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「アラブの春」とウクライナ動乱の背景
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投稿者 中川隆 日時 2020 年 10 月 27 日 08:04:56: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 軍産複合体 _ 戦争ビジネスの世界 投稿者 中川隆 日時 2020 年 9 月 15 日 10:30:19)

「アラブの春」とウクライナ動乱の背景


2020.10.27
EU市場を狙う地中海東部の天然ガス
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010270000/

 地中海の東側に膨大な量の天然ガスが眠っている。その開発作業が進んでいるのだが、生産が始まれば買い手が問題になる。最も有望な市場はEUだろう。この天然ガス田に面した国は、リビア、エジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン、シリア、トルコ、ギリシャだ。

 イスラエル北部で推定埋蔵量約4500億立方メートルの大規模なガス田を発見したとノーブル・エナジーが発表したのは2010年。USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っている。ビル・クリントン元米大統領はノーブル・エナジーのロビイストだった。

 オバマ政権はこの地域でムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ主義者やタクフィール主義者と渾然一体)を使って2010年の終盤から始められた「アラブの春」。その工作は2010年8月にPSD(大統領研究指針)11を承認したところから始まる。その3カ月ごにはイギリスとフランスはランカスター・ハウス条約を締結した。当初の予定では、リビア、エジプト、パレスチナ、イスラエル、レバノン、シリアの体制を転覆させ、親イスラエル国が誕生することになっていたはずだ。アメリカはEUにイスラエルからエネルギー資源を買わせようとした可能性がある。

 地中海東部の天然ガスにとって最大のライバルはロシアだろう。すでにEUへエンルギー資源を供給している。その輸送ルートのひとつがノード・ストリーム。ロシアのビボルグからバルト海を経由、ドイツのグライフスバルトへ天然ガスを運んでいる。

 このパイプラインが完成したのは2012年のこと。それまでもロシアからEUへエネルギー資源を運ぶパイプラインは存在していたが、その大半はウクライナを通過している。

 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は2004年から05年にかけてウクライナの内政に干渉、ロシアとの関係を重視するビクトル・ヤヌコビッチ政権を転覆させた。オレンジ革命と呼ばれている。手先の勢力を動員、メディアを使ったプロパガンダを展開するといういつもの手口だった。

 その時、アメリカの支配者が支援していた人物がビクトル・ユシチェンコ。2005年1月から2010年2月まで大統領を務め、新自由主義を導入してウクライナの庶民は貧困化、一部の腐敗勢力が巨万と富を築いてオリガルヒと呼ばれるようになる。ボリス・エリツィン時代のロシアと同じことが引き起こされたのである。

 新自由主義の現実を知ったウクライナ国民は2010年1月の選挙で再びヤヌコビッチを大統領に選ぶのだが、アメリカのバラク・オバマ政権は14年2月にネオ・ナチを使ったクーデターを成功させた。

 その翌年、ロシアやEUの会社はノード・ストリームに並行する形でノード・ストリーム2の建設で合意する。ロシアのウストルガからドイツのグライフスバルトを結パイプラインだ。

 アメリカはノード・ストリーム2の建設を執拗に妨害、建設に携わる会社は「制裁」の対象にしているが、ドイツはノード・ストリーム2を完成させたがっている。

 そうした中、ロシアでの支持率が2%にすぎないアレクセイ・ナワリヌイという反プーチン派の有名人が昏睡状態になる。ロシアの医師による治療で容体は安定したのだが、ナワリヌイ側はドイツへの搬送を強く要求、ドイツ軍の研究機関は証拠を示すことなく、軍事レベルの神経ガスが使われたと発表した。

 本ブログでもすでに書いたが、ナワリヌイを治療したオムスクの病院の医師によると、昏睡状態になった原因は低血糖。彼は糖尿病を患っていることから、糖尿病性ショックとも呼ばれる重度の低血糖が原因だと見るのが常識的だ。アメリカが行った一種に偽旗作戦だと考える人もいる。

 天然ガスの取り引きを通じてロシアとEUとの関係が強まることをアメリカの支配者は嫌がっている。EUを自分たちの属国だと考えているからだ。そのためにNATOも作った。

 しかし、EUはエネルギー資源が必要である。アメリカはシェール・ガスやシェール・オイルが中心になるため、コストが高い上、生産が可能な期間は長くない。ベネズエラを再植民地化できれば、そこの石油を売るのだろうが、再植民地化は失敗してきた。アメリカの支配者がEUへ売ろうとしている天然資源は地中海東部の天然ガスだろう
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010270000/  

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コメント
1. 中川隆[-10401] koaQ7Jey 2020年10月31日 06:08:08 : 7HgMgaipVc : WmZKQi8ucmVYWkE=[7] 報告
2020.10.30
スノーデンから情報を受け取ったグリーンウォルドが辞表(1/2)
 ​グレン・グリーンウォルドがインターセプトに辞表を出した​。バイデン親子に関する記事の掲載をニューヨークの編集部が創刊時の約束に違反して拒否したことが原因だという。その記事ではジョー・バイデン前副大統領の息子であるハンター・バイデンの電子メールが取り上げられている。

 本ブログでも紹介したように、この電子メールは​ニューヨーク・ポスト紙が伝えた​もの。ウクライナの天然ガス会社ブリスマ・ホールディングス(本社はキプロス)や中国のエネルギー会社CEFCを相手に、バイデン家がいかに稼いでいるかを電子メールは明らかにしているのだが、その内容をツイッターとフェースブックが検閲でブロックしていることが話題になった。その問題を取り上げようとしたグリーンウォルドの記事をインターセプトの編集部は掲載させなかったわけだ。

 ウクライナでは2014年2月、バラク・オバマ政権がネオ・ナチを使い、アメリカへの従属を拒んだビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。このクーデターから2カ月後、ハンターはブリスマの重役に就任している。勿論、ジョーは副大統領としてクーデターに深く関与していた。

 ウラジミル・プーチンが大統領になってからロシアは曲がりなりにも独立、そのロシアをボリス・エリツィン時代のように米英巨大資本の属国にしようとしたのだろうが、失敗。オバマ大統領はロシアに対する挑発、あるいは恫喝する政策を打ち出していた。

 インターセフトはグリーンウォルドがジェレミー・スキャヒル、ローラ・ポワトレイス、そして親会社であるファースト・ルック・メディアの人間によって2014年2月に創刊された。ファースト・ルック・メディアは2013年10月に創設されている。

 そのベースになったのはエドワード・スノーデンから2013年5月に香港でグリーンウォルドらが受け取ったNSAの機密資料。その資料を彼はオークション・サイトのeBayを創設したピエール・オミダイアなる富豪に渡し、ふたりはファースト・ルック・メディアを作ったのだ。

 スポンサーになったオミダイアはバラク・オバマと親しく、詳細は不明だが、スノーデンが持ち出した資料をNSAとのビジネスに利用しているとする話も流れている。オバマ政権は2014年2月にウクライナの合法政権を転覆させるため、ネオ・ナチを使ってクーデターを実行したが、このクーデターのための資金をオミダイアも提供していた。

 ウクライナのクーデターは国務次官補だったネオコンのビクトリア・ヌランドが指揮していたが、その背後にいたのが副大統領を務めていたジョー・バイデン。オミダイアはジョー・バイデンの同志だとも言えるだろう。

 バイデンにとって都合の悪い情報をブロックしている有力メディアやインターネットの巨大企業は情報機関と深い関係にある。そうした情報機関を作り出したのはイギリスやアメリカの金融資本だ。(続く)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010300001/

2020.10.31
スノーデンから情報を受け取ったグリーンウォルドが辞表(2/2)

 アメリカの支配者は昔から情報を操作してきた。中でも第2次世界大戦後に始められたモッキンバードは有名だ。そのプロジェクトで中心的な役割を果たした人物はアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしフィリップ・グラハムの4名。

 ダレスはOSSやCIAに君臨していたウォール街の弁護士、ウィズナーはダレスの側近で、やはりウォール街の弁護士。ヘルムズもダレスの側近で、国際決済銀行初代頭取の孫。そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。グラハムの妻、キャサリンはウォーターゲート事件でリチャード・ニクソンを失脚させた当時のワシントン・ポスト紙社主として有名だが、その父親は世界銀行の初代総裁である。

 ウォーターゲート事件の取材は若手記者だったカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードが中心になって行われたが、ウッドワードは少し前まで海軍の情報将校で記者としては素人に近く、事実上、取材はバーンスタインが行ったと言われている。

 そのバーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。

 その記事によると、20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、そのうち200名から250名が記者や編集者など現場のジャーナリストで、残りは、出版社、業界向け出版業者、ニューズレターで働いていた。また1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 CIAのネットワークは世界規模で、例えば、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だった​ウド・ウルフコテ​は2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出してその実態を明らかにしている。

 彼によると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発している。人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開し、人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできないところまで来ているとしていた。そして2017年1月、56歳のときに心臓発作で彼は死亡する。

 こうしたメディア工作から一歩進めた情報操作が1980年代に始められた。1983年1月、ロナルド・レーガン大統領はNSDD11に署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースがスタートした。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し、ファクト・チェックと称して都合の悪い事実を揉み消し始めた。

 こうしたプロジェクトもあり、有力メディアの腐敗は進んでいくが、1990年代から腐敗のスピードは加速、今では「報道」の中から事実を探し出すことが容易でなくなっている。

 そうした有力メディアに代わって支配者が隠している情報を明らかにしたのがウィキリークス。その中心的な存在だったジュリアン・アッサンジをイギリスの警察は逮捕、それが冤罪だったことが判明しても拘束し続け、アメリカへ引き渡そうとしている。内部告発を止めるための見せしめだとも言われている。その見せしめは有力メディアに対して効果があったようだ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010300001/

2. 中川隆[-10132] koaQ7Jey 2020年11月06日 16:14:31 : kW6RB4mKA8 : RXpaSHNGUmhrRVE=[15] 報告
実は、この工作にはNSA左派が動いたようです。彼らはCIAがロシアやウクライナの選挙介入用に作った大量にフェイク票を生み出す特殊なソフトウェアを使って、フェイクのバイデン票を作っています。

【緊急】バイデン「フェイク票」上乗せの卑劣な手口と真犯人判明! 「死者の不在者投票」も… トランプ“戒厳令”発動で米内戦勃発へ!!
2020.11.06
https://tocana.jp/2020/11/post_182320_entry.html

──アメリカ大統領選挙はジェームズさんが予告したとおりになりました! 11月4日はトランプが勝って、その後、郵便投票でバイデンがひっくり返すと。

ジェームズ斉藤(以下、斉藤) あの巻き返しは明らかに不正です。例えば、ミシガン州では5日の朝7時にいきなり12万票もバイデン票が伸びていますし、ウィスコンシン州でも5日の朝4時に一瞬で11万票のバイデン票が加増です。グラフの動きを見ればわかりますが、垂直に伸びているので、普通に開票してないのは一目瞭然です。実は、この工作にはNSA左派が動いたようです。彼らはCIAがロシアやウクライナの選挙介入用に作った大量にフェイク票を生み出す特殊なソフトウェアを使って、フェイクのバイデン票を作っています。


──そんなソフトウェアがあるんですか!? いや、でもウクライナの選挙とか凄い胡散臭かったですね、思い出してみると。

ジェームズ ウクライナだけじゃないと思いますよ。これは日本でも間違いなく使われています。民主党が異様に強かった時もその可能性はありますし、自民党の連勝も可能性大ですね。

──確かに民意に反する選挙っていまたくさんありますね。しかも、メディアもそれに加担してますよね。今回の大統領選でもアメリカだけでなく、ヨーロッパ、イギリスの主要メディアも「不正なんかあるわけがない。まとめて集計したからああなったんだ」と一切、不正を取り合いません。

ジェームズ 欧米の主要メディアはグローバリストですから、ほぼバイデン派です。それは最初からわかっていました。ですから、集計がすべて終わっていない、あのタイミングでトランプは勝利宣言を出したんです。

──でも、「一方的な勝利宣言はしない」とトランプは言っていたはずなのに、途中で完全勝利宣言したのはなぜですか? 揉めさせるのが好きなのかと思いましたけど。

ジェームズ いえ、完璧なタイミングです。投票所における本人確認付きの投票のカウントが大部分終わった段階でやっています。そのあとは郵便投票がほとんどです。つまり、フェイク票が集まる前に勝利宣言をすることにより、あとからきた郵便投票に注目が集まるようにしています。これでフェイク票の実態が暴露され、最高裁に持っていく理由づけになります。また、これまでの大統領選では主要メディアが当選候補の勝利を宣言してきましたが、トランプ自らが勝利宣言をすることにより、極左の言論統制を受けずに国民に直接訴えかけることができたのです。

──僕はBBCを見てたんですが、「本人が勝手に勝利宣言するなど前代未聞だ」とキャスターたちが憤慨してました。

ジェームズ ですから、トランプは確信犯でやっています。すでに、ニューヨークタイムスは、このトランプの戦略に簡単に乗ってしまって「大統領選において勝利宣言の役割は我々メディアが担うものである!」といったツイートをして、アメリカ国民から「思い上がるな!」といった感じの反論をされて大炎上したようです。ニューヨークタイムスは速攻で削除したようですが(笑)。


──マスメディアは選挙をコントロールするのは自分たちなんだと本気で思っているんですね。だから、「不正なんかないと言ったらない」という態度なんでしょうね。だけど、さっきも言ったように本当に変な票の動きとかありました。ウィスコンシン州では水増しし過ぎて投票率が200%になってしまったという話もあります。

ジェームズ ミシガン州では、1984年に死亡したWilliam Bradleyという人物が今年の9月に郵便投票していますよ。この世に不在していない人の不在者投票って、どんなジョークなんでしょうか(笑)。ミシガン州では郵便投票のカウント作業を完全に非公開にするため、窓に目隠しをして監視者から見えなくしています。そのあとにさきほど言った12万票が入っているんです。こういう状況を見ても「気にする必要がない」と判断する報道機関はもはや報道機関として機能していません。仮に不正かどうか断言できなくても不正を疑うに十分な証拠が揃っています。

──そもそも選挙運動のラリーで10人ぐらいしか観客を集められないバイデンがどうやって票を集めるんだって感じですね。

ジェームズ ここで重要なのは、「民主党がトランプの勝利を盗もうとしている」というトランプ側のストーリーです。つまり、トランプの勝利宣言直後に不正が暴露すると、バイデンは「選挙泥棒」になり、完全にトランプ側の戦略に乗せられることになります。

──確かに、言われてみるとトランプのストーリーでここまで進んでいますね。しかし、問題は結果じゃないですか。ジェームズさんの予測だと、どんなことがあっても、お互いに負けは認めないと。ということは、今後どうなるんですか?

ジェームズ アメリカの大統領選挙の場合、相手方の敗北宣言が必要になります。あとは選挙人の投票もあります。しかし、選挙人の投票があってもどちらも勝ちは譲らないので最高裁の判決がないと敗北宣言はないと思います。ですから、勝敗は判決待ちです。しかし、極左は判決なんか待ちませんから、ANTIFAなどのCIA左派配下の暴力装置が起動します。5日の時点ですでにポートランドでは州兵が派兵されました。


──ANTIFA、BLMがもう暴動を起こしているんですね。

ジェームズ 以前の記事でも書いていますが、ワシントンD.C.にも極左のリサ・フィティアンなんかが入り込んでいます。彼らがホワイトハウスを囲んで、「トランプ出ていけ!」と言って暴れるでしょう。リサは「銃で囲め」と言っていますからかなり危険です。

 ただし、これはトランプ派のシナリオ通りで、いま彼らの間で議論されているのがInsurrection Actという、軍と州兵による暴動鎮圧を合法化する法律の発動です。これによって軍を投入し、極左たちを鎮圧できるようになります。軍が暴徒を制圧すると、必ず極左メディアつまり主要メディアが騒ぎだし、ディープステートの軍人やスパイが鎮圧を阻止しようとしてANTIFAやBLMを援護射撃し、暴動はより激化します。これによって戒厳令を敷かざるを得ない状況になるのを狙っている可能性があります。

──でも、戒厳令といえば軍人が街を制圧し、国民の権利が一時凍結されて行政権と司法権のすべてが軍に移行することじゃないですか。かなりヤバい状況になりませんか?

ジェームズ なりますね。アメリカの4軍の長は大統領ですからトランプ大統領が超法規的な権限のほぼすべてを握ることになります。これは事実上の独裁者になることを意味します。

 ただし、米国史では前例はあります。1860年大統領選でリンカーンが当選した後、南北戦争時に実際に憲法上の重要な権利であるヘイビアス・コーパス(人身保護令状)を停止しました。そして南軍のスパイの疑いをかけられた米国市民を裁判もかけずに次々と投獄していきました。

 もし今回戒厳令が発動されれば、トランプはリンカーン以上の独裁をするでしょう。しかも戒厳令の厄介なところは、憲法や法律の明確な規定がなく、大統領の独断で発動できます。実際、トランプの最側近の一人でCIA右派のドンであるロジャー・ストーンが11月3日ジョージア州で開票を見届けたあと、「今回の選挙は不正だらけで必ず極左暴動が激化するから、トランプ大統領が戒厳令を発動する時が来た」と言っています。ストーンが言うように、ディープステートからアメリカを守るには独裁しかないと思います。

 ですから、トランプの相手はもうバイデンとか民主党じゃないんです、彼らの後ろにいるディープステート、ネオコン、共産ユダヤたちです。トランプはずっとこれらと戦ってきたので、ついに2016年大統領選時以来の最重要公約の一つが実行され、いよいよ本当の戦争が始まります。


──でも、それってどうなんですか? 戒厳令下でリベラル派や極左メディアたちを粛清し始めたら、トランプだけでなく、アメリカのイメージがガタガタですよ。

ジェームズ その通りです。でも、それが内戦です。私は最初から内戦の可能性がありますと言ってたはずです。それに、そもそもトランプたちは2014年のクリミア危機をモデルに今回の選挙戦を戦っているんです。

──クリミア危機? ロシアがウクライナの暴動に軍事介入して国際的に非難を浴びた事件ですか?

ジェームズ そうです。あれが今回の大統領選挙のモデルです。それはトランプ側だけじゃなく、バイデン側もそうです。

 もともと、あのクリミア危機はネオコンがウクライナの親欧米派の暴力革命を支援し、カラー革命を画策したことがきっかけです。当時、私はクリミア危機を画策したマケインら米ディープステートのネオコン勢力に対して防諜任務をしていたので、事情はよく知っています。あれは完全に米ディープステートが仕掛けたもので、彼らの正当性はゼロです。この暴力革命でぼろ儲けしたのがバイデン家です。バイデン家の私腹を肥やすためにウクライナのカラー革命が画策されたようなものです。一方、トランプ側はプーチンが行なったウクライナのデモ隊への軍事介入がモデルです。

──まさに今と同じような状況ですね。

ジェームズ ですから、いまのアメリカは「アメリカ紛争」であり、クリミア危機ならぬ「ワシントン危機」の状態なんです。これからはトランプ派対ディープステートの戦いに移行します。その手始めがCIA長官のジーナ・ハスペルとFBI長官クリストファー・レイのダブル逮捕の計画です。


──えっ、レイが仕事をしなかったというのは以前の記事でも書きましたが、ハスペルもですか? 

ジェームズ ハスペルはトランプ派としてデビューしたはずですが、2016年のロシアゲートを画策した一人であることが最近発覚しました。2015-16年当時、彼女はCIAのロンドン支局長で、Mi6と共謀し、トランプファイルを暴露したそうです。極め付けは、ゴールデンシャワーなどの描写があるトランプファイルのネタそのものがロシアの仕込んだものであることが最近の調査でわかりました。ネタ元はワシントンD.C.のシンクタンクに働いていたロシアのスパイでした。

 つまり、英米が世界に誇る二大諜報機関が30過ぎのロシアスパイの青年に翻弄されたわけです。ハスペルが逮捕されると官僚組織としてのCIAの失墜が激しくなり、完全にトランプの裏ネットワークであるCIA右派が本部を乗っ取ることになると思います。

──すいません。CIA右派とハスペルはイコールじゃなかったんですか?

ジェームズ ハスペルの場合は両方に属していたはずですが、実はディープステートのスパイであることが発覚したということです。ここまでくると、アメリカの諜報機関には公平性や客観性といったことへの信頼がなくなります。ですから、後任にはトランプに忠誠を誓うワシントン以外の出身の元州知事や元下院議員を選ぶようになるでしょう。

──しかし、元議員とかだと現場のエージェントが反発してくるんじゃないですか?

ジェームズ してくるでしょうね。しかし、DC ecosphereで育った人間はもう使えないということになりそうです。DC ecosphereとは、ワシントンD.C.のディープステートが支配する特殊な環境のことで、具体的にはディープステートの支配下にある人事のことを指します。

 ここで重要なのはディープステートには国防組織の後方支援勢力としての実体と、コンセンサスの両方があります。ワシントンD.C.でのコンセンサスは「アメリカの世界軍事覇権が世界にとっても良い」といったデタラメな言説を「真実」として信仰することです。こういったコンセンサスはワシントンD.C.特有なので、それを持っていない者やほかの地域の人間、バックグラウンドから任命していくことになります。実際、いまの米国諜報機関の頂点に立つODNI長官のラドクリフはスパイ出身ではありません。なので、当然現場の反感を買います。一方、現場も現場でスパイ教育を鵜呑みにして今まで上がってきた人間ばかりで、ディープステートのコンセンサスに完全に洗脳されています。

 しかし、いま必要な感覚は1776年の独立戦争前夜にトマス・ペインが書いたCommon Senseに訴えたごとく、「常識」です。ディープステートは常識を持ち合わせていません。


──ちなみに、ジェームズさんの中のディープステートの定義ってなんですか? 

ジェームズ ディープステートとは民主主義の手続きを踏まず、国防組織などのバックにいる勢力です。ネオコンも入りますし、軍産複合体、主要メディアもGAFAも入ります。一方で、国防総省やCIAなどは「影の政府」と呼ばれる勢力で、正式な政府組織ですが、これも民主的な権力を抑制しています。ですから、FacebookやTwitterも必死になってトランプ再選の邪魔をしているんです。

 今こういったBig Tech企業は、影の政府と結託して儲けるビジネスモデルを2010年代前半には確立しています。ですから、今回トランプが再選されればTwitter、Facebook、Googleは確実に解体でしょう。

 また、もうひとつ注目してほしいのはトランプ再選後、おそらくクリミアをロシアの一部として正式に認めるということです。実際にこのシナリオは、トランプ大統領最側近内で真剣に議論されています。

──クリミアってそんなに重要なんですか?

ジェームズ 重要です。トランプ側が目論む、米露和解の布石になりうるからです。もし承認されれば、アメリカ国内のディープステート解体だけでなく、NATO解体にも繋がると思います。そうすれば極左EUは完全に沈没します。

──NATOも解体ですか!?

ジェームズ NATOつまりEUはいま極左ですから解体の対象です。ですから、トランプはブレグジッドを画策したんです。イギリスのブレグジッドはトランプがスティーブ・バノンなどのCIA右派を使って世論操作及び現地でナイジェル・ファラージらの離脱派に対する工作活動をした結果です。これについては別の機会に詳しくお話しますが、ともかく欧州はクロムウェルの英国内戦とロベスピエールのフランス革命からずっと狂い始めています。その最もたるものが極左によるEUというプロジェクトです。

 また、日本にとって重要なのは、在日米軍撤退の手続きが加速する可能性です。これが実現すれば外務省北米局等の日本のディープステートが骨抜きになると思います。また、朝鮮系や●●系の政治家や活動家たちが力を失います。彼らはGHQの極左勢力のお陰でのし上がることができましたが、その親元を失うことになります。

──日本やヨーロッパにも飛び火しそうなんですね。一回まとめますが、バイデンが郵便投票で勝ったあとはBLMら極左が暴動を起こす、と。トランプは暴動鎮圧のために法律を作って軍隊を動かす。その一方で法廷闘争が始まり、ヘタすれば内戦状態になるという感じですか。

ジェームズ そうですね。お互いに敗北宣言はしないですから1月20日までもつれ込む可能性は十分にあります。その場合は下院議長のナンシー・ペロシが臨時大統領になります。


──やっぱりペロシなんですね。臨時大統領ってどのくらいの権限があるんですか?

ジェームズ 通常の大統領と変わらないと思います。ですから、ペロシはここぞとばかりに民主党に有利な大統領令をたくさん出すでしょう。特にバックにいるペド人士を死守するため、LGBTQ関連の政策を一気に進め、「Pedo Lives Matter」のごときペドの権利を政府が守るように働きかけるでしょう。今はトランプと司法長官バーが血眼になってペド撲滅政策をやっていますが、それをすべて逆戻しにするでしょうね。

 ただし、臨時ですから最高裁の判決が出るまでです。判事はトランプ派なのでトランプの可能性は高いと思いますが、万が一トランプが負けた場合を私は一番危惧しています。戒厳令を発動し、CIA右派配下のミリシャ(民兵)が一斉に動員され、取り返しのつかないレベルになります。なにしろ彼らは特殊部隊OBばかりですから、銃を持って市街戦になると極左など相手になりません。

──いずれにせよ、当分揉めるということがよくわかりました。

文=ジェームズ斉藤  

3. 2020年11月15日 05:01:43 : WBwhDwKyTw : MGZIdEtpL1hETS4=[2] 報告

2020.11.15
中東やアフリカを搾取するために米国が必要なフランス
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011150000/


 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は11月16日にパリでエマニュエル・マクロン大統領やジャン-イブ・ル・ドリアン外相と会談する予定だが、その席で​フランス側はアメリカ軍がアフガニスタンやイラクから撤退しないように求める​という。

 現在、中東から北アフリカにかけての地域は戦乱が広がり、破壊、殺戮、略奪の場。そうした状況を作り出しす切っ掛けは、アメリカ主導軍によるイラクへの先制攻撃だ。アメリカ主導軍でイラクを先制攻撃したのである。大統領はジョージ・W・ブッシュだった。

 その攻撃でサダム・フセイン体制を破壊することには成功したが、親イスラエル派の政権を樹立することには失敗。そこで次のバラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出し、中東から北アフリカにかけての地域を制圧するためにムスリム同胞団を中心とする戦闘集団を編成することにした。そこにサラフィ主義者も加わっている。そして始まったのが「アラブの春」と呼ばれたクーデターであり、リビアやシリアでは侵略戦争に発展した。

 ムスリム同胞団やサラフィ主義者を中心とするジハード傭兵を利用する侵略にはアメリカ以外の国も参加している。アメリカと同盟関係にあるイスラエルやサウジアラビア、サイクス・ピコ協定コンビのイギリスとフランス、パイプラインの建設でシリアと対立したカタール、オスマントルコの復活を目論んでいたと言われるトルコなどだ。カタールとトルコは2016年頃に離脱への道を選ぶが、傭兵との関係から抜け切れていない。

 サイクス・ピコ協定は石油資源に目をつけたイギリスとフランスが1916年に結んだもので、フランスのフランソワ・ジョルジュ・ピコとイギリスのマーク・サイクスが中心的な役割を果たした。トルコ東南部、イラク北部、シリア、レバノンをフランスが、ヨルダン、イラク南部、クウェートなどペルシャ湾西岸の石油地帯をイギリスがそれぞれ支配することになっていた。後に協定へ参加した帝政ロシアは1917年3月の二月革命で倒される。

 協定が結ばれた翌月にイギリスはオスマン帝国を分解するためにアラブ人の反乱を支援。工作の中心的な役割を果たしたのはイギリス外務省のアラブ局で、そこにサイクスやトーマス・ローレンスもいた。「アラビアのロレンス」とも呼ばれている、あのローレンスだ。

 ローレンスが接触していたフセイン・イブン・アリにイギリスのエジプト駐在弁務官だったヘンリー・マクマホンは書簡を出し、その中でイギリスはアラブ人居住地の独立を支持すると約束している。フセイン・マクマホン協定だ。このイブン・アリを追い出したイブン・サウドを中心として1932年に作られた国がサウジアラビアだ。

 その一方、イギリスのアーサー・バルフォア外相はロスチャイルド卿に宛てに出した書簡の中で、「イギリス政府はパレスチナにユダヤ人の民族的郷土を設立することに賛成する」と約束している。1917年11月のことである。なお、この書簡を実際に書いたのはアルフレッド・ミルナーだと言われている。

 シオニストの一派で米英金融資本と結びついているネオコンは1980年代からイラク、シリア、イランの体制を転覆、親イスラエル体制を中東全域に広める計画をたてていた。そこにリビアが加えられた理由はアフリカ支配の問題からだ。

 言うまでもなく、アフリカは欧米、特にイギリスやフランスの植民地として搾取されてきた。イギリスやフランスの支配システムはアフリカを搾取できなくなると崩壊する。独立は容認できないということだ。

 ところが、リビアのムアンマル・アル・カダフィはアフリカの自立を目論み、通貨の発行権を取り戻そうとした。ドル体制から離脱し、独自の金貨を発行しようとしたのだ。「アラブの春」がなぜ引き起こされたかを考える場合、この事実を忘れてはならない。

 この構想にはチュニジア、エジプト、スーダン、南スーダン、赤道ギニア、コンゴ、コンゴ民主共和国、ガボン、南アフリカ、ウガンダ、チャド、スリナム、カメルーン、モーリタニア、ザンビア、ソマリア、ガーナ、エチオピア、ケニア、タンザニア、モザンビーク、コートジボワール、イエメン、アルジェリア、アンゴラ、ナイジェリアが加わろうとしていたようだ。(F. William Engdahl, “Hillary Emails, Gold Dinars and Arab Springs,” NEO, 17 March 2016)

 アフリカにはCFAフランを利用している国もある。フランスも通貨を支配することで甘い汁を吸っていた。フランスにとってもリビアのカダフィは排除すべき存在だったのだ。

 フランスのリビア侵略は2010年10月に始まっている。​リビア政府の儀典局長が機密文書を携えてフランスのパリへ亡命、ニコラ・サルコジ仏大統領の側近やフランスの情報機関と接触したところから始まっている​のだ。

 11月にサルコジ大統領は「通商代表団」をベンガジに派遣、その中に潜り込んでいた情報機関や軍のスタッフはメスマリから紹介されたリビア軍の将校と会っている。この頃、フランスとイギリスは相互防衛条約を結んだ。

 リビアより1カ月遅れてスタートしたシリア侵略はイギリスが主導している。ロラン・デュマ元フランス外相によると、彼は2009年にイギリスでシリア政府の転覆工作に加わらないかと声をかけられたという。声を掛けてきたふたりが誰かは語られていないが、ニコラ・サルコジ政権やフランソワ・オランド政権がシリアでの平和を望んでいないとデュマに判断させるような相手だったという。

 また、シリア駐在のフランス大使だったエリック・シュバリエによると、西側のメディアやカタールのアル・ジャジーラがシリア政府が暴力的に参加者を弾圧していると伝えていた当時、実際は限られた抗議活動があったものの、すぐに平穏な状況になったことが調査で判明していたという。リビアでも西側メディアが宣伝したような弾圧はなかった。

 フランスのマクロン政権は国防長官が交代した後のドナルド・トランプ政権を恐れているようだ。クリストファー・ミラー国防長官代理の上級顧問として雇われたダグラス・マグレガーはポンペオ国務長官やジョン・ボルトン元国家安全補佐官はイスラエル・ロビーからカネを受け取り、大金持ちになったと語っている。

 こうした話をするとことから考えると、マグレガーは親イスラエル派ではないのかもしれない。支持勢力を失ったトランプが最後にシオニストの意向を無視した政策を打ち出すのだろうか?

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011150000/

4. 中川隆[-9561] koaQ7Jey 2020年11月27日 21:42:00 : hgXXqAS9IL : all2TnNGclc3Wlk=[9] 報告
2020.11.27
きな臭さが強まる中東とCOVID-19騒動で経済が麻痺状態の世界
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011270001/

 ソ連が1991年12月に消滅した後、アメリカを中心とする西側の支配者、特にシオニストの一派であるネオコンは世界制覇の総仕上げに入った。ライバルが消えたことで唯一の超大国になったアメリカに刃向かう国はなくなったという前提で、他国を配慮せずに侵略戦争を本格化させたのである。その手始めがユーゴスラビアの解体だ。

 その背景にはドル体制の行き詰まりがあった。1971年にアメリカ大統領だったリチャード・ニクソンはドルと金の交換を停止すると発表しているが、この段階で製造業を中心とする経済は破綻していた。そこで金融でアメリカ中心の支配システムを生きながらえさせようとしたわけだ。金融中心の仕組みを作り上げたのが新自由主義。ところがこの金融マジックは21世紀を前に破綻する。

 そうした実態が明るみに出はじめたとき、支配者にとって好都合な出来事が引き起こされた。2001年9月11日の世界貿易センターとペンタゴンに対する攻撃だ。これを利用してジョージ・W・ブッシュ政権は憲法の機能を停止させ、有力メディアを使った偽情報の流布でイラクを先制攻撃した。

 正規軍を使ったブッシュ政権の侵略は行き詰まり、次のバラク・オバマ政権はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を傭兵として使った侵略に変更した。オバマの師、ズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンを侵略したときの仕組みを採用したと言えるだろう。一時期、テロリストの代名詞にされていた「アル・カイダ」の仕組みを再び使おうとしたわけだ。

 この新しい「自由の戦士」戦術はシリア政府軍の強さで行き詰まり、アメリカ主導軍、あるいはNATO軍の投入でシリアの体制を転覆させようと考え、作り出されたタグがダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)。そうした戦術の危険性をDIA局長として警告していたのがマイケル・フリン中将だ。

 ダーイッシュは残虐さを宣伝、アメリカ主導軍/NATO軍を引き入れようとし、2015年にオバマ大統領は好戦的な布陣に政府を作り替えるのだが、その年の9月末にロシアがシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュは敗走する。

 オバマ政権は軍事介入のタイミングを逸したのだが、それでも小規模ながら地上部隊をシリアへ侵攻させて軍事基地を建設し、クルドを新たな傭兵にした。その戦略も行き詰まっている。

 現在、きな臭さが中東で強まっている。もしイスラエルがイランを攻撃した場合、中東全域が戦火で包まれ、石油の供給も止まる可能性があるのだが、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)への恐怖からすでに経済が麻痺していて需要は落ち込んでいるのでダメージは好況時より少ないかもしれない。しかも欧米では戒厳令状態。日本もそうしたがっている人がいる。ウイルスへの恐怖によって人びとは主権やプライバシーを放棄、自ら進んで収容所へ入る人も少なくない。

 ところで、日本が敗戦して間もない頃、映画監督の伊丹万作は『戦争責任者の問題』(映画春秋、1946年8月)で次のようなことを書いている:

 戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。「このことは、戦争中の末端行政の現れ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオの馬鹿々々しさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心に且つ自発的に騙す側に協力していたかを思い出してみれば直ぐに判ることである。」

 そして、「幾ら騙す者がいても誰一人騙されるものがなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。」「騙されたものの罪は、只単に騙されたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なく騙される程批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切を委ねるように成ってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任等が悪の本体なのである。」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011270001/

5. 中川隆[-9526] koaQ7Jey 2020年11月30日 07:44:31 : 1yImerjzW6 : NjNkdjVGYi5oNHc=[3] 報告
2020.11.30
中東情勢の軍事的な緊張が高まる中、イギリス軍がサウジアラビアへ入っていた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011300000/

 イギリス政府は議会の承認を得ないまま​サウジアラビアの油田地帯へジラフ・レーダーを配備、イギリス軍の軍人もサウジアラビア入りした​と伝えられている。アメリカに頼っていられなくなっているのかもしれない。

 昨年9月にサウジアラビアのアブカイクとハリスにあるアラムコの石油処理施設をイエメンのフーシ派がUAV(無人機。ドローンとも呼ばれる)と巡航ミサイルで攻撃、大きなダメージを受けた。その出来事にイギリスの支配層も危機感を持ったためだと言われている。

 この攻撃はアメリカ製の防空システムが無能だということも明らかにした。破壊された石油施設の周辺には88基のMIM-104 ペトリオット・システムが配備されていて、そのうち52基は新型のPAC-3。しかもペルシャ湾にはアメリカ海軍に所属する3隻の駆逐艦(イージス艦)がいたのだが、攻撃を防げなかったのだ。すでに能力の高さを証明しているロシア製の防空システム、S-400やパーンツィリ-S1とは対照的だ。

 また、アメリカのドナルド・トランプ大統領がシリア、アフガニスタン、イラクなどから撤兵させる動きを見せているが、それに対してフランス政府はアメリカ側に対し、撤退しないよう求めていると伝えられている。

 2011年春にシリアやシビアへの傭兵を使った侵略が始まったが、その際に最も説教的だったのはイギリスとフランス、つまりサイクス・ピコ協定コンビだった。

 この協定は石油資源に目をつけたイギリスとフランスが1916年に結んだもので、フランスのフランソワ・ジョルジュ・ピコとイギリスのマーク・サイクスが中心的な役割を果たした。

 トルコ東南部、イラク北部、シリア、レバノンをフランスが、ヨルダン、イラク南部、クウェートなどペルシャ湾西岸の石油地帯をイギリスがそれぞれ支配することになっていた。

 協定が結ばれた翌月にイギリスはオスマン帝国を分解するためにアラブ人の反乱を支援。工作の中心的な役割を果たしたのはイギリス外務省のアラブ局で、そこにサイクスやトーマス・ローレンスもいた。「アラビアのロレンス」とも呼ばれている、あのローレンスだ。

 ローレンスが接触していたフセイン・イブン・アリにイギリスのエジプト駐在弁務官だったヘンリー・マクマホンは書簡を出し、その中でイギリスはアラブ人居住地の独立を支持すると約束している。フセイン・マクマホン協定だ。このイブン・アリを追い出したイブン・サウドを中心として1932年に作られた国がサウジアラビアだ。

 その一方、イギリスのアーサー・バルフォア外相はロスチャイルド卿に宛てに出した書簡の中で、「イギリス政府はパレスチナにユダヤ人の民族的郷土を設立することに賛成する」と約束している。1917年11月のことである。なお、この書簡を実際に書いたのはアルフレッド・ミルナーだと言われている。

 イギリスは1919年、石油利権を手に入れるためにペルシャを保護国にし、その2年後に陸軍の将校だったレザー・ハーンがテヘランを占領する。そして1925年にカージャール朝を廃して「レザー・シャー・パーレビ」を名乗るようになった。

 第2次世界大戦後、そのイランは独立の道を歩み始める。1951年4月には議会での指名を受けて国王が首相に任命したムハマド・モサデクはAIOC(アングロ・イラニアン石油、後のBP)の国有化を決めるが、それはイギリスにとって死活問題だった。イランの石油利権にイギリスは支えられていたのだ。

 イギリスはイランの独立、民主化を許せない。そこで1951年10月にウィンストン・チャーチルが首相に返り咲くとイギリスはクーデターに向かうのだが、自力でモサデクを排除することができない。そこでアメリカの力を借りることにし、ウォール街の大物でCIAの黒幕だったアレン・ダレスに接近する。1953年にドワイト・アイゼンハワーがアメリカの大統領に就任、クーデターを実行するための環境は整った。

 アメリカのCIAやイギリスのMI6はエージェントをイランへ送り込んでモサデク側の軍幹部を暗殺、1953年6月にジョン・フォスター・ダレス国務長官はモサデク政権を転覆させる準備の許可を弟のアレンCIA長官に出している。そして作られたクーデター計画がエイジャクス作戦。作戦遂行のための資金を動かしていたのは、後にロッキード事件でも名前が出てくるディーク社だ。

 このクーデターは成功、外国の巨大資本と結びついたパーレビ体制が復活。その体制を守るためにSAVAKという組織がCIAやイスラエルのモサドの協力を得て創設される。このパーレビ体制が倒れるのは1979年のことである。

 その後、アメリカやイスラエルはイランの権力対立を利用して乗っ取ろうとするが失敗、シオニストの一派であるネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン(元々CIAの手先だった)政権を倒して親イスラエル体制を樹立、シリアとイランを分断して個別撃破するというプランを立てた。そこで2003年にイランを先制攻撃してフセイン政権を倒し、シリアへジハード傭兵に侵略させ、イランに揺さぶっている。

 しかし、シリアへの侵略に手間取っているうちにロシアが軍事介入、中東情勢が大きく変化しはじめた。2016年のアメリカ大統領選挙でネオコンが担ぐヒラリー・クリントンがリクードに近いドナルド・トランプに敗れたことも大きな影響を及ぼした。

 中東の混乱が続く中、サウジアラビアは経済が危機的な状況に陥り、2019年9月には同国のサルマン国王が最も信頼していた警護責任者、アブドル・アジズ・アル・ファガム少将が射殺された。ジェッダにある友人の家で個人的な諍いから殺されたとされているのだが、宮殿で殺されたとする情報がある。

 サウジアラビアを苦境に陥らせる原因を作り出したのはムハンマド・ビン・サルマン皇太子。その皇太子に関する情報を国王へ伝えていたのはアル・ファガムだけだったと言われている。

 皇太子の国王に対する影響力が低下したこともあり、2019年10月頃からサウジアラビアはイランに接近する。イラン側のメッセンジャーを務めていたガーセム・ソレイマーニーはイスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われているコッズ軍の指揮官だったが、今年1月3日、PMU(人民動員軍)のアブ・マフディ・ムハンディ副司令官と共にアメリカ軍の攻撃で暗殺された。この攻撃はイスラエルも協力していた。イラクのアディル・アブドゥル-マフディ首相によると、緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書をソレイマーニーは携えていた。

 ソレイマーニーの喪が明けた直後の1月8日、イラン軍はアメリカ軍が駐留しているイラク西部のアイン・アル・アサド空軍基地やエル・ビルを含も2基地に対して約35機のミサイルで攻撃、犠牲者が出ているとも伝えられている。50分後にエルビル空港近くの米軍基地などに対して第2波の攻撃があったという。

 その月の下旬、アフガニスタンではCIAのイラン工作を指揮していたと言われているマイケル・ダンドリアが乗ったE11Aが墜落、ダンドリアは死亡したが、これはソレイマーニー暗殺に対する報復だとも言われている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202011300000/

6. 中川隆[-9496] koaQ7Jey 2020年12月02日 17:28:19 : weMcLq6kNI : Tmg0WFlRdDFXOFk=[11] 報告

2020年12月02日
バイデン親子の犯罪 / ウクライナ疑惑の中身
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68837691.html

腐敗が充満するウクライナ
Joe & Hunter Biden 12313Biden & Porosenko 001

(左 : ジョーとハンター・バイデン親子 / 右 : バイデン副大統領とポロシェンコ大統領)

  日本の主流メディアは一切伝えなかったが、ハンター・バイデン(Hunter Biden)の「破廉恥映像」は衝撃だった。支那人の工作員がこっそり撮ったのか、それとも別の組織が仕組んだのか、撮影の真相は分からないが、あの“おぞましい”変態プレーは何年経っても忘れることができない。(押収されたハードディスクに関する情報では、ハンターが支那人少女を陵辱している動画もあるみたいだ。) ハンターは麻薬を常用しているとの噂もあるが、彼の精神は異常である。何しろ、自分の「エロ動画」が世間に拡散したのに、それをモノともせず、オヤジの「勝利宣言」に付き従い、バイデン一家が登場する晴れ舞台にひょっこり顔を出したのだ。普通の日本人なら、「えぇぇっっっ ! ハンターが出てる! そんな、馬鹿な ! あいつ、恥ずかしくないのか ! スゲー奴だ !」と思うに違いない。おそらく、アメリカには「恥知らず」という言葉が無いんだろう。でも、Showtime社は2011年からTVドラマ「Shameless」を放送していた。もしかすると、民衆党のアメリカ人は観たことがないのかも。

  現在、次期大統領を目指しているジョー・バイデンと息子のハンターには、前々から黒い噂が絶えない。特に、ハンター・バイデンが絡んでいるウクライナ疑惑と巨額な役員報酬は記憶に新しい。かいつまんで言うと、疑惑の発端は、2014年4月に行われたジョー・バイデンのウクライナ訪問に遡る。オバマ政権で副大統領を務めたバイデンが、訪問先のウクライナから戻ってきた数日後(4月22日)、ハンターのビジネス・パートナーであるデヴォン・アーチャー(Devon Archer)が、ウクライナのエネルギー会社である「ブリズマ(Burisma)」の重役となった。さらに六日後、ブリテン政府の役人が「ブリスマ」を経営するミコラ・ズロチェフスキー(Mykola Zlochevsky)の銀行口座にある2300万ドルを押収したという。(Hunter Biden, Burisma and Corruption : The Impact on U.S. Government Policy and Related Concerns, U.S. Senate Committee on Homeland Security and Governmental Affairs / U.S. Senate Committee on Finance Majority Staff Report)

Devon Archer 3Mykola Zlochevsky 2Victor Yanukovych 2Joseph Cofer Black 01


(左 : デヴォン・アーチャー / ミコラ・ズロチェフスキー / ヴィクトール・ヤヌコヴッチ / 右 : ジョセフ・ブラック )

  この「ブリズマ」という会社は石油の掘削や精製、天然ガスの供給を商売とする大企業で、所有者のズロチェフスキーは、ヴィクトール・ヤヌコヴッチ(Victor Yanukovych)政権で環境・資源担当大臣を務めたことがある。しかし、一般的には公的地位を利用して私腹を肥やしたオリガルヒ(Oligarch / 新興財閥)として有名だ。この大臣経験者は自社の財務改革を実行するため、元ポーランド大統領のアレクサンデル・クファシニェフスキー(Aleksaner Kwasnewski)を重役会議に迎えると共に、ジョージ・W・ブッシュ政権でカウンター・テロリズムを担当したCIAのジョセフ・ブラック(Joseph Cofer Black)を同社の重役に迎えていた。

  さらに、2014年5月12日、ハンター・バイデンは「ブリズマ」の重役となり、彼と相棒のアーチャーはズロチェフスキーの会社から数百万ドルの報酬を貰うことになった。副大統領の息子が絡んだ腐敗はこれだけでなく、別の商取引でも紛糾する問題が起きた。2019年、上院の金融委員会で議長になっているチャールズ・グラスリー(Charles Grassley)上院議員は、ミシガン州にある航空産業会社の「ヘニングス社(Hennings Automotive)」と支那の航空部品メーカーである「AVIC(Automotive Systems Holding, Co.)」との商取引を調べるよう上院の調査委員会に求めた。この「AVIC」は「中国航空工業集団(Aviation Industry Corporation of China)」の子会社で、米国のブラックリストに載っていた企業である。

Christopher Heinz 2(左 / クリストファー・ハインツ )
  この「ヘニングス社」は戦闘機の製造に用いられる振動消去技術を持つ部品メーカーなので、合衆国政府としては、こうした軍事技術が北京政府に移転するのは看過できない。支那軍が係わるハイテク産業の商取引や買収合併となれば、国防に関心のある上院議員が神経を尖らせても当然だ。ヘニングス社とAVICとの商取引には、大手投資ファンドの「BHR(Bohai Harvest RST)」が一枚噛んでいた。このBHRは、北京政府と関連のある「Bohai Capital」と「Rosemont Seneca Partners」という企業が合併して出来た会社である。後者の「ローズモント・セネカ・パートナーズ」というのは、ハンター・バイデンが2009年にクリストファー・ハインツ(Christopher Heinz)と一緒に設立した会社である。共同創設者のクリス・ハインツは著名人で、元国務長官ジョン・ケリーの夫人であるテレザ・ハインツが最初の結婚で産んだ連れ子。(奥方のテレザ・ハインツは、死亡したジョン・ハインツ上院議員の未亡人であった。) つまり、ケリーとクリストファーは血の繋がっていない義理の親子ということになる。

  話を「ブリズマ」に戻す。副大統領の息子であるハンター・バイデンが、同社の重役になったのは日本でも知られている。しかし、日本の地上波テレビは、このエネルギー会社を支配するズロチェフスキーとバイデン親子が、どのように繋がっているのかを伝えることはない。

Igor Bakai 111( 左 / イゴール・バカイ )
  ハンターの罪を理解するには、まずウクライナの事情を知ることが必要だ。ウクライナには「Naftgaz(ナフトガス)」という国営のエネルギー供給会社があって、元々は「Ukrgazprom(ウクラガスプロム)」という会社だった。「Naftogaz」はイゴール・バカイ(Igor Bakai)というオリガルヒ(新興財閥の富豪)によって創設され、彼は1998年から2000年まで社長の地位にあった。

  ただし、彼は1996年から2002年まで、ウクライナの国会議員も務めていたから、相当な権力を有していたことになる。「Naftogaz」の経営を退いたバカイは、2003年から国家運営局の議長となり、2004年まで務めていたが、2004年の11月に 有名な「オレンジ革命」が起きると、身の危険を察知したのか、2005年ロシアへと逃げた。そして、彼はロシア国籍を取得したという。

  ウクライナにおけるガス供給には、様々な人物が群がっており、巨額な利益を得ていたそうだ。ボロ儲けの“からくり”は次の通り。

  ウクライナで一番の大手「ナフトガス」は、ロシアから安値のガスを購入していたが、利益を増やすため、一旦パイプラインを外国、つまりお隣のスロヴァキアに迂回させ、「ヨーロッパのガス」という名目で再び自国に戻し、ウクライナ国民に高く販売していたのだ。「こんなの狡い !」と思えるが、「ナフトガス」はスロヴァキアのパイプライン運営会社である「Eustream」と提携していたから、形式的にはEU圏からガスを購入していたことになる。ということで、ウクライナの一般国民は割高のガスを購入していたことになるから、彼らがこの「裁定取引(arbitrage)」に憤慨したのも当然だ。(「裁定取引」とは、売買における価格差を利用して利鞘を稼ぐこと。) 「ナフトガス」の年間収入は、約74億ユーロもあったから、旨い汁を吸った人物がいてもおかしくはない。

Yevhen Bakulin 01( 左 / ヤフェン・バクリン )
  ウクライナのエネルギー業界には、政財界の大物が絡んでおり、大統領から大富豪まで、砂糖に群がる蟻の如く蠢(うごめ)いていた。ウクライナの首相(2006年~2007年)を経て、念願の大統領(2010年〜2014年)にまでなったヴィクトゥール・ヤヌコヴッチは、「いかにも」という腐敗で私腹を肥やし、贅沢三昧の暮らしをしていたそうだ。しかし、「ナフトガス」の運営を巡る疑惑に加え、彼が犯した色々な不正が明るみになると、ウクライナ議会は彼の権能を剥奪し、法廷に引きずり出した。裁判を受けたヤヌコヴッチには、懲役13年の刑が言い渡されたという。また、「ナフトガス」の元CEOで会長にもなったヤフェン・バクリン(Yavhen Bakulin)は、40億ドルもの国家損失をウクライナに与えていたが、自分の懐だけは暖めていたようで、2010年から2014年にかけて、2千500万ドルのお金をスイスの銀行口座に送っていた。彼は2014年、内務省によって拘束されたという。

  ジョー・バイデンが親しかったオリガルヒのヴィクトゥール・ピンチュク(Viktor Pinchuk)も、色々と不正蓄財に励んでいたようで、ソ連が崩壊する前にパイプラインを製造する「Interpipe Group」という会社を創設し、いち早くエネルギー業界で儲けていた。また、彼は「EastOne」という投資顧問会社を設立した。でも、このユダヤ人が大富豪になったのは、自らの実力だけじゃない。彼は「オレナ(Olena)」という女性と結婚したが、このピンチュク夫人はレオニード・クチュマ(Leonid Kuchma)の娘だ。皆様ご存じの通り、クチュマはウクライナの首相(1992年〜1993年)から大統領(1994年~2005年)になった人物。ピンチュクは相棒であるリナク・アフメトフ(Rinat Akhmetov)と組んで、民営化された鉄鋼会社の「Kryvorizhstal」を買収しようとしたが、この企業を8億ドルという低価格で入手できたのは、義父の手助けがあったからだ。

Victor Pinchuk 003Leonard Kuchma 01Rinat Akhmetov 03


(左 : ヴィクトゥール・ピンチュク / 中央 : レオニード・クチュマ / 右 : リナク・アフメトフ)

Ihor Kolomoyskyi 01(左 / イホール・コロモイスキー)
  ユダヤ人は同族で結託するのか、ピンチュクは東歐におけるジョージ・ソロスの盟友で、2016年にヒラリー・クリントンが大統領選挙に出馬すると、ピンチュクは2千900万ドルを流していた。新興財閥となったピンチュクは、同じユダヤ人オリガルヒのイホール・コロモイスキー(Ihor Kolomoyski)が創設した「VS Energy International Ukraine」の株主となり、テレビ局やタブロイド紙を買収し、それらのオーナーになっていた。ユダヤ人って、財力を蓄えると、必ずテレビ局や新聞社、雑誌といった宣伝機関を支配しようとする。たぶん、民衆の精神を支配する者が政治を支配し、国家の主人になれると理解しているからだろう。

  ピンチュクは単なるビジネスマンではなく、ウクライナの国会議員(1998年~2006年)にもなっていた。しかし、彼は議員を辞めると、自らの財団である「Victor Pinchuk Foundation」を設立する。更なる人脈を広げるためなのか、ピンチュクはクリントン夫妻の「Clinton Global Initiative」、トニー・ブレア元首相の「Tony Blair Faith Foundation」、有名な米国のシンクタンク「Brookings Institution」、イスラエルの「Facing Tomorrow」などと提携し、慈善活動にも勤しんでいた。これに加え、自らの美術振興組織たる「ピンチュク・アート・センター(PinchukArtCenter)」を創設し、ユダヤ人仲間にもゴマすりを忘れなかった。彼はウクライナ出身のユダヤ人、スティーヴン・スピルバーグ監督に資金を流し、ウクライナにおけるユダヤ人迫害の宣伝に努めていた。

Viktor Pinchuk & Bill ClintonVictor Yanukovych & Joe Biden 1

(左 : ピンチュク夫妻とビル・クリントン / 右 : ヴィクトゥール・ヤヌコヴッチ )

  ユダヤ人というのは他人の不幸や国家の混乱期にチャンスを見出し、乾坤一擲の賭けを以て「のし上がろう」とする。(ユダヤ人オルガルヒについては、以前当ブログで詳しく述べた。) コロモイスキーは金融業界や石油業界でも有名だが、彼は政商というより元政治家で、ドニプロペトロウシク州(Dnipropetrovsk Oblast)の元知事という経歴を持つ。しかも、ウクライナ国籍の他に、イスラエルとキプロスの国籍まで有しているんだから、何とも図々しい。彼はまたユダヤ人コミュニティーの中でも大御所で、「United Jewish Community of Ukraine 」の会長や「European Council of Jewish Communities」の会長も務めていた。そのうえ、「PrivatBank」という大手銀行の共同創設者でもある。もう凄いよねぇ〜。

  ウクライナの政治腐敗というのは想像以上で、ウクライナは「ヘドロにまみれたもう一つのロシア」といった感じだ。バイデン副大統領とジョン・ケリー国務長官が、ウクライナで怪しげな事業に関与していても不思議じゃない。当時、ウクライナでは検事総長のヴィクトゥール・ショキン(Viktor Shokin)が、「ブリズマ」を含む大企業の不正疑惑を調べていた。ところが、2016年2月11日、バイデンはペトロ・ポロシェンコ(Petro Poroshenko)大統領と面会した時、元首相のアーセニー・ヤツェニュク(Arseniy Yatsenyuk)に免責を与えてくれないか、と頼んだそうだ。

Petro Poroshenko 001Arseniy Yatsenyuk 003Viktor Shokin 2


(左 : ペトロ・ポロシェンコ / 中央 : アーセニー・ヤツェニュク / 右 : ヴィクトゥール・ショキン )

たぶん、このユダヤ人元首相(2014年〜2016年)も、バイデンと癒着する悪党の一味なんだろう。さらに、同年2月18日、バイデンはポロシェンコに検事総長のショキンを解任するよう頼んだらしい。瀆職議員として有名なバイデンは、「気配り」や「思いやり」にも長けていて、こうした「頼み事」の“お礼”として、10億ドルもの借款を与えたそうだ。おそらく、ウクライナで不正をはたらいたバイデンは、民衆党系のFBIと裏で繋がり、トランプ大統領を蹴落とすための「ロシア疑惑」をでっち上げたのかも知れない。

  日本のマスコミは未だに「バイデンが次期大統領になる !」、という考えで報道を繰り返しているが、アメリカの政界は信じられない方向へ進んでいる。筆者が耳にした話はまだ未確認の情報なので、今の時点では紹介することはできない。ただ、CIAのジーナ・ハスペル長官は、今どこで何をしているのか? フランクフルトでCIAの傭兵と陸軍の特殊部隊が衝突し、5名の死亡者を出したものの、米軍はサーバーの押収に成功したという。でも、拘束したCIA関係者は一体どのような人々なのか? もしかすると、拘束された叛逆者はグァンタナモの収容施設に送られたのかも知れないぞ。トランプ陣営が確保したデータを調べ、どのような情報を手に入れたのか、今のところ判らない。でも、相当重要な証拠になる可能性もある。他にも色々な情報が流れているが、まだ確認が取れていないので、現段階では偽情報と思っている。信じられないけど、米国内では水面下の戦いが繰り広げられているそうだ。

http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68837691.html

7. 中川隆[-9494] koaQ7Jey 2020年12月03日 09:14:48 : L2PutvMSaI : N3JQZ2Y1NmVsVkE=[3] 報告

2020.12.03
米国の支配者は民主主義を決して認めない
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012030000/

 アフガニスタンで活動していたオーストラリアの特殊部隊SAS(特殊空挺部隊連隊)の隊員25名以上が現地の市民39名を殺害、その事実が発覚し、同国の国防総省では監察長官による調査が進められてきた。その結果を11月10日に発表したのだが、それによると殺された人びとは頭部を撃たれたり、目隠しされた上で喉を切られていた。14歳の少年ふたりも喉を切られていたという。

 この少年殺害を再現した画像を中国外交部で報道官を務める​趙立堅は11月30日にツイッターへ投稿​したところ、オーストラリアのスコット・モリソン首相やニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は報告書に基づく再現画像を使ったとして中国政府をすぐに批判したが、アメリカの国務省も批判の合唱に加わった。今回、趙立堅が載せた画像はデジタル的に描いたものだろうが、本物の映像だったならば、さらに強く反発したかもしれない。

 アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドにカナダとイギリスを加えた5カ国はアングロ・サクソン系。これらを強く結びつけているのが情報機関のネットワークで、「ファイブ・アイズ」と呼ばれている。このネットワークと協力関係を結びたいと8月12日に語ったのが河野太郎防衛大臣だ。今回、中国の批判に反発している3カ国は仲間ということ。

 アメリカの情報機関CIAには秘密工作を担当する部門がある。有り体に言うならば、テロ部門だ。その部門はアメリカ軍の特殊部隊と組み、世界各地で要人暗殺、アメリカの巨大資本に刃向かう人びとの虐殺、社会基盤の破壊、アメリカの支配層に従わない民主的な政権が誕生したならクーデターといった具合だ。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されると、それを口実にして中東から北アフリカにかけての地域に対する侵略戦争を本格化させたが、イラクも破壊されてきた国のひとつ。その​イラクのバグダッドでアメリカ軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが2007年7月に非武装の市民を銃撃、十数名が殺されている​。その中にはロイターの特派員2名が含まれていた。この出来事は秘密にされたが、2010年4月にウィキリークスが明るみに出している。映像を見れば勘違いで銃撃したのでないことは明かだ。

 ウィキリークスへこの情報を渡したのはアメリカ軍のブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵。アメリカ軍の犯罪行為を内部告発したマニングは2010年5月に逮捕され、軍事法廷で懲役35年を言い渡された。

 後に刑期は短縮されて2017年5月に釈放されたものの、釈放後、アッサンジへの弾圧を正当化する証言をしろというアメリカ当局から要求を拒否。そこでマニングは2019年3月から20年3月まで収監されている。

 アメリカの支配者は自分たちの正体を明るみに出したウィキリークスへ懲罰を与え、新たな内部告発者の出現を防ぐためにウィキリークスの象徴的な存在であるジュリアン・アッサンジを冤罪で逮捕しようとするが、エクアドルが彼の亡命を認める。アッサンジはロンドンのエクアドル大使館で保護されるが、そこから外へ出られなくなる。

 そして2019年4月11日、イギリスの警察はエクアドル大使館へ乗り込んでアッサンジを逮捕、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所へ収監した。その1カ月前にIMFはエクアドルに対して42億ドルの融資を実施すると発表している。この融資の条件として緊縮財政が強要されたが、それだけでなく、アッサンジをアメリカへ引き渡すことも求められ、レニン・モレノ大統領はその条件を呑んだ。

 刑務所ではアメリカの国防総省、FBI、CIAに所属している人びとから尋問を受けたとされているが、その際にBZ(3-キヌクリジニルベンジラート)という薬物が使用されたという。

 それだけでなく、1日に22時間、あるいは23時間は外部との接触が禁止され、友人や親戚と面会できず、弁護チームも監視下で会うことが要求され、食べ物の差し入れや基本的な医療行為も拒否されたと伝えられている。

 ウィキリークスが2012年2月に公表した民間情報会社​ストラトフォーの電子メール​によると、アメリカ当局はアッサンジを2011年初め、秘密裏に起訴したという。その後、この情報は公的な文書で確認された。​ケレン・ドワイアー検事補が裁判官へ書いた文書​の中で、アッサンジが秘密裏に起訴されていると記載されているのだ。

 現在、イギリスではアッサンジをアメリカへ引き渡すための手続きが続いている。担当している裁判長は軍産複合体と緊密な関係にあるエマ・アーマスノット。アサンジをアメリカが起訴した理由について、内部告発しようとしている人や発行者を脅すことにあったと​レオン・パネッタはドイツのARDが制作した番組の中で語った​が、その通りだろう。アメリカをはじめとするアングロ・サクソン系国の支配者は民主主義を認めない。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012030000/

8. 中川隆[-9351] koaQ7Jey 2020年12月12日 07:04:09 : eIoE9QZswE : VkQxbW1yT1RGa0U=[3] 報告

2020.12.12
トランプ大統領の発言に反し、米軍はイランに対する軍事的な挑発を続けている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012110000/


 ​アメリカ軍は12月10日に2機のB-52爆撃機をペルシャ湾の上空を飛行させ、イランを挑発​したと伝えられている。その際、サウジアラビア、バーレーン、カタールからの航空機が合流したという。ドナルド・トランプ政権がアフガニスタンからアメリカ軍の一部を撤退させると発表した数日後の​11月21日、そのアメリカ軍はB-52を中東へ派遣​していた。

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、1991年に国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた(​3月​、​10月​)が、ネオコンは1980年代からこの3カ国の殲滅を考えていた。

 まずイラクのサダム・フセイン政権を倒してイスラエルの影響下にある体制を樹立、シリアとイランを分断した上で両国を破壊するという手順を考えていた。フセインはCIAの手先としてイラクで台頭、独裁的な力を得ていたのだが、ネオコンは好ましい人物でないと考えたわけである。1996年にイスラエルの首相に就任したベンヤミン・ネタニヤフに対し、ネオコンはこの戦略を売り込む。


 ネオコンはフセイン体制を倒し、フセイン自身を殺害することに成功したが、親イスラエル体制を樹立することはできず、親イラン派の政権が誕生した。2006年5月から14年9月まで首相を務めたノウリ・アル・マリキもそうしたひとりで、彼はダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の創設でバラク・オバマが重要な役割を果たしたとイラクの地方局で2019年2月24日に語っている。

 オバマ大統領は2010年8月にPSD−11を出し、ムスリム同胞団を手先に使って中東から北アフリカにかけての地域を制圧しようと計画した。これにはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)も参加して「アラブの春」が始まる。

 2011年春にはムスリム同胞団やサラフィ主義者を利用してリビアやシリアに対する侵略戦争をアメリカなどは開始、10月にはリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は崩壊、カダフィは惨殺された。

 そしてオバマ政権は戦力をシリアへ集中させるが、こうしたオバマ政権の戦術は危険だと警告したのがアメリカ軍の情報機関DIA。その時のDIA局長がマイケル・フリン中将である。

 オバマはシリアでアメリカが支援している相手は「穏健派」だと宣伝していたが、​DIAが提出した報告書​には、シリアで政府軍と戦っている武装勢力の中心がサラフィ主義者やムスリム同胞団だと正しく指摘されていた。つまり「穏健派」ではない。アル・カイダ系とされるアル・ヌスラ(AQIと実態は同じだと指摘されていた)の存在も記述されていたが、アル・ヌスラの主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だ。こうした実態は常識だったと言えるだろう。

 マリキによると、2013年に反シリア政府軍の部隊がシリアとイラクの国境沿いに集結していることを示す航空写真などの情報をアメリカ側は示していたという。当然のことながら、アメリカの軍や情報機関は武装集団の動きを監視していたわけだ。

 マリキ政権はアメリカ政府に対して航空機の提供などを要請するが、反応は鈍かった。そこで2013年6月にロシアへ支援を要請して受け入れられる。数日のうちに5機のSu-25近接航空支援機がイラクへ運び込まれたという。

 2014年、DIAの警告が現実になる。サラフィ主義者が軍事行動を起こしたのだ。その武装集団がダーイッシュ。その年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧された。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねてパレード、その様子は撮影され、世界に配信された。

 ジハード傭兵の動きをアメリカの情報機関や軍は衛星や航空機による偵察、通信傍受、古典的な人間による情報収集などでダーイッシュの動きを把握していたはずで、ダーイッシュのパレードは絶好の攻撃目標。ところがアメリカ軍は動かなかった。ジハード傭兵の危険性を警告していたフリンはその年に退役へ追い込まれている。その間、2014年3月にマリキ首相はサウジアラビアやカタールが反政府勢力へ資金を提供していると批判していた。

 2014年4月に行われた議会選挙ではそのマリキを党首とする法治国家連合が勝利した。通常ならマリキが首相を続けたはずだったが、フアード・マアスーム大統領はハイダル・アル・アバディを指名。アメリカ政府の意向だと言われている。アメリカ政府はイギリスのマンチェスター大学で博士号を取得したアバディをコントロールできる人物だと見ていたのだろうが、その政権もアメリカの完全な傀儡にはならなかった。

 建国の前から「ユダヤ人の国」に賛成していたサウジアラビアの支配者はともかく、イスラム世界をアメリカが完全に屈服させることは難しい状況。中東全域を「石器時代」にしようとすることになるのだろう。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202012110000/

9. 中川隆[-8489] koaQ7Jey 2021年1月07日 15:34:52 : ZAmZh6mKuA : OElLMUprbS85UXc=[27] 報告
2021.01.07
バイデン政権の国務次官はネオコンでウクライナのクーデターを指揮したヌランド
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202101070001/


 ジョー・バイデンが大統領に就任した場合、​ビクトリア・ヌランドが国務次官​になるとする情報が流れている。ネオコンの好戦派で、ウクライナのクーデターを現場で指揮していた人物だ。

 バイデンの移行チームには戦争ビジネスやネオコンと関係の深いCSIS(戦略国際問題研究所)やCNAS(新しいアメリカの安全保障センター)といったシンクタンクが深く関与、国務長官にはCSISのシニア・フェローだったアントニー・ブリンケン、国防長官にはレイセオン重役で元米中央軍司令官のロイド・オースチンが就任しているのは象徴的。そこに好戦派のヌランドが加わっても不思議ではない。

 ヌランドは2013年から14年にかけてウクライナでバラク・オバマ政権が実行したクーデターを現場で指揮していた。当時は国務次官補だ。ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を使ったこのクーデターをホワイトハウスで指揮していたのが副大統領を務めていたバイデンである。

 クーデターの目的はウクライナの東部や南部を支持基盤とするビクトル・ヤヌコビッチを大統領の座から引きずり下ろし、米英金融資本の傀儡を後釜に据えることにあった。

 ウクライナをアメリカの属国にする目的のひとつはロシアの隣国を支配することで軍事的に圧力を加えることだが、ロシアとEUとの分断も大きな目的だっただろう。ロシアとEUを結びつけるパイプラインの多くがウクライナを通過していたのだ。そのパイプラインをアメリカが支配できれば、ロシアはEUというマーケットを奪われて経済にダメージを受け、EUはロシアというエネルギー資源の供給地をなくし、アメリカに頼らざるを得なくなる。

 クーデターは2013年11月にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で始まるが、当初は人を集めるため、カーニバル的な集会が演出されていた。12月に反政府集会への参加者は50万人に達したという。

 この混乱をEUは話し合いで解決しようとするが、それを知ったヌランドは怒り、ウクライナ駐在のアメリカ大使だったジェオフリー・パイアットに電話で「EUなんかくそくらえ」と口にしている。その会話の音声は2014年2月4日にインターネットで流された。

 その会話でヌランドは次の政権についても話している。彼女が強く推していた人物がアルセニー・ヤツェニュク。実際、クーデター後、首相に就任した。

 キエフでは2月18日頃からネオ・ナチのグループが活動を活発化させ、棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めた。この年の2月7日から23日にかけてロシアのソチでは冬期オリンピックが開催されていたことからロシア政府は対応しにくい状況。それもネオコンは計算に入れていたのだろう。

 ネオ・ナチのグループは2004年以降、バルト3国にあるNATOの訓練施設で軍事訓練を受けたと言われ、またポーランド外務省は2013年9月にクーデター派の86人を大学の交換学生を装って招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたり、暴動の訓練を受けたとも伝えられている。

 抗議活動の中心だったユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われた。西側ではこの狙撃はヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日、EUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったイギリス人のキャサリン・アシュトンへ電話で次のように報告している:

 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(クーデター派)が調査したがらないほど本当に当惑させるものだ。​スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだ​というきわめて強く理解している。」

 この報告を裏づける証言が2017年11月に出てきた。イタリアで放送されたドキュメント番組の中で、3人のジョージア人が狙撃したのは自分たちだと語っているのだ。

 この3人は治安部隊のメンバーとしてジョージアから送り込まれたのだが、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。(​その1​や​その2​)この3人も狙撃の指揮者はクーデター派の幹部だったアンドレイ・パルビーだと語っている。

 ヌランドは2015年3月、ギリシャを訪れてアレクシス・チプラス首相と会談している。ギリシャは第2次世界大戦やアメリカを黒幕とする軍事クーデターで破壊された国で、立ち直れないでいたが、息の根を止めたのは通貨発行権の放棄。2001年にギリシャはEU通貨をドラクマからユーロへ変更したのだ。2004年のオリンピックも財政を悪化させた。

 本来、通貨の変更は財政上の問題からできないはずだった。それができたのは、ゴールドマン・サックスが財政状況の悪さを隠す手法をギリシャ政府に教えたからである。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使い、国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。

 ギリシャで甘い汁を吸った金融資本の手先とも言える。ECB(欧州中央銀行)やIMFは欧州委員会と「トロイカ」を編成、このトロイカは緊縮を要求する。

 こうした事実を知ったギリシャ国民は怒り、2015年1月に行われた総選挙で反緊縮を公約に掲げたシリザ(急進左翼進歩連合)に勝たせ、7月の国民投票では61%以上がトロイカの要求を拒否した。トロイカの要求に従うと年金や賃金がさらに減額され、社会保障の水準も低下し続け、失業者を増やして問題を深刻化させると考えたからだ。選挙で勝ったシリザはアレクシス・チプラス政権を成立させる。

 そこへ乗り込んできたヌランドはチプラス首相に対し、NATOの結束を乱したり、ドイツやトロイカに対して債務不履行を宣言するなと警告し、さらにクーデターや暗殺を示唆したとも言われている。イギリスのサンデー・タイムズ紙は7月5日、軍も加わったネメシス(復讐の女神)という暗号名の秘密作戦が用意されていると伝えていた。

 ヒラリー・クリントンと親しいヌランドの手も血まみれである。そのヌランドが国務次官に就任すれば、バイデン政権はさらに戦争色が強まると言えるだろう。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202101070001/

10. 中川隆[-8268] koaQ7Jey 2021年1月15日 09:18:13 : 4KxyW7JbrY : NkpSMXBPdG5Hdm8=[4] 報告

2021.01.15
CIAの工作資金を流しているUSAIDの長官に好戦派のサマンサ・パワー
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202101150000/


 ジョー・バイデン政権のCIA長官としてウィリアム・バーンズを指名した。バラク・オバマ政権の国務長官は2013年2月にヒラリー・クリントンからジョン・ケリーに交代、新長官は国務副長官を務めていたウィリアム・バーンズと副大統領補佐官だったジェイク・サリバンらをイラン政府の代表と会談させ、ここからアメリカとイランの交渉は始まったと言われている。バーンズはアメリカとイランの交渉を象徴する人物だと言えるだろう。

 ドナルド・トランプ政権はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権の意向を受けてイランに対して厳しい姿勢で臨んできたが、そうした姿勢の変更があるかもしれない。

 しかし、オバマ、ヒラリー、バイデンらの背後にいるシオニストの一派、ネオコンは1980年代からイラクに続き、シリアとイランを壊滅させるとしてきた。バイデン政権がイランと友好的な関係を築くということは考えられない。イランは後回しにするということだろう。

 その直後、​1月13日にサマンサ・パワーがUSAID(米国国際開発庁)の長官に指名された​。この機関は非軍事の海外援助を行うとされているが、CIAの活動資金を流すことが重要な役割になっていることは広く知られている。

 USAIDのほか、CIAの資金はNED(民主主義のための国家基金)からNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センター、そして手先の団体や人物へ流れていく。

 パワーはスーザン・ライスと同じように「人道」を口実にした侵略戦争を推進してきた。このふたりやヒラリー・クリントンはオバマ大統領に対し、リビア攻撃を強く迫ったことが知られている。

 オバマ大統領は中東や北アフリカへの侵略を正規軍ではなくムスリム同胞団やワッハーブ派を主力とする武装勢力を使って行うことを2010年8月に決め、PSD-11を出している。これを決めたチームの中にパワーも含まれている。「アラブの春」はこの計画に基づいて始まり、2011年春にはリビアとシリアで侵略戦争が本格化した。

 本ブログでも繰り返し書いてきたように、リビアやシリアで民主化勢力が暴力的に弾圧されていたとする話は嘘で、実際はアフリカを欧米から自立させようとしたことや石油資源が侵略の目的だった。現在、リビアは暴力が支配する破壊と殺戮の破綻国になっている。

 シリアでの戦争について、メルキト・ギリシャ典礼カトリック教会の聖職者は2012年6月の段階で「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアの平和は守られる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実からほど遠い。​」と指摘、シリア政府軍が戦っている相手が外国からやってきた戦闘員だということも報告していた。

 リビアでは、地上で戦うアル・カイダ系武装集団と空爆を行うNATO軍の連携が機能し、2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィは惨殺された。そして戦闘員や兵器/武器はリビアからシリアへ運ばれた。2012年からアメリカをはじめとする侵略国はシリアへの攻勢を強めるが、その際にシリア政府を悪魔化して描くプロパガンダも激しくなっていた。そのことをメルキト・ギリシャ典礼カトリック教会の聖職者は報告しているのだ。

 2012年5月にロシアの大統領がドミトリー・メドベージェフからウラジミル・プーチンへ交代したこともあり、NATO軍がシリアを攻撃することができない。そこで化学兵器話を西側の有力メディアは広め、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)を売り出し、その凶暴さを宣伝して軍事介入を正当化しようとした。そうした中、2013年7月にスーザン・ライスは国家安全保障補佐官に就任、サマンサ・パワーは国連大使になった。ライスの師にあたるマデリーン・オルブライトはズビグネフ・ブレジンスキーの教え子で、オバマの兄弟弟子にあたると言える。オルブライトの好戦性は本ブログでも繰り返し書いてきた。

 好戦的だという点はバイデンも同じで、自分の政権にもシリコンバレーの巨大企業や金融資本のほか、戦争ビジネスやネオコンと関係の深いCSIS(戦略国際問題研究所)やCNAS(新しいアメリカの安全保障センター)といったシンクタンクが次期政権の陣容や政策の決定に深く関与している。

 国防長官にはレイセオン重役で元米中央軍司令官のロイド・オースチンを就任させようとしている。情報長官に指名されたアブリル・ヘインズはバラク・オバマ政権でCIA副長官や国家安全保障副補佐官を務めた人物。​国務長官にはCSISのシニア・フェローだったアントニー・ブリンケンが決まり、ウェンディー・シャーマンが同省の副長官、ビクトリア・ヌランドが次官になる予定だ​。

 すでに本ブログでも書いたが、シャーマンが上級顧問を務めるオルブライト・ストーンブリッジ・グループはマデリーン・オルブライトが率いるビジネス戦略を提供する会社で、ヌランドも籍を置いていた。

 ヌランドは2013年から14年にかけてウクライナでバラク・オバマ政権が実行したクーデターを現場で指揮していた。当時は国務次官補だ。ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を使ったこのクーデターをホワイトハウスで指揮していたのが副大統領を務めていたバイデンである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202101150000/
11. 中川隆[-7318] koaQ7Jey 2021年2月16日 18:21:24 : 2Rqleo9YRc : OFhWL1kxNk5ZblU=[6] 報告
2021.02.16
バイデンの大統領就任でオバマ政権の中東侵略作戦が復活する可能性(1/2)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102160000/


 アメリカにジョー・バイデン政権が登場して以来、世界的に軍事的な緊張が高まっているが、中でもシリアでの動きは目につく。​アメリカ軍が北東部にあるハサカで新たな軍事基地を建設している​と報道されているが、そこには戦闘員や物資を輸送するために滑走路も作られ、油田地帯に近いデリゾールでもアメリカ軍は新しい航空施設を建設しているという。

 イスラエル軍によるダマスカス周辺に対する攻撃も激しくなり、シリア政府が反発しているだけでなく、イラン側もイスラエルが一線をこれれば「後悔させる」と語っている。また​ロシア軍は地中海に近いラタキアにあるロシア軍のフメイミム空軍基地の滑走路を拡張して戦略爆撃機が離着陸できるようにした​という。

 バイデンが副大統領を務めていたバラク・オバマ政権は2010年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵を使った侵略戦争を中東から北アフリカにかけての地域で始めた。2011年の2月にはリビア、3月にはシリアも戦場になる。侵略を正当化するため、オバマ政権は「独裁者」による「民主化運動」の弾圧を演出した。

 しかし、西側で主張された「流血の弾圧」を否定する情報は早い段階から流れていた。例えば、シリア駐在のフランス大使だったエリック・シュバリエによると、実際は限られた抗議活動があっただけで、すぐに平穏な状況になっていたという。

 その調査結果をシュバリエはパリへ報告したが、アラン・ジュペ外相はそれを無視しただけでなく、シリアのフランス大使館に電話して「流血の弾圧」があったと報告するように命じたという。

 その後も西側の政府や有力メディアはシリア政府による「民主化運動の弾圧」を盛んに宣伝、その情報源としてダニー・デイエムなる人物やロンドンを拠点とする「SOHR(シリア人権監視所)」を使っている。

 デイエムはシリア系イギリス人で、シリア政府による「流血の弾圧」を主張し、外国勢力の介入を求めていた。ところが2012年3月、「シリア軍の攻撃」を演出する様子を移した部分を含む映像がインターネット上へ流出してしまい、その実態が知られてしまった。シリコンバレーの巨大企業が検閲してもその事実を消し去ることはできない。

 SOHRは2006年にラミ・アブドゥラーマン(本名オッサマ・スレイマン)なる人物がイギリスで設立したのだが、その背後にイギリスの政府機関が存在している。イギリス外務省はSOHRに約19万5000ポンド相当の支援をしていることを認めたとイギリスの​デイリー・メール紙が伝えている​。

 デイエムのインチキが発覚した2012年3月当時、アメリカをはじめとする勢力はシリア侵略に集中しはじめていた。その前年の10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィの体制を倒し、戦闘員や武器/兵器をシリアへ集中させるのだが、リビアの戦闘でNATO軍がアル・カイダ系武装勢力のLIFGと連携していたことが明確になってしまう。

 2001年9月11日以来、アメリカ政府は「アル・カイダ」をテロリズムの象徴的な存在にしていた。アル・カイダ系武装勢力のLIFGがNATO軍と連携していた事実は衝撃的なはずだが、一部の有力メディアが報道しただけで、西側では大して問題にされていない。

 アメリカにとって好都合なことに、「アル・カイダ」のリーダーだとされていたオサマ・ビン・ラディンは2011年5月2日にアメリカの特殊部隊によって殺されたことになっている。その段階で人びとの意識の中から「アル・カイダ」も消えたのかもしれない。

 シリア北部ホムスでは2012年5月に住民が虐殺されるのだが、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと主張した。イギリスのBBCはシリアで殺された子どもの遺体だとする写真を掲載しているが、この写真は2003年3月にイラクで撮影されたの。オーストリアのメディアは写真を改竄し、背景を普通の街中でなく廃墟に変えて掲載していた。こうした西側有力メディアの偽報道をローマ教皇庁の通信社が伝えている。

 ホムスの虐殺を現地調査、報告したフランス人司教は、「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている​」としている。その後、そうした状況はさらにひどくなっている。

 こうした報告は流れたものの、アメリカなど侵略勢力は有力メディアを使ったプロパガンダで圧倒できると考えたようで、オバマ政権はシリアでの戦争を「政府軍と民主派の戦い」だと言い張り、内戦だと主張する。オバマ政権は「穏健派」を支援しているのだとオバマ大統領だと言い張る。

 ところが、この主張は​アメリカ軍の情報機関DIA​が否定している。2012年8月にホワイトハウスへ提出した報告の中で、反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だと指摘、アル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだとしている)の名前も出している。オバマ大統領が言うところの「穏健派」とは、一般的に「過激派」と見なされているグループだとしているのだ。オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告していた。

 この警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になった。その年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧されたのだ。

 モスル制圧の際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられたのだが、こうした戦闘集団の動きをアメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで知っていたはず。そうしたパレードは格好の攻撃目標だが、アメリカ軍は動かなかった。

 2012年7月からDIA局長を務めていたのはマイケル・フリン中将。サラフィ主義者が支配する地域が出現するという警告がダーイッシュの登場で現実になったのだが、その結果、オバマ政権にとって目障りな存在になった。そして2014年8月に退役させられてしまう。(つづく)

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102160000/


2021.02.16
バイデンの大統領就任でオバマ政権の中東侵略作戦が復活する可能性(2/2)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102160001/


 バラク・オバマ政権はNATO軍、あるいはアメリカ主導軍をシリアへ侵攻させる口実として「化学兵器話」を使い始める。2012年8月、オバマ大統領は生物化学兵器の使用がシリアへの直接的な軍事介入の「レッド・ライン」だと宣言、同年12月には国務長官だったヒラリー・クリントンがシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語っている。

 そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述がイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールの中に書かれているとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)

 その後、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話を西側の政府や有力メディアは何度か主張してきたが、いずれも嘘が明らかにされている。それでもアメリカ政府は同じシナリオを繰り返し、有力メディアはそれを垂れ流している。

 そうした化学兵器話の発信源のひとつがSCD(シリア市民防衛/通称白いヘルメット)。2013年3月にジェームズ・ル・ムズリエなる人物がトルコで創設した。設立資金の30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本から得たという。その後、西側のNGOやカタールを経由してアメリカ政府とイギリス政府から資金を受け取ったとされている。

 ル・ムズリエはイギリス軍の元軍人で、2000年に退役、その後オリーブ・グループという傭兵組織の特別プロジェクトの幹部になった。この組織は後にアカデミ(ブラックウォーターとして創設、Xeに改名、現在に至る)に吸収されている。

 2008年に彼はオリーブ・グループを離れてグッド・ハーバー・コンサルティングへ入り、アブダビを拠点として活動し始めるのだが、この段階でもイギリス軍の情報機関と緊密な関係を維持している。

 SCDはアル・カイダ系武装集団の医療部隊として活動してきたが、公開された映像から、そのメンバーは医療行為の訓練を受けていないと指摘する人もいる。

 また、SCDのメンバーがアル・カイダ系武装集団と重複していることを示す動画や写真の存在、アル・カイダ系武装集団が撤退した後の建造物でSCDと隣り合わせで活動していたことを示す証拠などがバネッサ・ビーリーやエバ・バートレットらによって確認されている。

 こうした実態をアメリカ政府も知っているようだ。​SCDのシリアにおける責任者ラエド・サレーをFBIは「テロリスト」だと認識、彼はアメリカへの入国を拒否されている​。

 オバマ大統領は2015年に戦争態勢に入る。政府を好戦的な布陣に作り替えたのだ。2月に国防長官がチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ交代、9月には統合参謀本部議長がマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代している。

 ヘーゲルは戦争に慎重だったが、カーターは2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張した人物。シリアからバシャール・アル・アサド大統領を排除しようとしていたバラク・オバマ大統領とは違い、サラフィ主義者やムスリム同胞団を危険だと考えていたデンプシーはシリア政府と情報を交換していたと言われている。

 統合参謀本部議長が交代になった直後の9月30日にロシアはシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュなど武装勢力の支配地域は急速に縮小していく。アメリカ主導軍と違い、ロシア軍は本当にダーイッシュやアル・カイダ系武装勢力を攻撃したのだ。アメリカの軍や情報機関はダーイッシュなどの主要メンバーを救出、クルドを新たな手先にした。必然的にSCDの出番も減る。そして2019年11月11日、SCDを創設したジェームズ・ル・ムズリエがトルコで死亡した。

 そのSCDがバイデン政権になってから活動を再開させたという情報がある。​ロシア国防省はSCDがシリアのイドリブで新たな挑発工作を目論んでいると警告​した。ハイアット・ターリル・アル・シャムの活動と関係がありようだ。

 軍事的に優位だったにもかかわらず、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話がSCDなどから流されていた2013年8月、ダマスカスの近くのゴータで爆発があった。

 攻撃の直後にロシアのビタリー・チュルキン国連大使は反シリア政府軍が支配しているドーマから2発のミサイルが発射されてゴータに着弾したと国連で説明、その際に関連する文書や衛星写真が示されたと伝えられている。

 その後、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュや国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授を含むジャーナリストや学者によって化学兵器話は否定された。

 それでもオバマ政権は直接的な軍事侵略を実行しようとしていた可能性が高い。西側の有力メディアは9月の初めに攻撃が始まると推測していたが、実際、2013年9月3日に地中海の中央から東へ向かって2発のミサイルが発射された。

 この発射はロシアの早期警戒システムがすぐに探知、公表されるが、ミサイルはいずれも途中で海へ落下してしまう。イスラエル国防省はアメリカと合同で行ったミサイル発射実験だと発表しているが、この説明には疑問がある。事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告せずに発射実験をするとは考えにくいからだ。何らかの手段、例えばジャミングでミサイルのGPSが狂って落下したと推測する人もいる。

 この当時、アメリカ軍はシリアの近くにある基地にB52爆撃機の2航空団を配備したほか、5隻の駆逐艦、1隻の揚陸艦、そして紅海にいる空母ニミッツと3隻の軍艦などを地中海に配備した。これに対抗してロシア政府は「空母キラー」と呼ばれている巡洋艦のモスクワを中心にしてフリゲート艦2隻、電子情報収集艦、揚陸艦5隻、コルベット艦2隻がシリアを守る形で配置されたとされている。

 その翌年にダーイッシュが出現、その残虐性が宣伝された。その残虐な武装集団と戦うという名目でNATO軍、あるいはアメリカ主導軍が軍事侵攻、シリア政府を潰すというシナリオだったのだろう。

 アメリカでオバマ政権の副大統領が大統領に就任、オバマ政権と同じことをする可能性がある。それに対する準備をシリア政府だけでなく、イランもロシアも始めている。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102160001/

12. 中川隆[-7252] koaQ7Jey 2021年2月19日 19:53:18 : ggtj42tZ3E : MkF0VFlkVHpkbEE=[39] 報告

2021.02.19
米軍を中心とする勢力がシリアやイラクで軍事力を増強、緊張が高まっている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102190001/

 アメリカ主導軍がシリアの反政府勢力に対する支援を強化している。2月18日にも60台のトラックを連ね、イラクのクルド支配地域からシリア北東部のハサカ周辺へ軍事物資や装甲車両を運び込む光景を撮影した映像がインターネット上で公開されている。イラク政府はアメリカなどに対して撤兵するように求めてきたが、占領軍は無視している。それどころかNATO軍はイラクにいる部隊の規模を500名から4000名へ増やすのだという。

 イラクのクルドは1960年代後半からイスラエルの情報機関の影響下にある。クルドを率いていたムスタファ・バルザニはイスラエルの情報機関モサドのオフィサーだったと言われ、その息子であるマスード・バルザニも同じだと見られている。アメリカはイラク北部にクルドの国を建設しようと目論んだこともあるが、クルド内部の反バルザニ派がこの計画に反対して挫折してしまった。

 アメリカ軍がイギリス軍などを引き連れてイラクを先制攻撃したのは2003年3月のこと。スンニ派を中心とするサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル派の体制を樹立する予定だったが、イラク国民の多数を占めるシーア派が同じシーア派のイランに親近感を持つことから親イラン派の政権が誕生してしまった。

 こうした状況を打開するため、イギリスの首相だったトニー・ブレアはブッシュ米大統領に対し、非宗教政権を倒してムスリム同胞団と入れ替えるように求めたという。(Thierry Meyssan, “Before Our Very Eyes,” Pregressivepress, 2019)

 ​シーモア・ハーシュが2007年3月にニューヨーカー誌で書いた記事​によると、ブッシュ政権はイスラエルやサウジアラビアと手を組み、シリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラを叩き潰そうと考えた。

 その記事の中で引用されたジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院のバリ・ナスルの説明によると、資金力のあるサウジアラビアは「ムスリム同胞団やサラフィ主義者と深い関係」があり、そうしたイスラム過激派を動員することができる。ただ、その勢力は「最悪のイスラム過激派」であり、彼らが入っている箱を開けたなら、2度と箱の中へ戻すことはできないとも警告していた。

 2009年1月に大統領はバラク・オバマに交代、2010年8月にはムスリム同胞団を使った体制転覆プラン、PSD-11を承認している。ブラア英首相の意向に沿う計画だ。そして「アラブの春」が始まり、リビアやシリアでは2011年春から戦争になる。これを西側では「内戦」と表現しているが、侵略戦争以外の何ものでもない。

 ムスリム同胞団は歴史的にイギリスと関係が深いが、アメリカの国務長官だったヒラリー・クリントンの側近中の側近と言われたヒューマ・アベディンもムスリム同胞団と結びついている。母親のサレハはムスリム同胞団の女性部門を指導している人物だ。

 2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィ自身は惨殺された。その直後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジの裁判所にアル・カイダの旗が掲げられている。(​ココ​や​ココ​)そうしたこともあり、反カダフィ軍の主力だったLIFGはアル・カイダ系であり、NATO軍がそのLIFGと連携していたことが明確になった。

 アメリカ政府が戦闘員や武器/兵器をシリアへ集中させていた2012年5月にロシア大統領がドミトリー・メドベージェフからウラジミル・プーチンへ交代して状況が大きく変化する。リビアのカダフィ体制が倒されようとしている時に手を拱いているばかりだったメドベージェフ大統領とは違い、プーチンはアメリカの前に立ちはだかった。しかもシリア政府軍はリビア軍より強い。

 そこで​オバマ政権は反シリア政府軍への支援を強化するが、そうした行為は危険だと警告する報告書が2012年8月にホワイトハウスへ提出​されている。アメリカ軍の情報機関DIAが出したのだが、その中で反シリア政府軍の主力はオバマ大統領が言うような「穏健派」ではなく、サラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘されている。「過激派」だということだ。

 それだけでなく、オバマ政権の政策はシリア東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告していた。これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形で現実になり、残虐さを演出してアメリカ軍、あるいはNATO軍の介入を誘う。この時期、ダーイッシュの戦力は急拡大しているのだが、その一因はサダム・フセイン時代のイラク軍将兵が合流したからだとも言われている。

 そのダーイッシュやアル・カイダ系武装集団に大きなダメージを与えて支配地域を急速に縮小させたのが2015年9月にシリア政府の要請で介入したロシア軍。シリア政府に無断で軍隊をシリア領へ入れているアメリカ、シリア、フランスなどとは違う。

 この過程でアメリカの軍や情報機関は戦闘集団の幹部を救出、末端の戦闘員が残されることになった。イドリブの戦闘集団はトルコが後ろ盾になっている。ジハード傭兵が敗走する中、アメリカ政府が新たな手先として選んだのがクルドである。

 戦闘車両などが運び込まれている先の​ハサカではアメリカ軍が新たな軍事基地を建設​、戦闘員や物資を輸送するために滑走路も作られ、油田地帯に近いデリゾールでもアメリカ軍によって新しい航空施設を建設されている。シリアに対するイスラエルによる攻撃も激しくなっている。

 そうした攻勢に対抗して​ロシア軍は地中海に近いラタキアにあるロシア軍のフメイミム空軍基地の滑走路を拡張し、戦略爆撃機が離着陸できるようにした​。ジョー・バイデン政権は支配体制を「リセット」するため、軍事的な圧力を世界規模で強めている。中東は特に危険な状態だと言えるだろう。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202102190001/

13. 中川隆[-6602] koaQ7Jey 2021年3月13日 00:38:20 : FFEc7lnW0c : SnRBUllOVGVpeWM=[7] 報告
2021.03.13
バイデン政権はウクライナでも戦争を始める構え
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103120001/

 ウクライナの国内情勢は悪化の一途をたどっている。2019年5月に大統領はペトロ・ポロシェンコからウォロディミル・ゼレンスキーへ交代したが、その流れを変えられないでいる。相変わらずネオコンを後ろ盾とするネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)に支配されている。

 状況が急速に悪化しはじめたのは2014年2月。ネオ・ナチを中心とするクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒してからだ。クーデター派はおそらくヤヌコビッチを拘束、あるいは殺害する予定だったのだろうが、逃げ出すことに成功した。

 このクーデターはいわゆる「オレンジ革命」と深く結びついている。ヤヌコビッチはウクライナの東部と南部を支持基盤とし、ロシアとの関係を重視していた。この政治姿勢はアメリカをはじめとする西側の私的権力の利権にとって好ましくないため、2度にわたって排除されたのである。

 2004年の選挙で勝利、大統領に選ばれたヤヌコビッチを排除し、配下のビクトル・ユシチェンコにすげ替えるため、西側は「不正選挙だ」とする宣伝しはじめる。この工作は成功、ユシチェンコが2005年1月から2010年2月まで大統領を務めることになった。

 この政権は西側の命令に従って新自由主義を導入、一部の腐敗勢力が巨万の富を築く一方で大多数の庶民は貧困化。庶民の支持を失ったユシチェンコは2010年の選挙で敗北、再びヤヌコビッチが選ばれるが、ネオコンはまた政権を転覆させようとする。

 ヤヌコビッチ政権の打倒を目指すクーデターが始まるのは2013年11月。首都キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でカーニバル的な集会が始められ、12月になると集会への参加者は50万人に達したという。

 この混乱をEUは話し合いで解決しようとするが、それを知った国務次官補のビクトリア・ヌランドは怒り、ウクライナ駐在のアメリカ大使だったジェオフリー・パイアットに電話で「EUなんかくそくらえ」と口にしている。その会話の音声は2014年2月4日にインターネットで流された。

 その会話でヌランドは次の政権についても言及している。彼女が強く推していた人物がアルセニー・ヤツェニュク。実際、クーデター後、首相に就任した。

 キエフでは2月18日頃からネオ・ナチが活動を活発化させる。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めたのだ。

 この年の2月7日から23日にかけてロシアのソチでは冬期オリンピックが開催されていたことからロシア政府は対応しにくい状況。それもネオコンは計算に入れていたのだろう。

 ネオ・ナチのグループはオレンジ革命が仕掛けられた2004年からバルト3国にあるNATOの訓練施設で軍事訓練を受けたと言われている。またポーランド外務省は2013年9月にクーデター派の86人を大学の交換学生を装って招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたり、暴動の訓練を受けたとも伝えられている。

 ユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われた。西側ではこの狙撃はヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日、逆のことを報告している。EUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったイギリス人のキャサリン・アシュトンへ電話で次のように報告しているのだ:

 「​全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(クーデター派)が調査したがらないほど本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強く理解している。​」

 この報告を裏づける証言が2017年11月に出てきた。イタリアで放送されたドキュメント番組の中で、3人のジョージア人が狙撃したのは自分たちだと語っているのだ。

 この3人は治安部隊のメンバーとしてジョージアから送り込まれたのだが、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。(​その1​や​その2​)この3人も狙撃の指揮者はクーデター派の幹部だったアンドレイ・パルビーだと語っている。この証言は他の証言と合致する。

 こうしたクーデターを現場で指揮していたのはビクトリア・ヌランドだが、ホワイトハウスにおける総指揮者は副大統領だったジョー・バイデンにほかならない。クーデター後、ジョーの息子であるハンターが汚職事件に関係してくる背景はここにある。

 クーデターでヤヌコビッチが排除された後、ヤツェニュクと同じネオコンの操り人形だったアレクサンドル・トゥルチノフが大統領代行に就任するが、2014年6月からはチョコレート王、あるいはチョコレート・マフィアと呼ばれていたペトロ・ポロシェンコが大統領になる。

 ウィキリークスが公表したアメリカ政府の2006年4月28日付け公電によると、​ポロシェンコはアメリカ政府へ情報を提供してきた人物​。欧米の支配者を黒幕とする「オレンジ革命」で登場した銀行員あがりのビクトル・ユシチェンコと親しかったことでも知られている。

 そうした背景があれば当然だが、ポロシェンコも西側の私的権力に奉仕、国民を貧困化させる。そこで2019年の選挙で国民はゼレンスキーを選んだ。ロシアとの関係を修復し、ウクライナ東部にあるドンバス(ドネツクやルガンスク)の問題を解決するとしていたが、ネオ・ナチからの恫喝もあり、何もできないでいる。

 そうした中、国内の混乱は加速度的に深まり、アメリカのバイデン政権は軍事的な緊張を強めている。NATOの艦隊がウクライナのオデッサへ入った。

 オデッサもクーデターに反発する住民が多かった。その住民を屈服させるため、2014年5月2日にクーデター政権はネオ・ナチのグループを使い、住民を虐殺している。この虐殺には三重国籍の富豪でシオニストのイゴール・コロモイスキーが関与したと言われている。

 虐殺は4月下旬に開かれたクーデター政権の幹部による会議で話し合われたと言われているが、その前、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサに対する工作が話し合われたのだ。

 バラク・オバマ政権の副大統領としてクーデターの中枢にいたバイデンは現在、大統領である。その政権がウクライナの戦争を再び激化させようとしても不思議ではない。キエフ軍が東へ移動しているという情報もある。東アジアや中東と同じようにウクライナも焦臭くなってきた。そうした中に日本人もいるのだとうことを理解する必要がある。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103120001/

14. 中川隆[-6492] koaQ7Jey 2021年3月19日 13:36:13 : XaF5TPsry2 : bG5IWDJHbksveFU=[7] 報告
2021.03.19
自らがクーデターを成功させたウクライナで新たな戦争を画策するバイデン
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103190000/


 ウクライナで軍事的な緊張が高まっている。​キエフ政権は新たな部隊を東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)へ派遣​しているが、それだけでなくトルコ政府がキエフ政府へ軍事的な支援を始めた。トルコは中国の新疆ウイグル自治区でも活発に動き始めている。こうした状況を作り出している最大の原因はアメリカの新政権にあるだろう。

 ジョー・バイデンはアメリカ大統領に就任してからロシアや中国に対する軍事的な挑発を強め、中東でも緊張を高めている。アメリカのネットワーク局ABCニュースの番組では​ウラジミル・プーチン露大統領を「人殺し」と表現することを肯定、何らかの形で「報復」するとしている​。報復の根拠は​アメリカの情報機関による分析​らしいが、2001年9月11日以来、アメリカの情報機関は基本的に政府が望むストーリーを書いている。そうした分析の根拠がないに等しいのだ。

 アメリカやイスラエルは「脅せば屈する」というチンピラ的な発想が支配的だ。バイデンもそう考えているかもしれないが、すでにアメリカは一線を越えてしまった。「ルビコンを渡った」のである。当然、ロシアや中国などの対応は厳しくなる。駐米ロシア大使のアナトリー・アントノフがモスクワへ戻り、アメリカ情勢について説明しているのも、そうした現れだろう。

 現在のキエフ体制は2014年2月、ネオ・ナチを中心とする武装集団によるクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒して成立した。そのクーデターを背後から操っていたのがアメリカのバラク・オバマ政権である。

 クーデターの現場では国務次官補だったビクトリア・ヌランドが動き回っていたが、ワシントンから指揮していたのはジョー・バイデン副大統領だった。クーデターから2カ月を経た4月22日にバイデンはキエフを訪問、クーデター政権の背後にアメリカが存在していることをアピールした。

 このキエフ訪問でバイデンが会談したひとりがペトロ・ポロシェンコだ。​ウィキリークスが公表したアメリカ政府の2006年4月28日付け公電によると、この人物はアメリカ政府へ情報を提供​、「オレンジ革命」と名づけられたクーデターで登場したビクトル・ユシチェンコと親しかったことでも知られている。

 このクーデターの目的は2004年11月に行われた大統領選挙で勝利したヤヌコビッチを排除することにあった。選挙の直後から2005年1月にかけて反ヤヌコビッチ工作は続く。ユシチェンコ陣営はまず選挙の不正を主張し、デモや政府施設への包囲を始めて国内を混乱させて政権奪取に成功したのだ。その背後にはジョージ・W・ブッシュ政権が存在していた。

 ユシチェンコ政権はNATOへの加盟を望み、新自由主義的な政策を導入した。腐敗勢力が巨万の富を得る一方、大多数の国民は貧困化する。そこで2010年の選挙で再びヤヌコビッチが大統領に選ばれ、オバマ政権はヤヌコビッチを排除したわけだ。ウクライナ政策はブッシュ・ジュニア政権もオバマ政権も同じということになる。つまり、アメリカを支配する私的権力の意思だ。

 クーデター後、ジョー・バイデンの息子、​会社と父親を結びつけた​。毎月8万3000ドルを5年にわたって得ている。ブリスマを経営するミコラ・ズロチェフスキーはマネー・ロンダリングや脱税の容疑で捜査対象になっていた。

 捜査を指揮していた当時の検事総長、ビクトル・ショキンによると、数カ月にわたってバイデン副大統領から捜査を止めるように圧力がかかったという。ショキン解任しないと10億ドルの融資を取りやめると脅したとバイデンは語っている。

 またFOXニュースのジョン・ソロモンによると、​2015年終わりから16年初めにかけてバイデンは検事総長を解任するようウクライナ側に圧力をかけていた​と6名ほどのウクライナの高官が語っている。ウクライナの議員、アンドリー・デルカチによると、バイデンはブリスマからロビー会社を介して90万ドルを受け取ったという。

 ブリスマにバイデンが関わった別の理由があるとする説もある。この会社の真のオーナーはズロチェフスキーでなく、イゴール・コロモイスキーだと言われているのだが、このコロモイスキーの闇が深い。ブリスマは単なる天然ガス会社でない可能性がある。

 コロモイスキーはウクライナ、キプロス、そしてイスラエル、3カ国の国籍を持つ人物で、2014年のクーデターで黒幕的な役割を果たしていた。ネオ・ナチを主力とする武装集団のスポンサーとしても知られている。クーデター直後、ウクライナの軍や治安機関から優秀なメンバーはネオ・ナチの配下に入ることを嫌って独立派へ参加、キエフ軍は脆弱だった。そこでアメリカの傭兵会社から戦闘員を派遣させているが、同時にネオ・ナチを「親衛隊」的な武装集団にしている。

 ところで、バイデンは1972年の上院議員選挙で当選している。その当時、彼に助言していたのは富豪のW・アベレル・ハリマン。ジョージ・W・ブッシュの祖父にあたるプレスコット・ブッシュとエール大学の同窓で、ふたりとも学生の結社「スカル・アンド・ボーンズ」のメンバーだった。

 ウォール街の大物だったジョージ・ハーバート・ウォーカーの娘とプレスコットは1921年に結婚、24年にはウォーカーが社長を務めていた投資銀行の「A・ハリマン」の副社長になり、31年には「ブラウン・ブラザース・ハリマン」の共同経営者になる。ブラウン・ブラザース・ハリマンを設立したE・H・ハリマンはW・アベレル・ハリマンの父親だ。

 その当時、このブラウン・ブラザース・ハリマンはディロン・リードと同様、アメリカからドイツへの主要な投資ルートだった。プレスコットはW・アベレル・ハリマンらとドイツ企業との手形交換業務を行う名目で「ユニオン・バンキング」を創設するが、この投資銀行はウォール街がナチスへ資金を流す主要なパイプラインのひとつだったとされている。つまりバイデンは「ナチスの系譜」に属している危険な人物だ。彼の好戦的な姿勢はW・アベレル・ハリマンの助言から始まっているのだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103190000/

15. 2021年5月25日 17:18:32 : GdFTMoi0rM : RGpDLnJkaGloeDY=[18] 報告

『リビア戦争 カダフィ殺害誌』 マクシミリアン・フォーテ 著 山田文・訳
書評・テレビ評2021年5月23日
https://www.chosyu-journal.jp/review/21030

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AA%E3%83%93%E3%82%A2%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%AB%E3%83%80%E3%83%95%E3%82%A3%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E8%AA%8C-%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%86/dp/4909828001


 リビア革命の指導者カダフィが2011年、「アラブの春」による内乱とNATO軍の介入によって殺害された。欧米メディアは「カダフィの独裁体制」が崩壊し、自由と民主主義による新しい国づくりが始まると喧伝した。しかしその後10年を経た今、かつて繁栄を誇り汎アフリカ主義を主導していたリビアは、内戦が続き荒廃し、政治・経済は混迷を極めている。

 当時、大量破壊兵器の開発計画を放棄し欧米と和解していると見られたカダフィを、欧米諸国がなぜ殺害する必要があったのか。著者(カナダ、コンコルディア大学社会・人類学部教授)は、この戦争にかかわった外交官、軍人、政治家、ジャーナリスト、人権活動家らが書き残した膨大な文書から、マスコミが伝えなかった現実を再現している。そして、「人道的介入」を掲げた欧米の軍事介入の実態と目的を、その背景とともに浮かび上がらせている。

 欧米のマスコミはNATO軍の爆撃を「人命救助」「市民保護」のためだとして、それによって市民が保護されジェノサイドが防がれたと大きく宣伝した。しかし、実際にやられたことは、その真逆のことであった。

 そのことは、一度攻撃を受けた死傷者を救助する人々や葬儀の参列者までも再度襲撃する「ダブルタッピング」と呼ばれる作戦がとられたことにはっきり示されている。著者は「もし彼らがこの軍事介入を“人道的”だと考えるのであれば、彼らはもっとひどいこともできるということなのか」と、投げかけている。

 こうした蛮行が反政府派のリビア評議会と結託してやられた。著者はこのことも含めて、それが人権擁護のためではなくカダフィ体制を転覆するためだけにやられたことを明らかにしている。その目的達成を容易にするうえで、マスコミとともにアムネスティ・インターナショナルなど人権擁護団体、左派が果たした役割が大きかった。

 現地の人権NGOを媒介に反政府勢力と結びつき、欧米に対抗的な体制を転覆させ、外資導入に道を開く。これは近年アメリカの覇権拡大の常套手段となっている。本書から、人権擁護団体が「人道主義」「民主主義」を大義名分に事実の誇張やあからさまなウソをばらまき、黒人リビア人への人種差別的な恐怖心を煽ってNATOの軍事介入を擁護し、その残虐行為や民族浄化を正当化するうえで一役買ったことがわかる。

 これらNGOに資金を提供し支援しているのが、全米民主主義基金(NED)など政府資金で運営される組織や、アメリカの二大政党と結びついた全米民主党国際研究所(NDI)や共和党国際研究所(IRI)、さらにアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL・CIO)などの労働組合団体だ。一部NGOと米国務省のあいだの回転ドア、政官民エリート層のひんぱんな人事交流についてもふれている。

 NATOの軍事介入は民衆反乱の方向をコントロールしようとする試みでもあったという。NDIはリビア国内で反政府関係者、人権派弁護士・学者、改革派活動家に直接つながると同時に、国外でさまざまなプログラムを立ち上げ、リビアの活動家に「新しいメディアテクノロジー、政治提言、女性の政治参加」についての研修を受けさせていた。そこでは、アルジェリア、エジプト、モロッコ、チュニジアの活動家と交流させ、たがいに連携・協力できるような手はずも整えていたことも明らかになっている。

 著者は、リビア戦争はオバマ以降のアメリカの戦争の手法であることを、ウィキリークスが公開したアメリカ大使館の外交公電などを通して浮き彫りにしている。オバマはイラクでの失敗から、敵地に上陸占領せずに転覆する作戦をとり、「戦闘にたずさわることのできる年齢の男性はすべて戦闘員」だと再定義することで、無差別の空爆を正当化した。

 著者はそこから、リビア戦争が世界的に衰退するアメリカによる「軍事的人道主義」の台頭を象徴するものだと指摘している。またそのおもな目的が「人命救助」「体制転換」それ自体にあったのではなく、カダフィやマンデラらによるアフリカの自立性を高める動きやその協力体制が築かれるなかで、それを阻みアフリカ大陸における多国籍企業の市場を開くための布石であったと結論づけている。

 アメリカの戦争の旗印である「自由、民主、人権」が単なるプロパガンダではなく、具体的な行動をともなった戦略であることについて、具体的論理的に展開する一冊である。  

 (感覚社発行、B6判・528ページ、4300円+税)

https://www.chosyu-journal.jp/review/21030

16. 2021年12月12日 12:58:14 : 2HgCum6vhM : dEUvbTVqOG9EN0k=[23] 報告
2021.12.10
プーチン:ロシアには自国を守る権利がある
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112100000/


 アメリカとロシアのオンライン首脳会談が12月7日に実施された。ウラジミル・プーチン露大統領はカメラの前にひとりで座っているが、ジョー・バイデン米大統領のそばには4名の側近がいる。これも話題になった。

 話し合ったテーマのひとつはウクライナ情勢。アメリカにはウクライナをNATOへ加盟させ、ロシアの喉元へナイフを突きつけるべきだと主張する人がいる。恫喝は買収と同じようにアメリカの常套手段だ。

 ロシアの体制転覆を目論んできたアメリカはウクライナをNATOに組み込もうとしている。これはロシアにとって受け入れがたいこと。実際、プーチン政権は厳しい姿勢で臨んでいる。

 現在、ロシアの防衛ラインは1941年6月にドイツが「バルバロッサ作戦」を始める直前とほぼ同じ位置にある。この奇襲攻撃にドイツは310万人を投入した。西側には約90万人しか残していない。西側からの攻撃を考慮しない非常識な作戦はアドルフ・ヒトラーの命令で実行されたという。

 実際、西側の国々はドイツ軍と戦わなかった。事実上、戦ったのはレジスタンスだけ。その主力はコミュニストだ。非コミュニストでレジスタンスに参加したシャルル・ド・ゴールは大戦後、アメリカと対立することになり、暗殺の対象になったことは本ブログでも書いた通り。

 1940年9月から41年5月まで、おそらく奇襲攻撃の準備をしている時期にドイツ軍はイギリスを空爆しているが、イギリスへ侵攻する作戦には思えない。これはバルバロッサ作戦の準備を隠すための陽動作戦だったのだろう。

 ソ連が消滅した後、アメリカは自分たちが奉仕する私的権力にとって都合の悪いウクライナの政権をクーデターで2度にわたって倒した。買収や恫喝が通用しない場合、何らかの手段で排除しようとする。アメリカは自分たちへの従属度が足りないビクトル・ヤヌコビッチを2度にわたって大統領の座から引きずり下ろしたのだ。

 最初は2004年から05年にかけて「オレンジ革命」。2004年の大統領選挙で勝利したヤヌコビッチを排除し、西側に支援されたビクトル・ユシチェンコを大統領に据えた。当然のことながら、ユシチェンコは新自由主義を導入、西側の私的権力はウクライナ国民の資産を盗む。その手先のウクライナ人も大儲けし、オリガルヒを生み出した。ユシチェンコやその仲間に対する国民の怒りは高まり、ヤヌコビッチは再び大統領に選ばれる。そこでアメリカはネオ・ナチを使ったクーデターを実行したわけだ。

 アメリカ政府を後ろ盾とするNGO(非政府組織)が2013年11月にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で集会を開いたところからクーデターは始まる。

 当初の演出はEUへの憧れ(つまり幻想)を刺激する「カーニバル」的なもので、12月に入ると50万人が集まったとも言われている。こうした抗議活動をEUは話し合いで解決しようとするが、そうした方針に怒ったのがバラク・オバマ政権だ。

 オバマ大統領がキエフに送り込んだのがネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補。このヌランドがジェオフリー・パイアット米国大使と電話で話している会話が2014年2月上旬にインターネットへアップロードされたのだが、その中でふたりは「次期政権」の閣僚人事について話し合っている。

 ヌランドは暴力的に政権を転覆させる方針で、話し合いでの解決を目指すEUに不満を抱いていた。そして口にしたのが「EUなんかくそくらえ」という発言。単に「口が悪い」という問題ではない。

 それから間もなくネオ・ナチが前面に出てくる。2月18日頃になると彼らは棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始める。広場で無差別の狙撃があったが、これを指揮していたのは西側が支援していたグループの幹部でネオ・ナチのアンドレイ・パルビーだった。

 そして2月22日にヤヌコビッチは排除される。25日に現地入りしたエストニアのウルマス・パエト外相も調査の結果、クーデター派が狙撃したとEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話で報告している。

 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」としている。この報告をアシュトンはもみ消した。

 クーデターの最中、ヤヌコビッチを支持するクリミアの住民がバスでキエフに入っているが、状況が悪化する中、クリミアへ戻ろうとする。そのときにクリミアの住民を乗せたバスが襲撃され、バスが止まると乗客は引きずり出され、棍棒やシャベルで殴られ、ガソリンをかけられて火をつけると脅されている。こうした話が伝えられたクリミアがクーデターに反対し、ロシアに助けを求めるのは必然だった。

 3月16日にはクリミアで住民投票が実施され、95%以上が加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えている。クリミアより動きが遅れたドンバス(ドネツクやルガンスク)では今も戦闘が終結していない。南部のオデッサでは住民がネオ・ナチに虐殺されている。

 クリミアの制圧はアメリカ政府にとって重要な意味があった。そこのセバストポリには黒海艦隊の拠点がある。ロシアはこの拠点を確保するため、1997年にウクライナと条約を結び、基地の使用と2万5000名までのロシア兵駐留が認められていた。

 クーデター当時、この条約に基づいてクリミアには1万6000名のロシア軍が駐留していたのだが、西側の政府や有力メディアはこの部隊をロシア軍が侵略した証拠だと宣伝していた。この偽情報を真に受けた人は少なくない。

 そのウクライナでは現在もネオ・ナチの影響力は大きい。ウクライナの選挙で選ばれた合法政権をクーデターで倒したオバマ政権の副大統領を務めていたジョー・バイデンが大統領になった後、3月10日にNATO加盟国の軍艦がオデッサへ入港、同じ頃にキエフ政府は大規模なウクライナ軍の部隊をウクライナ東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)やクリミアの近くへ移動させている。

 3月14日には少なくとも2機のC-17A輸送機がトルコからウクライナへ空輸、トルコ軍兵士150名もウクライナへ入った。4月10日にゼレンスキーはトルコを訪れてレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と会談、その直後にトルコの情報機関は「ジハード傭兵」を集め始めた。

 4月に入るとアメリカ空軍は1週間の間に少なくとも3度、物資を空輸していると伝えられ、4月5日にはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はカタールを訪問、そのカタールの空軍は5機の輸送機を使い、トルコを経由でウクライナへ物資を運んでいるという。

 4月6日と7日にはNATO軍事委員会委員長のスチュアート・ピーチ英空軍大将がウクライナを訪問、9日にアメリカは「モントルー条約」に従い、トルコ政府へ自国の軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まるとると通告した。

 その前にアメリカの軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まると通告されていたが、ロシアの反発が強いため、米艦船の黒海入りはキャンセルされた。

 その間、​4月28日にはガリツィア出身者で編成されたナチ親衛隊、第14SS武装擲弾兵師団を称える行進があった​。参加者や約250名だったという。参加者が多いとは言えないが、ナチ親衛隊を称える行為が受け入れられているということは無視できないだろう。

 ロシアの国防大臣はアメリカ/NATO軍がロシアとの国境沿いに4万人の部隊を配置していると指摘、それに対抗してロシア軍は2方面軍と3空挺師団を西側の国境近くへ移動させたと説明。またロシアの黒海艦隊に所属する艦船20隻以上が空軍や防空軍と共同で軍事演習を実施している。アメリカ/NATO軍が何らかの軍事的な行動を起こした場合、ロシア軍は迅速に動けることを示したのだろう。

 こうしたロシア側の動きは想定外だったのか、その後、アメリカ政府は「ロシアがウクライナへ軍事侵攻する」と主張し始め、その一方でウクライナの現政権は部隊をドンバスの近くへ移動させて軍事的な圧力を強める。同時にアメリカは黒海へ艦隊を入れて軍事演習を実施してロシアを挑発してきた。そうした中、ウクライナの国防大臣が辞意を表明し、その一方でネオ・ナチ「右派セクター」を率いるドミトロ・ヤロシュが参謀長の顧問に就任したと伝えられている。

 今年12月に入るとアメリカの偵察機が黒海の上空を何度も飛行、民間航空機の飛行ルートを横切るなど脅しを繰り返し、ウクライナ軍はアメリカ製の兵器を誇示してロシアを挑発している。その前にはアントニー・ブリンケン国務長官がロシアを恫喝、ロード・オースチン国防長官はウクライナを訪問していた。

 そしてバイデン大統領とプーチン大統領は12月7日にオンライン会談を実施、プーチン大統領はNATOの東への拡大を止めるように求めた。アメリカやNATOがNATOの拡大を止めることを保証できないなら、ロシアは自らが拡大できないようにするという姿勢をプーチンは示している。バイデンはウクライナのNATO加盟へロシアは口を出すなと主張するばかり。それに対し、ロシアには自国を守る権利があるとプーチンは釘を刺している。もしロシア政府が戦争は不可避と判断したなら、動きは速いだろう。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112100000/

17. 2021年12月26日 09:53:58 : 2FqwPrinA6 : Q0dpUE44cnh0dGM=[2] 報告

2021.12.26
米国が恫喝しても譲歩しない露国政府を非難する西側の有力メディア
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112260000/

 ロシア領内のウクライナに近い地域に7万人から9万人のロシア軍が集結していると​アメリカの有力メディアは騒ぎ、ロシアがウクライナを侵略するとも叫んでいる​。ここにきてクリスマスの時期に攻撃するかもしれないという「警告」もあった。恫喝に失敗したアメリカはその事実を隠そうとしているのかもしれない。

 西側の有力メディアを信奉している人びとは「大変だ」と思うのかもしれないが、問題にされた地域には以前から同じ程度のロシア軍が存在している。ウクライナからモスクワまで500キロメートル程度しかないのだ。

 そもそも、10万人未満の戦力でウクライナへ攻め込むことはできない。例えば、アメリカ主導軍が2003年にイラクを先制攻撃した際に投入された戦力は約31万人。そのうちアメリカ軍が19万2000人、イギリス軍は4万5000人、オーストラリア軍が2000人、ポーランド軍が194人、イスラエルと関係が深いクルドの戦闘員が7万人だ。

 また、ロシアの国防大臣はアメリカ/NATO軍がロシアトの国境沿いに4万人の部隊を配置していると指摘、それに対抗してロシア軍は2方面軍と3空挺師団を西側の国境近くへ移動させたと説明。またロシアの黒海艦隊に所属する艦船20隻以上が空軍や防空軍と共同で軍事演習を実施している。

 ウクライナ情勢が原因でロシアとアメリカの間で軍事的な緊張が高くなっているが、そうした情勢を作り出して原因はバラク・オバマ政権が2014年2月にクーデターを成功させたことにある。その際、アメリカ政府が戦闘員として使ったのがネオ・ナチ。この勢力は今でも力を持っている。

 クーデターの最中、ヤヌコビッチを支持するクリミアの住民がバスでキエフに入っているが、ネオ・ナチによって状況が悪化している様子を目撃し、クリミアへ戻ろうとする。そのときにクリミアの住民を乗せたバスが襲撃され、バスが止まると乗客は引きずり出され、棍棒やシャベルで殴られ、ガソリンをかけられて火をつけると脅されている。

 こうした話は当然、クリミアの人びとへ伝えられ、クーデターに反対する声が高まる。3月16日には住民投票が実施され、95%以上がロシアへの加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えている。住民はアメリカを後ろ盾とするクーデター政権を拒否したわけだが、アメリカは民意を認めていない。そこにはアメリカがどうしても占領したい場所があるからだ。

 クリミアのセバストポリはロシア海軍の黒海艦隊が拠点としている。ロシアとウクライナは1997年に分割協定を結び、ロシア軍は基地の使用と2万5000名までの兵士駐留が認められていた。クーデター当時、この条約に基づいて1万6000名のロシア軍が実際に駐留していたが、西側の政府やメディアはこの部隊をロシア軍が侵略した証拠だと宣伝していた。

 南部だけでなく東部もクーデターに反対する人が多かったが、クリミアより動きが遅れてしまう。南部のオデッサでは住民がネオ・ナチに虐殺され、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)では今も戦闘が終結していない。このドンバスをめぐり、ロシアとアメリカはつばぜり合いを演じている。

 オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデンは今年からアメリカの大統領を務めている。そのバイデン政権が始まって間もない3月10日にNATO加盟国の軍艦がオデッサへ入港、同じ頃にキエフ政府は大規模なウクライナ軍の部隊をウクライナ東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)やクリミアの近くへ移動させてロシアを挑発した。

 3月14日には少なくとも2機のC-17A輸送機がトルコからウクライナへ空輸、トルコ軍兵士150名もウクライナへ入る。4月10日にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はトルコを訪れてレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と会談、その直後にトルコの情報機関は「ジハード傭兵」を集め始めている。

 4月に入るとアメリカ空軍は1週間の間に少なくとも3度、物資を空輸していると伝えられた。4月5日にはウクライナのゼレンスキー大統領はカタールを訪問、そのカタールの空軍は5機の輸送機を使い、トルコを経由でウクライナへ物資を運んでいるという。

 4月6日と7日にはNATO軍事委員会委員長のスチュアート・ピーチ英空軍大将がウクライナを訪問、9日にアメリカは「モントルー条約」に従い、トルコ政府へ自国の軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まるとると通告した。

 その前にアメリカの軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まると通告されていたが、ロシアの反発が強いため、米艦船の黒海入りはキャンセル。

 その間、​4月28日にはガリツィア出身者で編成されたナチ親衛隊、第14SS武装擲弾兵師団を称える行進があった​。参加者や約250名だったという。参加者が多いとは言えないが、ナチ親衛隊を称える行為が受け入れられているということは無視できないだろう。そうした中、ウクライナの国防大臣が辞意を表明し、その一方でネオ・ナチ「右派セクター」を率いるドミトロ・ヤロシュが参謀長の顧問に就任したと伝えられている。

 バイデン政権はロシアを経済的、そして軍事的に恫喝してきた。今年12月に入るとアメリカの偵察機が黒海の上空を何度も飛行、民間航空機の飛行ルートを横切るなど脅しを繰り返し、ウクライナ軍はアメリカ製の兵器を誇示してロシアを挑発している。その前にはアントニー・ブリンケン国務長官がロシアを恫喝、ロード・オースチン国防長官はウクライナを訪問していた。

 一方、ウクライナの現政権は部隊をドンバスの近くへ移動させて軍事的な圧力を強めている。ゼレンスキー大統領は外国の軍隊が領土内に駐留することを議会に認めさせ、キエフ政権側で戦う外国人戦闘員にウクライナの市民権を与えることも議会は認めた。脅しのつもりだろう。

 アメリカやその配下にあるキエフ政権は「脅せば屈する」と今でも考えているようだが、屈する様子は見られない。ウラジミル・プーチン露大統領はNATOが東へ勢力をこれ以上拡大させることを容認できないと発言、この件で情報しないことを明確にしている。何らかの軍事的な敵対行為があれば、それに応じて報復するという姿勢だ。ロシアには自国を守る権利があるとプーチンは釘を刺している。1月に予定されているロシアとアメリカの首脳会談について、ロシア政府はNATOが安全保障上の保証をロシア側へ提出することが先だという姿勢だ。

 しかし、アメリカやイギリスを支配している私的権力が世界制覇の野望を捨てるとは思えない。しかも、彼らには時間稼ぎする余裕もなくなりつつある。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112260000/

18. 2021年12月27日 10:57:24 : pjufWycTCU : emtMZjFLNHkzT1k=[12] 報告
2021.12.27
米国の私的権力がウクライナでネオ・ナチを使う歴史的な背景
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112270000/


 現在、軍事的な緊張が高まっているウクライナにおいて、アメリカをはじめとする西側の私的権力はステパン・バンデラの信奉者を手先として使っている。バンデラは第2次世界大戦の前、OUN(ウクライナ民族主義者機構)の一派を率いていた人物だ。

 OUNはイェブヘーン・コノバーレツィに率いられていたが、1938年に暗殺されてしまう。アンドレイ・メルニクが組織を引き継ぐが、この新指導者は穏健すぎると反発したメンバーは反ポーランド、反ロシアを鮮明にしていたステパン・バンデラの周辺に集まり、1941年3月になるとメルニク派のOUN・Mとバンデラ派のOUN・Bに分裂する。ドイツ軍がバルバロッサ作戦を始める3カ月前のことだ。

 このOUN・Bをイギリスの情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーが雇うが、その一方でドイツが資金を提供、バンデラの側近だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入った。

 バルバロッサ作戦はドイツやイギリスの思惑通りには進まない。レニングラード攻略に失敗、モスクワも制圧できないまま1942年8月にドイツ軍はスターリングラードに突入するが、11月からソ連軍の猛反撃にあい、翌年の1月に降伏する。それから間もない1943年春にOUN・BはUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を始め、その年の11月に「反ボルシェビキ戦線」を設立した。

 世界大戦後、1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)になる。東アジアで1954年にAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)が組織されるが、このAPACLとABNは1966年に合体してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)になった。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986)

 MI6は戦後、反ソ連組織の勢力拡大を図る。ABNは中央ヨーロッパをカトリックで支配しようというインターマリウム構想の勢力と連合、バンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコが指揮する。1948年にアメリカでは極秘のテロ組織OPCが設立され、アルバニア対する工作を最初に行った。この組織とステツコたちは連携するが、ソ連のスパイだったMI6のキム・フィルビーからソ連側へ情報は伝えられていた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 アメリカでは1932年に大統領選挙があり、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが勝利した。そのニューディール派を排除するためにウォール街の金融機関はクーデターを計画した。この事実は本ブログでも繰り返し書いてきたことだ。

 クーデターを実行するにあたり、誰を司令官にするかで意見が割れたという。JPモルガンは自分たちに近いダグラス・マッカーサーを押したが、軍の内部で人望が足りないという意見が多数を占め、名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラーを選んだのである。なお、マッカーサーの結婚相手の母が再婚した人物はJPモルガンの共同経営者だったエドワード・ストーテスベリーだ。

 バトラーはJPモルガンが懸念した通りに護憲派で、クーデター計画の内容を聞き出した上でカウンター・クーデターを宣言、議会で詳しく証言している。フランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」を参考、50万名規模の組織を編成して政府を威圧し、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。その一方、民主党の内部にはニューディール計画に反対する議員が「アメリカ自由連盟」を設立している。

 バトラーはクーデター計画をフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに知らせ、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のために派遣する。フレンチは1934年9月にウォール街のメンバーを取材、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。(ules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse, 2007)

 ウォール街の住人たちはアメリカ国内でクーデターを計画するだけでなく、資金をナチスなどへ提供している。そうした資金パイプのひとつがユニオン・バンキングという金融機関。1924年にプレスコット・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュの父親)とW・アベレル・ハリマンが創設した。ふたりを監督していたのはプレスコットの義理の父親にあたるジョージ・ハーバート・ウォーカーだ。1931年にプレスコットはブラウン・ブラザーズ・ハリマンの共同経営者になる。

 ブラウン・ブラザーズの代理人を務めていたウォール街の弁護士事務所、サリバン・クロムウェルの共同経営者にはジョン・フォスター・ダレスとアレン・ダレスの兄弟も名を連ねていた。プレスコットはダレス兄弟とも知り合いだった。

 戦争が終結すれば、ニューディール派はウォール街とナチスとの関係を追及しただろうが、1945年4月にルーズベルト大統領が急死、戦後にはレッド・パージで反ファシズム派が粛清されてしまった。

 その一方、アメリカの私的権力はナチスの高官や協力者をラテン・アメリカへ逃すラットライン、そうした人々をアメリカ国務省やCIAが雇うブラッドストーン作戦、ドイツの科学者やエンジニアを雇うペーパークリップ作戦などが実行されている。

 アメリカ政府がウクライナでクーデターを実行するためにネオ・ナチを使ったのは必然だった。それだけでなく、私的権力は侵略にさまざまな手先を使っている。例えば、ヨーロッパやラテン・アメリカではネオ・ナチ、中東から東アジアにかけての地域ではサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団といった具合だ。中国の周辺では少数民族も使われる。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202112270000/

19. 中川隆[-13433] koaQ7Jey 2022年3月25日 08:23:24 : wN51kKTSAK : c05GVzJZYnVwZC4=[3] 報告
2022.03.25XML
 歴史は因果の連鎖であり、ひとつの出来事を理解するためにはその鎖をさかのぼる必要がありますが、その作業を続けていくと切りがありません。そこで節目を探し、そこから始めることになるのです。

 現在のウクライナ情勢は2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使って行ったクーデターによって作り出されました。ウクライナ東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)における戦闘もその時から始まっています。

 クーデターの3カ月後、​ヘンリー・キッシンジャー​はワシントン・ポスト紙に投稿した論評でロシアの歴史は9世紀から13世紀まで存在したゆるい連合体「キエフ公国」から始まると指摘、ロシアとウクライナの関係が特殊だと説明します。現在の戦略的の意味にとどまらず、そうした歴史を考える必要があると言うことです。

 2015年になると「次期アメリカ大統領」はヒラリー・クリントンで内定したという噂が流れました。2015年6月にオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合へジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたことも根拠のひとつでした。

 ヒラリーはオバマの政策を引き継ぎ、ウクライナを利用してロシアと対決する道を進んで戦争に近づくと見られていました。そしてキッシンジャーが動きます。2016年2月10日に彼はロシアを訪問してプーチン大統領と会談、米露の関係修復に動きます。そして大統領候補として浮上したのがドナルド・トランプでした。このトランプの勝利で最悪の事態は避けられたと言えるでしょうが、ネオコンの圧力を跳ね返す能力はありませんでした。

 2014年のクーデターは1990年代にネオコンが始めた旧ソ連圏制圧作戦の一環であり、唐突にクーデターが引き起こされたわけではありません。NATOを東へ拡大させ、ユーゴスラビアを先制攻撃して解体したのですが、これは時間をかけた「バルバロッサ作戦」のように見えます。

 1991年12月にソ連が消滅した後、アメリカの有力メディアは旧ソ連圏を破壊するべきだとするプロパガンダを展開しますが、当初、そうした圧力にビル・クリントン政権は抵抗していました。

 しかし、国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ1997年1月に交代すると状況は一変、1998年4月にアメリカ上院はNATO拡大を承認します。そうした動きを懸念したひとりが「封じ込め政策」で有名なジョージ・ケナンでした。​NATOの拡大がロシアを新たな冷戦に向かわせると彼は警告​しています。

 しかし、事態はケナンが懸念した方向へ動いていきます。1999年3月にNATOはユーゴスラビアを先制攻撃、スロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊しただけでなく、中国大使館も爆撃しました。そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、人びとがショックで呆然としている間にアメリカ国内ではファシズム化が進行、国外では侵略戦争が始まります。ネオコンが実権を握りました。その後アメリカが行った侵略戦争は本ブログで繰り返し書いて通りです。そして2014年2月のクーデター。

 キッシンジャーのウクライナ情勢に関する論評が発表された翌月、ウラジミル・プーチン大統領の側近として知られているセルゲイ・グラジエフは、強大な軍事力を持つ勢力がロシアとの戦争を狙っていると指摘しました。まずドンバス、次にクリミアを奪いにくると彼は主張、ビクトリア・ヌランドがオデッサでウクライナのエージェントがロシアと戦争することを望んでいると語ったともしています。ロシアに残された選択は「戦争か不名誉か」だ彼は考えていました。

 こうした背景を理解しなければ、なぜプーチン大統領が2月21日にドンバスの独立を承認、2月24日にロシア軍はウクライナに対する攻撃を始めたのかが理解できないでしょう。ネオコンやその手下である欧米エリートはロシアが「不名誉」を選ぶと考えたのかもしれませんが、そうならないとケナンやキッシンジャーは懸念していました。

 ロシア軍は巡航ミサイル「カリブル」で航空基地やアメリカ国防総省の生物兵器研究開発施設が破壊されたと言われています。その直前、2月17日頃からウクライナ東部ではウクライナ側からドンバスへの攻撃が激しくなり、18日、19日とエスカレートしていました。

 作戦が始まるとロシア軍は文書の回収に力を入れ、​3月に予定されていたドンバスに対する攻撃計画に関する証拠や生物兵器の研究開発に関する証拠を発見したと発表、その文書も公開​しています。

 そうした文書によると、ボロディミル・ゼレンスキー大統領が1月18日に出した指示に基づいて作戦を作成、ニコライ・バラン上級大将が1月22日に指令書へ署名したということです。そしてドンバス攻撃の準備が始まり、2月中には準備を終えました。作戦の開始時期は3月になっていたようです。

 また、ロシア軍の核生物化学防護部隊を率いているイゴール・キリロフ中将は3月7日、ウクライナの研究施設で回収した文書から同国にはアメリカのDTRA(国防脅威削減局)にコントロールされた研究施設が30カ所あると語っていますが、そうした施設の一部は存在をアメリカ大使館も認めていました。

 ロシア国防省によると、ウクライナの研究施設で鳥、コウモリ、爬虫類の病原体を扱う予定があり、ロシアやウクライナを含む地域を移動する鳥を利用して病原体を広める研究もしていたと言います。

 ウクライナの研究施設に保管されていたサンプルが証拠隠滅のために破壊されているとロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は繰り返していますが、ロイターによると、ロシア軍がウクライナへの軍事作戦を始めた直後に​WHO(世界保健機関)はウクライナの保健省に対し、危険性の高い病原体を破壊するように強く勧めた​と伝えています。

 ロシア軍に文書を回収されたこともあると思いますが、​3月8日にはビクトリア・ヌランド国務次官が上院外交委員会でウクライナにおける生物化学兵器について質問され、兵器として使用できる危険な病原体を「研究」する施設が存在することを認めました​。

 3月18日開かれた国連安全保障理事会の緊急会合では、ロシア軍がウクライナで回収した文書に基づき、アメリカの生物化学兵器の研究開発について議論されました。

 アメリカはロシアが提出した情報に「偽情報」というタグをつけ、その主張にイギリス、アイルランド、フランス、アルバニア、ノルウェーが同調しましたが、中国、ブラジル、メキシコ、インド、ガーナ、ケニヤ、ガボンはロシアが提供した情報を重要だと認識、調査するべきだとしています。

 3月13日にポーランドとの国境から25キロメートルほどの場所にあるヤボリウ基地をロシア軍は巡航ミサイル「カリブル」で攻撃しました。約1000キロメートルを飛行、ターゲットを正確に捉えています。​ここはNATOの兵站基地​で、​ウクライナ軍や傭兵1000名ほどが携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」などを使った訓練を受けてる​と伝えられています。

 3月18日にロシア軍は超音速(マッハ10)ミサイル「Kh-47M2キンジャール」でウクライナ西部にあるデリャテンの地下武器庫を、また沿岸防衛システムの「K-300Pバスチオン-P」でオデッサ地域の無線監視センターをそれぞれ破壊したとも発表しました。

 アメリカの国防総省はロシアが超音速ミサイルを保有していると思えないとしていますが、実際にロシア軍が保有、使用したとするなら、アメリカ軍の装備が全て時代遅れになってしまうと言われています。

 外交問題評議会(CFR)が発行している定期刊行物​「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文​では、アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いとされていましたが、ロシアが超音速ミサイルを持ったなら、アメリカの長距離核兵器は全て破壊されてしまう可能性があります。

 現在、アメリカはロシアに対して経済戦争を仕掛けていますが、ロシアは外国への依存度が低く、アメリカの「制裁」は西側、特にEUへ大きなダメージを与えると見られています。アメリカはロシアの主要金融機関7行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除しましたが、ロシアはすでにこうした事態を想定し、SPFS(金融メッセージ転送システム)を稼働させています。

 ジョー・バイデン政権の経済制裁は抜け穴だらけと言われていますが、本当にロシアや中国と経済戦争を始めたなら、アメリカ、EU、そして日本は深刻な事態になります。「自爆攻撃」と揶揄されるのはそのためです。

 ​3月21日にバイデン大統領は世界が「新秩序」へ移行しつつあり、アメリカはその新秩序を先導すると語りました​。新しい時代に入ることは間違いないでしょうが、バイデンが言うようにはならない可能性が高いでしょう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203250000/


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2022.03.24XML
ネオ・ナチが敗走、市民が西側メディアにとって都合の悪い事実を語り始めた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203240000/

 西側の有力メディアはウクライナの戦況について、「勇敢な市民が邪悪な侵略軍に立ち向かい、勝利する」というダビデとゴリアテ的なハリウッド風の話を流しているが、ネオ・ナチの親衛隊は敗走、ロシア軍は作戦通りに支配地を広げているようだ。

 ロシア軍の支配地域が拡大するにつれ、ネオ・ナチへの恐怖から解放された人びとが口を開き始めた。​マリウポリから脱出できた住民のひとりはカメラの前で市内の状況を説明​している。

 市街戦で住民が死亡することを避けるため、ロシア軍はマリウポリからザポリージャをつなぐ市民の脱出ルートを設定、そのプランをICRC(赤十字国際委員会)へ通知している。3月5日午前11時から脱出が始まる予定だったが、ウクライナ兵に阻止された。親衛隊は住民が脱出することを嫌い、外へ出ようとする人びとを銃撃したとしている。

 親衛隊の中核、「アゾフ大隊(またはアゾフ連隊)」だが、証言した男性によると、若い女性はアゾフ大隊のメンバーが隠れている地下室へ連れて行かれレイプされているとも語っていた。またマリウポリ空港の地下にはSBU(ウクライナの治安機関)の「図書館」と呼ばれる秘密刑務所があり、拷問も行われていたとする証言がある。

 ロシア軍がウクライナを攻撃し始めた直後、西側メディアは「目が青く、ブロンドのキリスト教徒」、要するに北欧系の難民は助けなければならないと叫んでいたが、西側メディアが言うところの「医療天使」に所属する弁護士、ジャナディ・ドラザンコはウクライナのメディアに対し、部下の医師たちに対し、ロシア人捕虜は全員去勢するよう命じたと語った。ロシア人は人間でなくゴキブリだからだという。

 さすがにこの発言ば問題になり、ドラザンコは取り消すが、これは彼らの本音だろう。第2次世界大戦当時にもウクライナの「民族主義者」は同じように考えていた。その民族主義者の中で最も反ロシア感情の強い人びとがステファン・バンデラの周辺に集まり、OUN・Bを結成したのである。その流れを汲んでいるのがウクライナのネオ・ナチだ。

 カメラの前で証言した人物も西側メディアがロシア軍が攻撃したと伝えていた産婦人科病院は医師や看護師などスタッフ、そして患者は追い出され、戦闘員が入って要塞化されていたとしている。劇場を破壊したのはアゾフ大隊だとも語っている。

 病院についてはオンライン新聞の「レンタ・ル」もマリウポリから脱出した別の人物から同じ証言を得ている。その記事が掲載されたのは現地時間で3月8日午前0時1分。マリウポリからの避難民を取材したのだが、その避難民によると、​2月28日に制服を着た兵士が問題の産婦人科病院へやってきて、全ての鍵を閉め、病院のスタッフを追い払って銃撃ポイントを作った​としている。証言内容は同じだ。

 ロシア軍がウクライナに対する攻撃を始めたのは2月24日だが、その前からドンバス(ドネツクとルガンスク)の周辺には親衛隊のほか、アメリカの傭兵会社アカデミー(ブラックウォーター)などが派遣した戦闘員、さらにウクライナ軍の兵士を訓練するという名目でアメリカの特殊部隊員が入っていたと言われていた。

 また、​CIAは2015年からウクライナの特殊部隊員をアメリカ南部で訓練しているとも伝えられている​。ドンバス側の発表によると、今回の戦闘でアメリカ人「教官」3名、マイケル・ホーカー大尉、ローガン・シュラム中尉、クルーズ・トブリン中尉の死亡を確認したという。

 アゾフ大隊はドンバスのマリウポリを拠点にしてきたが、すでに半分はロシア軍が制圧したと伝えられている。マリウポリにいた戦闘員の相当数はロシア軍が包囲する前に脱出したが、アゾフ大隊のメンバーは残ったようだ。追い詰められたアゾフ大隊は住民を人質に立てこもっているという。

 この武装集団は2014年5月、「右派セクター」が中心になって編成された。右派セクターを2013年11月に組織した人物がドミトロ・ヤロシュとアンドリー・ビレツキー。右派セクターは2014年2月のクーデターで中心的な役割を果たした。

 ウクライナはNATO加盟国でないが、ヤロシュは2007年、NATOの秘密部隊ネットワークに組み込まれている。その当時、アメリカNATO大使を務めていた人物がクーデターを指揮することになるビクトリア・ヌランドだ。

 アゾフ大隊の創設を資金面から支えていた人物はイゴール・コロモイスキー。ウクライナ、キプロス、イスラエルの三重国籍を持つシオニストの富豪だ。この人物だけでなく、アメリカの「ユダヤ系富豪」がウクライナのネオ・ナチのスポンサーを務めてきた。

 第2次世界大戦の終盤からアメリカ支配層の一部はナチスの幹部や協力者の逃亡を助け、保護、訓練、工作に使うこともあった。その後継者も育成している。そうしたネットワークを通じて世界各地、例えばブラジル、クロアチア、スペイン、アメリカ、フランス、ギリシャ、イタリア、スロバキア、チェコ、イギリス、スカンジナビア諸国、そしてロシアからメンバーを集めている。ウクライナでは10代の若者1万5000人ほどを集めて訓練してきたとも言われている。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203240000/  


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2022.03.14XML
公然とロシア侵略を進めてきた米英にとって止めの一手がウクライナのNATO化
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203140002/

 ウラジミル・プーチン露大統領がドンバス(ドネツクやルガンスク)の独立を承認する2日前、ウクライナの政治家、オレグ・ツァロフは「​大虐殺が準備されている​」と題する緊急アピールを発表していた。ボロディミル・ゼレンスキー大統領がごく近い将来、ドンバスで軍事作戦を開始するという情報をキエフから得たというのだ。

 それによると、この地域を制圧した後、キエフ体制に従わない住民を「浄化」するという内容で、西側からの承認を得ているともしていた。この作戦と並行してSBU(ウクライナ保安庁)はネオ・ナチと共同で「親ロシア派」の粛清を実行することにもなっていたとされている。戦闘が始まった後、ロシア軍はウクライナ軍が残した文書を回収、​3月にドンバス(ドネツクやルガンスク)をウクライナ軍は攻撃する計画だった​ことが判明したという。こうした計画をドンバスやロシア政府が察知していた可能性はある。

 ロシア政府は軍事作戦を始めた際、ゼレンスキー政権に対し、クリミアとセバストポリがロシア領だと認めてNATO加盟をウクライナは断念し、非武装化(攻撃的な軍事施設や兵器を持たない)して中立を宣言するように求めた。そして「非ナチ化」も目標のひとつにしている。

 現在のウクライナ体制は2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使ったクーデターで作り上げた。それ以来、ネオ・ナチはウクライナで大きな影響力を維持している。そのクーデターを現場で指揮していたのが国務次官補だったビクトリア・ヌランドであり、ホワイトハウスで担当していたのが副大統領を務めていたジョー・バイデンだ。現在、ヌランドは国務次官、バイデンは大統領をそれぞれ務めている。ウクライナとナチズムとの関係は本ブログでも繰り返し書いてきたので今回は割愛するが、この問題を避けてウクライナ情勢を理解することは不可能だ。

 ロシア軍はウクライナに対する攻撃を巡航ミサイル「カリブル」の発射で始めた。ハリコフ、クラマトルスク、ドニプロ、マリウポリ、ザポリージャ、そしてキエフで爆発音が聞かれたと伝えられているのだが、アメリカ軍がウクライナに保有していた生物兵器の研究開発施設も攻撃のターゲットだったとする分析がアメリカで流れた。

 ウクライナにアメリカが生物化学兵器の研究施設を保有していたことは現地のアメリカ大使館も認めていた。一時削除されていたが、隠しようがない。しかも​ヌランド国務次官は3月8日、上院外交委員会でウクライナにおける生物化学兵器について質問され、そうした研究施設が存在することを否定しなかった​。

 そのWHOはロシア軍がウクライナへの軍事作戦を始めた直後、​ウクライナの保健省に対し、危険性の高い病原体を破壊するように強く勧めた​とロイターは伝えている。WHOはウクライナにあるアメリカ軍の研究施設で危険度の高い病原体を扱っていることを知っていた。

 ウクライナでアメリカの生物兵器の研究開発施設を建設するという話が流れたのは2013年のことだった。アメリカ国防総省がハリコフ周辺にレベル3のバイオ研究施設を作ろうとしていると訴えるリーフレットがまかれたのだ。実際、建設されたとされている。このほかドニプロ、ミコライフ、リビフ、ウジホロド、テルノポリ、ビンニツヤ、キエフにも施設があり、研究員は外交特権で守られていたという。

 こうした施設は「エコヘルス連合」も」運営に参加しているとされているのだが、この構図は武漢病毒研究所(WIV)と似ている。アンソニー・ファウチが所長を務めるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)は2014年からコロナウイルスの研究費としてピーター・ダスザクの「エコヘルス連合」へ数百万ドルを提供、その一部はWIVの研究員へ提供されていたと伝えられているのだ。エコヘルス連合はWHO(世界保健機関)にアドバイスする立場にもある。それだけでなく、NIAIDの上部機関である​NIH(国立衛生研究所)からWIVへ研究費として370万ドルが提供​されていたとも伝えられている。

 ロシア軍は自国の安全が脅かされることを容認しないとしてウクライナを攻撃した。核弾頭を搭載できる超音速ミサイルだけでなく、生物化学兵器やネオ・ナチの問題もある。アメリカはモスクワを5分程度で核攻撃できるミサイルをウクライナに配備し、危険度の高い生物化学兵器を研究開発する施設を建設、第2次世界大戦でロシア人を惨殺したナチスの後継者にウクライナを任せている。そのナチスにはウクライナのステファン・バンデラ(OUN・B)も含まれている。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203140002/

20. 中川隆[-13432] koaQ7Jey 2022年3月25日 08:25:10 : wN51kKTSAK : c05GVzJZYnVwZC4=[4] 報告
※LIVE 3/24 16:00〜『ひとりがたり馬渕睦夫 #73』ウクライナ紛争―歴史の教訓



※LIVE 3/21 16:00〜『ノンフィクション作家 河添恵子 #48』バイデン家と再燃するウクライナ・ゲート〜深い闇は真実か⁉

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