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『中央公論』7月号掲載の榊原論文の考察(経済コラムマガジン7/8) 投稿者 Gaia 日時 2002 年 8 月 24 日 01:45:37:

(回答先: 『中央公論』7月号掲載の榊原論文を評す [現状認識&政策編] 投稿者 あっしら 日時 2002 年 8 月 23 日 23:32:38)

◎榊原慶大教授の文章

○スティグリッツ教授とIMF
筆者は、セイニア−リッジ権限(政府の貨幣発行特権)による財政支出政策に賛同する立場から、毎月、丹羽春喜大阪学院大学教授が主宰する研究会に参加している。この研究会は情報の交換や研究に止まらず、最近、我々の考えを広める活動を活発化させている。丹羽教授も国会議員に招かれ、セイニア−リッジの説明を行っている。最近では、政治家の中にもこの政策に理解を示す人々が確実に増えている。もっとも戦前には、高橋是清が行っており、この政策は決して風変わりなものではない。

世界恐慌時、日本は、このセイニア−リッジ政策と平価の切下げによって、世界の国の中で真先に経済の浮揚に成功したのである。このため日本は各国から「やっかみ」を買ったほどであった。高橋是清が行ったのは、国債の日銀引受けであり、これは筆者が前から本誌で主張している手法である(他に政府紙幣を発行する方法があり、この方法なら日銀の債務勘定が増えることはない。)。またセイニア−リッジ政策がうまく行き、経済の状況が回復し、物価がすこしづつ上昇してきた段階で、当時の政府は日銀が引受けた国債を市中に売却し、余剰な資金を回収している。実にたくみな金融政策である。

高橋是清は、さらに物価を落ちつかさせるため財政支出の削減を行った。しかし軍事費の削減まで踏込んだため、軍部の恨みを買い、2.26事件でテロのターゲットになったのである。ともわれ戦前日本で実際に行われ、大きな成果を生んだこの政策が、このデフレ経済の今日の日本で、これまでほとんど話題にもならないことが不思議である。

筆者は、このようなことになっているのも日本の政治家、官僚、経済学者、マスコミ関係者のほとんどが、「ニュークラシカル」派の経済学の影響を受けているからと考えている。彼等の考えは、「小さい政府」「供給サイド重視」であり、ケインズが唱える財政による需要喚起政策を毛嫌いしているのである。これらの観念論者にとってセイニア−リッジ政策なんて「とんでもない」と言うことになるのであろう。そして「ニュークラシカル」の経済学に影響を受けている人々は世界的にも増えている。東南アジアの政治の指導層にも増えていると言う話である。またIMFや世界銀行と言った世界機関の幹部のほとんどが「ニュークラシカル」と言われている。

したがってIMFの発展途上国に対する融資の条件も「緊縮財政の実現」の一辺倒で、途上国から顰蹙を買っている。むしろIMFの指示を無視して積極財政を行った国の方が経済の立直しに成功しているのである。経済政策は、その国の実状に合わせて行うのが常識である。たしかに緊縮財政が必要な国もあるかもしれないが、一方では緊縮財政によって経済成長が阻害され、かえって資本が海外に逃げてしまう国もあるのである。

「ニュークラシカル」の経済学は一種の宗教である。そして世銀からこの「ニュークラシカル」派に追出されたと言われているのが、ジョセフ・スティグリッツ コロンビア大学教授である。最近、ノーベル賞受賞者であるこの教授はIMFの活動を批難する本を書いている(「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」ー筆者もそのうち読んでみようと思っている)。面白いことに、IMFの主任ケネス・ロゴフ研究局長と言う人物が、早速この本の件で露骨にスティグリッツ教授を批難していると言う囲み記事が7月4日の日経に掲載されていた。この記事ではIMFと世界銀行の対立が影響していると言う見方を紹介している。しかし実態は「ニュークラシカル」対その他の経済学者と言う対立と思われる。宗教団体である「ニュークラシカル」派に楯突くと、ひどい批難を受けると言うことである。

そう言えば、以前フッシャーと言うIMFの専務理事が、「日本は経済を立直すには、規制緩和を行え」など、ピントのずれた発言を繰返していた。筆者は、てっきり冗談を言っていると思っていたが、このようなIMFの現状を見る限り本気だったと考えられる。日本の指導者層にもこの奇妙な「ニュークラシカル」派に影響を受けている人々が実に多い。「構造改革なくして経済成長なし」と言っている小泉首相もこの典型例である。これでは日本の経済が回復するはずがない。

そしてスティグリッツ教授のこの本の推奨文を書いていたのが榊原慶大教授である。さらにそう言えば、アジア経済危機の際に、榊原氏などがアジア版IMFを創設しようとしたが、米国とIMFによってこのアイディアが潰されたことがあった。実に興味のある登場人物ばかりである。そして驚くことに、この榊原教授は中央公論の7月号に「政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」と言う一文を寄せている。金の使い道は別にして、これは明らかにセイニア−リッジ政策である。


榊原慶大教授は本文の中で、この文の執筆もジョセフ・スティグリッツ教授とのディスカッションに触発されたと書いている。このように常識ある米国の経済学者の間では、日本経済に対する注目が高まっており、資金の使途は別にして、「日本は、何故、セイニア−リッジ政策を行わないのか」と言う意見が増えているのである。

榊原教授の「政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」と言う文章は15ページあり、内容も多岐に渡っている。したがって筆者の頭では十分理解できず、3回読んでようやくおぼろげに内容が解ったような気がする程度である。このような不十分な理解であるが、文章を要約してみる(全文に興味のある方は中央公論を買っていただきたい)。

ーーー今日の日本のデフレ経済は、構造的なものである。このような経済状態は過去にも例がある。1,913年までの英国や1,930年代の米国である。これらのデフレーションは経済のグローバル化に伴って起っている。戦後、世界は緩やかなインフレと高い成長率を実現した。しかしここに来て、中国、インド、東欧と言った新興国の国際経済市場への出現と経済のグローバリゼーションによって、過去に経験したようなデフレ圧力が生じている。その圧力を真先に受けているのが日本であり、ほっておけば世界大恐慌の可能性もある。

日本のデフレは構造的なものであり、従来の財政政策や金融政策は効果的に機能しない。また流動性の罠にかかっており、インフレターゲット論者が主張する大幅な金融緩和も効果は期待されない。むしろ彼等が言っているような極端な金融緩和政策を継続して行えば、コントロールを失って、ハイパーインフレになる恐れが有る。

また日本の企業は過剰債務を抱えており、これが不良化している。これがもう一つの構造問題である。特に日本は、輸出産業を中心とした生産性の高い産業と、国内向けの生産性の低い産業が混在している。経済の二重構造である。特に後者に大きな不良債権が発生しているが、銀行は整理できない状態にある。このことがさらにデフレ経済を長引かせている。

これらの二つの経済の構造問題を解決するのが、「政府紙幣の発行」である。まず銀行に生産性の低い産業の清算を促す。当然、これを実効することによって、銀行は大きな資本不足に陥る。これ補填するのが「政府紙幣の発行」によって得られる資金である。またこの不良債権の大量の整理はデフレ効果を持つ。そこで産業の整理を行うと同時に大きな減税を行う。場合によっては、納税額に応じた政府紙幣の交付(税金の還付)まで行う。ただしこのような「政府紙幣の発行」のような抜本的な政策は一回限りとする。ーーー以上が榊原教授の文章の要約である。

○経済のグローバル化とデフレ
次は、榊原教授の文章の感想を述べる。正直言ってナポレオン時代にまで遡って、経済のグローバル化とデフレ経済の関係を説明しており、これがボリュームもあり読むのが大変であった。しかし日本のデフレは既に1,975年頃から始まったと言う説があり、筆者はこちらの方に賛成である(もっともこれより4年前に既にデフレギャップが発生したと言う経済雑誌の記事を筆者は読んだ記憶がある)。つまり経済のグローバル化が始まるずっと以前から、日本経済はデフレの状態であったと考えている。これがあまり表面化しなかったのは、輸出(特にボルガーの高金利政策による円安で、日本の輸出が伸びた)や景気後退期に政府が景気対策として景気対策を行って、需要が補填されていたからである。しかし継続的な円高によって十分な輸出が行えず、財政支出の余裕がなくなってから、日本経済のデフレ傾向が表面化したと考える。

さらに最近、経済のグローバル化の本格化に伴い、中国などからの製品輸入が増え、デフレ経済が一層深刻化したと言う理解をしている。ところでグローバル化に伴うデフレ圧力の影響は、日本一国に止まるのではなく、世界中の国々に伝播する可能性が強い。つまりこれは、グローバル化が世界恐慌の原因になりうると言った警鐘ともとれる。このことは重要である。だから米国の賢い経済学者(ニュークラシカル派以外の学者)は、日本経済の成行きに異常に関心を持っているものと考えられる。

インフレターゲット論が日本では無効と言う点では、筆者も同意見である。ただしインフレターゲット論者の中には、日銀に土地や株まで買えと言う者もいる。たしかに日銀がこれをやれば、資産価格が上昇し、資産効果が発生する可能性はある。しかしこのようなことを日銀がやるのはおかしい。行うとしたなら政府である。そして通常のインフレターゲット論者が言っているような、ベースマネーの増大(実際ベースマネーを大幅に増やしているが、マネーサプライは微増するのがせいぜいである)や政府・日銀の「インフレ宣言」だけでは、経済は動かない。

ところで面白いことに、インフレの時の政府による「インフレ終結宣言」は効果がある。おそらくハイパーインフレの時には人々も、これは異常と考えているから、「明日から財政支出を絞る」と言う政府の宣言が結構効果があるのであろう。しかしデフレ経済の時に「インフレ宣言」を行ってもインフレ期待は起らないと考える。もしインフレ期待が起るとしたなら、人々が政府が実際に積極財政を継続的に実行すると確信した場合だけと考える。言葉だけでは誰も踊らない。


ところで榊原教授がの財政政策が効果がなくなったと言う考えは、全くの誤解と考える。たしかに以前のように一度景気対策を行うと、一見自律的な成長を示した時代があった。これは政府の財政政策に設備投資が続いたからである。しかし今日のような日本のような成熟した消費社会では、どんどん消費が増えると言う状況ではない。さらに円高の定着や貿易摩擦で自由に輸出を増やすこともできない。つまり企業も多少景気が良くなっても、設備投資をどんどん増やすと言うことがなくなったのである。さらに設備投資を行うとしても、中国などに流出すると言った新たな問題が発生している。

筆者は、財政出動を行っても自律的な経済の回復が弱いのも、この国内での設備投資が続かなくなったからと考えている。しかし決して財政政策の効果がなくなったのではない。またこのように投資マインドが弱くなっているのに、貯蓄が減らないことが新たな問題となってきたのである。したがってむしろ筆者は、この過剰の貯蓄を使い、資金を経済の循環に戻してやるには、今後日本は生産力を生まない投資を増やして行く他はないと考える。そして継続して社会資本と住宅への投資を計ることこそ今後の重要な課題と考える。

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