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“影の支配者”イランに深刻な打撃、イラク首相辞任の背景
2019/12/01
佐々木伸 (星槎大学大学院教授)
イラクで反政府デモが吹き荒れる中、アブドルマハディ首相が11月29日辞任すると表明した。イラクでは政治改革などを要求する若者らのデモが全土に拡大、治安部隊との衝突で400人以上が死亡しており、首相は事実上、辞任に追い込まれた格好だ。だが、最も深刻な打撃を受けたのは同首相を誕生させたイランだ。
アブドルマハディ政権を批判する市民(AP/AFLO)
長く育てた“資産”
10月初めから続くイラクのデモは当初、進まない政治改革や広がる汚職・腐敗、高い失業率、未整備のインフラなどへの不満によるものだった。だが、次第にイラクを事実上支配するイランへの怒りに変わった。イランがイラクの政治、経済を牛耳り、石油収入などのイラクの富を奪っているという理由だ。
それが具体的に示されたのが相次ぐイラン領事館への襲撃だ。11月4日には聖地カルバラにある領事館にデモ隊が殺到し、火炎瓶などを投げつけ、建物の一部が損傷した。11月27日には、今度は同じ中部の聖地ナジャフにあるイラン領事館が襲われ、放火された。現地からの報道によると、治安部隊が催涙弾や実弾を発射し、数十人が死傷した。
暴力が全土に拡大する事態に、シーア派の最高指導者シスタニ師は「これ以上イラク人の血が流れないようにするための方策を検討すべきだ」と呼び掛け、アブドルマハディ首相が声明で辞意を表明した。国会は一両日中にも辞表を受理し、新たな首相選びが始まる見通しだ。
しかし、首相選びは各派の利害に直結するため、簡単にはいかない。水面下では利権の配分が話し合われることも多い。アブドルマハディ首相の場合は、首相選びに約1年かかった。イラン革命防衛隊のエリート部隊「コッズ」の司令官ソレイマニ将軍が各派に寝まわしてしてやっとアブドルマハディ政権発足にこぎつけた経緯がある。イラクに駐留する米国はこれに暗黙の了承を与えた。
米ニューヨーク・タイムズが入手した公電のコピーによると、アブドルマハディ氏はサダム・フセイン独裁政権当時からイランと気脈を通じていたことが明らかになっている。逆を言えば、ソレイマニ将軍は長い時間をかけてイラク内部に“イランの資産”を育て、昨年10月に遂にアブドルマハディ氏を首相に就けたわけだ。首相が辞任すれば、その貴重な投資が無に帰してしまう。“影の支配者”イランが最も打撃を受けることになる理由だ。
イランでもデモ「革命以降で最も深刻」
しかし、アブドルマハディ首相が辞任しても反政府運動は収まりそうにない。シーア派最大の勢力の指導者であるサドル師は首相の辞任発表に対し「これは反政府運動の最初の結果でしかない」「辞任は腐敗の終わりではない」「新首相は国民投票で直接選ばれるべきだ」などとデモを続けるよう呼び掛けている。
イラク政府はネットを遮断し、スマホを通じてデモが動員されないよう措置を講じているほか、デモに好意的な地元のテレビ局などメディアを弾圧、閉鎖した。また全国各地に「危機管理センター」という新しい組織を設置するなど、沈静化を図っている。だが、バグダッドの中心部には今も若者があふれ、若者らの行動に共鳴する市民らも多い。
こうしてイラクに影響力を行使するイランだが、彼ら自身が国内の反政府運動の高まりにあえいでいるのも事実だ。イランの騒乱は政府が11月15日、ガソリン価格を最大3倍に値上げする決定をしたことがきっかけだった。すぐに全国にデモが拡大した。物価高騰などに対すデモは2年前にも発生したが、今回は生活困窮者だけではなく、多くの学生が参加したことが特徴だ。
首都テヘランだけではなく、イスファハンなど地方にも拡大。デモを鎮圧しようとした治安部隊と全国約100カ所で衝突した。デモ隊は政府庁舎や警察、銀行などにも押しかけ、火炎瓶などを投げた。イランの最高指導者ハメネイ師は27日、デモの鎮圧を宣言したが、政府への不満は市民の間にこれまで以上にうっ積することになった。
政府系メディアは治安部隊との衝突などで4人が死亡したと報じている。しかし、ワシントンで会見した反政府組織は死者が約450人、負傷者4000人、逮捕者1万人以上に上ったとしており、厳しい取り締まりで相当の死傷者が出たのは間違いない。アナリストの1人は「革命以来40年で最も深刻」と指摘している。
甘い汁吸う支配層への反発
学生が今回、デモに参加したのは、米国の制裁により、インフレや失業率の高まりなどで、生活が限界近くまで追い詰められていることが挙げられる。頼みの原油輸出は、制裁前は200万バレル(日量)を超えていたのに、この10月は50万バレルにまで減った。
デモ隊が最高指導者ハメネイ師の写真を破り、聖域だった宗教学校をも襲撃するという行動を見せたのは、困窮感が深まっているからだろう。背景には、「一般の市民はガソリンの値上げで苦しんでいるのに、ハメネイ師の関係団体や革命防衛隊の関連企業は税金を免れるなど甘い汁を吸っている」(ベイルート筋)といった支配層への反発が強まっていることがある。
ロウハニ政権はこうした経済的な苦境から脱却しようと、制裁の損失を補てんする仕組みを欧州に迫っているが、うまくいっていない。このため核合意を破棄すると脅し、最近もフォルドウの地下施設でのウラン濃縮再開を決定した。イランは12月6日に、米国を除く核合意の当事者と話会う予定だが、この席では、国連査察の一部拒否というさらなる強硬方針を伝える見通しだという。
しかし、欧州の救済案がうまく作動しなければ、国内の不満や反発が今以上に強まり、ロウハニ政権は崩壊せざるを得なくなるかもしれない。それを待っているのは革命防衛隊など保守強硬派だ。勢いづいた強硬派が来年2月の国会議員選挙、さらには21年の大統領選挙で勝利するようなことがあれば、イランは核開発の道を完全に再開し、イラクやレバノンへの支配を今以上に強める恐れが出てくるだろう。
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/18037
イラクでまた領事館に放火
2019年12月02日 05時38分 時事通信
イラン領事館にまた放火=シーア派聖地、デモ暴徒化―イラク
1日、イラク中部ナジャフで、治安部隊と言い争うデモ隊(AFP時事)
【カイロ時事】反政府デモが続くイラクで1日夜(日本時間2日未明)、イスラム教シーア派聖地、中部ナジャフにあるイラン領事館がデモ隊に放火された。ナジャフのイラン領事館は11月27日にも暴徒化したデモ隊に襲われたばかり。外交施設を警備する責任はイラク政府にあり、無策に対するイランの反発は必至だ。
イランは11月の事件後「イラク政府による襲撃者への断固とした対応」を求めていた。イラクでは11月初めにも別のシーア派聖地、中部カルバラでイラン領事館が襲撃を受けている。
政情不安定なイラクに対し、隣国イランは介入を強めてきた。これに対するイラクの民衆の不満が爆発していることが、一連のイラン領事館襲撃の背景に存在する。1日の領事館放火で緊張がさらに高まる事態が懸念される。 【時事通信社】
時事通信
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「イラク」の記事
イラク首相デモ拡大巡り辞意
イラクのイラン領事館で放火
https://news.nifty.com/article/world/worldall/12145-484974/
イラク首相の辞任を承認 デモ2カ月、後任選びは難航か
アルビル=高野裕介 2019年12月2日11時00分
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写真・図版イラクのアブドルマハディ首相=ロイター
2カ月にわたって大規模な反政府デモが続くイラクで1日、国民議会(国会)がアブドルマハディ首相の辞任を承認した。デモ隊は政治体制の変革を求めており、デモが収束するかは見通せない状況だ。
イラク首相、辞任の意向 終わらぬデモで死者400人
反政府デモは、政府の汚職や失業問題、脆弱(ぜいじゃく)な公共サービスへの不満に端を発して10月1日に始まり、治安部隊が実弾を使って応酬している。AFP通信などによると、これまでに約420人が死亡した。市民の怒りは、イラクに強い影響力を持つ隣国イランにも向いており、イラン領事館が相次いで放火される事態に発展した。
こうした事態を受け、イラクで大きな影響力を持つイスラム教シーア派の最高権威シスターニ師が11月29日、国会に対して、現政権に退陣を求めるよう暗に促した。その直後にアブドルマハディ氏が辞任を表明していた。
今後、サレハ大統領が新たな首相候補を指名するが、各勢力の思惑がからみ、後任選びは難航が予想される。(アルビル=高野裕介)
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