2019.02.16
牧田寛
ミカンと原子力の街、愛媛県八幡浜市
去る2月6日、八幡浜市保内(ほない)町にて、「使用済燃料乾式貯蔵施設に関わる講演会」が八幡浜市主催で行われました。
幸い、ある市議さんのご高配で開催を知ることが出来、参加してきました。これは、原子炉設置公開ヒアリングなどのいわゆるPA(パブリック・アクセプタンス)事業(社会的受容性の意味。原子力発電所ほか発電施設、道路、鉄道などの公益設備、施設やワクチンなど、社会的影響の大きな事業について事前に市民、地域住民の合意を得ること。フランスがおおきく先行し、啓蒙主義的側面がある。日本ではおおきく劣化した独自の進化をしている)の一環とみられ、住民向けのものには初の参加となります。
八幡浜市は、佐田岬半島の南側根元にある港湾都市で、人口3万3000人弱(最盛期の4割程度)、主力産業はミカン農業(出荷額愛媛県内1位)と造船・食品などの工業です。また、九州と四国を結ぶ交通の要衝であり、カーフェリーの入港総数は年間延べ7000隻以上、同じく総トン数1800万トンとなっています(参照:八幡浜市統計書 本文)。
八幡浜市は、伊方発電所から直線で約10kmの距離にあり、核災害時には甚大な影響が予想されるだけで無く、一方が海、三方が山に囲まれ、脱出経路が容易に閉塞することが予想される核災害時脱出困難自治体といえます。現在、それを緩和する働きを持つ国直轄の大洲・八幡浜自動車道の大洲延伸工事が行われていますが、既着工区間では2年の建設遅延で、さらに八幡浜市と大洲市を隔てる夜昼峠を抜ける夜昼道路は、開通までに4年以上が予想されます。既存の国道197号線夜昼トンネルは、中央自動車道笹子トンネルと同じ天井板のあるかなり旧式化したトンネルです。八幡浜から大洲に出るには、旧道は極めて狭隘なためにこの国道197号線夜昼トンネルを通るほか無く、買い物のたびに少し怖いです。
現在、伊方発電所に関わる電源交付金は、伊方町が約18億円に対し、八幡浜市は約5000万円です。 八幡浜市の市内総生産は、控除、税を除き1125億円、うちミカンが80億円、原子力関連が同規模であり、ミカンと原子力関連が均衡をとっている状態です。
八幡浜市では、2015年に伊方発電所の再稼働賛否についての住民投票を求める直接請求の署名運動が起こり、法定署名数をおおきく超え、有権者数の1/3程度となる約1万筆弱の署名が集まりましたが、2016年1月28日市議会で否決され、伊方発電所は16年夏に再稼働した経緯があります(参照:住民投票を実現する八幡浜市民の会)。
使用済み核燃料乾式貯蔵とは何か?
原子炉を運転すれば、使用済み核燃料が発生します。近年、東京電力を中心に「使用済み原子燃料」と読み替えようとする動きがありますが、これは錯誤型PAの典型手段で、印象の悪くなった言葉を差し替えてごまかそうとするものです。
後発原子力国であり、原子力後進国の日本語ではなく英語では“Spent Nuclear Fuel“であり、日本語でも元来「使用済み核燃料」です。近年では、「使用済み原子燃料」ですら錯誤型PAの効果がなくなり、「使用済み燃料」という言い換えが始まっています。まるで場末のペテン師ですが、これが極めて特異的な日本における原子力PAのごく一部の実態です。私は、これを「ヒノマルゲンパツPA」と呼称しています。なお、使用済み核燃料のアクロニムはSFまたはSNFですが、これは原子力業界内の技術用語です。本稿ではSFを用います。
さて、使用済み核燃料(Spent Nuclear Fuel, SNF/SF)は1GWe級のPWR一基で年間平均50~60本(燃料集合体換算)発生します。結果、40年で2000~2500本発生しますが、発生直後のSFは非常に強い崩壊熱を持ち冷却しなければ溶融を起こします。また、SFは100年間にわたり十分な核拡散耐性を持つ強烈な放射線を出します。結果、SFは使用済み核燃料プール(SFP)の中で放射線遮蔽をするとともに冷却されます。
この使用済み核燃料プールは、電力で強制冷却されており、電力を喪失すると概ね72時間から数週間で沸騰し、開放系での使用済み核燃料溶融という最悪の事態を起こします。平たく言えば、原子炉容器、格納容器で封印されていないむき出しの状態で起きる原子炉炉心溶融で、しかも水・ジルコニウム反応は一度起こると止められませんので、原子炉数基分の使用済み核燃料が溶融します。
これが福島核災害の際に合衆国が事態を非常に恐れ、ドローンを飛ばし、横田基地から合衆国市民を緊急脱出させた理由です。
福島核災害では、4号炉のSFPが開放系での使用済み核燃料溶融の危機にありましたが、暁光、奇跡、天佑神助といえる全くの偶然で、隣接する水ピットの水密ドア破損により大量の水がSFPに注がれ、事実上の東日本消滅、関東からの3千万人避難=難民化という原子力委員会による最悪想定を免れました。この偶然が無ければ最悪の場合、福島第一、福島第二に加え、大洗、東海村の全原子炉・核施設が連鎖的に溶融、爆発し、箱根以東、津軽海峡以南の東日本は居住不能の核の荒野となっていました。
SFPによる使用済み核燃料の保管は、SFの取り出し、収容が容易である一方で常時電力供給を要し、被曝労働による管理を必須とします。結果、お金がかかるだけで無く、受動安全性(外部からの電力等のエネルギー、人の働きかけがなくても勝手に安全側へ収束すること)がありません。前述の福島核災害におけるSFPの危機は、まさに受動安全性の欠如が根本にありました。もともと原子力開発黎明期において、SF問題については再処理による減容と時間稼ぎで回避出来るという極めて楽観的な見通しで、ごく一時の作業中保管程度の役割であったSFPでの長期保管に依存してきたという経緯があります。
核燃料サイクルは、その経済性の無さ(MOX燃料の価格はウラン燃料の4~10倍、国産では数十倍)と核拡散耐性の消滅によって合衆国は完全に放棄し、英国も今世紀に入り大きな事故を起こして撤退、日本は失敗という有様で、減容化と時間稼ぎは出来なくなっています。現在核燃料サイクルが機能しているのは仏露のみです。
合衆国では、ネバダ州のユッカマウンテン最終処分場でのSF最終処分を前提にワンススルー方式(ウランを再処理せずに一回だけの使い捨てにする使い方で、軽水炉では唯一経済性が認められている)での商用原子力利用が行われてきました。過去30年間に延べ一兆円を超える費用を投じてきたユッカマウンテンの事業は大幅に遅れ、安全性への疑念と、社会的合意が得られていないという理由からオバマ政権によって中止されました。結果、合衆国の原子力発電所にはSFが溢れかえり、高レヴェル廃棄物(HLW)とSFの処分が定まらない限り、新規、延長等の原子炉運転ライセンスは認めないという司法判断もあって、今世紀に入り合衆国では急速にドライキャスクでの乾式貯蔵が普及しています。
合衆国の原子力発電所の航空・衛星写真を見ると、ドライキャスクが露天でずらりと並んでいるのが分かります。(出典:Main Yankee.com)
このドライキャスクは、合衆国の場合、80年の寿命を持ち、費用は一基あたり数千万円、サイト全体の武装警備費用を含む年間維持費は、メインヤンキーの場合10億円(1ドル=100円換算)です。
合衆国では、このドライキャスクをリージョン(地域)ごとの独立使用済み核燃料貯蔵設備(Independent spent fuel storage installation, ISFSI)で暫定管理する予定でしたが、立地に失敗し、現在は各原子力発電所サイトにISFSIを設置しています。
このISFSIによる暫定管理の実現によって、ユッカマウンテン事業の再開(キャンセルされたがライセンスは維持されている)ないし、新たな候補地での実現まで時間稼ぎをするという建前で、原子力発電所のライセンス問題を回避しています。
ドライキャスクは、非常に場所をとり、目立ち、見てくれも良くないのですが、経済性は抜群に良く、固有安全性も非常に高いために当面のSF保管の決定版と目され、合衆国では爆発的に普及しています。この分野では日本は四半世紀以上遅れていますが、その元凶は大失敗の核燃料サイクル事業により、SFは再処理してなくなるものという建前にしがみついてきたためです。また、SF取り出しが比較的難しいドライキャスクは、核燃料サイクルと相性がたいへんに悪いです。また日本の電力会社にとっては、SFPから10年ほどで再処理工場に送られるSFをわざわざ専用の設備で保管する費用を出す必要がないという理屈がありました。
現在日本の原子力を考えるときには、3G+軽水炉、デコミッション(廃炉)、バックエンド(核廃棄物最終処分)といった21世紀前半における原子力産業三本の柱では日本は25年程度遅れた後進国であることは強く留意すべきです。
少なくとも、ドライキャスクによるSF暫定管理は、21世紀の世界の原子力産業にとって標準的なものであり、合衆国式のコンクリートキャスクではF-16級の小型軍用機の突入まで検討した、安全性に優れたものであると考えて良いです。ただし、日本人は和魂洋才ではありませんが、舶来の優れた技術をゴミにする類い希な能力を持ち、世界の標準が危険なガラクタに化けることは福島核災害が証明しています。従って慎重に事実を元に検証しなければなりません*1。
*1:福島第一1号炉を建設したGEは、非常用発電機と電源系統を二階以上の高所に設置することを提案したが、東京電力は拒絶して地下に設置した。結果、津波による浸水で全電源喪失し、加えて非常用冷却装置(IC)の使い方を知らなかった日本人は、原子炉を爆発させた。
なお、世界ではドライキャスクによる暫定管理が本格的に始まって約30年を超え、キャスク内での燃料破損や漏洩といった問題が発生しており、合衆国ではいろいろな事例が公開されています(参照:Coast to Coast Spent Fuel Dry Storage Problems and Recommendations, Erica Gray, NRC REG CON 2015, November 18, 2015)。一方で日本では未だに原電東海と東電福島で試験運用段階です。こうしたところもヒノマルゲンパツPAに依拠して福島核災害を起こした原子力後進国日本の大きな違いです。
八幡浜市で行われた貯蔵施設に関わる講演会
四国電力伊方発電所では、1号炉2号炉の廃炉、ラ・アーグでの委託再処理契約の失効、六ヶ所村再処理工場の完成遅延が重なり、あと数年で使用済み核燃料ピット(PWR陣営での使用済み核燃料プールの方言:SFP)がいっぱいになり、原子炉の運転が不可能になります。そのため使用済み核燃料の乾式貯蔵が急務となっています。そのためには伊方町、八幡浜市の合意が必要となり、活発なPA活動が行われています。
そのため八幡浜市では、一般財源から昨年6月補正で約300万円の予算が組まれ(参照:八幡浜市 平成30年度6月補正予算資料)、選ばれた68人の市民を対象とした日本原子力発電東海発電所(茨城県東海村)の視察研修が(参照:“八幡浜市6月補正案 乾式貯蔵・廃炉視察へ|愛媛新聞2018/5/29” )、12月補正 で30万円の予算が組まれ乾式貯蔵施設講演会が企画されました(参照:八幡浜市 平成30年度12月補正予算資料)。
すでに「市民有識者」を対象とした研修旅行は終わっており、私は、2/6の講演会のみに参加することとしました。
会場は、保内町(ほないちょう:伊方発電所分水反対運動があった旧保内町で、このために伊方発電所には野村ダム等の水は分水されていない)の八幡浜文化会館ゆめみかんで、2/6 13:00-16:40の開催でした。会場内では、市民代表者と市民の区画に別れており、私は市民席で、後方2列目となりました。
人数は多く盛況ですが、見事に年配男性だらけです。開会前の雑談を仄聞する限り、業界団体、地域団体よりの事実上の動員ないし割り当てと思われます。やはり平日日中では、一般市民の参加は極めて困難であり、また人口の過半数を占める女性が極めて少ないというのはよろしくありません。仮に動員や割り当てであればこそ男女比は1:1であることは必須でしょう。
八幡浜市職員には負担となりますが、こういった地域の将来を決める重大事には、土日祝日開催でもっと多くの市民が自由参加出来るようにすることは必須です。
この講演会では、講師として大阪府立大学名誉教授の長沢啓行さん(機械工学・経営工学)が反対の立場から、東京工業大学特任教授の奈良林直さん(原子炉安全工学)が賛成の立場からの講演でした。
かつてと異なり、ほぼ対等な立場で賛成、反対の双方の立場から講演が行われるのは、大きな改善です。最低限の公正さはあると言って良いでしょう。このことは高く評価出来ます。
日本は、使用済み核燃料の乾式貯蔵等による暫定管理では1980年代半ば(Surry N.P.P. 1986~)には実用化が始まった合衆国に比して少なく見積もって30年立ち後れており、この分野の専門家は極めて少ないのが現実です。
結果、原子力業界内からこの分野の専門家が一般向けに説明を行う機会は極めて稀少であり、今回もそうではありませんでした。原子炉の運転が出来なくなる間際までこのような重要技術が立ち上がらず、人も育てず、まさに間際になってOBやOGがPA活動に駆り出される不健全な姿が眼前にありました。
とはいっても私は、原子力発電所の固有安全性をおおきく高める乾式貯蔵施設についてどのような理路で反対の論を述べるのかに強い関心があります。また、「プルトニウムは32g食べても安全」という名言を残した奈良林氏がどのような人物であるのか、どのような論を展開するのかに興味津々でありました。所詮、伝聞は作り物、本人がどのような論を展開するのか、自分自身で見聞きしなければ本質は分かりません。
この連載では、今後講演順に従い、長沢啓行さんの講演を第2回で、奈良林直さんの講演を第3回でご紹介し、第4回で講評をする予定です。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』第4シリーズPA編−−1
<取材・文/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado 写真/Mugu-shisai via Wikimedia Commons CC BY-SA 2.5> まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中
牧田寛