企業の長期的な投資を妨げる一因だというのである。5
ところが、ポーターの警鐘からおよそ20年後、マッキンゼー社のドミニク・バートンが同じ『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌において、アメリカ企業の短期主義を批判している。
しかも、短期主義は、ポーターが心配していた20年前よりもひどくなっていた。
例えば、アメリカにおける株式の平均保有期間は、2年どころか、ついに7ヵ月程度にまで短期化した。全米の株式取引の七割は、極端な場合は数秒だけしか保有しないような超短期の取引を行う「ハイパースピード」トレーダーが動かしている。
バートンは、そんな短期主義が蔓延したアメリカの資本主義を「四半期資本主義」と呼ぶ。
アメリカの短期主義の病は、ついに四半期にまで悪化したのだ。
企業が短期主義に陥れば、効果が出るまでに長期の時間を要する研究開発投資や労働者の教育訓練は、敬遠されるようになる。アメリカでイノベーションが起きなくなるのも当然であろう。
昨今、人工知能(AI)が次なる産業革命の担い手としてもてはやされている。しかし、「人工知能の父」と呼ばれるコンピューター科学者のマービン・ミンスキーは、1980年頃から、長期的な研究をする研究者が激減し、人工知能分野の進歩が一世代前よりもはるかに遅くなっていると嘆いている。
そして、その原因は短期主義の蔓延にあるとミンスキーは証言する。
──いまは非常に短期的なものになっていると……。
ミンスキー とても短いものになっている。以前は、たとえばベル研究所など、大企業付属の大きな研究所があったんですね。1952年、まだ学生だった頃、ベル研究所でひと夏過ごす機会があったのですが、「30年もかからないような仕事には手を出すな」とくり返し言われた。
いまではそれが、「2年」ということになっているわけです。ですから、過去50年の間に、難しい問題に打ち込めるような仕事や場所が、極端に少なくなってしまった。学生が行ける場所がない。
クリステンセンのビジネススクール批判
短期主義が蔓延するようになったのは、ビジネススクールのせいだ。こう主張するのは、『イノベーションのジレンマ』で有名な経営学者クレイトン・クリステンセンである。
アメリカのビジネススクールでは、企業の良し悪しを数値化して判断することを教える。もし、その数値が上がれば、優良企業だというわけだ。その数値としては、例えばIRR(内部収益率)やRONA(純資産利益率)などが使われる。
だが、例えばIRRを上げようという企業は、長期的な研究開発投資を嫌がる。何年も収益が上がらないようなことのために資金を投じると、IRRが悪化するからだ。RONAを上げようとする企業も、積極的に技術開発や生産のための設備を手放すようになる。RONAを上げるには、資産を少なくした方がよいからだ。8
このように、IRRやRONAといった指標に頼ると、画期的な技術開発にじっくり取り組まない企業の方が優良企業ということになる。9
経営目標の数値化が、企業の短期主義を助長する。それがイノベーションを阻害する。クリステンセンは、そう強調し、ビジネススクールを厳しく批判するのである。
しかし、悪いのはビジネススクールだけではない。1980年代以降のアメリカでは、金融市場の圧力を強め、短期主義を助長するような改革が次々と行われていたのである。
例えば、1982年、証券取引委員会が規則10b-18を制定し、自社株買いを容易にした。また、1981年にストック・オプションの最高所得税率が引き下げられ,経営陣が受け取ることができるストック・オプションの上限が事実上 撤廃された。
自社株買いにより株価が上昇すれば、経営者はストック・オプションを行使して高収入を手にすることができる。このため、経営者が短期的な株価の上昇を目指すようになった。自社株買いとストック・オプションは、短期主義のインセンティブとなったのだ。
さらに、金融市場の規制が緩和されたことで、大量の資金がなだれ込み、金融機関の支配力が飛躍的に増大した。支配力を増した金融機関は、企業に対して、株価の最大化や短期的利益の追求を強く求めた。こうして、短期主義の圧力は、格段に強くなったのである。
5:Michael E. Porter, ‘Capital Disadvantage: America’s Failing Capital Investment System,’ Harvard Business Review, September-October, 1992.
6:Dominic Barton, ‘Capitalism for the Long Term,’ Harvard Business Review, March 2011.
7:吉成真由美編『知の逆転』、2012年、NHK新書、pp181-3.
8:Steve Denning, ‘Clayton Christensen: How Pursuit of Profit Kills Innovation and the U.S. Economy,’ Forbes, Nov.18, 2011.
9:Steve Denning, ‘Clayton Christensen: How Pursuit of Profit Kills Innovation and the U.S. Economy,’ Forbes, Nov.18, 2011.
「ではの守」の改革
ところが日本の「ではの守」たちは、あろうことか、このアメリカの短期主義化を範として、20年にも及ぶ構造改革を断行してきたのである。
例えば、1997年の改正商法でストック・オプション制度が導入され、さらに2001年の改正商法によってその普及が促進された。
2001年の改正商法では、自社株買いについて目的を限定せずに取得・保有することが可能になり、2003年の改正商法で、さらに取締役会の決定で自社株買いが機動的にできるようにする規制緩和が行われた。
金融市場の規制緩和も行われた。
1996年から2001年にかけて、外国為替業務の自由化、証券デリバティブの全面解禁、銀行業務と証券業務の相互参入のための規制緩和、投資信託の商品多様化、証券会社の業務多角化などのいわゆる「金融ビッグバン」である。
これらの制度改革は、いずれもアメリカでは短期主義化の効果を発揮したものである。
さらに、外資の導入も進められた。
2002年の改正商法ではアメリカ的な社外取締役制度が導入された。
2005年には会社法が制定され、株式交換が外資に解禁された。
その結果、日本企業の外国人持株比率は、かつては全体の一割程度だったが、2006年には約四分の一を占めるまでに上昇した。
一般に、海外投資家は株主利益の最大化を強く求める傾向にある。
外資とともに短期主義も、日本に導入されたのである。
ところが「ではの守」たちは、これだけやってもまだ満足していない。
最近の一例を挙げよう。
2014年8月、経済産業省の研究会が「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資の望ましい関係構築〜」プロジェクト「最終報告」(通称「伊藤レポート」)なるものを公表し、その中でグローバルな投資家に認められるROE(株主資本利益率)の最低水準は8%であると明記した。
クリステンセンが批判したように、アメリカのビジネススクールでは、数値目標に基づく経営を教える。
しかし、ROEとは、当期純利益を自己資本で割った数値に過ぎない。分子の当期純利益は変わらなくても、株主還元により分母の自己資本を減らせば、ROEを改善するのである。つまり、イノベーションの源泉である中長期的な投資を削減すれば、ROEは簡単に改善するのだ。
さらに、ROEの改善を目標にするならば、企業は自社株買いを積極的に行うようになる。自社株を購入して消却すると株式の発行数は減少し、分母の株主資本が圧縮され、ROEが改善するからだ。しかも、自社株買いにより株価が上昇すれば、経営者はストック・オプションを行使して高収入を手にすることもできる。ROEとは、短期主義のインセンティブなのだ。
アメリカでは、1980年代以降、経営の数値目標化や制度改革が進み、短期主義が蔓延した。その結果、アメリカでは、画期的なイノベーションを起こすことが困難になり、長期の停滞に陥ってしまった。
日本も、1990年代から20年にもわたって、そのアメリカを範とする改革を行ってきた。日本経済は長い停滞から抜け出せないでいるが、何も不思議なことではない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51764
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/301.html#c72