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(回答先: 人類進化史 投稿者 中川隆 日時 2019 年 8 月 20 日 07:46:33)
2019年09月21日
Craig Stanford『新しいチンパンジー学 わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか?』
https://sicambre.at.webry.info/201909/article_48.html
クレイグ・スタンフォード(Craig Stanford)著、的場知之訳で、2019年3月に青土社より刊行されました。原書の刊行は2018年です。
本書はまず、チンパンジー観察の難しさと、この分野におけるグドール(Dame Jane Morris Goodall)氏の功績を強調します。今では当然のように考えられている、チンパンジーが道具を使い、狩りを行ない、集団で攻撃するといった行動のグドール氏による報告は、当時のチンパンジー観を大きく変え、それを現代の若者が想像するのは困難である、というわけです。
チンパンジーは狩りも行ないますが、本質的に熟した果実のスペシャリストだと本書は評価しています。チンパンジーは父系的な社会を形成しますが、同じコミュニティの雄の血縁度はさほど高くなく、ただそれでも雌よりはやや高いそうです。最近では再検討も進められているものの、一般的に雌は雄ほど社会的ではなく、複数のコミュニティに所属している可能性があり、雄は雌を支配するために同盟する、と本書はチンパンジー社会の構造を把握しています。チンパンジーのパーティーサイズを決定するのはおもに食料と雌の繁殖サイクル)で、後者の方が影響力は大きいようです。チンパンジーの社会行動については、広い分布域全体で他の霊長類よりも一様と評価されています。
グドール氏の大きな功績というか、以前のチンパンジー観を変えたのは、チンパンジーの暴力性でした。本書は、チンパンジーの暴力を、さまざまな環境条件において恒常的に生じるという意味で、きわめて「自然」と評価しています。チンパンジーのコミュニティ間の暴力は、勢力が不均衡な場合に起きやすくなっています。一般的にチンパンジーは、他のコミュニティよりも数で優勢な時には攻撃を仕掛けますが、互角な時には暴力行使に慎重になります。コミュニティ間の暴力で雌が雄に殺されることもありますが、これは、食資源との兼ね合いから、コミュニティにおいて順位の高い雄にとって、新たな雌を迎えるよりも縄張りを拡大して食資源を充実させる方が、適応度を上げられることと関連しているだろう、と本書は指摘します。チンパンジーの暴力性の表れとされる狩りには季節性があり、それは初期人類と同じく、乾季に集中しているそうです。しかし、乾季には葉が落ちて観察しやすいという偏りが生じている可能性も指摘されています。狩りの中心は雄です。
チンパンジーの雌はおおむね11歳前後で最初の性皮膨張を経験し、1〜2年後に出生コミュニティを出ていきますが、隣接コミュニティで数ヶ月過ごした後、出生コミュニティに戻る場合もあります。しかし、13歳頃までには出生コミュニティとは別のコミュニティに落ち着き、そこで一生を過ごします。チンパンジーの雌はゴリラの雌とは異なり、最初の移住の後に再度移住することは稀です。最初の子が成熟する確率は50%未満です。雌はおおむね5年間隔で出産し、高齢になるほど妊娠しにくくなりますが、ヒトのような突然の閉経を迎えることはありません。ただチンパンジー社会では、時として出生コミュニティから離れない雌も存在しますが、それは高順位の家系だからと推測されています。
チンパンジーの選択については、雌が注目されてきましたが、近年では雄の側も注目されています。チンパンジーの雄は、ヒトとは異なり、年長の雌を好む傾向を示します。その理由について完全に解明されているわけではありませんが、チンパンジーの雌の地位は高齢個体の方が若い個体よりも高いことと関連している、との見解が提示されています。乱交的とされるチンパンジーですが、近年、特定の異性間の長期の絆が確認されるようになってきており、ヒトとの類似性が指摘されています。
チンパンジー研究は人類進化研究に有益である、と本書は強調します。もちろん本書は、チンパンジーが初期人類とそっくりと主張しているわけではなく、チンパンジーは初期人類の進化の適切なモデルとなり得る、と指摘しているわけです。また本書は、そもそも一夫一妻制は霊長類において他の哺乳類より多く見られるとはいえ、珍しい特徴であり、最初期人類も一夫一妻ではなかっただろう、と指摘します。そもそも、本書も指摘するように、現代人も厳密には一夫一妻とは言えなさそうです。人類進化史における配偶形態の変遷について、決定的な証拠を得るのは難しいでしょうが、今後も研究は進展していくでしょうから、注目しています。
本書はアフリカ南部で発見されたホモ・ナレディ(Homo naledi)について、最初期ホモ属であるハビリス(Homo habilis)とよく似ており、アウストラロピテクス属に分類する研究者さえいることから、ナレディによる遺骸「埋葬」の可能性を全否定しています。もちろん、ただ、本書はナレディの年代について100万年前頃の可能性が高いとしていますが、じっさいには335000〜236000年前頃で、現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)系統に見られる派生的特徴も見られることから、系統的にも単純にハビリスと関連づけることはできないように思います(関連記事)。また、ナレディの存在した年代には初期現生人類もしくは現生人類の直近の祖先系統がアフリカ南部に存在したと考えられることから(関連記事)、ナレディが遺骸を洞窟の奥深くに運んだのではなく、初期現生人類が関与していた可能性もあると思います。もちろん、これはまだ思いつきにすぎず、可能性は低いかもしれませんが、1ヶ所の空洞に少なくとも15個体分のナレディの遺骸があることから、本書の想定するような偶然の蓄積の可能性も低いのではないか、と思います。
参考文献:
Stanford C.著(2019)、的場知之訳『新しいチンパンジー学 わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか?』(青土社、原書の刊行は2018年)
https://sicambre.at.webry.info/201909/article_48.html
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