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2019年10月21日
消費税2%の増税でトイレットペーパーを買いだめするのに、もっと「大増税」には騒ぎもしない不思議【橘玲の日々刻々】
消費税引き上げ直前の駆け込み消費で、レジで長い行列をつくってトイレットペーパーなどを買いだめすることが話題になりました。「1万円分買っても200円しか節約できない時間のムダ」という辛辣な意見もあるようですが、休日に家でテレビを見るだけだったり、車で近所をドライブするくらいなら、「消費税増税」というイベントに参加し、1時間並んで大量のトイレットペーパーを持ち帰って、「得した!」という“達成感”を得たほうがずっといいのかもしれません。
それより不思議なのは、消費税が2%上がっただけでこんなに大騒ぎするのに、誰もがそれ以上の「増税」に無関心なことです。それが年金や健康保険など社会保険料の引き上げです。
消費税が3%から5%に引き上げられたのが1997年の橋本龍太郎政権のときで、これが景気を失速させ「デフレ不況」を招いたとバッシングされたことから、8%への引き上げは2014年の安倍政権まで待たなくてはなりませんでした。「一強」といわれるその安倍政権でも、消費税をさらに2%引き上げるのに5年半かかっています。
サラリーマンなどが加入する社会保険料は2003年にボーナスを含む総報酬制に変わったため単純に推移を比較できませんが、賞与を5カ月分として同時期(1997〜2019年)の引き上げ幅を概算すると、厚生年金は12.2%から18.3%(1.5倍)、健康保険は5.8%%から10%(1.7倍)、介護保険は0.98%から1.73%(1.8倍)になりました。同じ時期に消費税は5%上がったわけですが、社会保険料は、合計すると11%も引き上げられたのです。その結果、年金と健康・介護保険を合わせた社会保険料率は報酬の30%に達するまでになりました(労使折半)。
ところが、こんな「大増税」が行なわれたにもかかわらず、国会で問題になることもマスコミが大騒ぎすることもいっさいありませんでした。なぜなら消費税とちがって、社会保険料は国会審議なしに、厚労省の一存でいくらでも引き上げることができるからです。
給与から天引きされる社会保険料が増えれば、当然、その分だけ手取りの収入が減ります。これは誰でもわかりますが、見過ごされているのは、会社負担分は企業にとって人件費で、保険料の引き上げは給与や賞与の減額によって調整されることです。こうして「給与が減らされ、手取りはさらに減る」という踏んだり蹴ったりの事態になります。
平成のあいだにサラリーマンの平均年収が下がったり、同じ年収でも手取りが減りつづけていることが指摘されますが、その原因の一端は「社会保険料の大増税」にあるのです。
年収500万円のサラリーマンの場合、国に支払う社会保険料の総額は95万円から150万円に増えました。本人負担分だけでも年75万円ですから、多少給料が上がったくらいでは焼け石に水で、いくら働いても生活が苦しくなるのは当たり前です。
トイレットペーパーの買いだめで「自己実現」するのもいいですが、100円や200円節約したくらいではどうにもならない現実についても、たまには考えてみたほうがいいのではないでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2019年10月15日発売号に掲載
橘 玲(たちばな あきら)
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作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない?残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。
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2019年10月15日
「みんなで話し合う」と無能な者にひきずられる
【橘玲の日々刻々】
私たちは学校で、なにかあるごとに「みんなで話し合って決めましょう」といわれてきました。もちろんこれは日本だけのことではなく、近代の成立以降、欧米では「自由な市民による討論」こそが民主的な社会の基盤とされ、アメリカでは議論に勝つための「ディベート」というテクニックを学生たちが一生懸命学んでいます。日本の学校の「みんなで話し合う」も、敗戦によってアメリカの「民主教育」が移植されたものです。
「三人寄れば文殊の知恵」は、一人の限られた知識で問題を解決しようとするよりも、さまざまな知識をもつひとたちが集まって協力したほうがよい結果を生むということわざで、たしかにそのとおりにちがいありません。
しばらく前に『「みんなの意見」は案外正しい』という本が話題になりましたが、そこでは「素人による多数決は専門家に勝る」と論じられました。早くも19世紀に、ダーウィンのいとこであるフランシス・ゴールトンが、牛の品評会で行なわれた体重当てクイズの投票用紙を集め、素人の参加者の投票の平均が専門家よりもずっと正確に牛の体重を予測することを示しています。素人判断は極端に重かったり軽かったりするものの、多数の投票で間違いが相殺されて平均が正解に近似していくのです。
だったら、「みんなの話し合い」によって世の中はどんどんよくなっていくのでしょうか。
インターネットの誕生で誰もがバラ色の未来を夢見ていた頃ならいざ知らず、いまではこういう楽観派は少数でしょう。話し合うほどに意見が対立し、やがては憎悪の応酬になっていく有様をSNSで日々目にしているのですから。
いったいどちらが正しいのか? 最近では認知心理学が、巧妙な実験によってこの問いに答えようとしています。
実験では、視覚の俊敏性を必要とする課題で、能力の高い被験者と低い被験者をさまざまな条件で組み合わせました。すると、不思議な現象が判明したのです。
自分と相手がどの程度の能力をもっているかがわかれば、当然のことながら、能力の低い者が高い者の判断に従うことで正解率は上がります。ところがこの条件で参加者に話し合いをさせると、正解率が逆に大きく下がってしまうのです。
その理由を研究者は「平均効果」で説明しています。話し合いでは、ごく自然に、参加者のすべてが「平均的な能力」をもっていることを前提にします。そうなると、能力の低い者は実際より有能に、能力の高い者は実際より無能に評価され(自分でもそう思い)、いつのまにかとんでもない判断に至ってしまうのです(会社の会議などで思い当たるひとがたくさんいそうでず)。
これを読んで、「だからリベラルな教育はダメなんだよ」と思ったひと(保守派)もいるでしょう。しかし問題はさらにやっかいです。
研究者は文化的な偏りをなくすため、この実験をデンマーク(西欧)、中国(東アジア)、イラン(中近東)で行ないました。それぞれの国の「リベラル度」はかなりちがうでしょうが、驚いたことに、どこでもまったく同じ「平均効果」が生じたのです。
「その場を丸く収めるために無能な者にひきずられる」というのは、どうやら人類に共通の性向のようです。
参考:Bahador Bahrami, Karsten Olsen, Dan Bang,Andreas Roepstorff, Geraint Rees and Chris Frith(2012)What failure in collective decision-making tells us about metacognition,Philosophical Transactions of the Royal Society B
『週刊プレイボーイ』2019年10月7日発売号に掲載
橘 玲(たちばな あきら)
https://diamond.jp/articles/-/217610
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