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薬物依存症は「ダメ、ゼッタイ。」では防げない、効果的な治療法とは?
『薬物依存症』松本俊彦氏インタビュー
2019/02/15
本多カツヒロ (ライター)
覚せい剤や大麻といった違法薬物の使用や所持で逮捕された有名人がワイドショーなどの恰好のネタとなる。その際に想起されるイメージは廃人やゾンビのような姿ではないだろうか。しかしながら、マスメディア関係者も含め、多くの人は一生のうちに一度も生の薬物依存症患者に会うことはない。かれらの実態とはいかなる姿なのか。『薬物依存症』(ちくま新書)を上梓した国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・精神保健研究所薬物依存研究部部長兼依存症治療センターセンター長に、薬物依存症者の実態や治療、政策的な問題点などについて話を聞いた。
(LeszekCzerwonka/iStock/Getty Images Plus)
――少し前に人気ドラマ『相棒』に登場した薬物依存症の「シャブ山シャブ子」が、薬物依存症者の実態とかけ離れているとして「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」から抗議を受け問題になりました。しかし、多くの人にとって特に覚せい剤を使用している人たちはゾンビのようなイメージが共有されています。実際には、どんな人たちなのでしょうか?
松本:多くの人は、覚せい剤を乱用している依存症の患者さんというとゾンビ、もしくは暴力団員のイメージを持っているかもしれませんが、実際に診察に訪れる患者さんでそのような人はほとんどいません。外見的にはむしろきちっとした服装をしている方が多く、特に最近はスタイリッシュな人が少なくないですね。
それだけいつも人から自分がどう見られているのかを気にしている人たちなのでしょう。 だからこそ、明らかに見下されているなと感じれば、挑戦的な態度を取る人もなかにはいますが、ごく普通に接すれば、丁寧で優しく配慮のある人たちがほとんどです。
ここ20年ほどセクシャリティマイノリティの患者さんが増えているのですが、かれらの多くは高学歴で高度な専門職に就いています。セクシャリティマイノリティでない患者さんにしてもそうですが、共通しているのは、ワーカホリック気味の人が多いということでしょうか。
それはわかる気がします。というのも、人間にとって一番気持ちの良い経験は、人から褒められることだからです。不遇な家庭環境で育ったり、学校時代にいじめを受けたり、パッとしない学生生活を送った人のなかには、仕事で褒められ、給与が増えることで、初めて人から自分が認められたと感じる人がいます。そして、もっと頑張ろうと思う人がいます。しかし、体力には限界があります。そこで覚せい剤を使い、仕事をさらに頑張ろうとして依存症になる人もいるのです。
――覚せい剤を使うとそんなに頑張れるものなのでしょうか?
松本:個人差があります。覚せい剤を使用してもまったく効かない人もいますし、最初からすごく良かったという体験をする人もいます。いずれにしても、1回の使用で幻聴や被害妄想を体験するかといえば、そんなことは滅多にありません。割と多いのは、眠れなくなったり、食べられなくなったりするという体験です。それを自分にとって好ましい効果だと感じた人は、繰り返し使うようになります。覚せい剤は5〜6時間効果が持続し、集中力が増し、少なくとも初期は仕事のパフォーマンスが良くなった気がするでしょう。ただ、その反面、効果が切れると疲労感がひどく、眠りすぎなほど寝てしまう。要は、「元気を前借り」しているようなものです。
ワーカホリック気味の人が多い
――実際の薬物依存者とイメージの乖離はどうして生まれるのでしょうか?
『薬物依存症』(松本俊彦、筑摩書房)
松本:日本は薬物に関してとてもクリーンな国ですから、ほとんどの人たちは一生のうちに一度も薬物依存者と直に接することも、会話をすることもありません。そのことが薬物依存者に対する偏見や差別につながっているように思います。
それを促進する要因として、中学高校で受けた「ダメ、ゼッタイ。」という薬物乱用防止教育や、1980年代の「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか」という麻薬撲滅防止キャンペーンCMのイメージの影響も無視できないように思います。また、薬物事件で逮捕された芸能人などのマスメディアの報道の影響もあるでしょう。
他にも、凶悪な殺人事件の犯人の薬物使用歴から、薬物依存症に対するネガティブなイメージがあるのかもしれません。たとえば、2016年に起きた相模原障害者施設殺傷事件の犯人には大麻使用歴がありましたが、専門家として断言しますが、彼の優性思想的な考えと大麻とはいっさい関係がありません。それなのに覚せい剤や大麻の恐ろしさと犯罪が一緒くたに議論されています。こうした背景が、薬物依存者に対する間違ったイメージにつながっています。
これは一般の方々だけでなく、医療関係者も同様です。薬物依存症の専門外来が少ないため、医療関係者ですら薬物依存者に接したことがないのが実情です。
――外来には、覚せい剤、大麻などどの薬物依存で訪れる患者さんが多いのでしょうか?
松本:患者さんのメインは、覚せい剤ですね。次に多いのが、違法薬物ではなく、精神科の処方薬の依存症になってしまった患者さん、若い子では市販の風邪薬や鎮痛剤に依存している患者さんもいて、これはこれで見過ごせない状況です。精神科の処方薬でも多くの人は依存症にはなりませんが、複雑な事情が絡み依存症になってしまう人もいます。本来なら、精神科医が処方した薬に依存しているのですから、精神科医自らが診るべきなのですがそうはなっていないので、私のところに診察に来るのです。
大麻に関しては、近年危険ドラッグが一掃され、最近のトレンドとして国内外含め危険ドラッグよりはるかに安全な大麻へ移行しています。国もその動きは察知していて、大麻取締法違反での逮捕者が激増しています。
――大麻については、カナダでは全面解禁され、アメリカでも州によっては医療目的以外での使用も解禁されています。そこでよく耳にするのが、大麻はタバコやアルコールに比べれば、体に悪くないという意見です。この見解についてはどうお考えですか?
松本:半分当たっていて、半分は間違っています。確かに内蔵障害については大麻の方がお酒より軽く、大麻よりもタバコのほうが止めることが難しいと思います。しかし、もともと体質的に脆弱な方、すでに精神疾患を患っている方、あるいは統合失調症の患者さんが近親者にいて、精神疾患に対する遺伝的素因を持っている方は、幻覚や妄想といった統合失調症と同じような症状が出やすい傾向があります。その意味では、長期間使ってきたり、大量に使ってきたからといって、大麻による精神障害ができるわけではありません。ただ、例外的に、未成年のうちから大量に摂取してきた方の場合には、統合失調症の症状が発現しやすいという印象を持っていますが。
治療で重要なのは、ドロップアウトしないこと
――覚せい剤や大麻の正しい情報を聞いた上で、それらの薬物依存者に対し、どのような治療を行うのでしょうか?
松本:アルコールや大麻、ヘロインのようなダウナー系の薬物に関しては、補助的にそれなりの効果を発揮する治療薬が開発されているので、それを使用しながら治療していきます。
いわゆるアッパー系と言われる覚せい剤やコカインについては、そのような欲求を緩和する治療薬はまだ開発されていませんから、広い意味での心理療法が中心になります。なかでも一番効果的なのは、薬物依存症からの回復を支援するダルクなどの施設に入所することです。ただし、患者さんのなかには家族がいたり、仕事に就き一家の大黒柱である人もいます。その患者さんたちが、仕事を辞めてダルクに入所するのは非常に困難です。そこで我々が開発したのが、スマープ(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program:せりがや覚せい剤再発防止プログラム。開発時に最初のトライアルを神奈川県立精神医療センターせりがや病院で行ったことにちなんでつけられた名前)なのです。
――スマープの特徴とは?
松本:一番の特徴は、人材育成にあると考えています。これまでの医学では、冒頭にお話したような薬物防止教育とさほど変わらない薬物依存者に対する教育が行われていました。医療関係者であっても薬物依存者に出会う経験がほとんどないので、患者さんに会ってもらい医学教育で刷り込まれた偏見をなくしてもらう。薬物依存症の治療がうまくいかない最大の原因は、医療者側の偏見にあるからです。
もちろん、スマープは患者さんの病状の改善にも貢献します。そのなかで、プログラムの効果として重視したのは、治療継続性の高さです。1980年代より海外の研究で明らかにされてきたのは、依存症の治療において最も重要なのは、継続性が高いこと、ドロップアウト率が低いことです。そして実は、従来のプログラムでは治療開始からわずか3カ月でなんと7割もの患者さんが治療からドロップアウトしていました。
――プログラムの途中でドロップアウトするのは、また薬物を使用してしまうからでしょうか?
松本:ええ、おそらくそうなのだと思います。再び薬物に手を出してしまうのが薬物依存症の症状なわけです。ですから、そのことを正直に言ってくれないと、治療になりません。しかし、従来のプログラムでは、その失敗を安心して告白できませんでした。もしも告白すれば、医師から頭ごなしに叱責されたり、説教をされたり、プログラムに参加させてもらえなかったりしたのです。さらには、正直に告白した結果、警察に通報されてしまうことさえまれならずあったのです。覚せい剤の使用に関しては、本来ならば医師には守秘義務がありますし、通報義務もありません。たとえ「犯罪告発義務のある公務員」の医療者であってもとしても、その犯罪にあたる行為に関して職務上正当な理由(=治療上の必要性)があれば守秘義務を優先できるはずです。ところが、残念なことに、医師のなかには、治療を犠牲にしても、犯罪を告発することが正当だと考える人もいるのです。
そのように通報されるかもしれないと脅えるような状況では、依存症の患者さんたちはとうていプログラムを続けることなどできません。依存症からの回復に必要なのは、安心して失敗を語れる治療関係です。「薬をやりたい、やってしまった、やめられない」と告白しても、誰も不機嫌にならないし、誰も悲しげな表情をしない場所です。スマープでは、そんな風に安心して失敗を語れる安全な治療環境づくりを心がけています。
――その他に薬物治療で難しい点はありますか?
松本:覚せい剤に依存している患者さんたちが一番覚せい剤に再び手を出しやすいのは、刑務所から出所した直後です。刑務所に収監されている間は当然覚せい剤とは無縁ですが、その間に仕事を失い、配偶者や家族のサポートがなくなり、友人とも疎遠になっている場合もあります。再就職しようにも厳しい状況です。そうなると居場所がなくなり、健康な人たちとのつながりから孤立してしまい、結局は再びかつての薬仲間のところにも戻ってしまいます。そして自暴自棄的な気持ちから覚せい剤を採用してしまうのです。
――その際に、また刑務所に戻るかもしれないという考えと、戻りたくないという考えを天秤にかけることはないのでしょうか?
松本:最初は天秤にかけ「やっぱりやめておこう」となります。しかし、頭のなかでは「1回ならバレないか」「今日は出所したからご褒美だ」「今度こそこれが最後の1回だ」などと段々と自分に都合の良い理屈を思いつくわけです。依存症というのは、心のなかに「自分を裏切る悪魔」が住んでいるイメージで捉えてください。
――もちろん、刑務所内でも依存症のプログラムは行われているわけですよね。
松本:ええ、医療機関と同じグループ療法が行われています。ただ、「絶対に薬物を使えない環境」では、覚せい剤の欲求も忘れます。ですから、「もう自分は絶対に使わないはずだ」と油断してしまい、いくら治療プログラムに参加しても、全く身が入りません。それに、プログラムのなかでいくら自由に発言できると言われても、どうしても刑務官の目が気になります。あまりにも忌憚のないことをいえば、仮釈放がもらえなくなってしまうかもしれないのです。そのような環境下では意味のあるプログラムはできません。
依存症の特徴は、すぐに「喉もとをすぎて」忘れてしまうことです。たとえば、もうお酒をやめたと言っている人が3日後にはもう飲んでいるのはよくあることです。嫌な記憶というのはすぐに飛んでしまう。刑務所内で、覚せい剤を使用できない環境にいれば、もう大丈夫だと本人も家族も思います。でも、出所するとすぐにまたスイッチが入ってしまう。そう考えると、刑務所に収監することのメリットはなんだろうかと思いますね。
アメリカにはドラッグコート(薬物裁判所)という司法制度があり、刑務所に収監するかわりに、自宅で仕事をしながら週3日以上治療プログラムに参加することが求められます。こうした制度のほうが再犯率は低く、社会経済的なコストが小さいことが明らかになっています。他の先進国でも、刑務所よりも地域で治療プログラムを実施することがもはや常識になりつつあります。
――刑務所に閉じ込めることのメリットがないと。それは政策的な問題でもありますね。
松本:なぜ危険ドラッグが少し前に流行ったのか。海外では危険ドラッグは子どもが使うもので、大人は覚せい剤やコカインを使います。日本で大人が危険ドラッグを使うのは、日本人の遵法精神が高いからなんです。そして、危険ドラッグに対する規制を強化すればするほど、その健康被害は深刻化し、危険ドラッグ服用下の自動車運転事故も増えました。こうした反作用は公衆衛生学的には常識なのですが、日本の政策立案者はそうした側面を意識せず、国民の一般的な薬物に対する意識や処罰感情を反映した政策を立案している。
単に犯罪者として排除の対象とするのではなく
――薬物依存者に対し、社会ができることはありますか?
松本:薬物依存症からの回復を願う人たちのなかには、ダルクなどの施設に通っている人もいます。しかし、現在各地でダルクが運営するリハビリ施設の設立に対し、住民による反対運動が起きています。薬物依存症は精神保健福祉法という法律にも明記された、れっきとした心の病気であり、障害なのです。そして、障害者差別解消法は、障害者のリハビリ施設に関し、住民の許可や説明会をしなくても良いことを保障しているはずですが、薬物依存症は障害と見なされず、支援の対象ではなく、単に犯罪者として排除の対象となっている現実があります。実際に、そうした反対運動が起こっている地域に行ってみると、それこそ街中の家々に「ダルク反対」の張り紙が貼られていて、異様な雰囲気となっています。そんななかを、薬物依存症からの回復を願ってリハビリ施設に通う患者さんの姿を考えると、本当にそれだけでいたたまれない気持ちになります。この国は一体どうしてこうなってしまったんだろうって思いますね。
もしこの記事や本書を読んで薬物依存症に興味を持っていただけたなら、近所のダルクに見学へ行ったり、フォーラムなどに参加し、リアルな薬物依存症の人たちの姿を見てください。
またダルクなどで現在問題となっているのは、回復はしたけれど、仕事のリハビリ先が見つからないことです。かれらは薬さえとまっていれば、意外にも根が真面目な人たちが多いので、一生懸命仕事をするでしょう。ですから、自営業者の方にお願いがあります。すでにダルクで十分にプログラムを受けてきた人ならば、雇って失望させることはないでしょう。ぜひ社会復帰のための最初の一歩を手伝ってくださるよう、ぜひともお願いしたいと思います。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/15360
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