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参院選後の「れいわ新選組」をこう見る
〜市民政党誕生の期待と懸念〜
2019年 8月 30日評論・紹介・意見 小泉雅英
<小泉雅英:フリーディレクター>
1. 市民のための国会議員誕生!
山本太郎氏(以下、敬称略)が一人で起ち上げ、既成政党の壁に挑戦して旗上げした「れいわ新選組」(以下、「れい新」)が、たった 3 か月で、多くの人々の支持と多額の寄付を集め、2 人の国会議員を誕生させた。
選挙戦の初めから彼らへの支持と戸惑いを明らかにし、友人たちにも拡げてきた者として、ほんとうに嬉しい。多くの支持者が開票速報を待つ姿がネットでライブ中継され、私も小さなスマホの画面で、それを見ていた。これまで、選挙にも、ましてやその開票速報などに、さして関心もなく、毎度おなじみの風景として聞き流すだけだった。当選者が支持者と一緒に「バンザイ!」の声を上げて大喜びし、時に涙を流している風景に、「何がそんなに嬉しいのか?」という、苦々しく、シラケた思いしか感じなかった。ところが今回は違った。
山本太郎がマイクを握り「皆んな、今の聞いた? 舩後さん、当確やて。」と声をかけると、会場から歓声が湧いた。日本で初めて、重度身体障害(ALS)を持つ国会議員が誕生した瞬間だった。喜びに沸く会場の人々の気持ちに、私もネットを介して同期していた。舩後靖彦さんが登壇し、介助者を通して挨拶の言葉を述べた時、最前列に座っていた雨宮処凛さんが涙を拭っているのが見えた。私もその時、小さなスマホの画面の前で、同じように鼻腔を詰まらせていた(歳のせいで涙腺が緩くなっているのも確かだが、今回はそれだけではないだろう)。
舩後さんに続き、木村英子さんも当選を決め、はっきりとした彼女自身の声で、支援者に向けて、感謝と決意を述べた。ほんとうに、これはすごいことだと思った。重度の身体障害をおして立候補した二人が、比例区の特定枠で当選したのだ。彼らを国会に送ることができれば、どんなにすばらしいことだろう、と願っていたが、それが実現したのだった。日本の政治と社会が変わる、第一歩となるのは間違いない、と思ったからだ。舩後さん、木村さんのお二人が、参議院議員として国政に参加していくことは、測り知れない意義がある。今後、様々な障壁にぶつかるとしても、どこまでも応援し、一緒に道を拓いていかなければ、と思う。
2. 「れい新」の大躍進(得票分析)
まず全体的な選挙結果を確認しておきたい。
7 月 21 日(日)実施された第 25 回参議院選挙は、自民・公明・維新の合計が 81 議席で、非改選を含む改憲勢力は 160 議席で、改憲発議に必要な三分の二(164 議席)には到らなかった。しかし、その差は 4 議席でしかなく、新しく登場した「N 国」などを入れると、この 4 議席の差が消滅するのは時間の問題、と考えた方が良いだろう。
今回の有権者数は、約 1 億 658 万人(7 月 3 日現在。在外登録者約 10 万人含む)であり、投票した人数は、選挙区で 5,036 万人、比例代表で 5,007 万人、投票率は、全体で48.80%(確定値)だった。引き算すると、51.2%で、有権者の半分以上が棄権した、ということだ。人数にして 5,456 万人。これは大きな数字だろう。この内、18 歳〜19 歳の投票率は、全世代よりさらに低く 31.33%(速報値)であり、今後の大きな課題である。
朝日新聞社による世論調査では、低投票率の理由は、全世代を通じ、「投票しても政治は変わらない」が最多(43%)で、次に「関心がない」(32%)となっている(朝日新聞2019/7/24)。いかに政治不信が大きいか、はっきりと判る数字だろう。なお、前回 2016年の投票者数は全国 5,655 万人で、投票率 54.70%だった。
こんな中で、現在の支配政党である自民党は、選挙区 74 議席の内 38 議席、比例 50 議席の内 19 議席を得て、勝利だと言い募ったが、事実ではなく、選挙区で 9 人が落選。比例で 14 人が落選しているのだ。主な選挙区だけ見ても、原発問題、米軍基地問題が焦眉の岩手、宮城、秋田、山形では、軒並み、野党共闘候補に自民現職が敗れている。加計学園と伊方原発の地元愛媛では、無所属新人が自公の推す候補を破り、辺野古他の日米軍事基地問題を闘う沖縄では、無所属の琉大教授が自民新人を破り当選している。このように、重要選挙区で自民は議席を落としているのであり、これで「勝利」とは、とても言えないはずなのだ。
しかも、総数としても、自民が獲得した絶対得票率は 18.9%でしかない。つまり、全国で 2 割に満たない得票数で、5 割以上の議席を得た(議席占有率 51.4%)、ということだ。しかも、自民党の絶対得票率は、これまで 20%台で推移してきたが、今回は 20%を割り、投票率も下がった。自民党に投票する人数も大きく減少しているのだ。ちなみに、前回の参議院選挙(2016 年)の絶対得票率は、21.3%であり、大幅に減少(21.3% ⇒18.9%)している。実際、議席数で見ても、今回の選挙では、全国で 57 議席(選挙区 38、比例19)を獲得したが、9 議席を失っている。自民党への信任者が減少していることは、今や明白であろう。
では、野党が勝ったのかと言えば、そうでもなく、それに代わる野党の統一も見られない、というところが、現在の最大の課題なのではないだろうか。公約を破り消費税増税を実行して民衆を欺き、原発事故では適切な対応もできず、官庁の言うがまま、「直ちに人体や健康に影響を及ぼす数値ではありません」と繰り返し、この国に生きる人々を欺いた民主党政権(当時)。それが立憲を頭にくっつけても、もはや信頼を回復することは難しく、自民党に代わるものとして再任されることはないだろう。
今回の参議院選挙においても、立民は、「令和デモクラシー」、「パラダイムシフト」、「新しいムーブメント」といった、天皇代替わりにあやかる、空疎なカタカナ語を散りばめ、それが何か新しい演目でもあるかのような、薄っぺらなイメージ戦略を行っていた。それでも、結果として、連合など大手企業の正社員や公務員などの「リベラル」派をバックに、そこそこの議席を獲得したが、日々厳しい状況を生きている民衆の支持は、殆どなかったのではないだろうか。他の野党はどうか。
今回の選挙で「れい新」が立てた 10 人の候補者は、直ぐにでも国会に入って、既成の壁を破り、大暴れしてもらいたい人ばかりだった。残念ながら 2 人を除き当選には到らなかったが、舩後さん、木村さんが当選したこと、そして比例区(全国)で全投票者の4.5%(228 万票)の支持を得たことは、確かな勝利である。たった 3 か月で、これだけの結果を収めたことは、大勝利と言っても良いかも知れない。
ちなみに、各党の得票数は、自民 35.3% (1,771 万票)、立民 15.8% (791 万票)、公明 13.0%(653 万票)、日本維新 9.8% (490 万票)、共産 8.9% (448 万票)、国民民主 6.9% (348 万票)、社民 2.0% (104 万票)、N 国 1.9% (98 万票)となっている。
比例代表の東京都内の得票に限れば、「れい新」は 458,151 票を獲得し、維新(479,908票)と並び、公明(665,1061 票)、共産(651,338 票)に次ぐ支持を得た。つまり単純に「れい新」と共産党の得票を合わせれば、1,109,489 票となり、公明はもちろん、立民(1,020,185 票)をも超え、自民(1,878,316 票)に迫る第二勢力となるのだ。これは誰も無視することはできないはずだ。しかも、共産を含め、自民、公明ともに、前回(2016年)から大幅に票数を減らしている(自民▲256,00 票、公明▲45,000 票、共産▲230,000票)。今後この傾向が加速しない、とは言えないだろう。
しかも、東京選挙区(定数 6)では、全く無名の新人、野原善正氏が沖縄から挑戦し、214,438 票を獲得した(8 位)。目標の公明党「ナッちゃん」(815,445 票)には遠く及ばなかったにせよ、創価学会に危機感を抱かせたことは確実である。公明党代表山口那津男の選挙ポスターには、なぜか「公明党」という文字はなかった。全国で得票数を落とした公明党が、東京の山口代表のみ得票数を伸ばせたのは、強い危機感の結果だ、と大山友樹は指摘し「野原氏の立候補が危機ばねとなって山口 80 万票獲得につながった」と、東京創価学会壮年部幹部の声を紹介している(『紙の爆弾』2019 年 9 月号)。それにもまして、首都圏のど真ん中で、沖縄の現状を訴え、「辺野古新基地建設中止!」を掲げて闘い、山口那津男に向けて「平和と福祉の党と言うなら、今すぐ辺野古を止めてみろ!」と挑発し、公明党の急所を直撃して戦った。その意義は大きい、と言うべきだろう(数字は「東京新聞」2019/7/23 に拠る)。
3. 「れい新」の何に共感したのか
今回の選挙戦中、山本太郎たちの動きに目が離せなかった。ネットに上げられる動画を追い、全国各地で毎日のように行われる街頭演説に触れたし、東京では何回か、直接、会場に足を運んだ。私自身このようなことは、初めてのことだ。それでも、今回の選挙には、何かの期待を感じさせられ、わくわくしたのだった。こんな感覚は何年ぶりだろうか、と複数の人から、同様の感想を聞いた。長く忘れていた、遠い昔の恋人と再会したような「わくわく感」と言えば、笑われるだろうか(単なる想像に過ぎないのだが)。
山本太郎の言葉には、そのような気持ちにさせるリアリティと、強い説得力があった。動画を繰り返し見たり、街頭演説に足を運んだりしたのも、そうした不思議な高揚感に動かされたからだった。そして、それは私だけではなく、多くの人々が共にした感覚だったのではないだろうか。
では、山本太郎たちの何が、そのような気持ちにさせたのか。それは結局、言葉の力だ。言葉によって人々を動かすこと、それができるほんとうの政治家は、それほどいない。政治家の言葉は、嘘の代名詞とも言える状況の中で、山本太郎たちの言葉は、多くの人々にリアリティを感じさせた。山本太郎の言葉は、自分たちの現実を的確に捉え、何が問題なのかを解き明かしてくれている。壊れた状況があり、その中で出口を見つけられず、なんとか生きる者に、彼の言葉が「刺さった」のだ。
彼の言葉に涙を流す聴衆の姿を動画で見て、「まるで宗教だ」と揶揄した人がいたが、どこにも行き場のなかった人が、山本太郎の演説や応答を聴き、自分の気持ちに応えてくれる人を見出した、救われた気持ちになった、ということなのだ。重要なのは、それで終わりではなく、政治で解決できる道を見出し、山本太郎たちに投票することで、今の社会を変え、生きていけるという希望を持った、ということなのだ。
また、労働運動の視点がない、などと批判する者もいたが、これも全く見当違いだろう。山本太郎たちの所に集まってきた人々は、既成の労働組合からこぼれ落ちている人も多いのだ。しかも労働者と言っても、全労働者の 7 割を占める中小零細企業の労働者に、視点を合わせているのだ。それだけではなく、多くの非正規労働者や、労働からも排除された失業者、障害者などの問題も、政治の力で解決しようとしている。そこに希望を見出したからこそ、あれだけの人々が、自分の意志で、自分の時間と身銭を切って集まり、長時間、立ったままで、山本太郎たちの発言に耳を傾けていたのだ。
選挙後、初の街頭記者会見(2019/8/1 新宿)でも、現在の経済格差の現実を、データに基づいて説明し、なぜ「消費税廃止」が重要なのかを訴え、大きな共感を得ていた。聴衆からの質問の際、中卒で職を転々とし、「デリヘリ」の運転手もしていたという男性が、「国会議員の給料は高いと思うんですよ、それをみんなに回すことはできないんですか」という素朴な質問をしていた。「こんな仕事、誰もやりたくてやってるんじゃないんですよ。みんな泣きながら、やってんですよ」と。また、精神障害者と名乗る人も発言したが、自分の置かれた現実を聞いてもらいたい、という気持ちを強く感じた。普段の生活の中では、そうした苦境を話せる仲間もいないのかも知れない。山本太郎は、そうした多様な質問者にも、一人一人向き合い、丁寧に応答していた。そうした苦しい状況に置かれているのは、あなたのせいではなく、結局、政治の問題なのだと。
例えば、生活保護について、それを受けることに後ろめたさを持っているという人に、それは全く恥でも何でもないのだ、と励ましていた。その上で、憲法第 25 条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」)を確認し、生活保護の受給率が低いのは、行政の「水際作戦」のためで、生活保護受給を恥と思わせられているが、それを煽った自民党の片山さつき議員などを名指しで批判し、生活保護は胸を張って受けるべきなのだ、と強調した。さらにこの制度の改革の必要を訴えた。
親の介護で仕事を失くす現実についても、憲法 13 条(「すべて国民は、個人として尊重される」)を読み上げ、介護の社会化の必要を訴え、共感を得ていた。「あなたの生活が苦しいのは、あなたの問題ではなく、政治が機能していないからなのだ」という説明に、多くの人々が「そうだ!」と声を上げ、この政治を変えるために、「力を貸してくれませんか」という訴えにも、大きな拍手で応じていた。
仕事帰りで疲れていた私も、集会の始まる前から、結局 2 時間半も、真夏の夜の新宿の街頭に多くの人々と共に立ち続け、暑気と老化でふらつきながらも、最後まで発言に耳を澄まし、その場を離れることはなかった。なぜか、山本太郎の発言はもちろん、会場からの何人もの質問者の発言が、現実から絞り出された貴重な叫びだと感じたからだ。それだけではなく、最後に再び例の「コール」が起きるのか、それを確かめたかったことも確かだ。さて、今回は「れいわコール」は起きず、少しほっとして帰途についた。この点は、多少の変化があるのかも知れない、と思う。
4. 人々の「生きたい思い」を集めた「れい新」
今回の参議院選を通して思ったことは、人間というのは、どうしようもない時、何かに希望を見出したくなるということだ。そんな時、すばらしい指導者が現れて、自分の気持ちに応じてくれていると感じた時、救われたと思うだろうし、その政治家を支持し、本当にいっしょに社会を変えられると思っても、なんの不思議ではない。私自身も、この数ヶ月、山本太郎の行動を追いかけていて、そんな気持ちにさせられた一人だ。カリスマとか、ヒーローとか、そういったことではなく、自分たちの代表者として、思いを託しても良い、と思える政治家が登場した、という感じなのだ。
山本太郎が「れい新」の旗上げを発表したのは、4 月 10 日だった。全ての資金は寄付で賄うこと、3 億円集まれば、10 人の候補者を立てる、お金が集まらなかった場合は、自分一人で立つと明言していた。実際、翌月 5 月 20 日には 1 億円を超え、さらに 1 ヶ月後(6 月 27 日)には 2 億円、その 2 週間後(7 月 12 日)には、軽く 3 億円超えを達成した。この時点で 10 人擁立は何も問題もなくなった。この勢いは止まらず、9 日後の投票日には、1 億円を上乗せし、ついに 4 億円に達する寄付が集まったのだった。これはすごいことだ。
こんな方法で選挙資金を集めることを宣言し、実際にこれだけの金額を達成するなど、他の誰がやっただろうか。この短期間で集まった金額の大きさもすごいことだが、大事なことは、それだけではない。より重要なことは、寄付をした人の数の多さなのだ。この 4 億円は、総計 3 万 3 千人余りの方が、少しずつカンパしたお金なのだということ、これはほんとうに大事な点だ。何度か行った街頭宣伝の場で、多くの人が、封筒に小銭を入れて寄付する光景を目撃したが、これだけ多くの人が、政治の新しい展開に期待し、山本太郎たちと一緒に、既成政治に風穴を開けようと、身銭を切っている。誰の指示によってでもなく、動員された訳でもない。自らの意志で集会に来て、長時間、立ったままで演説を聞き、積極的にカンパまでして行くというのは、やはり異例と言うべきではないか。それだけ山本太郎たちの言葉が信じられ、人々の心を掴んだ、ということなのだ。逆に言えば、今の日本の政治家と政党には、組織と無関係の、個々の人間の心を動かすものはない、ということである。
既成政治にうんざりし、何の期待も持てない者は多い。そのことが 5 千万人以上の棄権者につながっている。これまでの殆どの「政治家」は、社会の下層の民衆に目を向けることはなく、自分たちの利益優先の政治を行なってきた。選挙の時期だけ、駅前に立ち、「お願いします」と頭を下げる政治屋。「選挙カー」で名前を連呼して「お願いします」と手を振り、走り去る政治屋。山本太郎は、そのような白い手袋をした政治屋の運動ではなく、素手で街頭に立ち、全身で人々に向き合い、質問に応答する。その真剣さが、ほんとうの変革を求めている多くの人々の気持ちを捉えた。今の状況に対し、一人一人の意思があれば、みんなの力で、政治を変えられるのだという希望を、説得力を持って提示したのだった。
「死にたくなるような世の中、やめたいんですよ。この国で一番偉いのは誰? 皆さんなんですよ。本当に。自信を奪われているだけですよ。これ、変えられるんですよ。どうやって? 政治で。死にたくなる世の中を作ってきたのは、政治なんですよ。・・・だったら、やりましょうよ。死にたくなるどころか、生きてて良かった、と思えるような社会を、政治を通して作ってみよう!」
5.市民政党誕生への期待と懸念
「れい新」は、日本で初めて誕生した市民政党と言えるのではないか。上記の通り市民一人一人が資金を出し、ボランティアを中心にした完全「草の根」運動で、候補者も他の政党のようなプロの政治業者ではなく、それぞれの分野で、何らかの問題に直面して闘っている、まさに当事者のみで構成している。この中で山本太郎は唯一の政治家であり、例外的存在なのだ。今回の参議院選挙では、たった 3 か月という短い期間で、2 名の国会議員を誕生させるまでに急成長した。これだけでもすごいことだが、これは長い闘いの序曲に過ぎない。次にどう展開するのか、これからが、より厳しい闘いとなるに違いない。山本太郎は、最初から、「政権を取りに行く」と宣言している。そのために新組織を立ち上げたのだ。次の衆議院選挙、さらに 3 年後の参議院選挙で、この目標が達成できるかどうか、今、最も考え、準備すべき時であろう。
この 3 か月の運動で結集した全国の支持者たちが、これから本気で、この新しい党を守り、発展させて行けるのか。これまで同様の熱意で運動できれば、目標達成は夢物語ではないだろう。しかし、それはそう簡単ではないとも思える。これから何が起きるか、予断は許されないからだ。現在の政治権力者たちが、「れい新」の勢力拡大を、黙って眺めている筈はないだろう。今後、様々な困難に直面するに違いないが、彼らを既成の権力者たちから守り、私たちの代表として、政治の中心部分を担えるように、育てていければと思う。
以下、現在の課題と思えることについて、少し記しておきたい。
1) 資金
次の衆議院選挙には、全国で最大 100 人の候補者を擁立するとの目標だが、その資金は最低 10 億円から 20 億円は必要と言われる。政党要件を満たしたので、一人当たりの寄付限度額も上がり、個人以外の寄付も可能となった。さらに政党助成金を受取るにしても、基本はこれまでと同じく、個人からの寄付である。さらに大きな資金を、短期間で集める必要があるということだ。連続した高いハードルを越えられるかどうか、これから試される。
2) 人選
今回の参議院選挙では、短い間に山本太郎の他に 9 人の新人を擁立した。いろんな形のネットワークや公募を使って選んだということだが、全員、個性的な、すばらしい人選だった。残念ながら当選には到らなかったが、この人たちの殆どは、次の衆議院選挙でも立つのではないか。100 人を擁立することができれば理想だが、誰を立てるのか、人選は簡単ではないだろう。今回と同じく、多様なネットワークと公募で選択するのだろうが、ふさわしい人が集まることを願っている。
単に議員になりたいという、権力欲を隠した人も入って来るかも知れない。政治的計算から、勢いのある「れい新」に乗っかろうと、プロの政治屋も混入して来るかも知れない。そういう意味で、本来の強みと理念を維持できるかどうか、当然、何らかの共通の確認点は、明確にするのだろうが、慎重な人選が重要だろう。個人的な希望が出せるなら、雨宮処凛さんにも立ってほしい。今回、立民から立候補して落ちた、おしどりマコさんや亀石倫子さんも、合流できないだろうか。新宿の集会で、今後は身体障害者だけではなく、知的障害者や、精神障害者も入るべきだ、と山本太郎は言っていたが、ぜひ実現してほしい。全国各地で、草の根の運動を続けている人たちからも、良い人を見出してほしい。たとえ理念に共通する部分があっても、安倍首相夫妻と携帯電話でつながる三宅洋平氏が参入してくることになれば、多くの批判者が離れるのではないか。
3) 政策
今回の参議院選挙では、「政権とったらすぐやります!」として、消費税廃止、全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」、奨学金徳政令、公務員増やします、一次産業戸別所得補償、TPP 協定やカジノ法など「トンデモ法」の見直し・廃止、辺野古新基地建設中止、原発即時禁止・被爆させない、という「8 つの緊急政策(緊急八策)」が出されていた。これらを再確認するとともに、次の点を明確にすべきだろう。
一つは憲法問題であり、二つは移民問題である。この二つの内、移民問題は「入管法」として、緊急八策の「トンデモ法」に含まれているが、具体的な説明はない。憲法改正問題については、今回は争点ではないという判断か、「緊急八策」にも記載されていない。しかし、この点は重要なので、次の衆議院選挙では必ず明確にすべきだろう。今回の選挙前に「東京新聞」が掲載した「各党の公約」でも、憲法について、「れい新」は「記載なし」となっているし、重要争点についてのアンケートでも、憲法について「れい新」は「無回答」だった。東京選挙区でも、「憲法改正」に賛成ですか、反対ですか、という簡単な質問にも、野原氏は「無回答」だった。なぜか不明だが、これでは投票しようとする者を、悩ませるのではないか。
憲法問題、移民問題、いずれの問題でも、山本太郎自身は発言している。しかし、少し分かり難い面があり、誤解を生んでいることも確かだ。最近も日本ジャーナリスト協会(JAJ)の記者会見(2019/8/7)で、憲法改正問題について、記者からの質問に答え、翌日の東京新聞に、「専守防衛を徹底するための 9 条改正は必要だ」と報じられた。この小さい記事を見るだけでは、山本太郎は「9 条改正は必要だ」と考えていて、近い将来、少なくとも政権をとった暁には、改憲するのだろう、と思っても不思議ではない。
しかし、実際は、そんな簡単なことではなく、彼は次のように発言しているのだ。(JAJ 動画からの文字起こし:小泉)https://www.youtube.com/watch?v=FHtycn2nZq8
「安倍政権での改憲は、絶対やってはいけない。」
「自民党の改憲草案の 4 項目は、「緊急事態」条項が本丸で、他
の項目、例えば自衛隊の明記などは、殆ど意味はない。」
「とはいえ、憲法は一字一句変えてはいけないもの、とは考えて
いない。それは時期の問題で、少なくともこの国に生きる多くの
人々が、政治に関し、憲法に関し、居酒屋でもレストランでも喫
茶店でも、自分が好きな時に、好きな場所で、政治の話をしても
「浮かない」という社会的空気にならなければ、憲法は改正でき
ない。10年後か何年後か、それは分からない。もちろん、教育の
分野でも、憲法について、子どもたちにも、大人たちにも、しっ
かりとシェアされる、そういう状況があっての話だ。」
「では、憲法を変えないといけないとすれば、どこなのか。それは
9 条。なぜか。理由は 2015 年の安保法制。これが原因。憲法を
飛び越えた立法がなされた。解釈という力技で行われたというこ
と。このような詐欺的行為が、実際に行われたということ。二度と
このような詐欺的扱いが、できないような条文にする必要がある。
例えば何か。「専守防衛」というように徹底すること。日本の領土・
領空からは出ない、ということを明記すること。そういった 9 条改
正ということが、将来的には必要であろうと。私はそう思っている。」
これは端的に現状では「憲法改悪反対」と明記し、違憲の「安保関連法」は廃止、とすることで、無理な解釈を糺し、解決すべきではないのか。
また、二つ目の移民問題についても、昨年 12 月 7 日の「入管法改正案」を審議する参議院本会議での、山本太郎の発言が波紋を呼んでいる。政府与党(自民、公明、維新)は、野党の反対を押し切って採決を強行したが、野党は審議遅延戦術を繰り広げた。森ゆうこ議員(自由党)は長時間の演説で抵抗し、山本太郎も「牛歩戦術」で抵抗した。その際、彼は、投票直前の演壇から、次のような発言をした。https://m.youtube.com/watch?v=WbEa8a-U8hs
「賛成する者は、二度と保守と名乗るな! 保守と名乗るな! 官邸
の下請け! 経団連の下請け! 竹中平蔵の下請け! この国に生きる
人々を、低賃金競争に巻き込むのか? 世界中の低賃金競争に。恥を
知れ! 二度と保守と名乗るな。保身と名乗れ! 保身だ!」
この発言をどう捉えるか。「「魂の叫び」だと思った」という人もいる半面、排外主義の臭いを感じ、批判する人もいることは確かだ。私は、次のように考える。
山本太郎の発言の内、「この国に生きる人々を、低賃金競争に巻き込むのか? 世界中の低賃金競争に」という部分が、波紋の原因だろう。もし、彼がこの論理で入管法の改悪に反対したのであれば、日本人との対立構造を生じさせるものとして、「だから外国人を入れるな」という排外主義を導く論理となり、批判されるべきだろう。しかし、そうだろうか。彼がこれまで外国人に対し見せて来た態度、支援活動などを見れば、そうした排外主義的態度ではとうてい行い得ないと思う。
要請があれば、たとえ選挙運動の最中でも、過密なスケジュールを縫って牛久の入管施設に赴き、長期収容されている外国人の健康問題、人権問題に向き合い、参議院議員の立場を活かし、仮放免を訴えている。これだけでも、彼の姿勢は明らかだが、これまでにも、何度も外国人(「労働者」とは限らない)の人権問題について、国会で追求している。そういう意味でも、この場での彼の発言には、排外主義的な意図はなく、そうした論理で入管法改悪に反対したのではない、と私には思える。
では、この発言が誤解を生じさせたのは、なぜか。それは、彼の発言が、法案への直接の批判ではなく、それを提案し、強行採決しようとする与党議員たちへの批判だったからではないか、と思う。ほんとうは、この法案の問題性を、根本的に批判しなければならなかったが、彼にその場はなく、ようやく「竹中平蔵の下請け!」と怒りをぶちまけることしかできなかった。投票の直前まで「牛歩」で遅らせ、最後の土壇場で、あの絶叫と言える発言となった。こんな悪法を通したら、どうなるのか、火を見るよりも明らかではないか、という怒りを爆発させた。法案そのものへの批判ではなく、「保守」派と目される議員たちの態度と、その「保守」思想を批判したのだった。
それまでの外国人技能実習制度は、どうだったのか。低賃金・長時間の奴隷的労働を強いられ、基本的人権を守られず、数々のハラスメントを受ける中で、堪えきれずに逃亡(「失踪」)する人々が、後を絶たないではないか。その制度を放置し、さらに新しい在留資格を創設して、外国人労働者の受入れを拡大するなど、あり得ないではないか。日本にやって来る外国人が、そうした資本家たちの餌食になることは、目に見えるではないか。それは結局、労働市場での日本人との過当競争を生み、対立を作り出すのではないか。国籍を問わず、労働者の基本的人権をぶち壊すことにつながるのだ。これが「低賃金競争」の予想される結果である。
山本太郎の発言は、短い時間(30 秒!)で、与党の議員たちに対し、政治家としての、その思想を問い質すものだった。彼らへの怒りを、最大限に表明した発言だったのだ。もし、あなたがたが「保守」と言うのであれば、(外国人労働者を措いても)日本人労働者を守るべきではないのか。彼らの状況を悪化させることが明白な法律を、このまま通すのか。日本や、日本人を守るのが「保守」なのではないのか。あなたがたは本当に「保守」なのか。大量に入って来る外国人労働者と日本人労働者が、「低賃金競争」の地獄で、互いに首を絞め合うことを、そうした状況に放り込まれることを、手をこまねいて見ているのか。もし、そうであれば、あなたがたには「保守」と名乗る資格はない。安倍に忖度し、党内の自己利益を守ろうとする、単なる「保身」なのだ。日本を考え、国家を考える志を持った、「保守」などでは断じてない。自らを二度と「保守」と呼ぶな。「保身」と呼べ。この法案を推進して儲けようとする人材会社の、単なる下請けに過ぎないのだ。竹中平蔵の下請けなのだ。 経団連の下請け!竹中平蔵の下請け!恥を知れ!
この国会での発言の他に、街頭でも、入管法の改悪による外国人労働者の大量入国、それによる日本国内の状況変化について、短く発言しているが、その場合は、聴衆(この国で生活する「皆さん」)に向けて語っている。ここで検討する余裕はないが、この場合は、山本太郎は、「皆さん」の状況が厳しくなることを訴え、そうした状況をもたらす新自由主義を批判しているのだが、誤解を生む危うさは残るだろう。
「今の自民党の若手は何かと言ったら、働き方がぶっ壊されたり、外
国から大量の外国人、外国人労働者を呼び込めるようになったり、TPP
に賛成したり、この国をぶっ壊されることを次々と賛成し続けているん
ですよ。理由は何? 自分のキャリアを潰したくないから。ここで総理に
反対するなんて言ったら、次、自分に芽がないから。そんな人間にこの
国を救えるのかって。ガチで喧嘩する気力も気概もないのに、どうして
政治の場に来たんだよ、という話なんですよ。」(2019/5/5 九州小倉駅前)
https://youtu.be/Xeya4qBPuck(文字起こし:小泉)
「れい新」の「決意」なる文書には、この党の理念が記されているが、そこにも「私たちのお仕えするのは、この国に生きる全ての人々」とあり、「日本人」などの限定詞はない。したがって、この「全ての人々」には、国籍や在留資格などによる差別もない、と理解している。これは私の解釈だが、違っているだろうか。いずれにせよ、今後、このような誤解を生じさせないように、この「決意」に、次の一句を追記すべきだろう。
「私たちのお仕えするのは、国籍や在留資格を問わず、この国に生きる全ての人々である」と。
さらに、「緊急八策」中の、「全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」」という項目にも、同様に、「国籍や在留資格を問わず、全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」」と追記し、「内外人平等原則」を貫くことを明確にすべきではないか。
今後の外国人労働者の受け入れについては、その先進国である韓国から、多くを学ぶことができる筈だ。韓国では「盧武鉱政権が本格的な移民政策に着手し、差別禁止や共生など関連法令を整備。外国人妻や外国人労働者向けの電話相談や語学学校などが無料で提供されている」(「朝日新聞」2019/7/27)。「れい新」は、韓国の人々と連帯し、特別チームを作り、外国人労働者がワンストップで相談を受けられる窓口を、全国に設置するなど、具体的な解決策を教わり、施策として実現していくべきだろう。また、予想される課題も同時に学び、今後の政策に反映させていくべきだろう。
4) 組織
安富歩氏は、選挙を総括し、「れいわ新選組は、無縁者の集まりであり、その無縁のエネルギーが、ガチガチに固まって人間を閉塞させている有縁の世界に、風穴を開けつつある。人々の支持を集めているのは、その風穴から、空気が吹き込んでおり、息ができるようになったからだ」と述べている(「内側から見た「れいわ新選組」」)。
極めて自由度の高い、緩い組織だということは明白だ。このような組織が、政党として、どのような変化を遂げて行くのか、実験そのもののような気がする。今後、多数の人々がこの組織に流入して来る。その際、大きなところで、「れいわ新選組の決意」に同意すれば良い、ということなのかも知れないが、果たしてそれで、十分だろうか。
新宿駅頭での街宣時、入党方法を知りたいという質問があり、山本太郎は「れい新」は、「議員と候補者の組織だ」と答えていた。立候補希望者は公募するので、そこから応募して下さいと。つまり、その他のサポーターは、党員ではなく、あくまでもボランティアなのである。今後、このままの組織形態で良いかどうか、検討する必要はないのか。増え続けるサポーターを、どう位置付けるのか、それも今後の課題だろう。
大事なことは、「れい新」は、生まれたばかりの市民政党だ、ということだ。山本太郎は、街頭で何度も「市民の力で、市民のための政党を、皆でつくろう!」と呼びかけていた。私を含む多くの人が、それに呼応して大きな拍手をしたのだ。「自分たちのコントロールが効く、自分たちの政党」とも言っていた。この初心を忘れないでほしい。この結党の基本理念を活かし、育てていくこと。これが今後の大きな課題である。
市民政党であろうとすれば、「永田町の論理」に基づくやり方を否定し、新しい市民政党の姿を見せてほしい。国会議員の任期を重ねるよりも、交代制を取り入れ、任期が来たら後輩に席を譲り、自らは OB として、新人政治家の指導や、市民の政治教育に当たり、次代の政治家を育成するなどの、新しい党内ルールを作ってほしい。高額な議員報酬(日本の国会議員の報酬は、1 人当り GDP の比較で 5.26 倍。世界第 1 位)も、法が許せば、いったん党に渡し、党の事務局が各議員に応じた適正な給料を計算して支払い、残りは党内でプールするとか、議員会館の事務所は、各種運動体にも使用を認めるとか等々、思いつくことはいろいろあるだろう。
要は、市民が選んだ市民ための議員なのであり、決して特権的な職業ではないことを、名実ともに示して行くことである。理想を言えば、市民の誰もが、希望をすれば党員になれ、政治家への訓練が受けられ、国会議員への道が開かれる、ということである。また、今の「政治家」たちは、お互いを「センセイ」などと呼び合って、喜んでいるようだが、このような永田町の幼稚な風には、決してなじむことがないように、くれぐれも願いたい。この点、山本太郎は、ある質問者に「センセイちゃうで」と、清々しい応答をしていた。
5) 選挙戦(運動方法)
街頭記者会見と称した街宣と SNS による動画の拡散が、これまので方法だった。この推進力は、何と言っても山本太郎個人の表現力だった。彼の言葉の力が決定的だったのだ。他の 9 人の候補者も、それぞれ個性的で、人を惹きつける力はあったのは確かだが、山本太郎に匹敵する方はいない。今回のように、山本太郎一人に大きく依存した形が持続できるのか、これも厳しいのではないか。そうではない形、安富氏の言う「無縁者」の集団としての特長を活かした、これまでにない運動が展開できれば、と願っている。
地域での集会の積み重ねなどを含め、いろんな形を組み合わせ、多くの人に「れい新」の考え方を知ってもらうことが第一の課題だろう。選挙後、たまたま路上で会った旧知の労働者が、「れいわ、すごいね。」と興奮して話していたので少々驚いた。これまで自民党だったが、今度は「れいわ」だなと。TV の影響力がどれほど強いのか、改めて知らされた。今回は、マスメディアは無視したため、このかたのように、選挙後、初めて知った方も多いのではないか。
「出口調査」なるものが、どれだけ信頼できるのか分からないが、一つの目安として使うと、今回の選挙で「れい新」に投票した人の年代は、次のようである。10 代―2%、20 代―10%、30 代―18%、40 代―29%、50 代―20%、60 代―12%、70 代以上―8%(朝日新聞社による調査。2019/8/5 BS TBS「報道 1930」放送)
つまり、最大の投票者は、40 代で、山本太郎と同じ、「ロスジェネ世代」だということだ。やはり、彼らの気持ちに一番、アピールしたということなのだろうか。その前後の世代を合わせ、30 代〜60 代で 79%の大多数となり、今回の選挙では 30 代以上の人が「れい新」に投票した、ということなのだ。棄権の殆どを占める 10 代は 2%であり、20 代と併せても 12%でしかなく、彼ら SNS を駆使している筈の若者には、まだまだ浸透していなかった、ということが分かる。今後、彼ら、10 代〜20 代に、どのようにリーチしていくのか、とても大きな課題だろう。
6) 野党共闘
選挙後、共産党をはじめ各党が「れい新」との共闘を前向きに進める旨の発言が続いた。これはとても大事なことだ。山本太郎も、野党共闘なしに、政権への近道はないことを何度も発言している。そのためには、「消費税廃止」ではなく、消費税 5%の減税を、最低条件として提起している。共産党、社民党はもちろん、他の野党もこの「5%減税」で足並みを揃え、「れい新」を中心軸に本気の野党共闘を実現し、衆議院選挙に臨みたい。
この点で統一ができなければ、政権交代は遠のくし、改憲派を利する他ない。このような場合は、「れい新」は、独自の動きを強力に進めるのかも知れないが、統一した野党の力で、政権交代を目指してほしい。それは可能なのだ。
7) 選挙制度
日本の公職選挙法の問題点が、多くの方に指摘されている。「入場料だけで、どれだけのお金がかかるのか」と、山本太郎自身も、何度も言っている。「金のないやつは入って来るなと、障壁を設けているのだ」と。まさにその通りで、世界一高い「供託金」の問題や、現在の「小選挙区制」の問題、一票の格差の問題、定住外国人の参政権問題、開票事務に関わる疑惑の問題など、様々な改善すべき課題がある。
「れい新」としては、公職選挙法を改正し、「世界幸福度ランキング」第 1 位〜4 位までを占める北欧諸国にならい、比例代表制に転換すべきだろう。今回の参議院選挙のように、99 万票を取った山本太郎が落選したり、たった 18.9%の絶対得票率の自民党が、全議席の半分以上 51.4%を占めるという不公正も、解消できるのだ。投票した一人一人の「民意」を適正に反映できる制度でなければ、議会制民主主義は成立たない。多くの「死票」を生み出し、大政党に有利な「小選挙区制」は、一日も早く終わりにしよう。(参考:紅林進編『変えよう!選挙制度』ロゴス刊)
また、選挙制度の根幹を成す最終的な集計は、民間の1社に委託されている、という問題もある。例えば、投票用紙計数機など選挙に関わる機器一式は、現在、株式会社ムサシが独占している。開票事務は、各自治体の選挙管理委員会が所管しているが、開票作業の実態は、殆どメディアの取材も入らず、闇の中だ。(株)ムサシの社員に丸投げされているようだが、これで良いのか。https://www.musashinet.co.jp/department/election/election_01.html
6. おわりに
「市民の力で、市民のための政党を、皆でつくろう!」このように山本太郎が呼びかけていた時、本当にそんな政党ができれば良いな、と思った。しかしそれは簡単なことではないだろうとも。しかし、今やこの夢の第一歩は踏み出された。私たちは、この生れたばかりの市民政党を、細心の注意を払い、大事に育てて行かなければならない。来るべき衆議院選挙から次の参議院選挙まで、紆余曲折もあるのだろうが、山本太郎には、最後までがんばってもらいたい。私たちは、彼を最大限の力で守りぬき、この市民政党を大きく育てていくべきだろう。
この国の政治は、今、末期症状とも言うべき状態が続いている。福島原発事故後の状況は、どうか。自主避難されている方へも、宿舎から退去を強制するように家賃を倍増請求される状況だ。そもそも放射性廃棄物は処理されたのか。これほどの問題が判っていながら、なぜ再稼働を認めるのか。さらには原発輸出さえしようとしている。敗戦後74 年が過ぎても、沖縄の米軍基地は無くなっていない。むしろ新たな基地を建設しようとし続けているのだ。沖縄の人々がどれほど「もういい加減にしてくれ」と叫び続けても、さらに重圧をかけ、米軍基地、日本軍基地を増やし続けている。外交においても、韓国との、あの植民地宗主国を思わせる態度は何だ。植民地主義がこの国では全く乗り越えられていないことを、改めて示したのではないか。愛知トリエンナーレでの展示中止問題も同様である。
ここまで来た社会の劣化は、現在の安倍政権が続いていることに、大きな原因がある。今はその転換点に立っている。新しい市民政党と共に、新しい政治社会の創造をめざし、先ずは次の選挙で政権交代を実現できるように、共に力を尽くそうではないか!(了)
2019/8/20
*「レイバーネット「」より許可をえて転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8956:190830〕
http://chikyuza.net/archives/96632
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