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冤罪編:痴漢の恐怖 犯罪とえん罪と<下> − 聞いてもらえぬ 男性の叫び 身に覚えないのに調書には『やった』 − [東京新聞]
投稿者 あっしら 日時 2002 年 12 月 25 日 21:35:01:

(回答先: 犯罪編:痴漢の恐怖 犯罪とえん罪と<上> [東京新聞] 投稿者 あっしら 日時 2002 年 12 月 25 日 21:34:02)


 「こいつ、痴漢」

 その声にAさん(39)はあ然とした。振り向くと自分のダウンジャケットの袖をつかんだ専門学校生=当時(19)=がいた。

 事件は二年前の十二月五日、朝八時すぎ。通勤途中の西武新宿線高田馬場駅ホームで起きた。ラッシュ時で都心に向かう電車は満員状態だった。被害者女性の供述では、犯人は冬の厚い衣服の上から陰茎を押し付けた。その後同駅に着くまでの十数分間、今度は陰茎を出し、直接それを触らせ続けたという。

 全く身に覚えのなかったAさんは、事情を説明しようと一緒に駅事務室へ。「そこでは話をする暇もなく、すぐ交番へ連れて行かれた」。それが二年に及ぶ屈辱の日々の始まりだった。

 警察官から「ズボンのチャックを下ろして触らせたんだってな」。奥の部屋に入れられ、犯人扱いが始まった。法的には被害者に現行犯逮捕されていた。

■供述を偏重する司法

 警視庁戸塚署に連行され、九十二日間の拘置生活を送ることになるとはAさんは想像もしていなかった。「警察官は『被害者が言っているんだから間違いない』と最初からこちらの主張を聴く気はない。否認しているのに調書には『やった』」。検察官の態度も同様だった。「被害者は『犯人はズボンのチャックを下ろした』と供述したが、私のはボタン式だったのに無視する。『絶対落としてやる』とまくし立てられた」

 検察側は被害者供述のみを有罪立証の証拠として強制わいせつ罪で起訴、裁判所もその信用性を認め一審の東京地裁は一年二カ月の実刑判決を下した。前科もないのに否認したことで執行猶予すら付かなかった。

■警官の侮辱に妻「悔しくて」

 公務員の妻(36)と小学生の息子二人家族のAさんは、電機メーカーの会社員だった。起訴された翌日会社の人事担当者が拘置先を訪れ、退職を迫った。判決がでていない段階での実質的な解雇に落ち込んだ。三十年の住宅ローンも残る。

 妻は毎日同署に接見に訪れた。そこでの警察官の言葉に傷ついた。「『前科一犯なんて世の中にいっぱいいる。たいしたことない』と言われた。夫はやっていないのに、悔しくて仕方がなかった」と唇をかむ。保釈金を持参した裁判所の当番裁判官からも無責任な言葉を浴びた。「起訴されたらベルトコンベヤーのように有罪までいってしまう。警察・検察と裁判所は信用できないと痛感した」

 二審に向け友人らによる守る会が結成され、署名集めや裁判傍聴などの支援が始まった。二審の東京高裁では、事件当時の車内の再現ビデオや駅での乗降実態の調査ビデオなど無罪を立証する証拠づくりをした。努力が奏功し今月五日、同高裁は「被告を犯人とするには合理的な疑いがある」と逆転無罪を言い渡した。検察は上告を断念した。

 無罪となったが裁判費用は四百万円を超えた。失職で収入は半分以下。一家心中を考えるまで追いつめられた家族の傷は深い。

 一連のえん罪事件に詳しい荒木伸怡・立教大学教授(刑事法学)は、自白・供述偏重の捜査を危ぐする。

 荒木教授は「被害者の供述は思い込みや思い違いがある。だが被害者の主張する被害が可能かどうか、車内の混雑具合や人の流れ、被疑者服装、指紋など捜査機関にとり収集が容易な証拠を集めない。集めても有罪立証に不利だと証拠から除外する。供述のみで起訴する現状が問題だ。証拠集めをする殺人事件などと比べ軽微な犯罪という意識が捜査側にある」と痴漢えん罪の背景を指摘する。

 裁判官についても「『まじめな被害者が見ず知らずの人を犯人と言うはずない』と被害者供述を一方的に信用し事実認定を行う。さらに被害事実の有無と被告人が犯人と同一人物かどうかは別問題で、独立に客観的証拠に照らして判断すべきだ。それを裁判所は混同している」と批判する。

 痴漢被害者数は一九九六年から始まった「痴漢性犯罪撲滅キャンペーン」で増加した。同時に「加害者」も増えた。警察庁によると主に痴漢犯罪に適用される迷惑防止条例違反の送致件数は、九七年に三千五十五件だったものが昨年は四千五百三十八件に。荒木教授は「逮捕・起訴されると99・9%有罪になるので、失職を恐れやってないのに罪を認めて示談を選ぶ潜在的なえん罪事件もかなりの数あるはず」と推測する。

 痴漢裁判で初の無罪判決が出たのは一昨年、以降わずか十数件しかない。この苦境を脱するためにえん罪を訴える男性十四人が今年七月「痴漢えん罪被害者ネットワーク」を結成した。

 自らも最高裁で刑が確定、えん罪を訴え再審請求準備中の会社員、長崎満代表(46)は「もちろん痴漢は許せないし、痴漢撲滅も活動の柱だが、えん罪被害は深刻。痴漢裁判は『疑わしきは被告人の利益に』との裁判原則を無視している。きちっと捜査をし客観的証拠に基づく裁判をすればえん罪は防げる」と強調する。

■えん罪被害者も巧妙手口の犠牲

 えん罪被害者の陰に真犯人がいるはずだ。痴漢事情に詳しいライター(50)は「常習者は電車が揺れて手が当たったとか、傘がスカートにひっかかったとか、不可抗力を装う。コートを腕に巻いたり、かばんで隠したり、穴を開けた自分の上着ポケットから手を出したりする」と証言する。えん罪被害者が、巧妙な手口の犠牲になっているとの構図だ。

 痴漢えん罪の防止策は−。荒木教授は「痴漢は現行犯逮捕が多く一方的に逮捕される。まず現場を離れること。後日逮捕しようとすれば警察は逮捕令状を裁判所から取る必要がある。それにはある程度の証拠が必要で、えん罪ならば逮捕は難しくなる。現場を離れる際、被害者に名刺を渡せば信用されやすい」と話す。

 同ネットワークのメンバーで実刑が確定して昨年まで服役、再審請求を予定しているフリーライター(36)は主張する。「以前は痴漢被害は相手にされず、女性団体の活動で最近裁判をするようになった。だがその揺り戻しでえん罪事件が続出している。女性専用車両の次は男性用を求める声が出るのではないか」

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