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ビジョンなく恐怖で支配した菅総理 国を率いる政治家は確固たる哲学や理念を持つべきだ 三枝成彰の中高年革命
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/294597
2021/09/11 日刊ゲンダイ
恐怖で支配するだけでは人はついてこない(C)共同通信社
事実上の退陣を決めた菅総理は、日を追うごとに人気を失っていった。昨年9月の政権発足当時の内閣支持率は62%(NHK世論調査、以下同)。それが今年8月には29%にまで落ち込んだ。一方で不支持は13%から52%にまで上昇している。原因はビジョンを欠いていたことだと思う。「私はこの国をこうしたい」という方向性が、1年経ってもいっこうに見えなかった。そして今、安倍内閣が8年にわたって劣化させた永田町や霞が関をさらに散らかすだけ散らかして、後片づけもせずに立ち去ろうとしている印象だ。
軍閥内閣を彷彿とさせる不誠実な内閣
振り返れば安倍内閣も菅内閣も、政治家や官僚が平気でウソをつくことを許してきた。ここまで国民に不誠実な内閣は、戦前にさんざん虚偽の大本営発表で国民をだまし、扇動して戦争へと駆り立てた軍閥内閣を彷彿とさせる。
かつて森友学園をめぐる公文書改ざん問題で安倍前総理は「私や妻が関係していたなら、総理大臣も国会議員もやめる」と発言した。国会でこのように言えば、事実がどうあれ、官僚たちはそれに合わせて動かざるを得なくなる。総理や内閣を守るのが彼らの責務だからだ。官僚にそのような「忖度(そんたく)」をさせてしまう空気をつくり上げた罪は重い。自殺者も出ている。
内閣人事局の存在も影響が大きかった。これで内閣官房は各省庁の幹部人事権を手にした。生殺与奪の権を握られた官僚は、政治家に対して進言も諫言(かんげん)もできなくなった。反感を買えば更迭されるという恐怖が彼らを萎縮させ、能力を発揮する機会を奪った。そのときから、選りすぐりの人材がそろっているはずの官僚の劣化が始まったのだ。
政治家に対しては、日本版CIAといわれる内閣情報調査室が徹底した“身体検査”を行い、弱みを握った。政権に好ましからざる動きを見せる者がいれば、検査結果をネタに脅しをかける。総裁選立候補者の出馬取りやめなどは、そのためだろう。
恐怖政治の中枢にいたから人望がない
安倍政権が霞が関と永田町に敷いた恐怖政治の中枢にいたのが、官房長官だった菅さんだ。だから彼には、人望がないのではないか。官房長官と総理大臣では、まったく立場が違う。恐怖で支配するだけでは人はついてこないことを、総理になって思い知っただろう。
政治家に求められる要件は、実務家のほかに“人たらし”であることではないか。吉田茂や田中角栄は仕事もできたが、国民に人気があった。「この人になら政治を任せてみたい」と思わせる魅力があった。
えてしてそういう政治家は毀誉褒貶(きよほうへん)があるものの、親分肌で強い者にへつらわず、有事の際には「俺が責任を取る」と言い切れる自信も持ち合わせていた。そして池田勇人や角栄は「所得倍増」や「日本列島改造」などのわかりやすいビジョンを打ち出し、国のかじ取りを行った。
国を率いる政治家は、まず確固たる哲学や理念を持つべきだ。「自分は日本をこういう方向に導いていきたい」と明快に示し、国民の賛同を得る努力をすべきである。そういう人にはおのずと魅力も備わってくる。
安倍さんには憲法改正という空恐ろしい思想があったが、菅さんにはそういうものすらない。菅さんの座右の銘は「意志あれば道あり」だそうだが、道を切り開いて歩こうとしても、信ずるに足るリーダーでなければ、誰も後についていかないことを知ってほしい。
確固たる哲学や理念を持ち、公僕たることを自任する信頼できる政治家は、もはやこの国には出てこないのか。政治家と官僚とマスコミの著しい劣化を見ると、暗澹(あんたん)たる気持ちになる。
三枝成彰 作曲家
1942年、兵庫県生まれ。東京芸大大学院修了。代表作にオペラ「忠臣蔵」「狂おしき真夏の一日」、NHK大河ドラマ「太平記」「花の乱」、映画「機動戦士ガンダム逆襲のシャア」「優駿ORACIÓN」など。2020年、文化功労者顕彰を受ける。
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