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東京 6月18日(ブルームバーグ):デフレ経済は持続可能なのか。可能でないとすれば、どのような選択肢があるのか。「デフレと生きる」25回目は「消費資本主義のゆくえ」などの著書で知られる東京大学の松原隆一郎教授。「デフレで騒いでいるのは、従来の理論で消費の低迷を説明できない経済学者だけだ。これは、経済学者という名の既得権益者が発する断末魔だ」と言い切る。
あなたは、なぜお金を使わないのか? 消費者を対象にした多くの調査で、この質問に「デフレだから」と答える人は、1人もいない、と松原氏は言う。「人々がお金を持っているにもかかわらず、消費をしないということは、実は、経済学にとって致命的な問題だ。経済学の枠のなかでは説明がつかないため、ひねり出されたのが、デフレだから買い控える、という説明だ」−−。
「なぜ致命的かというと、現在主流となっている新古典派経済学は、経済が基本的に物々交換から成り立っているというところから解き始める。なぜお金が存在しているのかというと、物々交換の便宜のために導入した、ということになっている。お金自体に価値はないので、お金を持っていれば必ず使うというのが、主流派経済学の考え方だ」と松原氏は指摘する。
主流派経済学は机上の科学
そうなると、モノを買わず、お金自体を抱えているのは異常であり、本来あってはならない事態、ということになる。「だから、デフレによって、手元にお金を置いておけば将来より多くの価値を持つから、今はモノを買わない、という説明が経済学者によってされることになる。しかし、一般の人はだれもそうは答えていない。こうした見方は、実証科学としては最初から間違っている」−−。では、どうして人々はモノを買わないのか。
「明らかにどの統計を見ても、皆が答えているのは『不安だから』という理由だ。だから、どうして不安なのかを説明しなければならない。これは、実証科学では当たり前の作業だが、新古典派経済学はあくまで机上の科学だから、デフレが問題、という話になる」−−。インフレターゲットを導入し、日銀がもっとお札を刷ればデフレは解決する、という声も根強い。しかし、松原氏は「インフレターゲット論はナンセンスだ」と一刀両断にする。
「そもそも、皆がお金を使わないことが問題なのに、お金を使わせるためにインフレにしましょう、そのためにお金をまいて使わせ、インフレを起こしましょうというのは、トートロジー(同義語反復)だ。お金を渡しさえすれば使うだろうという発想は、経済学の理論がそうなっているだけで、一般の人々は学者の都合の良い理論に従って行動しているわけではない。お金を渡しても不安があるから使わないという事実の方が、より根本的な問題だ」−−。
大臣よりもお金を信用
松原氏は続ける。「プリンストン大学のクルーグマン教授は賢いので、人々にお金を渡しても使わないから、何か他の手を考えなければならないということで、別の手を考えた。日銀総裁が『わたしの首をかけて将来インフレにするから、今お金を使った方が得だ』と宣言すれば、デフレは止まるという提言だ。これは、人々の頭のなかに直接手を入れて、将来の期待を変えてやろうという考え方だ」−−。日本の経済学者には、クルーグマン信奉者が多い。
しかし、と松原氏は言う。「クルーグマンの提言は、お金より、日銀総裁や大臣の信用の方が高いことが前提になっている。狂牛病問題もそうだったが、大臣がテレビの前で牛肉を食べても、何の効果もなかった。問題は、大臣の信用もなくなっていることだ。今、人々が一番信用しているのは、お金だ。お金が他の何よりも信用があるということ自体、異常なのだから、お金以上に信用できるものを皆で作らなければならない」−−。
お金より信用のあるもの、とは具体的に何があるのか。「たとえば、かつては企業の終身雇用制であったり、虚構だったかもしれないが、官僚に対する信用も高かった。80年代まで機能してきたそうしたシステムを、90年代に入り、構造改革という形ですべて潰してしまった。土地に対する異常な信用にしても、少しずつ引き下げていくべきだったのに、一気に壊してしまった。そして残ったのは、お金だけになってしまった」と松原氏は振り返る。
失業率と消費性向の相関
もちろん、80年代までのシステムが最良だったわけでないが、既存の制度をあまりに急に壊してしまったこと、特に終身雇用制を一気に解体したことが、 90年代の不況の根本的な原因、と松原氏はみる。「制度というものは、皆が無根拠に信頼しているものだ。無根拠に信頼されているものは、時間をかけて徐々に変更しなければならなかった。90年代に入り、年功序列制だけでなく、終身雇用制を崩壊させたことが、人々のショックを大きくした」−−。
松原氏は、特に97年以降、マクロ経済学がこれまで想定してきた経済の構図が崩壊しつつある、と言う。「消費は非常に安定しているので、投資の不安定性をどうにかせよ、というのがマクロ経済学の基本的な考え方だった。景気が悪くなると消費性向は上がり、経済にとって消費が自動安定化装置の役割を果たすと考えられてきた。ところが、今起きているのはそれとはまったく逆で、景気が悪くなるほど消費性向が下がり、貯蓄率が上がるという姿だ」−−。
松原氏は「昨年あたりから、失業率が1%上がると、とたんに消費性向が1%下がるという傾向が、統計上顕著になっている。消費が自動安定化装置どころか、むしろ経済全体を揺さぶる異常事態が起きつつある。投資だけ何とかしていれば良いというのではなく、お金を持つ以上に消費を魅力的なものにするしか、この異常事態から抜け出す道はない。それには、信頼と安心に足る制度を10年がかりで作るしかない、というのがわたしの結論だ」と言う。
北風と太陽
短期的に有効な消費の喚起策はないのだろうか。「人々が、雇用の安定を維持しないと将来が不安だと言っている以上、雇用の安定を最優先にするしかない。企業にとって、リストラにするか、賃金を下げるか、どちらかしか手がないとすれば、賃金を下げるしかない。わたしと同じことを言っているのは、今年1月に急逝した橋本寿朗法政大教授(遺著『デフレの進行をどう読むか』)くらいしかいないと思うが…」−−。
松原氏は最近、ある大手百貨店の労働組合を前に講演する機会があったという。「かれらも、雇用を守る方が重要なので、賃下げを容認し始めている。働く時間を短くするワークシェアリングでは、特に能力のある人は耐えられないだろう。だから、平均賃金を下げる一方で、能力給制を採用すれば良い。そうすれば、企業も競争力を維持することができる。消費者にとっても、雇用を守ることが将来不安をなくすことにつながる」と松原氏は強調する。
イソップ童話の"北風と太陽"にたとえれば、インフレ策や消費税の段階的引き上げで駆け込み需要を喚起するのは、北風で無理やりコートを脱がせるのと同じ。これに対し、安心させて消費を促すという松原氏の提言は、太陽の発想に近い。「もともと経済学には、不安という概念がない。人々はある程度長期の所得が分からなければ消費はしないが、終身雇用制の崩壊で、目先の所得しか当てにできなくなった。信頼と安心に足る制度を作ることが急務だ」−−。