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利便性なきマイナンバーカードがデジタル・ガバメントの切り札とは… 政府と業者は失敗隠しに必死か
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60156
2019.02.28 磯山 友幸 経済ジャーナリスト 現代ビジネス
行政サービスの効率化は結構なことだが
首相官邸の大会議室で2月26日、経済財政諮問会議の今年3回目の会合が開かれた。1月から有識者(民間人)議員4人のうち学者2人が入れ替わり、竹森俊平・慶応大教授と柳川範之・東大教授が新たに就任。中西宏明・経団連会長と新浪剛史・サントリーホールディングス社長が留任した。
メンバーは現在11人で、議長を務める安倍晋三首相のほか、麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、茂木敏充経済財政政策担当相、石田真敏総務相、世耕弘成経産省が内閣から加わっているほか、黒田東彦・日銀総裁もメンバー。経済や財政政策の司令塔として改革を主導する役割を担っている。
3回目の会合のテーマは「次世代型行政サービスへの改革」と「地域活性化」。議事要旨は原稿執筆時点ではまだ公開されていないが、会議に提出された資料を見て驚いた。経済財政諮問会議では、有識者議員が提出するいわゆる「民間議員ペーパー」というのが定番になっており、各省庁の抵抗が強い改革テーマなどを俎上に上げる際に多用されてきた。民間の発想で改革を進めるうえで、このペーパーの持つ力は大きい。
今回もこの民間議員ペーパーが出されたのだが、その中に驚くべき一文が滑り込ませてあった。
ペーパーのタイトルは「『次世代型行政サービス』への改革に向けて」。サブタイトルには「高い経済波及効果と質・効率の高い行財政改革の同時実現」とあり、民間議員4人の連名になっている。
文書の出だしはこうだ。
「行政サービスのデジタル化(デジタル・ガバメント)は、行政コストの引き下げを可能にするだけでなく、新たな民間ビジネスを活性化させる上で、重要な役割を果たす」
まさしく正論である。行政コストを引き下げ、行財政改革を行うために、デジタル化を進めるというのは当然のことだ。「利用者目線で、情報セキュリティの確保を前提としつつ、国と地方を合わせた行政の在り方そのものを見直し、デジタル化を早急に実現すべきである」としている。
では、具体的に何をやるべきだと言うのか。「デジタル・ガバメント実現の方策」として、あのマイナンバーが出てくる。
「マイナンバーカードは、デジタル・ガバメントの利便性を国民が実感する有効手段。その普及に向けて、健康保険証との一体化を着実に推進すべき(さらに、例えば、運転免許証や社員証との一体化)」と書かれている。ここだけやたらと具体的である。
「利便性を国民が実感する有効手段」ですと。マイナンバーカードをお持ちの方にお聞きしたい。利便性を実感したことがあるだろうか。マイナンバー自体の必要性については理解できる。だが、マイナンバーカードとなると本当に利便性が高いと言えるのか。
便利ではないマイナンバーカード
所管する総務省のホームページには「マイナンバーカードのメリット」として本人確認の際の身分証明書となることや、e-TAXでの税務申告に使えること、コンビニで住民票などの証明書が取得できることなどを挙げている。
だが、実際には身分証明書としては運転免許証やパスポートの方が通用度も信用度も高いのが現実だ。総務省のホームページでも「マイナンバーカードを身分証明書として取り扱うかどうかは、最終的には各事業者側の判断となりますので、一部の事業者では利用できない場合があります」と但し書きが付いている。
税務申告は年に1度だし、住民票など公的な証明書を取る頻度もそう高くない。マイナンバーカードがなければ不便だというわけではない。
その証拠に普及率がめちゃくちゃ低いのだ。2016年1月に公布が始まったが、総務省自身の集計によると、2年半が経過した2018年7月1日現在での普及率は全人口の11.5%に過ぎない。
なぜ普及しないのか。持っていなくても不便を感じないからだ。むしろ、カードの扱いが厄介なのだ。
このマイナンバーカード、IT(情報技術)の専門家から「極めて不思議なカード」という不名誉なお墨付きを得ている。デジタルカードなのにもかかわらず、氏名はもとより、住所や生年月日などの個人情報がプリントされている。アナログの紙カードと体裁は変わらないのだ。しかも、肝心のマイナンバーも裏面に書かれている。
マイナンバーは絶対に他人に知られてはいけないものだと喧伝されたため、マイナンバーカードの扱いは厄介だ。カードを手渡した相手が裏返しても番号が見えないようにその部分を隠したビニル制のカバーを配布しているケースもある。
総務省でも「個人番号をコピー・保管できる事業者は、行政機関や雇用主等、法令に規定された者に限定されているため、規定されていない事業者の窓口において、個人番号が記載されているカードの裏面をコピー・保管することはできません」と注意喚起している。
「法令に規定された者」が誰なのか、普通の人は知らないから、誰に見せても大丈夫なのかが分からない。そんな厄介なカードを持っているのは危険だ、ということになってしまう。
マイナンバーカードは利便性が高いから普及させるべきだという提言をしている経済財政諮問会議の4人の民間人議員は、おそらくマイナンバーカードを持っていないのだろう。このカードの事を知らないのではないかと疑ってしまう。
聞いたところによると、この提言を主導したのは中西経団連会長なので、さすがに中西氏は持っていると思うが、経団連会長の定例会見に出る新聞記者の皆さんに、是非、聞いてもらいたいものだ。
また、なぜ健康保険証と一体化するのか。国民が必要なものを一体化すれば「利便性を実感する」というのであれば、話が逆ではないか。今は健康保険証を病院の窓口で預けたりしているが、マイナンバーカードと一体化されたら、「裏は見ちゃダメですよ」と言って表だけ見せる必要があるのか。受付窓口で自分自身がカードリーダーに読ませなければならなくなるのだろう。
そもそも誰の根回しで
ところで、健康保険証との一体化、という話は諮問会議の10日ほど前に菅官房長官が方針を発表していた。新聞各紙は、「菅官房長官は15日閣議後の会見で、マイナンバーカード普及に向け、消費活性化策や健康保険証と一体化する施策を取りまとめることを決めたと明らかにした」と報じていた。
何だ、民間議員は政府が決めたことをあたかも自分たちが要望しているようにペーパーにまとめていただけなのか。それとも中西氏の根回しで政府が先に決めていたのか。
そもそも、中西氏がマイナンバーカードの普及を提言するのは大問題ではないか。中西氏は日立製作所の会長である。マイナンバーカードのシステム構築を請け負っている会社の1つだ。
2014年に一般競争入札で決定した中枢システムの設計・開発は、NTTコミュニケーションズとNTTデータ、富士通、NEC、日立製作所の大手5社が参加するコンソーシアムが落札した。本来は競合するはずの大手5社が相乗りで入札するのは異例で、しかも単独の入札者だった。
マイナンバーカードの普及はシステムの存続に関わる。中西氏は自社の利益のために経済財政諮問会議の有識者議員の立場を利用したと疑われかねない。
マイナンバーカードのシステムは運用が始まって早々、システムトラブルが相次ぎ、2017年夏には会計検査院も調査に乗り出して、国会と内閣に報告を提出した。入札に当たっての業者選定の透明化や、省庁を超えた情報データの連携についての情報共有などを求めている。
システム構築で総務省は過去にも大失敗を演じている。旗を振った住民基本台帳カードは普及せず、巨額の国費をドブに捨てたとまで酷評された。
ところが、マイナンバーカードのシステムは住民基本台帳ネットのシステムを引き継いでいる。そして今も、普及率1割のシステムの運用のために、年間500億円が使われている。
マイナンバーカードを失敗に終わらせないために、政府も、システムベンダーも、何としてもカードを普及させたいのである。
果たして、民間議員ペーパーの言う「行政コストの削減」や「利用者目線」はどこへ行ったのだろうか。本当に便利だと思うのならば、まずは日立製作所グループの社員証をマイナンバーカードに一体化し、社員の意見を聞いてみてもらいたいものだ。
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