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(回答先: NY世界貿易センタービル再開発国際コンペ【Yomiuri On-Line/国際】 投稿者 釜井@オリジナル 日時 2002 年 8 月 16 日 01:15:38)
ザハ・ハディトというのは短絡的すぎでは?ロンドンAAスクールで手腕をふるって来た斬新なイメージドローイングも、出来上がっているものはお粗末きわまりない。少なくとも、ユダヤ博物館の設計者ダニエル・リベスキンドと比べても格が落ちる。後継の才能ある中東系の作家はもっといると思う。
フランク・O・ゲーリーは最近の仕事をはじめ、スペインのパイミオの再開発計画での仕事ぶりから考えて十分可能性がある。しかし、これがゲーリーで御座いというようなこれまでのボキャブラリーを発揮することが良いかどうか?
安藤忠雄にみられるような、やたら自己顕示欲の強い提案(中坊氏と進められたオリーブの木の植樹をはじめものの本質をわきまえない売名行為が最近非常に目立つ)をはじめ、昨今の建築家の仕事は、業界関係者を歓喜させるばかりで全くニーズを逸脱したゴミを生産し続けている。(たとえ、ゴミの中に光るものが多少あったとしても、ゴミの量が多すぎて環境悪のほうが勝っている。)また、世に腐るほどいる芸術のわかる専門職=設計者(自称建築家)たちは自尊心が強く自分を疑うことを嫌う。だから、前後不覚でこれに参加し、批評しあうことだろう。
個人(設計者)の自己表現としての建築はいらない、必要なら彫刻で十分だ。そして、今はもうブランクーシの「無限柱」を戦闘の記念とした時代でもなくなっている。
世界的な一般公募はいいことだ。新しいビジョンを提示できる能力が必要なのだから。確かに審査員は気になるところだが...。
※「無限柱」 1916年10月14日、第一次大戦中、ルーマニアのジュ川のトゥルグ・ジュの橋でルーマニア市民が1000人以上の死傷者を出しながらドイツ軍を撃退した。これを記念して1935年に当時のルーマニア首相夫人でありルーマニア婦人連盟会長であったアレティア・テテレスクによって彫刻家ブランクーシに発注され、1938年7月28日に完成した。戦闘の行われた橋から公園までの1.6キロに「英雄通り(Calea Eroilor)」と命名された通りがつくられ、その軸線上にブランクーシによって、「沈黙の円卓」「接吻の門」「無限柱」が設置された。高さ30メートル以上の鉄の鋳造。垂直より7度傾いている。1950年代スターリン主義者だった時の市長によって引き倒されそうになったが、何頭もの馬で3日間試みられたがわずかに傾いただけで留まった。7度はその時に傾いたものである。