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敵基地攻撃能力の保有は日本が米国の戦争マシーンに組み込まれた1995年が源
岸田文雄政権の与党である自由民主党と公明党は「敵基地攻撃能力」を日本が保有することで合意したというが、その合意の出発点は日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれる道を歩み始めた1995年にほかならない。それから27年の準備期間を経てその姿を表しはじめた。
少なくとも現在、アメリカ支配層の戦略に反することを日本の政治家や官僚が行い、マスコミが主張することはできない。日本側の意志であるかのように演出されているが、言うまでもなく、アメリカ支配層の意思に基づいている。「アメリカ信仰」から抜け出せない人はアメリカに「善玉」の存在を求めるが、それは幻影にすぎないのだ。
ソ連が1991年12月に消滅した直後、ネオコンはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、他国に気兼ねすることなく行動できるようになったと考える。国連中心主義を維持した細川護煕政権は彼らにとって好ましくない存在で、同政権は1994年4月に倒されてしまう。ネオコンにとって冷戦の終結、つまりライバルの消滅は世界制覇プランを始める合図だった。
しかし、日本には細川政権のほかにもそうしたアメリカのプランに抵抗する人たちがいて抵抗する。それに怒ったマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベルを説得して国防次官補のジョセイフ・ナイに接触、そのナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、日本に進むべき道を示したわけだ。
そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後に警察庁の國松孝次長官は狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。
アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が2019年に出した報告書には地政学的な争いの中でアメリカが行いうる手段として、ウクライナの武装強化、シリアのジハード傭兵への支援強化、ベラルーシの体制転覆、アルメニアとアゼルバイジャン(南カフカス)の緊張激化などが掲げられている。失敗したものもあるが、全て試みられている。
アメリカの長期戦略はイギリスが19世紀に作成したものを引き継いでいる。ユーラシア大陸の周辺を海軍力で支配して内陸部を締め上げていくと言うものだ。スエズ運河の完成でその包囲帯は可能になった。
包囲帯の東端にある日本列島をイギリスは重要な侵略の拠点と考え、日本人を手先の戦力にすることにした。イギリスが「明治維新」を後押ししたのはそのためだろう。
明治体制はイギリスだけでなくアメリカも影響を強く受けた。イギリスの外交官として日本にいたアーネスト・サトウやアメリカの駐日公使だったチャールズ・デロングや厦門の領事だったチャールズ・ルジャンドルたちはいずれも日本に大陸を攻撃するよう焚き付けている。
ルジャンドルはアメリカへ戻る途中に日本へ立ち寄り、デロングと大陸侵略について話し合い、デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦した。ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任して外務卿だった副島種臣の顧問になり、台湾への派兵を勧めた。その直前、1872年9月に明治政府は「琉球藩」をでっちあげて琉球を併合、74年5月に台湾へ軍事侵攻している。
1875年9月に明治政府は李氏朝鮮の首都を守る要衝の江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、さらに無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。
朝鮮では1894年に甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も軍隊を出して日清戦争につながる。
当時、朝鮮では高宗の父にあたる興宣大院君と高宗の妻だった閔妃と対立、主導権は閔妃の一族が握っていた。閔妃がロシアとつながることを恐れた日本政府は1895年に日本の官憲と「大陸浪人」を使って宮廷を襲撃して閔妃を含む女性3名を殺害、その際に性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。
閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万人の兵を派遣する。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。
イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。
1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本海軍に敗北するが、そこで登場してくるのが「棍棒外交」のテディ・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印されて日本の大陸における基盤ができた。
講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対、覚書は破棄されている。中国への侵略を本格化させるつもりだったアメリカの私的権力はつまずいた。
それに対し、アメリカ側の意向に従って動いていたのが金子堅太郎。金子は小村と同じようにハーバード大学で法律を学んでいるが、1890年に金子とルーズベルトは親しくなる。何者かの紹介でふたりはルーズベルトの自宅で会ったのだ。そこから日本のアジア侵略は本格化、中国では膨大な財宝を盗むことになるが、第2次世界大戦後、その財宝はアメリカ支配層の手に渡り、「ナチ・ゴールド」と一体化したと言われている。その後、この財宝はアメリカの力の源泉になるが、その力は衰退してきた。そこで支配システムを作り替える必要に迫られている。それが「リセット」だ。
アメリカはユーラシア大陸の包囲帯も修復しようとしている。そして2021年9月、同じアングロ・サクソン系のオーストラリアやイギリスと「AUKUS」なる新たな軍事同盟を創設したと発表した。ロシア国家安全保障会議のニコライ・パトロシェフ議長はAUKUSについて中国やロシアを仮想敵とする「アジアのNATO」だと指摘したが、その通りだろう。
「RANDコーポレーション」が今年出したレポートによると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようと計画しているのだが、インド太平洋地域でそうしたミサイルの配備を容認する国は日本以外にない。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約がある。
そこで、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力するという形にすることになり、そのASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたわけだ。その計画を先取りする形で自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設し、19年には奄美大島と宮古島に作った。2023年には石垣島でも完成させる予定だという。
日本政府は射程距離が1000キロメートル程度のミサイルを開発、艦艇、戦闘機、そして地上から発射できるようにし、地上発射の改良型は2024年度にも配備する方針だとされていたが、アメリカの想定通りに事態が進んでいないためなのか、日本政府はアメリカから亜音速の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する意向だという。
- 日本の軍事力増強は米国の代理として中露と戦争をする準備 中川隆 2022/12/13 18:50:58
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- 中国は移民を入れて国を乗っ取るというのが昔からの戦略です。 中川隆 2022/12/17 13:08:47
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- 日本が戦争への道を歩き始めたのは1995年のことである 中川隆 2023/1/05 10:14:14
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