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変化を怠り赤字に陥った「川崎重工」、なぜ突如V字回復?急速な“AI企業化”の衝撃
https://biz-journal.jp/2021/03/post_211412.html
2021.03.04 06:00 文=真壁昭夫/法政大学大学院教授 Business Journal
川崎重工業の工場(「Wikipedia」より)
これまで航空機向けのジェットエンジンや、鉄道車両などの製造に注力してきた川崎重工業の事業内容に変化の兆しが出ている。コロナショックの発生によって同社の収益は大きく落ち込んだものの、昨年10〜12月期、同社の精密機械やロボット関連の受注と収益が持ち直し始めた。
今後、特に注目したいのは、川崎重工が人工知能(AI)などのIT先端技術と自社の技術を結合して、新しい製造業のプラットフォームの創出に取り組むことだ。川崎重工にとって、ロボット関連の技術をさらに発揮するために、大胆に事業ポートフォリオの入れ替え(ポートフォリオ・トランスフォーメーション)を進める重要性は増している。
工作機械などの分野で日本企業は国際的な競争力を発揮している。それに加えて、国内株式市場はカネ余りに支えられた“金融相場”から、企業業績の拡大が株価を支える“業績相場”にシフトしつつある。当面、日本株は上昇基調で推移する可能性がある。川崎重工の経営陣は、スピード感をもって、成長期待の高い事業の運営体制を強化するチャンスを迎えている。
■これまで収益率の低下傾向を辿ってきた川崎重工
近年、川崎重工の収益率は低下してきた。同社経営陣にとって新しい収益の柱(稼ぎ頭)を確立することが難しかったということだ。リーマンショック後の2009年度から2014年度にかけて同社の投下資本利益率(ROIC)は上昇した。その間、中国経済の経済対策などによって世界経済が回復し、川崎重工の手掛ける航空機関連の部品、二輪車やレジャー用の車両、鉄道車両、エネルギー関連設備への需要が拡大した。
しかし、2014年度に10.4%に達した後、川崎重工のROICは低下基調に転じた。2019年度のROICは4.2%に低下した。2020年度の営業損益は赤字に陥る見通しだ。それが示唆することは、2015年度以降の川崎重工が世界経済の環境変化に対応することが難しかったことだ。
特に、2015年度から2016年度にかけて同社のROICは9.4%から5.0%へ大きく低下した。その一因として、中国経済の減速の影響は大きい。2015年半ばに中国では景気減速への懸念が高まり、本土の株価が大幅かつ急速に下落した。それに加えて、中国では灰色のサイと呼ばれる債務問題も深刻化した。また、中国では国有・国営企業を中心に産業界が再編され、鉄道車両分野などで価格競争力を発揮する企業が増えた。
そうした状況下、川崎重工の経営陣は変革の必要性を感じつつも、ある意味では、過去のビジネスモデルを重視する心理から脱しきれなかったように見える。その上に2020年春先にコロナショックが発生し、一時、世界経済は大きく混乱した。その結果、川崎重工の主力事業であった民間航空機向けのエンジンや鉄道車両関連の事業を取り巻く環境の厳しさは追加的に増した。
その一方で、2020年度第3四半期決算を見ると、精密機械・ロボット事業では受注と売上高、営業損益のいずれも増加し、成長への兆しが出ている。特に、世界的な半導体の需給ひっ迫と、自動車のペントアップディマンドの発現は、同社の産業用ロボット事業に追い風だ。
■産業用ロボット事業の展開に大きな期待
注目したいのが、収益率が低下する中で川崎重工が精密機械やロボット事業の成長の可能性を認識し、競争力の向上に取り組んだことだ。特に、2019年に川崎重工がIoT(モノのインターネット化)プラットフォームの構築を手掛けるオプティムと業務提携を結んだことは興味深い。中長期的に考えた場合、川崎重工のロボット関連技術とオプティムのAI関連技術が結合することによって、川崎重工の収益力にはかなりの変化が起きる可能性がある。
オプティムの強みはAIなどのIT先端技術を活用することによって、私たちの身の回りで起きているリアルな現象をより良く“見える化”することにある。代表的な取り組みとして、オプティムは農作物へのAI画像解析を実施して、減農薬栽培を実現するIT技術を確立した。つまり、同社は人間が気付かない(気付きづらい)ところをAIでモニターし、より良いモノやサービスを作り出すことを目指している。それに加えて、オプティムはテレワークなどIoT関連の技術も提供し、成長期待が高まっている企業の一つだ。
それが、川崎重工の精緻な擦り合わせの技術と結合することは興味深い。現在、世界的な半導体や自動車の生産のために川崎重工のロボットや産業用機器への需要は高まっている。また中長期的に考えても、世界のロボット需要は拡大するだろう。川崎重工にとってロボット関連事業は稼ぎ頭になり得る。
それがオプティムの持つAI関連の技術を結びつくことによって、川崎重工はロボット関連の分野でさらなる競争力を発揮する可能性がある。例えば、熟練したクラフトマンシップに支えられてきた生産技術をAIが学習して川崎重工のロボットが再現することは、世界各国の企業のより効率的かつ精緻な生産活動を支えるだろう。
さらに、そうした技術がIoTと結合することによって、省人化、さらにはスマート・ファクトリーへの取り組みも加速する可能性がある。また、ロボットとIT先端技術の結合は、医療や家庭などより多くの分野でのロボット技術の活用につながる可能性もある。
■求められるスピード感を持った改革
今後、川崎重工は重工業分野におけるメーカーよりも、ロボットの開発や製造、さらには生産分野におけるソリューション・プロバイダーやプラットフォーマーとしての役割を発揮する可能性がある。そう考えると、川崎重工の業況は、どちらかといえば弱い部分が目立つまだら模様にあると評価できるだろう。収益面は厳しいものの、技術面に関しては今後の成長の兆しが出始めている。経営陣に求められることは、スピード感を持って改革を実行し、成長期待の高い事業の運営体制を強化することだ。反対に、過去のように利益率の改善が難しい状況が続くと、改革の推進は難しくなる。
現在の世界の経済と金融市場の状況は、川崎重工が迅速かつ大胆に改革を進める好機といえる。まず、ロボットや精密機械の需要が発現している。世界経済に与えるIT先端技術の重要性も高まる。ワクチン接種によって世界経済が持ち直しに向かい、コロナショックによって打撃を受けた航空機需要などが徐々に上向く可能性もある。そのなかで、投資家は徐々に日本企業の業績に着目して株を買い始めている。
川崎重工の経営陣は、成長期待の高いロボットや環境関連の事業に経営資源を再配分して組織全体が向かうべき方向をより明確に示せばよい。それに加えて、同社は、個々人の能力がより良く発揮される組織体制を整備することによって成長事業の運営体制を強化できるだろう。それは、川崎重工が自社の技術や発想とIT先端技術とのさらなる結合を目指すことを支える。
過去1年間の株価推移を見ると、川崎重工の上値は抑えられてきた。多くの投資家は、コロナショックによって航空機のジェットエンジン需要などが落ち込み、以前のような状況には戻らない展開を念頭に置いている。投資家は川崎重工の弱い面に注目しているといえる。逆に言えば、同社の成長の可能性は十分に認識されていない可能性がある。同社経営陣が大胆にポートフォリオ・トランスフォーメーションを進め、新しい成長事業を確立することを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
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